七武海が去り、悪夢の夜は終わった。
夜通し戦っていた彼らは、そのまま泥酔してしまった。
魔の海域を抜けて降り注ぐ太陽の光が眩しい。
古城跡の中庭で一人、蒼穹の空を見上げる。
・・・50年。
蘇ってから一度も浴びることのなかった光の世界。
ただ呆然と立ち尽くす。
ゆっくりと手を翳すと、骨だけとなり果てた手から光が零れた。
「・・・どう?久しぶりの太陽は」
はっと振り返る。
黒髪の知的な女性が佇んでいた。
麦わらの少年の仲間。
「えっと、失礼ですが貴方のお名前は・・・」
「ロビンよ」
「ロビンさん・・・ですか。そうですね・・・」
確かめるように、再び光を見上げる。
「・・・夢の、ようですね・・・」
闇の世界に永くいすぎていたのか、今この世界こそが幻のようだった。
それとも、全てが夢なのか。
目が覚めると、全て消えてしまうのではないか。
「・・・貴方、ずっと寝てないんでしょう?」
「え?」
「昨日から。私がいつ目を覚ましても、貴方はそこに立っていたわ」
「・・・」
鋭い指摘に、いつもならはぐらかそうと軽い返事をするところが・・・何も返せなかった。
沈黙を保っているとロビンと名乗った女性が近付いてきた。
「夢ではないわ」
「っ・・・!!」
きっぱりと告げた女性は私を見上げ、微笑んだ。
「これが、現実よブルック。貴方はもう、霧の海を抜けたわ」
「・・・本当・・・ですか?」
声が掠れた。
「足下を見て」
視線を落とす。
己の真っ黒な影が、当たり前のように存在していた。
「私の影・・・」
「そう。貴方の影はちゃんと戻ったのよ。だから、少し休んだ方がいいわ」
「ロビンさん・・・」
夢でも構わない、と思えた。
例え、目を覚ました後にみる風景がいつもの闇でもいいと。
「・・・ありがとうございます。少し、休ませていただきます」
「ええ。そうするといいわ」
* *
見慣れた船内に溢れる、嘗ての仲間たち。
自分に呼びかける声が、記憶そのままで少し笑ってしまった。
「ええ。ええ。今日はどの島でしょうか?」
彼らが上陸に騒いだとしても、過去に経験した島しか現れない。
これは、夢だから。
「・・・大丈夫ですよ。何処の島だろうと、この夢から覚めてまた独りでも・・・」
夢の中で、あの黒髪の女性が言ってくれた。
闇を抜けたのだと。
幻でも嬉しかった。
「また、影を取り戻せるように頑張りますから」
もしも、目が覚めたときこの体がばらばらになっていたとしても。
這い蹲ってでも牛乳を探しに行きましょう。
そして、体が再生したならば、またあの男に挑みましょう。
・・・何故か、そんな風に考えられる自分がいた。
「何言ってんだブルック!」
「はい?」
「やっとお天道様の下に出られたんだ!お前の好きにしろよ!」
「・・・ヨホ?どういうことですか?」
何かおかしい。
航海していた我らは、常に太陽の下にいたのだ。
「50年!大変だったな!」
「いい奴らばっかりでよかったな!」
「え?何を・・・」
「骸骨でも仲間にするってのは、あの船長、なかなか見る目あるよな!!」
「・・・!?」
ばっと視線を手に戻す。
「骨の手・・・?」
夢の中では、いつも自分は生身の筈なのに。
仲間たちの中央から、一人の人物が現れた。
「ヨーキ船長!!お久しぶりですね」
旅の途中でグランドラインを離れざるを得なかった、
嘗ての船長がそこにいた。
「ブルック!お前何寝ぼけてんだ?」
「ヨホ?」
「さっさと起きろ!あいつらが待ってんだろ!?」
「・・・あいつら?はて?」
自分を待つ者はもうラブーンだけの筈だった。
複数系とはこれまたおかしい。
う~んと考え込んでいると、
何故か派手にため息をつかれてしまった。
「駄目だな、こいつは。・・・おい、みんなこいつを叩くぞ~♪」
「了解っ!!!!!」
「は?」
気がつけば、全員が何かしらの武器を持っている。
・・・棍棒や、板や、そういった打撃系のものを。
「え?ええ??」
「「「「「「そーっれ!!!!」」」」」」」
バコン!!!!
* *
「っヨホホホホホ!?」
飛び起きてみると、明るい日差しと自分をのぞき込む複数の影。
「あ、起きたぞ」
「全くホント、寝てると・・・生きてんのか死んでるのかわかりにくいわね」
「起きたら起きたで騒がしい奴だろ」
「起きたか、ブルック?牛乳いるか?」
「ゾロみてえに寝込んじまったかとひやひやしたぜ」
「ま、兎に角よかったじゃねえか」
麦わら帽子がトレードマークの少年と。
オレンジの髪が揺れる麗しい女性と。
スーツを着込んだ青年と。
小さな縫いぐるみのようなトナカイと。
長い鼻が特徴的な少年と。
海パン姿のリーゼントな男と。
「・・・」
どうしてここに、と問いかける前に、
麦わらの船長がよおし!と気合いを入れた。
「腹減ったーーーーーーーー!!!」
がくっと膝をつく仲間たち。
「よし、ゾロも起こすぞ!!」
「起こすな!!!」
「だってゾロも食べてえだろ」
「ゾロは絶対安静だー!!!」
燥ぎながら去っていく彼らは、光の世界に相応しい輝きに満ちていた。
試しに骸骨の頭を壁にごつんと当ててみたが、彼らの姿が消えることはなかった。
「・・・」
「夢じゃなかったでしょう?」
いつの間にか傍らに夢の中で微笑んでいた黒髪の女性がいた。
「ロビンさん・・・」
女性は剣士がいるであろう場所に駆けていく仲間の後ろ姿を見遣る。
「きっと宴になるわ。貴方の腕のみせどころね?音楽家さん」
「・・・」
よいしょっと立ち上がる。
視界が高くなり、夜の闇を駆け回ったスリラー・バークが全て光に晒され、あれだけ恐ろしく巨大に見えた古城もただ静かに佇んでいる。
やっと、終わったのだと思えた。
「・・・そうですね!今度こそお聞かせいたしましょうか!!」
「楽しみね」
黒髪の美女はすたすたと歩き出す。仲間の下へと。
「ロビンさん」
「何?」
振り返る姿が尚美しい。
やはり美女がいるのはよいことです、と一人納得する。
「ありがとうございます」
シルクハットをとり、丁寧に礼をする。
今の自分に返せるものはこれしかないから。
「ふふ。貴方も来るでしょう?」
「ヨホホホホ!!参りましょう!!!」
こうして。
先を行く影にまた一つ、影が加わった。
fin.