決闘

サウザンド・サニー号で航海する船員達の、とある日常。

「あら。楽しそうね」
「ロビン・・・ちょっと違う気がするぞ」
「決闘でしょう?どちらの首が飛ぶのかしら」
「さらっと不吉なこと言うなー!!!」

騒ぐ外野も耳に入らないのか。
いつにも増して人相悪く睨みつけている剣士と、
向かい合う、もう一人のひょろりとのっぽな剣士。

「珍しいわね。ブルックの方が余裕みたい」

いつもなら手合わせなど断りそうな骸骨。
しかし、今回はヨホホと歌い出しそうな、のんびりな態度を崩していない。

寧ろ、三刀流の剣士の方が追いつめられたような緊迫した空気を醸し出している。

「あれ、剣の決闘じゃないのよ」
「どういう意味かしら、ナミ?」
「それがさあ・・・」

   *   *

きっかけは、チョッパーの一言だった。

「なあ、ブルック。あの、敵が眠っちゃう技って、どうやってるんだ?」

サニー号の一階、アクアリウムバー。
巨大な水槽を悠々と泳ぐ魚を眺めていた音楽家は隣の船医を見下ろした。

「眠っちゃう・・・といいますと、『眠り歌・フラン』ですか。あれは技といいますか・・・バイオリンで催眠効果の強い曲を弾いているだけですよ」
「そうなのか!?おれすっごく眠くなったぞ!!」
「おや?チョッパーさんに向けて使用したことはないはずですが・・・」

おかしいですね、と首を捻るブルックに答えを教えてくれたのはナミだった。
手にした雑誌を捲りつつ。

「飛び魚のときよ。チョッパーもルフィも、微かにしか聞こえない音で、すぐ寝るんだから」
「そうなんですか?私、距離を測ったつもりでしたが・・・」
「あー違うんだ、こいつもルフィも単純すぎんだ。
ルフィはヒューマンショップから逃げるときも寝てたな」

どうぞ、とナミに特製ジュースを差し出しながら
サンジが説明を加える。

「ヨホホ!?そ、それは気をつけないといけません!!」
「ま、おれが殴って起こしたが」
「あ、ありがとうございます」

ほっと安堵する。

「そーいやあれって、狙ったやつは寝ちまうんだよな」
「え?あ、はい」
「どんなやつでも、だよな」

念を押してくるサンジにチョッパーも興味を示す。

「そうなのか!?」
「え、あ、まあそうですね。・・・何か?」

にやり、とサンジは笑う。

「よし。マリモで実験だ!!」

唐突な宣言。

「ゾロで試すのか!?」
「面白そうね。賭にしましょ♪」

突っ込むチョッパーに対して
ナミは飽くまでも傍観者だった。
但し、目はベリーの形に変わっていたが。

「か、賭!?」
「掛け金、一口一万ベリーね。あんたが勝つか、ゾロが勝つか」

ナミは賭けにのるであろうメンバーを数え出す。
ブルックは慌てた。

「ちょちょちょちょっと待ってください!」
「何あんた。自信ないの?自分の技でしょ」
「あ、あの、自信とは関係ない気がしますが・・・」
「ゾロも寝ちゃうのかな!?」

純粋なチョッパーは単にわくわくしている。

「チョッパーさんまで・・・!!」
「ブルック。あんたいつも言ってるじゃない。『音楽は力』だって。じゃあ、心配することないじゃない」

はた、と気がつく。

「あ。そうでした!」
「じゃ、決定ね♪」

   *   *

「で、俺たちは全員、お前が寝る方に賭けたわけだ」

ずらりと並ぶ、麦わら一味。
加わっていないのは、船のメンテナンスにいった船大工と読書中の考古学者だけ。
鍛錬を中断された剣豪は
犬猿の仲と称される料理長の台詞に怒鳴り返した。

「おい!!!!」
「何よ。不満?」

航海士がじろりと睨む。

「当たり前だ!!!!何でおれがクソコックの実験につきあわねえといけねんだ!!」

ゾロに実験台になる気は更々なかった。
しかし。

「負けるのが怖いんでしょ」

さらりと言い返され、ついつい墓穴を掘ってしまう。

「っ・・・!?
誰が、怖がるか!!!
あんな曲ごときで、おれが寝るわけねえだろ!!!」
「じゃ、証明しなさい。やるなら、あんたも掛け金一万ベリーね♪」
「っなんで、おれが、金賭けるんだ!?」
「だってあんたしか、あんたが勝つって方に賭けないんだもの。賭が成立しないわ」
「賭とこれとは別の話だろ!!」
「あんたが勝てば問題ないじゃない。
寧ろ、あんた一人勝ちなんだから、もっけもんじゃない」
「そ、そりゃ、そう・・・か」

つられて納得してしまった。

   *   *

そして、今に至る。
ロビンは微笑んだ。

「ふふふ。楽しみね」
「ブルック、いっけー!!」

よく事情が分かっていない船長は、今日も絶好調だ。

「ルフィ、てめえ!!」
「無駄よ、ゾロ。ルフィでさえ分かる勝負だもの」
「ふざけんな!!」
「よおいっ始めっ!!!!」

ナミの合図とともに
シルクハットの剣士がさっとバイオリンを構える。
それに対して、ぎりぎりと歯ぎしりしながら気合いを入れる剣士。

「眠り歌・フラン!!」

さっと奏でられた不思議な音色。
短い旋律にも関わらず脳に響きわたり・・・

ごんっ!!!と派手な音がした。

「・・・あーあ。やっちゃったわね」

前からばったり倒れた緑色の髪の剣士は
ぐがーっと気持ちよさそうに眠っていた。

予想通りすぎる結果に、仲間たちはまあそうかと納得した。
この音楽家の腕は、誰もが認めている。
あっさりと剣豪を眠らせた彼は
突っ伏した仲間をひょいっとのぞき込んだ。

「布団、敷いておいた方がよかったでしょうか?」
「やめとけ」

短く答えた騒ぎの首謀者はくっくっと笑っている。
その隣では。

「「スピーzzzzzz」」

単純と括られた船長と船医が、二人仲良く仰向けで寝ていた。

波は穏やかで、空は偶に鴎が通り過ぎる快晴。
何とも平和な午後である。

ナミはうーんっと背伸びをする。

「ひなたぼっこにちょうどいい風よねー」
「だなー。おーい、ブルック、序でに子守歌でも弾いてやれよ」
「ヨホホホホ!それはいい考えです!」

陽気な骸骨は愛用のバイオリンを再び響かせた。
ゆったりと優しいメロディーは心地よい睡魔を引き寄せる。

「なんだか、私まで眠くなっちゃったわ・・・」
「ふふっ。お昼寝の時間みたいね」
「あー眠てえー」
「分け前は後で計算するわ。サンジ君、あとお願いね~」
「ま~っかせて下さい!!ナミさあああああん!!!」

   *   *

「・・・なにやってんだ、おめえら」

漸くメンテナンスを終えた船大工は呆れたように呟いた。
甲板にごろごろと転がって寝ている男性陣。
座って眠っている女性陣。
その中心で静かにバイオリンを弾き続けていた音楽家が顔を向けた。

「・・・お昼寝ですよ。フランキーさんも如何です?」
「そういうおめえはどうなんだ?」
「ヨホホ、私はみなさんがいるから幸せですよ」
「そうか。んじゃ、この先ずっとおめえは幸せだな」
「ヨホホホ!そうですね!」

心底楽しそうな骸骨をみて、フランキーはふと霧の海を思い出す。
お化け屋敷のような島での戦い。

「・・・おめえ。おれ達がスリラーバークに着いたとき、独りで戦ってたな」
「・・・どうしました、急に」

奏でる子守歌は止めず、ブルックは聞き返す。
フランキーはその正面にどかっと胡座をかく。

「おれが聞かなかったら、おめえは誰にも約束の話をするつもりはなかったんだろ?」
「・・・」

流れる沈黙は、何よりも肯定を表している。

「おれたちを頼るつもりがなかったってこったな」

確かめるように問いかけると、ややあって静かな声が返ってきた。

「・・・あれは、私一人の問題でしたから」

ああ、この声だったなとフランキーは思う。
約束を語ったときと同じ、穏やかで、深い声音。
そこに込められた確かな意志。

「それだけじゃねえだろ。おめえはおれたちを巻き込みたくなかった」
「・・・ヨホホ。買いかぶりすぎですよ」

とぼけたような軽い返事。
フランキーは骸骨の眼窩をじっと見据えた。

「麦わらをなめんじゃねえ」
「ヨホ?」
「あいつはふざけてやがるが、人を見る目はありやがる。
俺たちはごまかせても、あいつはごまかせねえ」
「何を・・・?」
「スリラーバークの門がしまった直後、麦わらは確かに言ってたぜ。
『大切な仲間を連れ戻さなきゃな』ってな」

上陸しようとしていたフランキーやロビンは単に未知の島の探検が目的だったが、
ルフィは探検だけでなく、ブルックを仲間として連れ戻そうとしていた。

「・・・私、別れを告げたつもりでしたが」
「あれくらいじゃ、あいつは諦めねえぞ。それに、やつは分かってたんだろうよ」
「何を、ですか?」
「おめえの強さをよ、」
「・・・強い?私が?」

心底驚いている骸骨に、フランキーは指摘する。

「おめえの剣や音楽も凄えが、それよりもなんつーか、中身だな」
「・・・ヨホホ、私にもう中身はありませんよ!」
「いんや、おめえは一番大事なもんは、ずっと残ってんじゃねえか」
「?」
「『約束』を守り続ける強さ。俺たちは、外見に惑わされてたな」

たった独り、暗い魔の海域を抜けられない絶望の状況で
50年間、仲間との約束と守り続ける強さ。
真似できるもんじゃねえ、とフランキーは思う。

「・・・私に唯一残されたものでしたから」
「そうかもしれねえ。だが、それを守れたのはおめえが強えからだろ」
「そうでしょうか・・・」
「ああ。このスーパーな俺様がいうんだから、間違いねえ。」

にっと笑うサイボークに笑い返す。

「ヨホホ、だといいですね!」
「いいか。俺たちがおめえを仲間にしたのは、おめえを認めたからだ。
おめえ以外の音楽家をつれてきても、ルフィは認めねえだろうよ。ま、俺たちもだがよ」
「フランキーさん・・・」

フランキーは胡座の態勢からごろんと横になった。

「なーんか眠くなっちまったな。俺も寝るか」
「・・・ええ、ええ。おやすみなさい。いい、夢を」

fin.