ONE PIECE小話

『手合せ』

夢をみた。
魔の三角地帯にいたころ、よく見た嘗ての仲間の夢。
死んだ筈の仲間たちがいて、自分を呼ぶ声が嬉しくて駆け出そうとすると・・・。

幻は消え、残るのは深い霧と、ひとりぼっちの現実。

・・・だった筈が。

今、ブルックの前には鮮やかな緑色の髪を持つ人物が
不審そうに睨んでいた。
ぱちぱちと目を瞬く。

・・・私、目なんてないんですけど!!!ヨホホホホ!!!!

「おい。何ぼけっとしてやがる」

喋りかけられて、やっと現実だと認識した。

「・・・あ。ゾロさん」
「本当に呆けちまったのか?」
「・・・すいません。ちょっと、人がいるのに驚いてしまいました」
「はあ?」

薄暗い海の静寂ではなく、降り注ぐ明るい太陽の光と、自分以外の誰かがいる。
それだけで、ブルックは幸せだった。

「・・・返事があるっていいですね」
「・・・。当たり前だろ。もうてめえは一人じゃねえ」

ぽつりと零した一言に込めた意味を、若い剣士は正確に読み取ってくれたらしい。

「そうですね・・・」

独りの時間が長かったためか、ブルックは他人がいることが当たり前に思えなかった。
気を取り直し、問いかけてみる。

「あ。何かご用でも?」
「ああ。手合わせしようぜ」

さらっと言われた言葉に反応が遅れた。
手合わせ?
何を?

「このところ航海ばっかりで腕が鈍ってる」

腕?
目の前の青年は、腰に3本の剣を挿している。
世にも珍しい三刀流の使い手。と、なると。
・・・剣でしょうね、やっぱり。

って・・・剣!?

ブルックの頭がやっと回り始めた。

「むむむ、無理ですよ!!!私に貴方の相手は務まりませんし、命が幾つあっても足りません!!!」

大慌てで手を振る。
何しろ、この剣士の実力はスリラーバークで思い知らされている。
自分が勝てなかった影に勝ったのだ。
どう考えても、ブルックに手合わせできるレベルではない。

「やってみないと分からねえじゃねえか」
「分かりますよ!!!兎に角、私では無理です!!!」
「そうか。残念だな。いい勝負になると思ったんだが」

ほっと胸をなで下ろす。
胸なんて、ないんですけどーーー!!!
去っていく剣士の背中をぼけっと見送る。

「また今度な」
「・・・ヨホ?」

・・・なんか、去り際に凄いこと仰っていきませんでしたか。あの人。

今の自分では全く勝負にならないのは確かだ。
それでもいつか、あの剣士の相手が出来るほど強くなれれば、少しは恩義あるこの一味の役に立てるだろうか?

「私も、強くならないといけませんねえ・・・」

fin.

『脱出』

最後の一音がしんみりと会場を響かせ、消えていく。
シルクハットを取り、深々とお辞儀をしたブルックに観客が次々と立ち上がり、拍手を贈った。
そんな中、一人の女性が舞台へとあがる。

「ふふ。いい歌だったわ、ブルック」
「・・!!!これはこれはロビンさん!いや~お懐かしい!!!益々お美しくなって!!!
・・・パンツ、見せてもらってよろしいですか?」
「いやよ」
「ヨホホホホ!おやおや、手厳しいーーー!!!
お元気そうで何よりです!!!」
「ええ。貴方も。」

ロビンはぐるりと観客を見渡し・・・

「ブルック。悪いけど、このドーム、海軍が包囲してるわ」
「おやおや。何故でしょう?」
「私、追われてるから」
「そうですか」

さらっと流すブルックに観客から突っ込みが入るが、
直後に入り口の扉が強引に開けられ、大勢の兵が武器を手になだれ込んできた。

「追いつめたぞ、ニコ・ロビン!!!」
「舞台の上です!!」
「何だと・・!ブルックさんが人質か!?」

ばたばたと入ってきた海軍たちの会話に、ブルックとロビンは顔を見合わせた。

「おやおや。私人質ですか。
ロビンさんのように美しいお嬢さんなら、喜んで人質になりますよ♪」
「あら。貴方は人質というより騎士の方がお似合いよ」
「ありがとうございます。では、料理長に負けないように、ロビンさんをお守りしましょう!」

混乱する観客席を縫って、海軍たちが迫ってくる。

ブルックはそこで初めてステッキを掴んだ。
たんっと一歩ジャンプするだけでその体は軽々と飛び上がり、次の瞬間、巨大なドームの天井の一部が綺麗に吹き飛ぶ。

「なっ・・!?」

スタッと華麗に着地する。
その手には・・・いつ抜かれたのか、細身の剣があった。
ぽっかりと空いた穴からは太陽の光が降り注ぐ。
余りの早業に、兵士たちがどよめいた。

「仕込み杖!?」
「何て速さ・・・!」
「貴様、ニコ・ロビンの仲間か!?」
「ヨホホホホ!!勿論ですよ!」

いうが早いか、

「眠り歌・フラン!」

素早くバイオリンを響かせ、前方にいた兵士や観客があっさりと眠りにつく。

「ではロビンさん、帰りましょうか、我々の船へ!!」
「ええ!」

ざわめく観客に向かって一言。

「では、皆さん、ご機嫌よう!!!ご縁があれば、何処かの海で!!!」

さっとロビンを抱き抱え、先ほどよりも力強くジャンプすると
天井の穴に吸い込まれるように、その姿は消えてしまった。

fin.

『骨格』

「・・・あのー」
「まだ駄目だ!」
「お役に立てるのはいいんですが、そろそろ・・・」
「もう少しだけ!!!」
「チョッパーさーん」
「おれ、骨格みるの初めてなんだ!勉強になるんだ」
「あの・・・」

サウザンドサニー号内の診察所。
部屋の主はじいっと壁際にただ立っている長身の男・・・厳密にいえばその骨格を観察していた。

ブルックは小さな医者を見下ろしたまま
かれこれ一時間以上身動きが取れなかった。

・・・どうしましょうか。

ちらりと考え込み・・・

・・・まあ、深く考えることでもないですし。

あっさりと放棄した。

骨になって数十年、うち半数以上は独りきり、仲間が出来たのは奇跡としかいいようがない。
尚且つ、この骨だけという異形の体を怖がりもせず
真剣に観察するものがいるとは思いもしなかった。

・・・この海は本当に広いですね。

「チョッパーさんは」
「うわ!急に話しかけないでくれよ!そうだ、診察記録つけないと!!!」
「診察記録?」

背伸びをして目を合わせる小さなトナカイにブルックはおや?と首を傾げた。

「別に私は元気ですが」
「駄目だぞ!ちゃんと診察受けないと、普段と怪我したときの区別が付きにくいんだ!」
「成程。ですが、私は骨だけですから、分かりやすいですよ?
牛乳が万能薬みたいなものですから、骨折しても戻りますし」

事実、骨だけだから負傷したとしても具合は見ての通りだった。
骨が傷つくか折れるかくらいなため、牛乳さえ飲めば回復することは知っている。
軽く返したつもりが、間髪入れず叫ばれてしまった。

「万能薬なんてないんだぞ!!!」
「・・・チョッパーさん?」

真剣な目の船医に、ブルックは益々首を傾けた。

・・・あ。これも45度になってますでしょうか。
今度みなさんに判定してもらいましょう。

改めてチョッパーを見下ろす。

「おれは骨だけの体なんて診断したことないんだ!
でも、万能薬なんてないことはよく知ってる!
だから、おれがちゃんと診断して、ブルックの万能薬になるんだ!!」
「・・・チョッパーさん。ありがとうございます」

骸骨の体など、普通怯えてしまうだろうに
この船医は真正面から医師として向かい合ってくれる。
ブルックは素直に感動した。

「ブルックは骨だけだから、普通の体より衝撃に弱いはずなんだ!ちゃんと診ておかないと!!」

診察室の机に座り、船医らしく書き込むのは新しいノート。
表紙にブルックの名前が書かれていたことに素直に驚く。

「ヨホ?もしかして、私のカルテですか?」
「そうだぞ!仲間ひとりひとりの体調を管理してるんだ!」
「すんばらしいですね~~~~!!!チョッパーさんは立派なお医者さんだ~♪♪」
「こ、こんにゃろー!!誉めても嬉しくなんかないぞ~♪♪」

うきうきと小躍りしている船医が可愛らしい。

結局ブルックが動けるようになったのは、サンジが夕飯を知らせに来たときだった。

fin.

『紅茶』
※レイトン教授とワンピースのクロスオーバーです。
もしもレイトン達がロンドンでブルックに遭遇したら。

「あ、すみません!」

背後からの声に振り返ったエルシャールは
相手の姿を認めた途端、動きを止めた。

朝のロンドンの大通りは休日ということもあり、活気に満ちている。
エルシャール・レイトン、ルーク・クライトン、レミ・アルタワの
3人組は、近所に買い物にいく途中で珍しく徒歩であった。

そんなときに声をかけられたのだが。
隣にいたルークがひいっと後ずさり、レミは威嚇するように両手を構えた。

エルシャールはまじまじと相手を観察した。
・・・背が高い。
見上げなければ、目の前に映るのは相手の服のみ。
黒のフォーマルなスーツ。
スーツを着込んでいるのは自分と同じだが・・・。
胸元にはコバルトブルーのスカーフ。
アクセントに4連の紫のブローチ。
どうやらハイセンスな人物らしい。

「・・・何でしょうか?」
「先生!普通に会話してどうするんですか!」
「教授、新手の敵でしょうか?」

傍らの二人が警戒心を露わにしているのも、無理はない。
エルシャールは相手の顔、と思われる箇所を観察した。

白い頭蓋骨。

覆うべき皮膚はなく、耳も鼻も唇も何もない。
歯が綺麗に並んでいる。
瞼もなく、守られるはずの瞳は空洞。
ただ、何故か見事な黒髪のアフロとその上にシルクハットが乗っていた。

発掘現場で人骨は数え切れないほど見ていたが
動く人骨は初めてだった。

ふむ。

歯のすり減り具合、頭蓋骨の大きさからして。
成人男性。年齢は40歳前後。
50年前程に死亡したものと思われる。

おや。

声帯が無いはずなのに、何故声が出せるのか。

「私、紅茶の専門店を探しているのですが、何処かご存じありませんか?」
「紅茶ですか。それでしたら、この通りを西へ進んだ角の店はアールグレイの専門店ですよ」
「そうですか!ご丁寧にありがとうございます!」

シルクハットを手に取り彼は優雅に一礼し、すたすたと去っていった。
その後姿を見送っていたら、エルシャールの後ろに隠れていたルークが恐る恐る顔を出してきた。

「・・・先生ー。怖くないんですか!?動く骸骨ですよ!!!」
「ルーク。彼は専門店を探していただけだ。そんなに警戒するものではないよ」

エルシャールの隣で漸く構えを説いたレミが手帳を取り出す。
勿論、愛用のカメラは首から常にかけている。

「ですが教授、あの体は明らかに異常です。・・・調べましょうか?」

ふむ、とエルシャールは顎に手をやる。

「うん。大いに興味はあるね。でも」
「でも?」
「・・・紅茶愛好家に、悪い人はいない。今回は、見送ろう」
「先生、基準がおかしいです!!そもそも、人じゃないですよ!!!」
「・・・まあ、教授がそう仰るなら、やめておきます」
「レミさんまでーー!!!」

喚くルークをまあまあ、と宥めつつ、彼らはのんびりと目的地へと歩いていった。

fin.