名前

※テガミバチssです。テガミバチのゲーム、こころ紡ぐ者へのネタより。

洗濯された気持ちのいい白いシャツに袖を通し、蒼い制服を纏う。
壁に掛けられた帽子を被り、鞄の中身をもう一度チェックする。
ぱたぱたと駆けてくる足音にゴーシュは振り返った。

「ゴーシュ!次の配達って何処に行くの?」

己と同じ制服を着た少年、ラグ・シーイングがゴーシュを見上げる。
大きな暗褐色の瞳がきらきらと輝く。

「ラピアの町ですね。ここからだと片道5日の距離となるでしょう」
「ラピアって・・・あ!!!」
「・・・どうかしましたか、ラグ?」
「あのね、ゴーシュ・・・ちょっと、寄り道してもらってもいいかな?」
「寄り道?」

仕事に寄り道は厳禁。
というのはゴーシュがまだ、シルベットと二人きりで暮らしていた頃の原則だった。
出来うる限りの速度で仕事をこなし、少しでも多くの実績を短時間で得る。
・・・そうでなければ、アカツキには行けなかったから。
しかしこころを失ったことも鑑みると、どうも焦りすぎていたように思い、何より大切なこの友人の頼みとなれば、寄り道も悪くない。
ゴーシュは頷いた。

「分かりました、ラグ。それで、何処に寄ればよいのですか?」

ぱああっとラグの表情が晴れていく。

「あのね、ラピアの町の、オーベールさんに、『あのときの赤ちゃんはお元気ですか?』って聞いてきてもらいたいんだ」
「オーベールさん、ですか。住所はわかりますか?」
「うん、前の配達で行ったから・・・ここだよ!」

ごそごそと配達鞄を漁っていたラグが、手帳のページを指さす。
ゴーシュはその住所を素早く自分の手帳に書き移した。

「オーベールさんのお子さんがお元気かを聞けばよいのですね?」
「うん!!!」

   *   *

ラピアの町。
砂漠に近く、産業と言えばすぐ南の鉱脈から取れる、植物の成長を促す貴重な鉱物である。
手帳の住所と地図とを照らし合わせる。

「・・・ここのようですね、ロダ」
「はい」

コンコン、と小さな家の扉をノックする。

「はーい」

ガチャリと扉が開き、明るい声の印象そのままの女性が出迎える。

「まあ、テガミバチの人ね。配達かい?」
「いえ、伝言です」
「伝言?」
「ええ。ラグ・シーイングより『あのときの赤ちゃんはお元気ですか?』
と伝えてくださいと頼まれました」
「まあ!!ラグ君から・・・!!」
「おい、ラグ君って言ったか?」

家の奥から穏やかそうな男性がやってきた。

「はい。貴方が、オーベールさん、ですか?」

途端に男性は嬉しそうに微笑んだ。

「そうだよ。・・・懐かしいなあ。ラグ君は元気かい?」
「はい。お陰様で」
「そうかあ。ラグ君にはお世話になったからなあ」
「それで、お子様はお元気ですか?」
「ああ、すくすく育ってるよ。今連れてくる」
「いえ、元気であれば結構ですよ。僕は、伝言を頼まれただけですから」
「いいじゃないさ。ラグ君にゴーシュが元気なところを伝えてもらわないと」
「・・・え?」
「どうかしたかい?」
「その子の名前はゴーシュ、というのですか?」
「そうだよ」

ゴーシュは笑った。

「実は、僕の名前もゴーシュなんです」
「「ええ!?」」
「じゃあ、まさか、君が・・・」
「ええ、ええ、きっとそうだわ!!」

勝手に盛り上がる二人に、ゴーシュは遠慮がちに声をかけた。

「・・・あの、何がでしょうか?」
「実はね、あの子の名前・・・つけてくれたのは、ラグ君なんだ」
「え?」
「あの子が産まれたとき、名前を決めてあるにはあるけど・・・まだ候補の中から絞り切れてなくてさ・・・」
「それで、フェリシテが産まれることを知らせにきてくれたラグ君に決めてもらったんだ」
「そうだったのですか・・・」
「ラグ・シーイングは、貴方の名前を付けたんですね」
「・・・少し照れますね、ロダ」
「うちの子の名前の元になった人が来てくれたんだ、ごちそうするよ!」
「いい考えだ、フェリシテ!」
「・・・折角ですが、僕はまだ配達中ですから」
「いいじゃないか、少しくらい」
「そうだよ、ゴーシュ君」

いえ、とゴーシュは首を振る。

「貴方がたの力になったのはラグです。
ラグを差し置いて、僕だけ歓迎されるわけにはいきません」

きっぱりと答える。
その強い意志に夫婦は驚き、納得する。

「・・・確かに、ゴーシュ君の言うとおりだな」
「残念だねえ。次はラグ君と一緒においで!!」
「はい。ありがとうございます。それでは、これで失礼いたします」
「ああ、気をつけて」
「はい」

   *   *

パタン、と閉じられた扉を見送り、夫婦は顔を見合わせた。

「あんた・・・」
「ああ。ラグ君が言ってたことが分かったな」

ラグ・シーイングというBEEの少年が、はにかんだ笑顔でいった言葉。

『・・・ゴーシュでどうでしょうか?』
『ぼくの知り合いに同じ名前の人がいますけど・・・
とても素晴らしい人です・・・!!』

「強く、優しい青年だったねえ。うちの子も、あんな人になればいいねえ」

fin.