ある日、志木那島唯一の医師である先生は尋ねた。
「・・・ねえ、彩佳さん。そんなに似てるかなあ?」
そして、志木那島唯一の看護士である私は答えた。
「・・・そっくりだと思いますけど」
「えええー?そうかなあ~」
途端に上がる、不満そうな声。
先生は納得できない顔で手元に視線を落とした。
私はカルテを整理しながら、至極当然のように付け加えた。
「そんなに気になるんでしたら、島中みんなに聞いてみて下さい。
賭けてもいいけど、絶対みんな似てるっていうと思いますけど」
「賭けてもいいって・・・」
ぶつぶつ言っていた先生は、両手でそれを持ち上げた。
顔に近づけたり、遠ざけたりして一頻り口をとがらせていた。
「でもさ、ほら、見て、彩佳さん」
「ちょっ、急にこっちこないで下さい!」
「え?あ。」
整理していた箱を落としてしまった。
私は慌ててぶちまけたカルテを拾い集める。
先生もそれを手伝ってくれる。・・・のは、いいんだけど。
もう一歩前に行けば、おでこが当たるくらいの距離。
「大丈夫?」
「は、はい」
いつもの倍以上の速度で、私は拾い終え、すくっと立ち上がった。
私の隣では、先生がよいしょっと言いながら立ち上がった。
「あ。でね、彩佳さん」
「何ですか」
「・・・本当に、似てます?」
これ、と先生はそれを私の前に見せた。
空になったお弁当箱だった。
プラスチックの透明な蓋の、右下に描かれた愛らしい動物。
神妙な顔で、聞いてくる先生の雰囲気と、見事にマッチしていた。
「・・・そのものじゃないですか」
「えええええ!!!酷いじゃないですか~!!!」
「ぼーっとしてるとことか、そっくりです。母親ながら、よく見つけだしたと思いますけど」
「・・・昌代さん、僕のこと子供みたいだって・・・」
不貞腐れた顔に、思わずぶっと吹き出してしまった。
「彩佳さん、笑わないで下さい~!」
「何やってるんですか、お二人とも」
診察室に入って来たのは、ここの事務長だった。
「和田さん」
「和田さん!!ちょっと見て下さい、彩佳さんも昌代さんも、僕に似てるって」
これこれ、と和田さんにも見せていたけれど。
「あーー!!!これ!!!いやーほんっとうにそっくりですよ。わしはいつも感心しとったんです」
「感心!?」
「では早速」
カシャっとカメラのシャッター音が響いた。
ショックを受けたままの先生と楽しそうな和田さんの会話を聞きながら、私はそのお弁当箱をちらりと見た。
少し前なら、それを見るのが辛かった。
倒れた母の側に落ちていたお弁当箱。
異変に気づけなかった父と私の過ちを思い起こさせるから。
けれど。
昨日入っていたお弁当箱の中身は、母が前向きにリハビリを続けている証拠であり、母の強さだ。
そして、蓋には母の強さを取り戻してくれた名医そっくりの動物がいる。
先生と母の間を往復するお弁当箱は、信頼の証だった。
「先生、そろそろ往診の時間です」
「え?そっか。って、和田さん!何枚も撮らないで下さい!」
「いやーベストショット!」
不本意そうな顔のままでてった先生を見送る。
・・・やっぱり似ている、と思う。
島のみんなの命を優しく守ってくれるところとか。
のんびりした笑顔で、こっちが癒されそうな雰囲気とか。
絶対に、面と向かっては言ってあげないけど。
* *
数日後、和田さんが会心の一枚だといって写真を持ってきてくれた。
情けなさそうな顔の先生とお弁当箱。
蓋には、可愛らしいコアラが描かれていた。
fin.