通信

※アリババが剣闘士の弟子入り前のお話。
原作14巻までは既読ですが本誌は未読ですので、剣闘士の師匠も、モルジアナの故郷の様子も
完全にパラレルだと思っていただければ。

「くっそ・・・。5連勝はきっついぜ・・・」

闘技場に近い宿のベッドに仰向けに転がり、アリババは腕を頭の下にして考え込んだ。
レーム帝国の闘技場にて求めていた剣闘士に出会えたもの、アリババは弟子入りを断られ続けていた。
ずっとその剣闘士を追いかけ続け、とうとうアリババは痺れを切らし叫んだ。

「どうすれば、弟子にしてもらえますか!?」
「・・・ならば、格闘のみで闘技場にて5連勝してみせよ」
「格闘のみ・・・!?」
「しからば、弟子にしてやってもよい」
「・・・わかりました。必ず、5連勝してみせます!!!」

と、宣言したのが10日前。
一向に上達しないことに、そろそろ焦り始めたのだった。
そもそも自分は剣術ばかりで、格闘の基礎も何も知らねえんじゃねえか?と思う。
そして思い出すのは、船上でアラジンがシンドリア王国との通信で使っていた魔法道具だった。
・・・あの通信道具がありゃあ、シンドバッドさんにアドバイス貰えるんだけどな。
いや、あったところで、使えねえ俺じゃ意味がねえか。
ごろりと横になる。

格闘、か。

ふと脳裏に浮かぶのは、いつも自分たちを助けてくれた少女の戦闘姿だった。
そういや彼女は元気にやってるんだろうか。

「あーもっとちゃんとモルジアナの戦い方をみてりゃよかったな・・・。話を聞こうにも手段がねえし・・・」

はあ、と特大のため息をついたとき。

『あの眷属の娘と話がしたいなら方法はあるぞ、アリババよ』

何処からか、聴きなれた声が聞こえた。

「え?」
『ここじゃ』
「アモン・・・?」

寝転がったまま、腰に提げていた宝剣を取り出す。

『お主の魔力の一部を貰って声を飛ばしておる。お主も魔力で眷属の娘の金属器に声を飛ばせばよい』
「ど、どうやるんだ・・・?」
『どれ、最初は手伝ってやろう。あの娘の金属器をイメージせい!』

はっと飛び起きてベッドの上に胡座をかく。
モルジアナの金属器。元は足枷だったそれを、シンドリア王国の職人の手で生まれ変わった黄金の火の鳥。
それはモルジアナのしなやかな腕によく似合っており、
ザガンの迷宮では落とし穴に落とされた自分たちを、その自在に動く鎖で救ってくれた。

『よし、つながったぞい』
「えっ!?マジ?」
『・・・えっ?』

バルバッドの宝剣から聞こえたのは、あの日別れて以来の頼もしい少女の声。
思わず剣を手に取り、星印に顔をずいっと近づける。

「モルジアナか!?」
『・・・アリババ、さん・・・?』
「ああ!モルジアナは元気か?怪我とかしてねーか!?」
『・・・はい』

淡々としたいつもの彼女の声に、アリババは自然と笑みを浮かべていた。

「そっか!よかった!あ、わりい、今話しても問題ねーか?」
『・・・はい』
「そっちは故郷に着いたのか?」
『・・・着きました。でも、まだ何も見つかりません』
「そっか!ならモルジアナはこれからが冒険だな!!」
『・・・えっ?』

僅かにモルジアナの反応が遅れた気がした。
だがアリババはにかっと笑って続けた。

「故郷なんだろ?ゆっくり回って見ろよ!まだ着いたばかりなんだろ?」
『そう・・・ですね・・・』
「気をつけてな!」
『アリババ、本題を忘れてるじゃろう』

うっかりと別れの言葉を言いそうになっていたアリババに、アモンが冷静に突っ込みを入れた。
アリババはぽりぽりと頭をかいた。

「あ、いっけね!
ちょっとモルジアナに聞きてえことがあってさ。
アモンに頼んでこうして声だけ飛ばしてもらってんだ!」
『そう・・・だったんですか』
「ああ。
んでよ、俺ちょっくら剣なしで闘技場で5連勝しねーと弟子にとってもらえねーんだ。
でも俺、格闘なんて素人だから2連勝もやっとなんだ。なんかアドバイスあったら教えてくれよ!
モルジアナが戦うときのコツとかねえか?」
『コツ・・・?』
「ああ。俺、すぐ相手にぶっ飛ばされて終わっちまうんだ」

モルジアナは暫し沈黙した。

『・・・コツ、は分かりませんが・・・』
「おお!」

アリババは思わず声を上げていた。

『・・・アリババさんは、いつも剣術の修行をされていました。
ですが、単純な筋力の鍛錬は余りされていなかったように思います』

はっとアリババは息を呑む。

「そ、そうだな!
モルジアナはいつもでっかい重りつけて鍛錬してたよな・・・!!!
そっか、基礎的な筋力から足りねえか・・・」
『あの、あくまで私の印象なので、その、正しいかどうかは・・・』

少し遠慮がちな声。しかしアリババは彼女の指摘は正しいと確信していた。

「いや!お前のいうとおりだぜ、モルジアナ!ありがとな!!!
・・・って、これ、どうやって切るんだ?」

きょとんと首を傾げれば、アモンが間髪いれず答える。

『お主の意識で切ればよい。わかりにくければ、剣を離せばよい』
「お。そっか。じゃあな、モルジアナ!また会おうぜ!!」
『はい!』

両手で握りしめていた剣をベッドに置けば、何も聞こえなくなっていた。
ごろん、ともう一度ベッドに転がる。

「筋力か・・・。
確かに、俺はそっちは何もしてこなかったな・・・」

ついつい拳の振り上げ方、足の運び方などを考え込んでいたが、どうやらもっと根本的なところから直すべきだったらしい。
よし、明日から重りをつけて修行するしかねえ、と決め、アリババは目を閉じた。

   *   *

草原に点在する巨大な木の下に、モルジアナは寝袋を広げて横になっていた。
満天の星空と、翳した右腕に填められた腕輪。僅かに残った薪の火を反射して、それは黄金に煌めいた。
モルジアナは腕輪をじっと見つめる。

「・・・」

この腕輪にはアモンの眷属が宿っている。
アリババを主とする炎のジンの眷属器。
それだけで十分に特別な腕輪だったのに。

ーモルジアナは元気か?怪我とかしてねーか!?

聞こえてきたのは、未来のため共に戦うと誓った大切な恩人の声。

故郷はマスルールが言っていたとおり、誰もいなかった。
モルジアナの優れた視覚で見渡した限り、何処までも続く草原と、輝く太陽、真っ青な空はあるが、人は一人も見あたらなかったのだ。
立ちすくみ、呆然としていた自分に届いた声。

ーモルジアナはこれからが冒険だな!!

目を見開いた。
誰もいない、と諦めていた自分を導く言葉。
そして思い出す。
ザガンの迷宮に入ったときの恩人たちの反応は、これから何を見つけられるのかの期待で興奮していた。
その無邪気な笑顔。

ー故郷なんだろ?ゆっくり回ってみろよ!まだ着いたばかりなんだろ?

そうだった。
自分はまだ、この国の果てを見ていない。
何処も回っていないのだ。
折角たどり着いた故郷の、ただ入り口ですべてを分かった気になっていた、けれど。
まだ着いたばかりだったんだと、教えられた。

どうしてだろう。
いつもあの人は、自分を自由にしてくれる。

奴隷として付けられていた鎖も、
こうして心を縛っていた絶望も、
彼は始めからなかったかのようにふわりと解放してくれる。

きっと、あの人は、
私のように虐げられてきた沢山の人々を救う王になる。
そんな彼と共に戦い、導くマギであるアラジン。
この二人を守るために、金属器を自由に扱えるだけの力が欲しい。

ぐっとモルジアナは両手を握りしめる。

強くなりたい。
私を救ってくれた大切な人を守るために。

明日からは修行を兼ねてこの国を全て回ってみせる。
モルジアナは決意と共に瞼を閉じた。

fin.