テガミバチ小話

『ロダ』

「ロダ、」

あの人が私を呼ぶ。
淡々と任務をこなすあの人は、いつも冷めた目をしていた。
なのに。
離れている間に何があったのだろう。
あの人は、懐かしい笑顔を取り戻していた。

「ロダ。戻ってきてもらえませんか?」

私はリバースのロダ。
役目がある私は、組織を離れられない。

「困りましたね・・・。僕の相棒はロダだけですから」

私は嘗ての貴方の相棒じゃありません。

「いえ、ロダはロダですよ。僕には分かります」

私には以前の記憶がありません。
今の心さえ、どの生物のものだったのか・・・。

「僕が覚えていますよ、ロダ」

貴方はそう言って、穏やかに笑った。

ノワールだったころのあの人の周りには、私以外誰もいなかった。
いつも、指令を受けては私と旅立つことを機械のように繰り返していた。

それが。

「ゴーシューーーーーーーーー!!!!」

通りの向こうから、ぶんぶんと勢いよく手を振って駆けてくるのは、小さなテガミバチ。
この人の心を取り戻したテガミバチ。

「お兄ちゃん!座って!すぐにスープ温めるから!!」

車椅子を自在に操るのは、あの人の妹。

「スエード。体調が悪いならいつでも診察するぞ。」

診察という割には、メスを持っている博士。

「ゴーシュ。また配達に行くの?」

金髪の綺麗な女性は、あの人の幼なじみ。

本来の心を取り戻したあの人の周りにはその強くて優しい心を慕って、沢山の人が集まる。

私は?

ノワールのときには必要だったかもしれない。
でも、もう・・・。

「どうしました?ロダ」
「いえ、」
「・・・そういえば、折角人になったというのにロダの笑顔をまだ見てませんね」
「笑顔など必要ありません」

一体何を言い出すのか、この主人は。
でも、それは本来の彼だったとぼんやりと思う。
旅の間も、いつも優しく語りかけてくれた・・・。
そして、言葉を返せない私の言葉を理解してくれた。

「なら、こうしましょう」

意外と頑固な主人は一つ頷いた。

「何がですか」
「僕がロダに手紙弾を撃ってみましょう」
「・・・は?」
「記憶が戻れば、きっと笑顔を取り戻せますよ。僕のようにね」

爽やかに笑った主人は、とっくに私を受け入れていた。

「・・・」
「ロダ?」
「・・・・・・・・・」
「おかしいですね・・・。僕の手紙弾では足りないんでしょうか。そうだ、ラグにも頼んで・・・」
「・・・あの、」
「ロダ?」
「記憶は戻りました」
「それはよかったです!」
「ですが、」
「?」
「犬だったころの自分と人になった自分の差が受け入れられません」
「どうしてですか?」
「私は犬です」
「そうでしたね」
「今は、人です」
「ええ」
「・・・どうして貴方はおかしいとは思わないんですか」
「ロダはロダですから」
「・・・」

あっさりと言い切られてしまい、私は不覚にも絶句した。

fin.

『空の休暇』
 
星が瞬いている。
町の灯りから遠く離れた荒地で、ゴーシュはふと夜空を見上げた。
見守るように輝く星達。
優しい光は、故郷で待つ家族を思い起こさせる。

・・・シルベット。お前もこの空をみているのか。

ベランダで車椅子の少女がぽろぽろと涙を流す光景が浮かぶ。
彼女が立ち上がることはない。
彼女の足は、生まれたときから動かないまま。
ぐっと通行許可証の上から、大切な写真を掴む。
彼女が歩けるように。

クーと傍らの相棒がゴーシュを見上げる。

「行きましょうか、ロダ」

小さく笑ってBEEの青年は再び歩き始めた。

fin.

BGM 空の休暇 : 鈴木祥子

『彼の中の』

「邪魔です。すぐに立ち去りなさい」

小高い丘の上に立つ彼と、見上げる自分。
あの町のあの場面の再現のようだった。

「っ・・・!!」
「僕の言いたいことは分かっているでしょう、ラグ」

闇の衣を纏った銀髪の青年は、もう嘗ての彼ではない。
そう、思ったのに。
視線の先で、彼が細身の心弾銃を構える。

「心弾装填」

ラグははっと振り返り、大きく横に飛ぶ。
先ほどまで立っていた場所に、触手が突き刺さる。
それを合図に一斉に襲いかかる鎧虫たち。

「漆黒!」

放たれた心弾はラグではなく、真っ直ぐにラグを襲おうとしていた鎧虫達の隙間に吸い込まれ、目映い光と共に鎧虫が崩れ落ちる。
すっとジムノペディを下ろす。

「今の君は、心弾を撃てない」

ぐっと手を握りしめる。

「ど、どうして分かるんだ」
「君はさっきから一度もノクターンを握らない。鎧虫が何度も襲ってきているのに」
「うっ・・・」
「心弾の撃てないテガミバチなど、ただの邪魔です。すぐに立ち去りなさい」
「で、でも!」
「死にたいのですか?」

反論しようとしたところで、あっさりと封じられる。
ラグはそれでも何かないかと言おうとして、ふと嘗ての彼の言葉を思い出す。

「あれ・・・?」
「・・・?」

訝しげに彼が眉を潜める。
ラグは必死に思い起こす。
あれは、確か、ラメントの町で、今のようにノワールと対峙したとき。
ラグはゴーシュを取り戻そうとし、ノワールは・・・

『リバースの邪魔をするなら、君の命、略奪します』

はっきりと、そう言っていた。
なのに。今は。

「どうして・・・」

しっかりと視線を合わせた。
黒いマントは、リバースの一員。
その手にある心弾銃は、もうノクターンじゃないけれど。

「どうして、僕を助けてくれるの?」
「!?」
「リバースにとっては僕は邪魔なんでしょう?どうして、助けてくれるの!?」

ラメントの町では、ラグを殺そうと構えられた心弾銃が、今はラグを守るために鎧虫を倒している。
ふっと彼の眼差しが和らいだ。

「・・・シルベットの大切な人を、死なせるわけにはいきませんから」

それが、答えじゃないか。

「だから、帰ってください。ラグ」

気付いたときには駆けだしていた。

「ラグ!?」
「・・・ゴーシュ!!!!」

真っ直ぐに飛び出したラグは彼にぎゅっと抱きついた。
それを彼は戸惑ったように見下ろす。
けれど、彼がラグをふりほどくことはなかった。

「・・・僕は、ノワールです」
「どっちでもいいよ!!!!」
「え?」

この人がいたから、今の自分がいる。
たった独りポストサインに繋がれたラグを、連れ出してくれた。

強くて、優しい人。

どうして、気付かなかったのだろう。
ゴーシュも、ノワールも、同じこの人だったんだ。

「帰ろうよ。シルベットが待ってる」
「・・・あの家は、もう僕の帰る場所ではありません」
「ずっとずっと、ゴーシュの帰る場所だよ」
「ラグ、」

ねえ、とラグはゴーシュを見上げた。

「あの光がなんなのかわからないけど、それが終わったらどうするの?」
「終わったら・・・?」
「・・・どうするの?」
「・・・」

青年は虚を突かれたように黙り込む。

「ほら、帰る場所は、シルベットのとこしかないよ!!」
「・・・ですが、もう」
「決めた。僕、ゴーシュについてく!!!」
「!?待ってくださいラグ、今、君は・・・」
「あの光がなんとかできたら、ゴーシュは帰ってくるんでしょ?じゃあ、早く行こうよ!!」
「ラグ、ですから、」
「よし、じゃあまずアカツキに行こう!!!」

青年はふいっと視線を外した。

「君は邪魔です」

平坦な声。
きっと、前までの自分なら突き放されたと思っただろう。
でも。

「うん、知ってる」

きっぱりと答えると、無表情があっさりと崩れた。

「・・・ら、ラグ」
「でも、僕は」

すうっと息を吸い込む。
このひとのこころに響くように。

「僕はもう、さよならは嫌なんだ!」
「・・・ラグ・・・」

ラグはにっこり笑って、青年の、ゴーシュの手を握って走りだす。

「よーーーーし!!!アカツキに向けて出発だ!!!」
「ラグ、待ってください、まだ話が・・・!」

引っ張られるままのゴーシュ。
楽しげなラグ。

彼らの行く先を、星空が優しく見守っていた。

fin.

『靴跡の花』

高い星の輝き。

そこへ行けば、手に入るはずだった。
大切な者が立ち上がるための何かが。

砂にまみれ、冷たい視線を受けても。
脇目もふらず、ただ独り駆け抜けた。
他には何も、目に映らなかった。

涙一つ、見せなかった。
足を止めることは、どうしても出来なかった。

その道は、幾つもの足跡が続いていた。
皆、同じ夢を見ていた。

無くした物は、戻らないけれど
どうしても手に入れたい物のために
僕は歩き続けた。

強い風が過ぎた跡を
その傷跡を、いつか埋めるのだろうか。

人の夢は
小さな花の命よりも 儚く。

僕の歩いた道の
靴跡に、いつか、花は咲くのだろうか。

fin.

BGM 靴跡の花 : 遊佐未森