開票結果

※もしも、主人公たちが修行中の頃にバルバッドの選挙が行われたら、というパラレルです。
 時間軸としては14巻で3人が修行に出た1ヶ月後くらい。

南国特有の潮風に吹かれ、眩しい日差しに照らされた城下を見下ろし、くあっと王は欠伸をした。
今日もシンドリア王国は平和で民は活気に満ちている。
よしよし、と満足げに頷き、そしてふと執務室を振り返った彼は、だはあ、と面倒そうに書類の山を横にずらした。
そしてふと中庭に目を向け、昼餉のためにじゃれながら仲良く走っていた3人組を思い出す。

青い髪の幼いマギ、
金の髪の年若い王子、
赤い髪の戦闘民族の少女。

一月ほど前まで日常的に見られた、特別な食客たち。

純真、という言葉がこれほどまでぴたりと当てはまる者たちはいないだろう。
可愛らしい彼らの姿に癒された者も多いと聞く。
迷宮攻略後は、あの煌帝国の皇子まで仲間なり、4人で戯れていた。

だが彼らは今、それぞれの修行のためシンドリア国を離れてしまっていた。

アラジンは魔法の国マグノシュタットへ。
アリババは剣闘士となるべくレーム帝国へ。
モルジアナは故郷である属州カタルゴへ。

シンドリアの臣下たちは寂しがり、特に3人の師匠たちは毎日のように彼らがいつ戻るのか聞いてくる始末だ。

「・・・やれやれ。親でもないのにな」

呟いたとき、執務室の扉が開いた。

「王。バルバッド国の開票結果が届きました」

常に冷静な政務官であるジャーファルが足音のしない独特の歩き方で王に近づいた。

「そうか。無事に投票は終了したのだな」

シンドバッドは頷いた。
バルバッド国は共和制国家に生まれ変わるため、このほど代表者を決める第一回目の選挙が行われたところであった。

「はい。ですが・・・」
「どうした?何か問題でもあったか」
「それが・・・」

ジャーファルが手にした巻物の一つを執務机に広げる。
そこに記された代表候補者は3名。
先代国王の補佐を務めた者、
海洋貿易で豪商と成り上がった者、
兵士として身を立てていた者。
その名前の横には、彼らが獲得した投票数が書かれていた。

彼らの投票数を見て、シンドバッドはばん、と両手をついた。

「これは・・・全ての候補者が、過半数に満たない!」
「はい」

はあ、とため息をついた王はじっくりと巻物を眺める。

「・・・だがおかしい。
この投票はほぼ全てのバルバッド国民が参加したのだろう?
しかし投票数は合計しても到底足りない・・・」
「そうです」

ふう、と軽くため息をつき、ジャーファルが懐からもう一つの巻物を取り出した。

「皆、第4の人物を支持したんです」
「・・・第4?しかし、そんな人物が・・・、」

シンドバッドは腕を組み、数々の女性を虜にしてきた切れ長の目を僅かに細めた。
しかし、瞬時に開く。

「まさか!」

尊敬する王が察したことに政務官は頷く。

「はい」

もう一つの巻物を開く。
国民の9割の投票を集めた人物の名は。

『アリババ・サルージャ』

であった。

「アリババ君か・・・!!」

シンドバッドはどかっと座り込む。
頬杖を突いて確かに・・・。と唸った。
怪傑アリババとしてスラムの人々と共に戦い、かつ王子としてアブマドを廃位し、
国民総奴隷化条約という最悪の法の調印を阻止するため共和制を提示した。

貧民層から貴族まで、全国民がその名前を知り、かつ支持するとしたら彼しかいない。

「・・・王子という地位が無意味となっても、彼自身の価値が無意味になったわけではない。
・・・バルバッド国民は、よくわかっている」
「そういうことです」

そして、ジャーファルは軽く首を傾げる。

「・・・どうなさいますか?修行中の彼を連れ戻しますか?」

暫し思考したシンドバッドはきっぱりと言い放つ。

「いや、彼に伝える必要はない」
「・・・そう仰ると思いました」
「ただ、」
「はい?」
「バルバッド国民には、彼が修行中だと言ってやれ。いつか、必ず彼は帰る、とな」

ふっと笑う剛毅な王にジャーファルも満足そうに微笑んだ。

「投票はどうしますか?」
「まあ・・・やり直すしかないな。
あくまで候補者から選ぶようにと通知するしかないだろう」
「そうですね」

第一回目からやり直しとは前代未聞だが、理由を知れば誰もが納得するだろう。
この幻の結果をいつか彼に見せられればいい、とシンドバッドは思った。

fin.