Goodbye, my friend

※前提:場所は一応、テガミバチの世界です。
   ゴーシュは目覚めた後、ラグにノワールだと見抜かれて町を去ったところです。
   ブルックは・・・シャボンディ諸島から飛ばされてうっかり人攫いに捕まって逃げ出したところで。

町を離れ、見慣れた荒野を独り駆ける。
満天の星空も、今のゴーシュにとってはただの道導にしかすぎなかった。

「・・・っ!?」

まるでゴーシュを待ち構えていたかのように、行く手を一つのシルエットが阻んでいる。
明らかに、人とわかった。それも、かなり身長の高い、男。
・・・政府の追っ手か、それとも・・・。
瞬時に間合いを詰めた。

「ヨホホ!?」

ゴーシュは目の前の人物を認めた途端、僅かに眉を顰めた。
確かに背後を取った筈が、その人物は完全に体ごとこちらを向いていたこと。
そして、何より、黒いフォーマルなスーツにシルクハットの人物には・・・あるべきものがなかったからだ。

ゴーシュの長い旅の人生でも、お目にかかったことなどない。皮膚や目、頬など丸ごとない骨だった。
なのに、何故かアフロの髪はある。

「そ、そんな物騒なもの私に向けないでくださいよ!!面食らってしまいます!!
・・・骸骨なので、面はないんですけどー!!!」

ヨホホホ!!!と勝手に騒ぐ不審人物の言い分をあっさりと無視し、心弾銃を突きつけたまま、次の行動をとりかねる。
ゴーシュは取り敢えず疑問を形にした。

「・・・何者ですか?」
「私ですか?音楽家ですよ!」
「・・・」
「もしかして、疑ってます?ぐさっ!!スカルショーック!!!」

銃を突きつけられ、両手を大きく挙げているはずの骸骨には緊張感というものが全く感じられなかった。
大物なのか、単に鈍いだけなのか分からない。

「僕が聞きたいのは、貴方の素性です」
「音楽家です。証拠、お見せしましょうか?あ、でもこの状況では楽器お見せできませんね!!!ヨホホホ、弱りました!!!」
「貴方は何故骸骨なんですか」

放っておけば何処までも喋りそうな骸骨を遮る。
取り敢えず聞いておきたいことを切り出す。

「おや。そこが重要でしたか。そうなんです、私骸骨なんです。昔はちゃあんと体があったんですけど、1年死んでいる間に白骨化してしまったんですよ。目が飛び出るほど驚きましたよ!!!私、目はないんですけどーーー!!!」

1年死んでいる?
意味が分からないが、確認できるのは。

「・・・生きてるんですか」

「ええ、ええ。一応第2の人生を満喫しているところです。ただちょっと仲間とはぐれてしまいまして。幸い、導は持っているんですけど、約束の時間に間に合うかどうか。何しろ人攫いに遭いまして、やっと抜け出したんですけど現在地も分かりませんし」

第2の人生?
人攫い?
骸骨の答えはゴーシュの疑問を解消するどころか、
益々謎を呼び起こしていた。
しかし、一体何処から突っ込んでいいやら分からない。
どうやらこの変な骸骨にペースを崩されてしまったらしい。

沈黙してしまった青年に骸骨は勝手に挙げていた両手を下ろしよいしょっと胡座をかく。
そして何処からともなく、彼の言う楽器を取り出す。
マイペースすぎる骸骨へ引き金を弾こうとしたゴーシュは、その楽器に目が吹寄せられた。

「バイオリン・・・?」
「そうです、私の楽器!おや、貴方バイオリン弾かれるんですか?」
「いえ、弾きません」
「そうですか」

バイオリンを構え、弓を滑らせる様子に違和感はなく、恐ろしい外見に似合わない澄んだ音が流れ出した。
彼・・・恐らく男だろう・・・が音楽家というのは、どうやら嘘ではなかったらしい。

「この曲・・・」

意識せずこぼれた言葉を聞き逃さなかったらしく、骸骨は一旦演奏を止めて嬉しそうに喋り出す。

「貴方、この曲の続きをご存なんですか?実はついさっき聞こえてきたんですよ!
とっても素晴らしい曲なので是非覚えておこうと耳を澄ませたんですけど途中で途切れてしまって・・・
・・・骸骨だから、耳はないんですけどーー!!!ヨホホホホ!!スカルジョーック!!!」
「・・・」

どうにもハイテンションな骸骨に、ゴーシュはどう反応していいものか判断しかねた。
敵というにも、味方というにも得体が知れない。
知れないが・・・今のところ、この骸骨に戦う気は全くないらしい。

「あ。もしかしてご存じないのですか」
「知っています」

反射的に答えてしまったのは、恐らく思考が停止していたからだろう。
いつの間にか下ろしていた手には心弾銃がまだあったが
もう構え直す気も、ましてや撃つ気力もなくなっていた。
何より借り物とはいえ、心に響く大切な音楽を忘れることはできなかったから。

「それはよかった!!!では」

ゴーシュの答えも聞かずに、陽気な骸骨は再びヴァイオリンを構えて優しい音色を奏でる。

すぐに立ち去るつもりだった。
だが、心が理性に反してその音を聴きたいとー気が付けばその音に身を任せている自分がいた。

隔てる物のない空間に、広がっていくメロディー。
知らないはずの風景が心に浮かんでいく。
いつか見た丘、駆け抜けた少年時代、BEEとして合格した日、妹との思い出・・・。

そのメロディーがぴたりと途切れた。

「・・・ここなんですよ」

骸骨が声を落とす。
心なしか、その声に力がない。
余程残念に思っているらしい。

「この先がわからないですけど・・・教えていただけませんか?」
「教えると言いましても・・・」

ゴーシュはそういった芸術面は頗る苦手だった。
先の音楽は知っていても、どう伝えるのか。
言い澱んでいたゴーシュに、骸骨は明るく伝えた。

「鼻唄で結構ですよ!!!私がそれに合わせます」
「そうですか。その先は・・・」

軽く息を吸い込み、こころに浮かんだメロディーを鼻唄に乗せた。
そのメロディーが借り物の思い出から来たものか、それとも辛うじて残っていた過去から来たものかは分からなかったが。
聴いていた音楽家の表情がぱっと明るくなる。
いや、正確にはなったのが伝わってきた。

「分かりました、ヨホホホホホ!!!よい曲ですね!!では、間違いがあれば指摘してください!」

またもやゴーシュの返事など聴かずに、上機嫌の・・・どうみても骨だけのシルクハットは歌うように音を生み出す。
ゴーシュはある箇所で呟く。

「もう少し高いですね」
「そうですか、このくらいですか?」
「はい」

気が付けば積極的に指摘していた。
ゴーシュが音の高低を指示し、骸骨がそれに従い、修正していく。
何度も繰り返す。

「・・・これで完成ですね!!!では最初から・・・」

ゴーシュの警戒はまだ完全には解けていなかったが、
骸骨の方は嬉しそうに演奏を始める。
ゆったりと曲にあわせて体を揺らす骸骨が少し羨ましく感じた。

すっと目を閉じる。
瞼に浮かぶ面影は、骸骨ではなく、長い金髪が綺麗な優しい女性。
いつもバイオリンを持って、ゴーシュの疲労を癒してくれていた。
あの少年からの借り物の思い出かもしれないけれど、それでも、懐かしいと思えるこころがあった。

「ありがとうございました!!」

明るい声にはっと目を開ける。終始楽しそうな骸骨が立ち上がっていた。

「貴方のお陰で曲が完成しました!!!これで仲間へのお土産が増えましたヨホホホ!!!」

立ち上がった骸骨はゴーシュより遙かに背が高かったが、何故か恐ろしいとはもう思わなかった。

「貴方も、少し柔らかい表情になりましたね!!」
「え?」
「音楽は力です!!気を張ってばかりでは疲れてしまいますよ!!偶には笑って、歌って、楽しまないと!!!」
「・・・」
「では私、仲間との約束がありますので、ご機嫌よう!!」

すたすたと骨だけの極めて異質な人物は去っていった。

   *   *

立ち尽くすゴーシュは、骸骨が何気なく使っていたある単語を呟く。

「・・・『仲間』、ですか」

傍らにいつもいる相棒は、ロレンスへの伝達のため暫し別れている。
組織に属しているといっても、ロレンスの指示に従う集団であって、こころを許す間柄ではなかった。

そして。

もう、戻らないと決めたはずの場所にいる
懐かしい人物の面影が浮かんでくる。
たった一人の妹や、博士や、BEEの同僚や、そして泣きながらノワールを見破った少年。
軽く頭を振って、浮かんだ全てを打ち消す。

仲間など、なくていい。
一人でも、やりとおすと決めた。

ゴーシュは再び走り出した。

fin.

BGM Goodbye, my friend : 鈴木祥子