三周目

三周目世界 桜見中学校校舎裏

「ん・・・?」

目を開けると、半分の月があった。
どうやら夜らしい。
しかも地面に寝そべっているとは、何やってたんだあたしは。

「気が付いたかい?」

ぼんやりした視界に映る人影。
こちらをのぞき込む相手が誰か認めた瞬間、あたしは飛び起きていた。

「・・・に、西島!?
って・・・そうか、三周目だからか・・・。ったく心臓に悪いぜ・・・」

座り込んだまま、あたしは思わず頭を抱える。

そうだった。

タイムリープした2nd我妻由乃と使い魔ムルムルを追って、あたしは1st天野雪輝と共に三周目の世界にきた。
奴らを止めるために桜見中学校の屋上で派手にバトルしたのだが、雪輝は我妻に封じられ、
あたしは、力を解放されたムルムルにぼっこぼこにやられた。

そして、ここにいる男は三周目の西島。

あいつは、
あたしに結婚を申し込むという酔狂をやらかした二周目の西島は、あたしを庇って死んだ。
もう、いないのだ。

・・・なっさけねえ。

自己嫌悪でうなだれていたら頭上から声が振ってきた。

「雨流・・・みねね、だね?」
「ん?ああ」

顔を上げると、西島は妙に真剣な顔をしていた。
わざわざ確認するってことは、そうか、こっちの西島はあたしと面識がないのか、と暢気に考えていたのだが。

ガシャン。

「へ?」

左手首にかけられたのは、冷たい金属の輪。
西島をみると、彼は高らかに宣言した。

「国際テロリスト雨流みねね、逮捕する!!」
「んなこと言ってる場合かあああ!!!」

繋がれた鎖をそのままに、あたしは逃げようとするが、西島にその鎖を引っ張られる。

「大人しくしろ!!」
「するか、馬鹿野郎!!!」
「西島!!負傷者はいたのか!?」

校舎の影から、もう一人男が駆け寄ってくる。
ぎゃんぎゃん言い合っているあたしらに、珍客がやってきたらしい。
まあ事件現場に警察がいることは当然だが、よりにもよって。

「げっ!?来須圭悟!!」
「その声は・・・!?」

訝しげな来須だが、興奮した西島が遮った。

「課長!!国際テロリスト、雨流みねねを逮捕しました!!!」

彼は手錠で繋がった右手を高らかに挙げた。勿論あたしの左手も強制的に挙がるわけで。

「おいっ!!!」

あたしは慌てて左手を下ろして抗議したが、西島も来須もきいちゃいねえ。

「何!?た、確かに・・・」

あたしが誰か分かったらしいが、こちらとら、悠長に自己紹介している場合ではなかった。
噛みつく勢いで問いつめてやる。

「んなこたあ、どうでもいいんだよ!!来須、上は、あいつらはどうなったんだ!?」
「・・・事件は終わった。人質は無事だ」
「そっちじゃねえ!!!」

あたしが叫び返すものの、来須は逆に問いつめてきた。

「それよりも、・・・何故俺の名前を知っている?さっきの電話は、お前か」
「・・・電話?」

完全に置いてけぼりの西島がぽかんと来須を振り返るが、来須はあたしを睨んでくる。

「ああもう!!あたしは忙しいんだよ!!!」
「答えろ!!!さっきの電話はお前だな!?」

どうやら来須の問いに答えなければ、あたしの問いには答えてくれないらしい。
ちっと舌打ちをして、睨み返す。

「ああ、そうだ!!!だからさっさと息子を助けやがれ!!!」
「何故息子のことが分かる!?」
「頼まれたんだ、二周目のあんたにな!!」

ー9th。勝手だがもう一度おれと同盟を結んでくれないか。代償は俺の命だ!
ー息子を頼む!!!
ー引き受けた。

「は?」

あたしは首を振った。

「分からなくていい、だが、二周目のあんたの命と代償に、あたしはあんたの息子を引き受けた!
だから、これであんたとの約束は果たした!」
「ま、待て!話が見えない!」
「ったく、この話は終わりだ!それより我妻は!?雪輝は!?」
「は?」
「上にいたんだろ!?」
「あ、ああ、犯人が自殺・・・」

あたしは自分の顔色が瞬時に変わるのが分かった。

「何だって!?雪輝は!?」
「少年は飛んでいった・・・」
「か、課長!?」
「・・・犯人は人質をナイフで殺害しようとしたため、俺はやむなく撃った。
だが突如現れた子供が銃弾を防ぎ、共に現れた少年が犯人を説得した。
その結果、犯人は自分を刺し、残された少年は子供と共に空高く飛んでいった。
人質だった少女およびその両親は、警察が保護している・・・」

淡々と事実を述べる来須の表情は硬い。
犯人の自殺という重さもあるだろうが、彼らが何をしていたのか分からないのだろう。
だが、あたしには何が起こったのか分かった。

神の座を賭けた、サバイバルゲームは2nd我妻由乃が自殺することで、1st天野雪輝が勝った。
となると、彼が向かう先は、彼が神になるべき世界。

「ちっ!二周目に戻るつもりか!!」
「ま、待て、だから二周目とか三周目とか何だ!?」
「煩い!ああもう、信じねーだろうが、言ってやるよ!
あたしは未来からきた!未来のあんたの息子は余命3ヶ月になってた!
だから、救うなら今しかねえんだよ!!!」

余命3ヶ月、と聞いた来須が鬼の形相に変わる。

「テロリストのいうことなど、信じられん!!」
「信じられないなら、とっとと息子を医者に診せてあたしのいったことを否定してみろ!!!」
「っ!!」

来須が悔しげに顔を歪ませる。
ここであたしが言い負かされるわけにはいかなかった。
三周目のこいつが今行動しなければ、約束を守ったとは言えない。

それに。

あたしは両親と、西島を。
我妻は両親と、雪輝を。
雪輝は両親と、友人と、我妻を。

あたしらは大切な人を喪ってしまったけれど。

「あんたの大事な息子は、まだ間に合うかもしれないんだ!!!ぐずぐずすんじゃねえ!!!」

やけになったあたしは、ぽかんと隣で突っ立っていた男に振り返る。

「それから西島っ!!」
「は、はい!?」

ふいっと視線を逸らす。

「・・・悪いがこれは持っていくからな」
「え?」

一瞬だけポケットから指輪を覗かせる。果たして西島に見えたかどうかも怪しい。
訳が分からない西島には悪いが、こればっかりは返せそうになかった。

「じゃあな!」
「ま、待て!!!!」

あっさりと鎖を切り、あたしは飛び去った。

 

二周目の世界

降り立ったあたしは、傾いた高層ビルから二周目の世界を見渡した。

「おーおー、よくもまあ、これだけ短時間で破壊できるものだな」

巨大な球体状に抉りとられた大地。
全壊したビルが折り重なり、乾いた風が砂を巻き上げる。
人はおろか、鳥や虫の気配すらない。
どうやら残されたのは、神だけらしい。

「よお、雪輝」

神の衣を纏った雪輝が信じられない、といった顔で振り向いた。

「9th!?どうして・・・」
「どうしてとは、随分な挨拶だな、1st?同じ二周目世界の仲間じゃねーか。ん?ムルムルもいるのか」

雪輝の側で怪しげな本を持った使い魔がぷかぷかと浮いている。
どうやらこいつが正真正銘、二周目の使い魔らしい。

「お主が二周目の9thか。その節は世話になったのう」
「ああ、全くだ」

あたしは深々と頷いた。
何せデウスには勝手に半分神にさせられて尻拭いさせられるわ、
三周目にきてみれば、一周目のムルムルにボコボコにされるわ、散々だった。

まあ、お陰で予想外の再会もあったのだが。

ふう、とため息をついてみれば、雪輝が強い目であたしを見据えていた。

「・・・9th。いえ、みねねさん」
「ん?なんだ」
「僕は二周目世界の神になったんです」
「ああ、知ってるぜ」
「だから」

雪輝が掌をこちらに向けると、あたしの体が呆気なく浮き上がる。

「な、なんだ!?」
「みねねさん。戻ってください」
「だからあたしも二周目世界に戻って・・・!!ってくそ、あたしの力じゃ解けないのかっ!!!」
「・・・みねねさんには、居場所が有る筈です」

雪輝の口調は、悟ったように冷静そのものだった。

「はあ?何言って」

あたしの居場所はもうない、と反論する前に雪輝が口を開いた。

「三周目の西島さんは、貴女を待っているはずです」
「っ・・・!いや、あたしは」
「みねねさんは、二周目で全力で戦い、最後まで僕を助けてくれました。もう二周目に果たすべき義務はありません」

あたしは手足をばたつかせたり、受け継いだはずの神の力を展開させようとしたが雪輝の力にはかなわなかった。
静かな雪輝の声が、少しずつ遠ざかる。

「僕は、貴女が言ったとおり・・・その先の、責任を取ります」
「待てっっ!!!」

あたしの体はどんどん天高く浮かび上がり、雪輝から離れていく。

「・・・ありがとうございました、みねねさん。幸せになってください」

雪輝がどんな表情か、もうここからは見えない。
だからあたしは力の限り、叫んだ。

「ざけんなーーー!!!!!!」

 

三周目の世界 西島宅

がらり、と窓を開ける。
朝の日差しが眩しい。きっと今日は一日快晴だ。
なのに、と西島はがっくりとうなだれた。

昨日、あの桜見中学での爆破事件。
誘拐されていた我妻由乃は、両親と共に保護され、犯人も課長の話では自殺したらしい。
後味がよいとはいえないが、ひとまず事件の幕は閉じた。

その事件で偶然出会った彼女。

国際テロリスト、雨流みねね。
警察にとって、捕らえるべき犯罪者。

なのに。

彼女が叫んでいたのは、
名前すら知らないはずの課長の息子の命を救うことと、校内で人質爆破事件を起こした犯人の動向で。

ーあんたの大事な息子は、まだ間に合うかもしれないんだ!!!ぐずぐずすんじゃねえ!!!

必死に他人を気にかける姿が、あれからずっと頭から離れない。
・・・どうして、こんなにも彼女が気になるのだろう。

「帰ってきてくれよ・・・」

もう一度会いたい。
会えば、きっと答えが分かる筈だから。

「・・・ん?」

ぼけっと上空からの音に見上げてみる。
急降下で何かが落ちてきた。そのまま地面に埋まったらしい。

「・・・へ?」

ぼこっと庭の土から顔を出したのは。

「・・・てんめー!!!雪輝!!!!一人で不幸面するんじゃねーーー!!!!」

隻眼で片腕を振り挙げ、元気いっぱい悪態をつく・・・待ち人だった。

「雨流、みねね・・・?」

はっと彼女が振り向く。

「げっ!?西島!?待て、じゃあここは!!!」
「僕の家だけど」
「あんのやろう!!!わざわざ西島んちに落としやがって!!!もっかいいってぶっとばしてやる!!!」

穴から抜け出し、飛び立とうとする彼女に僕は抱きついた。

「ちょっ・・!!!何やってんだ、西島!!!退け!!!」

逃げだそうとする彼女を捕まえるために、僕は腕にぎゅっと力を込める。

「嫌だ!!!」
「嫌とか言ってる場合じゃない!!!あたしはこの世界の人間じゃないんだ、元の世界に戻るんだよ!!!」

彼女の言っていることはよく理解できなかったけれど、僕は自分の気持ちをはっきりと理解した。
つまり。

「結婚してくれ!!!!」
「だからっ・・・!!!・・・って」

ぴたり、と腕の中の彼女の動きがとまる。

「な、何だって?」
「結婚してくれ、みねね!!」

色々とすっ飛ばした気もしたけれど、彼女を捕まえるにはこれしかなかった。

「お、おいおい、てめえ、ち、血迷いすぎだろ。
この世界には元々のあたしもいるんだ、あたしには居場所なんか、」
「僕が居場所になる!!!」
「っ!!!」
「だから!!!」

僕は辛抱強く待った。
すると、呟く声が聞こえた。

「・・・後悔、するぞ」
「うん、したよ」
「へ?」

気の抜けた彼女の声。
ここからは表情は見えないのが残念だ。

「昨日君を離してしまってからこうして会うまでに、もう一生分の後悔はしたんだ。だから」
「・・・結婚してくれ、みねね」
「・・・」

やがて、彼女は小さく頷いた。

fin.