手製の心弾銃

※PSPの「こころ紡ぐ者へ」のネタバレです(汗)。
これからゲームをやる予定のある人、まだ第4章のゴーシュの手がかりを手に入れてない人は、ご注意ください。
ネタバレOKな方は、続きをどうぞ。

小高い丘に、3つの墓標が並んでいる。
墓標以外には何もない、見渡す限りの荒れ地。
吹き抜けていく風に煽られながらも、青年は墓標を静かに見下ろした。

「・・・」

星の明かりが淡く墓標を照らす。
墓標は盛り土と木で作られた簡単なものだったが、木の変色具合から、2つは随分古くに、もう一つは比較的新しいものと見て取れた。

「・・・」

墓標に刻まれた文字を読みとる。
古い二つにはそれぞれ、『シーラ・バレンシアガ』と『エリセオ・バレンシアガ』の文字が深く刻まれていた。
最後の一つは、力が足りなかったのか少し浅めに彫られていた。

『エンリケ・バレンシアガ』

青年はゆっくりと藍の帽子を外し、胸に当てて瞑想する。
再度強い風が吹き荒れたが、青年は微動だにせず、祈りを捧げた。
やがて目を開けた青年は、小さく呟いた。

「バレンシアガさん・・・。貴方は・・・これでよかったのですか・・・?」

   *   *

数年前、ゴーシュ・スエードがその家に立ち寄ったのは偶然だった。
隣町で、BEEの配達を待ち望んでいた職人から受け取った一つの小さな部品。
定期的に来るBEEを待つ予定だったが、職人が留守にすることになり、偶々その町を訪れていたゴーシュが代わりに請け負うことになったのだ。

「・・・この部品は?」
「へんてこな形でねえ。何かオレも分からん。でも、オレも注文通りに作っただけだ。何しろ絶対に設計図通りに作れ!の一点張りだったからな」

頻りに首を捻る職人を前に、ゴーシュは部品を持ち上げる。くるりと回す。

「・・・まさか」

僅かに目を見開くゴーシュに、職人が怪訝そうに声をかけた。

「ん?どうしたんだ?」
「・・・いえ、何でもありません。では、お預かりします」
「ああ。頼んだよ」

   *   *

テガミバチが「テガミ」の内容を盗み見ることは出来ない。
それは郵便法にも記されている原則である。
しかし今回は内容である部品そのものを渡されたため、不可抗力であった。

後は、何も知らなかったこととして、「テガミ」を宛先に無事届けること。
ーそれが、テガミバチの仕事ですから。
だが、これは・・・

「クー」

心配そうな鳴き声に、ゴーシュは己の考えに没頭していたことに漸く気付く。
足を止め、傍らの相棒に微笑みかける。

「大丈夫ですよ、ロダ」

「クー」

前方に小さく町の灯り。
依頼主はどう思っているのか・・・。
ふう、と息を吐き出す。

「・・・考えていても仕方ありませんね。直接お聞きするしかないようです」

   *   *

訪れた依頼主は、寂しい町の外れに住んでいた。

「事情は分かりました」

「それにしても・・・よく分かったな。これを手製の心弾銃の部品だと見破ったのは、君が初めてだよ」

依頼主、バレンシアガという男は、心弾銃の部品を一つ一つ別の職人に依頼し、ここで組み立てていたらしい。

「バレンシアガさん。貴方がしていることは、とても危険なことです。法的にも、貴方自身のこころにも」

心弾銃を私的に作製することは禁止されている。
心弾銃を扱えるのは専門の知識を持つBEEでなければならない。
一般人が扱えば、記憶が消え、命さえ失う危険性があるからである。
・・・例え、それが復讐のためだとしても。

「勿論、分かっているさ。何もかも。全て覚悟の上でやっていることだ」

依頼主の声は冷静だった。

「それ程の揺るぎない信念があるのなら、もっと別の方法があるのでは?」
「別の方法・・・?」
「もう一度、本気で、BEEの採用試験を受けてみてはどうでしょうか?」
「何?」

ゴーシュは郵便鞄から見慣れた一冊の本を取り出す。

「これは、僕がハチノスから貰った本です。よろしければ、どうぞ使ってください」

バレンシアガは手渡された本の頁をぱらぱらと捲る。

「これは・・・郵便法の本か。オレも、BEEを目指してた頃は、独学で随分勉強したよ」
「今の貴方なら、きっといいBEEになれますよ」
「ふん・・・。世辞でも嬉しいよ。BEEの試験か。そうだな、考えてみるか」
「ええ、是非」

本をぱたりと閉じ、依頼主はそれを傍らのテーブルに置いた。じっとゴーシュを凝視する。

「・・・ゴーシュ・スエード、と言ったな。君に一つ、聞きたいことがある」
「・・・はい、何でしょう?」
「・・・君は、鎧虫を恐ろしいと感じたことはあるか?」

思わず息を呑む。
やがて、ゴーシュは静かに答えた。

「・・・どんな鎧虫でも、恐ろしいと思わなかったことはありません」
「・・・!」

予想外の答えだったのか、バレンシアガの表情は硬くなった。

「僕には妹がいるのですが、僕がもし死んでしまったら、妹は、独り残されることになります。
それを思うと、鎧虫との戦いに恐怖しないわけがありません。
しかし、その妹がいるからこそ、僕は戦うことも出来るのです。そして、生き残ることも」

依頼主が納得したように呟く。

「守るものがいるから、か。」
「守るものもなく、死んだもののために戦い続けるオレは、過去に捕らわれた亡霊か・・・。やはりオレは、BEEには・・・」

目を伏せる依頼主の声は、吹き荒れる風で聞き取ることも
出来なかった。

「え?すみません。風の音でよく聞こえませんでした」
「いや、何でもない。この本はいつか必ず返す。それまで、借りておくことにするよ」
「ええ。待っています」

   *   *

彼のその後を教えてくれたのは、同じく彼に部品を届けた小さな友人と妹だった。

あの日、鎧虫を倒しに飛び出していったバレンシアガを追って、彼らは荒野に来ていた。
ぽつんと立てられた何かにラグは気付いた。

「墓標・・・?」
「あの下には・・・オレの女房のシーラと、息子のエリセオが眠っている・・・」
「え・・・」
「ほんの一瞬の出来事だった・・・鎧虫の尾に叩きつけられて・・・踏みつぶされて・・・ちきしょう・・・!!」

前を行くバレンシアガの背中には悲しみと怒りが滲み出ていた。

「それ以来、オレは・・・あの鎧虫アドニスに復讐するため・・・そのためだけに生きてきたんだ!!」
「そうだったんですか・・・」

そして、運命の時が訪れる。
地面を揺るがす轟音と共に、無数の黒点が彼方から現れた。

「来たな・・・」

心弾銃を握り直し、近づいてくる鎧虫を見渡す。
仇は・・・

「いた!!あいつだ!!隻鋏のアドニス・・・間違いない!!!」
「だめです、バレンシアガさん!!鎧虫は、ぼくが倒します!!早く逃げてください!!」
「うるさい!!邪魔をするな!!」
「うわっ!!」
「ラグ!?」

BEEの少年を押し退けて一直線に駆けだし、狙うはただ一匹。

「見ていてくれ、シーラ・・・エリセオ・・・!!今、仇を取ってやる・・・!!」

怒りと、憎しみと、悲しみと、己の命を手の中に注ぎ込む。

「うおおお!!心弾・・・装填・・・!!!」
「撃っちゃだめだ!!!バレンシアガさーん!!!!」
「くらえ・・・!!!怒りの一撃・・・!!!!」

そして、荒野に光が満ちた。

   *   *

「バレンシアガさん!!しっかりしてください、バレンシアガさん!!」

名を呼んでくれる幼いBEEにうっすらと微笑む。

「・・・見たか?オレは『BEE』じゃないが、鎧虫を・・・倒しただろう・・・?」

少なくとも、あの仇は、倒せた。

「やっとあいつに復讐できた・・・もう・・・思い残すことはない・・・」

やっと、目的を果たせた。

「ありがとうな・・・ラグ・シーイング・・・。
『生きる亡霊』としてではなく、『人』として・・・
かつて『BEE』を目指した・・・ひとりの男として・・・
死ぬことが・・・出来て・・・オレは・・・幸せだ・・・」
「・・・バレンシアガさん・・・何を言って・・・?」
「・・・」
「バレンシアガさん・・・!!
バレンシアガさんーーー!!!!!!!」

   *   *

ただ愛するもののためだけに、全てを費やすその姿は、自分によく似ていた。
だからこそ、その終わりがよく分かってしまった。
彼は復讐を止めることはない、止めることは誰にも出来ない。

ならば、少しでも、生き残る可能性を提示したかった。

BEEであれば、鎧虫を倒す手法を学び、必要な精霊琥珀も与えられる。
鎧虫を倒しても、生き残る可能性が高い。
そうでなければ、配達が行えない。

墓標の前で、ゴーシュは己の郵便鞄を開き、一冊の本を取り出す。
色褪せたページに挟まれた、一通のテガミ。

『これが誰かに読まれているときは
オレの命は尽きているか、それに限りなく近い状態になっていることだろう・・・
だが、そんなことは今更どうでもいい。
なぜなら、シーラとエリセオを失った日にオレの人生は終わっていたからだ・・・

復讐のためだけに生きた愚かな人間だが、願わくば、これを見ることになった方に
ひとつだけ望みを叶えてもらいたい・・・

この遺書が挟んである本は借り物だ。
故に、持ち主であるゴーシュ・スエードという『BEE』に
返してあげてほしい・・・
それが、オレの最後にして唯一の望みだ。

エンリケ・バレンシアガ』

あの日、ただ一度の邂逅。
一人は目的を果たして命を失い、
もう一人はこころを失ったものの、友人のこころで己を取り戻し、こうして生きている。

何が、違ったのだろう?

墓標の文字を見つめるゴーシュに、不意に彼の言葉が蘇る。
自嘲気味に呟かれた言葉。

『守るものがあるから、か』

はっとゴーシュは遺書を読み返す。

『シーラとエリセオを失った日にオレの人生は終わっていたからだ・・・』
「そうか・・・」

自分は生きているもののために生きようとし、
彼は死んだもののために目的を果たし・・・死のうとしていたのかもしれない。

遺書を畳み、もう一度本に挟み込む。
この本を取り出す度に、信念に殉じた一人の男を思い出すだろうとゴーシュは思う。

「それでも・・・僕はもう一度、貴方にお会いしたかったです。バレンシアガさん」

fin.