残されたもの

『シルベットを、お願いします』

柔らかな声は、最後にそう言っていた。

ジムノペディを向けられたのは三度目。
一度目は、見ているようで見ていない瞳がただ怖かった。
二度目は、ノワールとしての冷たい意志を痛いほど感じた。

でも、三度目は。
幼い頃、自分を運んでくれた時に見た、いつもの穏やかな瞳に、強い意志を滲ませて。

・・・ゴーシュ。
やっと、戻ってきたのに。どうしてーーーー

   *   *

「ゴーシュ!!!」

がばっと起きあがる。

「あれ?え?今のは?」
「落ち着け、シーイング」

ベッドの傍らに立つのは、見慣れた白衣の男だった。

「博士!!!」

きょろきょろとせわしなく見回す。

「博士、ゴーシュは・・・!?」
「・・・あいつはいない」
「どうして!?」
「リバースに戻るそうだ」
「なんで!?もう、ノワールじゃないんだよ!!」
「・・・スエードは、ノワールでもある。あいつはノワールを清算したいと言っていた」
「清算・・・?」
「多くの犠牲を出した償いとして、リバースを止める気なんだろう」

はっとラグの動きが止まる。

「・・・じゃあ、ゴーシュは、たった独りで戦おうとしているの・・・?」

じわじわと瞳に涙が溢れる。

「まだ、こころも完全に回復してないのに・・・!!」

折角取り戻したと思っていたのに。

「ゴーシュを止めないと・・・!!」

ベッドから飛び降りたラグは、あっさりと博士に取り押さえられた。

「だから落ち着けと言っている!」
「でも!!ゴーシュが危険なんだよ!?」
「体力が戻っていないのはお前も同じだ、シーイング!
その状態でスエードを追ったところで何が出来る!?」
「でも・・・でも!!!」
「闇雲に追いかけても無駄だ!ハチノスでリバースの情報を得てからの方が早い!!」
「・・・っ!!」

がっくりと膝を付く。

「・・・悔しいよ・・・」
「シーイング、」
「ゴーシュが戦っているのに、助けられないなんて・・・!!」

ボロボロと涙が零れ出す。ふと思い出す。

「シルベットは・・・?」
「ああ。お前よりも先に気付いてな。余りにも暴れるから麻酔で眠らせた」
「は、博士・・・」

余りにも余りな対処にラグは沈黙した。
そして思う。
自分よりもずっとずっと傷ついたであろう彼女を。

「・・・シルベットの為にも、やっぱり僕はゴーシュを追いかけます!!!」
「シーイング!」
「すいません、博士!!」

だっと飛び出そうとした少年の腕にサンダーランドは素早く何かを注射した。

「あ、・・・あ・・・れ・・・・?」

がくっと前に倒れる体を支える博士。
その手にあるのは、先ほど少女に使用したものと同じ。
眠り込んだ少年をベッドに寝かし、博士は深いため息を付いた。

「・・・全く、今日はアルビス種ばかり問題を起こすとはな」

アルビス種の少年と少女は隙だらけのため、眠らせることができたものの。

「・・・全く、あいつは・・・」

最も止めたかったはずのアルビス種の青年だけは、止められなかった。

『さようなら』
「くそっ・・・!!」

最後の言葉は、余りにも辛い別れの言葉。
誰も望まない、一方的な別れ。
それも。

「お前こそ、それを望んでなかったんじゃないのか・・・?」

愛する妹と、大切な友人と。

「・・・スエード、独りで何が出来る・・・?」

独りで全てを抱え込んで。
闇に染まったのは、自ら望んだ結果ではなかったのに。

いや。

「・・・きっと、諦めないな・・・彼らは」

車椅子の少女も。
幼いBEEの少年も。
そして、勿論この私も。

「・・・スエード、いつまでも私たちが大人しくしていると思うな」

旅立った青年のこころが優しい光に満ちていることを誰もが知っている。
そのこころの為に、彼らは共に戦おうと覚悟を決められる。

「待っていろ、スエード」

きっと独りで戦う日々は、すぐに終わるはずだから。

fin.