七面犬

※原作16巻 「第140条みえないもの」 の直後。

 

「テメエはもう失せろ!」

そういってムヒョはベッドに潜り込んですぐ寝息を立ててしまった。
失せろ、と言われたのは僕じゃない。デスクに表彰状の盾を立てていた犬・・・ではなくて、地獄の使者の一人・・・一匹?の七面犬だ。見た目は犬っぽいけれど、手足は合計6本だし、正面の顔には七つの目がついている。そんな彼はひょいと自分を肉球のある手で差して。

「トホホ。口の悪いお人でやんすね。ではあっしはそろそろ・・・」
「え?いいのに。まだいても」

僕は紅茶の用意をしながらそういえば七面犬は紅茶とか飲むのかな、と考えてしまった。

「へ?よろしいんで?」
「いいよ。ムヒョ寝ちゃったし。多分3日くらい寝てるんじゃないかな。僕だけだから好きなだけいていいよ。あ、もし依頼人来ちゃったらちょっと隠れてほしいけど・・・吃驚させちゃうからね」

へへへ、と笑うと彼は途端にデスクの上にごろんと寝転がった。

「ありがとでやんすー」
「そこで寝ちゃうと落ちちゃうよ?」
「草野殿はいい子でやんすなー」

普通の地獄の使者は地獄語を話すため、勉強不足な僕には彼らが何を言っているのか分からない。でも、この七面犬は擬態を駆使するという特性故か、僕たちと同じ言葉を喋ってくれる。ソファに座って僕は七面犬を伺った。

「ね、聞いてもいいかな?」
「なんでやんす?」
「執行人と契約した使者って、みんな君みたいに契約者のこと大好きなの?」

ぶーっ!と七面犬がふき出す。

「どうしたの?」
「だ、大好きって、あれま、直球でやんすねえ・・・」
「でも、君はムヒョのこと大好きでしょ?」
「ううっ。ストレート過ぎて返答に困るでやんす」

くるりと背を向けてしまった。可愛い。照れてるのかな。

「だってムヒョに喚ばれたときすっごく嬉しそうだもん」
「ば、ばればれでやんすか・・・」

ぽりぽり、と頭を前足で掻いた彼が、ひょいを僕を振り返った。

「六氷の坊ちゃんの依頼は、必ず解決するでやんす」
「へ?みんなそうじゃないの?」
「いんやあ、そうでもないんすよ。あっしは比較的煉が少なくても喚べる使者でやんす。だからいろんな執行人に喚ばれるでやんす」
「大変なんだね・・・」
「でも、あっしの場合、喚びだせても使いこなせるかは別の問題なんすよ」
「え?どういうこと?」

僕は紅茶を置いて首を傾げた。

「あっしは他の使者のみなさんのように、直接刑を下す能力はないんす。その代わり、現行犯前に幻術や操りを暴くんですがね、あっしが来たからってすぐ分かるわけじゃないんすよ」
「えっと・・・執行人も頑張らなきゃってことかな?」
「そういうことでやんす。執行人が現場からあっしに適切な命令を下して、それで執行人が霊の本体やら刑やらを見極めてもらわないと・・・あっしがいてもどうにもならないんす」
「そっかあ。ちゃんと解決まで一緒に頑張らないといけないんだね」
「そうでやんす。あっしを使って霊を突き止めて、次にあっしを戻して刑の執行を可能な使者を喚んで解決する。これが大変なんでやんす。あっしと別の使者を喚ぶ煉が足りないと・・・折角本体を突き止めても霊に食われて終わりでやんす」
「うっ・・・」
「あっしの調査に長引くと煉はその分減って、強力な使者を呼びだすことはできんないでやんす」
「うーん」
「かといってあっしへの煉をけちっても、まともな調査はできないんすよ」
「そっかあ・・・」

ムヒョが頻繁にしかも気軽に呼び出す使者だから(何せアホ犬とか辛辣な呼び方をしてるし)、呼び出してしまえばすぐ解決するもんだと思っていたけど。言われてみれば、七面犬たちで執行?したのはミックだけだ。それも本体のある柄を物理的に壊せば倒せると知っていたからで、一般の霊・・・パンジャのような・・・であれば、なるほど確かにムヒョは七面犬でパンジャ本体をおびき出し、執行は魔石女王をよび出している。煉に余裕がなければ出来ない芸当らしい。

「その点、六氷の坊ちゃんは煉が常人の数倍でやんすし、あっしの召喚も長引かずに霊の本体を見破るしで、安心感があるんす。あっしも全力で調査できるんすよ」
「ムヒョってやっぱり凄いんだね」
「それに六氷の坊ちゃんは、ぶっきらぼうでも使者を大切にしてくれるでやんす」
「うん。使者が危なかったらちゃんと地獄に返してくれるし、激励もしてくれるもんね!」
「ただ・・・」

七面犬がしゅん、と項垂れた。まるで飼い主に見捨てられた普通の犬のように。

「どうしたの?」
「あっしはいつも肝心の刑の執行が見れずに還らされるでやんす。折角坊ちゃんが強力な使者と契約しているっていうのにでやんす・・・」

ぽん、と僕は手を叩いた。

「あ、それで最近居残りしてるんだ」
「そうでやんす。坊ちゃんの格好いいところ、あっしも見たいでやんす!」
「だよねー!ムヒョの使者ってみーんな凄いから、刑の執行も迫力あるし!」
「今回の魔導幻術師と魔滑車、凄い迫力でやんした!!」
「だよね!!!凄いよね!!!」

きゃっきゃと盛り上がっていたら、大人にしては高くて、子供にしては低い声が遮った。

「・・・うるせエ」

ぴたり、と僕と七面犬の動きが止まる。
僕らがぎぎぎ、と油の切れた蝶番のようにぎこちない動きで声に振り返ると。
子供用ベッドから上半身を起こしたムヒョが、ゆらりと怒気を纏い射殺せそうな迫力で睨んでいた。ぎらりと猫のように大きな目が暗闇で光る。

・・・怖い。

「馬鹿犬!テメエはさっさと消えろ!!!」
「あ、あいあいさー!!!」
「あ-!自分だけ逃げて酷いーー!!!」
「またねでやんすーー!!」

僕が涙目で抗議しても、七面犬飄々と挨拶して消えてしまった。残されたのは僕だけ。

「ロージー!」
「はっはいいいいい!!!」

迫力満点の上司に、条件反射で直立不動になった。

「テメエはさっさと買い物にでも出ろ!」
「う、うん!・・・ってあれ?ムヒョ、もしかして照れてる?」
「さっさと行け!!!」

fin.

七面犬ってムヒョのこと大好きだと思う。ロージーと二人でムヒョ大好き連盟でも組めばいい(笑)。本当なら幽李も入るんだけど・・・最新刊読んじゃったので・・・。