召喚

青い空に浮かんだ山、広い海、火山。
そして深い森に、街並が続いており、中央には巨大なクリスタルの城が聳えている。

ここは、異世界セフィーロ。
心が全てを決める世界。

嘗てこの世界には、
たった一人の強い心の持ち主、柱の祈りが世界を支えるという柱制度があった。
しかしその制度は
同時に柱となった者のこころの自由を奪うものであり、犠牲を強いるものであった。
伝説に従い、異世界から召喚された3人の少女は、
幾度もの悲しい戦闘を乗り越え、すべての者の祈りが支える世界へと導いたのだった。

このあたりをご存じない方は、
CLAMP原作の「魔法騎士レイアース」を読んでいただきたい。
まあ先ほどの説明が完全なるネタバレをしてしまっていることは
御了承いただきたいのだが。

さて、セフィーロという世界に
東京からやってきた3人の少女がいつものようにクリスタルの城の広間に降り立った。

「よく来たな、ヒカル、ウミ、フウ」

笑顔で彼らを迎えたのは、セフィーロの重鎮である導師クレフである。
700歳を越える長寿なのだが、外見は10歳前後の少年のままで止まっている。
薄紫の髪に青い目。
因みに子供扱いすると杖で殴られるので要注意だが・・・それがなければ思慮深い人物である。

4人はいつものように再会を喜び合ったのだが。
クレフは不意に表情を引き締めた。

「・・・だが、現在、セフィーロにいる異世界の者は、恐らく5人だ」
「「え?!」」

三人娘のうち二人・・・
赤い髪を長い三つ編みにしている獅堂光と
青いストレートの龍崎海は驚いて声を上げた。
一方、残る一人、緑の髪を肩でカールさせている鳳凰寺風は冷静に答えた。

「私たちを除いても、お二人いらっしゃったということですわね」
「ちょっと、どういうことよ!?」

海は軽く混乱したらしい。
それへとクレフも淡々と答えた。

「・・・誰かが願ったのだろうな」
「嘘、そんなにお手軽に召喚できちゃうの!?」
「海さん、ここは心が全てを決める世界ですわ。見合うだけのこころの強さがあれば、可能ですわ」
「ああ」
「凄いね!!!」

光は兎も角感心したらしい。
風は思案顔で声をかけた。

「・・・クレフさん」
「どうした、フウ」
「何故、『恐らく5人』、とおっしゃったのですか?」

風の問いかけに、光はきょとんと親友を見た。

「どういうこと、風ちゃん」
「クレフさんなら、はっきりとした人数が分かるはずです。
ですが、『恐らく』、とおっしゃったのには理由があるはずです」
「・・・私が感じ取った気は、お前達以外に2人。しかし、この二人の気が全く同一なのだ」

海は腕を組んで考え込む。

「・・・どういうことよ?双子とか?」
「・・・いや、姿形が同じでも、こころが異なる以上、気が同一ではありえない」
「・・・どういうことでしょうか・・・?」

海に続き、風まで困ったように頬に手を当てたとき、光がぽつり、と呟いた。

「分かれちゃった・・・とか?」
「ええっ!?」
「ひ、光さん、それは・・・」
「・・・可能性はない、とはいえんな」
「・・・嘘」

風はここで考えても仕方ない、と結論づけた。

「・・・そのお二方は、今どちらにいらっしゃるのですか?」
「・・・取り敢えずフューラに迎えに行かせている。間もなく到着するだろう」

フューラとおは、クレフの精獣であり、一言でいうと空飛ぶ飛び魚である。
光たちが初めて召喚されたときも、彼が活躍したのである。

「ね、クレフ。私たちが迎えに行っていいかな?」
「しかし・・・誰が召喚したのか、召喚された者が何者かも分からんぞ」
「大丈夫だよ!」
「私たちが見極めるわよ」
「それに、いざとなれば戦えますわ」

勢いこむ三人。
クレフがふむ、と思案すること暫し。

「・・・いいだろう。
但し、正体が分からん。いつでも応戦できるようにしておいてくれ」

3人の少女たちは、大広間を出て
導師クレフが召喚したフューラという大きな精獣が帰ってくるだろう、城の入り口へと向かった。

「私たち以外の召喚者ねえ・・・どういうことかしら?」
「まるで魔法騎士みたいですわね」
「風ちゃん?」
「どなたかが異世界から召喚したのでしたら、とても強い願いをお持ちのはずです」
「・・・え?じゃあ・・・」
「その願いを叶えないと、召喚された人は戻れないってこと?」
「・・・その可能性がありますわ」
「・・・」
「平和な願いだと、よいのですが・・・」

   *   *

因みに3人の少女たちは、彼女たち専用の出入り口が
城の内部に設置されているため、外から入ってくることはない。

この入り口は、主に飛行手段から入城する者のために、クリスタルの城の中程に創られた外部との通用口である。
勿論、誰でも侵入で来るわけではなく、城全体を覆うように結界が張られている。
ともあれ3人は通用口から眼下を見下ろした。

「あいっからわずたっかいわね・・・」
「とても美しい眺めですわ」
「あっ!!来たよ、海ちゃん、風ちゃん!!!」

光が楽しそうに空の一点を指さしている。
海と風がその先を辿ると、確かに何かがゆったりと近づいてくるようだった。
やがてそれは羽の生えた大きな飛び魚となり、その背に何やら2つの影があった。

「うわっ!!」

一人はフューラから投げ出され、何とか受け身をとったものの、
勢いを殺しきれず、暫く床を転がって漸く起きあがった。
地味なスーツを着込んだ男性のようだった。

「痛たた・・・。あのトボケたお顔に惑わされたようです・・・。結構乱暴ですね」

一方、ぴょんと身軽に着地した方は、のんびりしていた。
こちらは何処からどう見ても猫だった。

「このくらいで体勢崩すようならまだまだやで」
「こんな巨大飛び魚に乗ったのは初めてなんですよ・・・」
「ボクもやけど」
「って。おや、お迎えですか」
「・・・みたい、やな」

目前の遣り取りをぽかんと聞いていた三人。
海は胡散臭そうに眉を顰めた。

「ねえ、あのおじさんは兎も角・・・」
「猫が喋ってる!!!」

光は楽しそうに答えた。
そこへ冷静な風が解説を加える。

「あれはロボットのようですわ。ただ・・・」

海は力一杯突っ込んだ。

「どーして関西弁なのよ!!!!」

   *   *

自分達以外に、異世界から召喚されたらしい、
男性一人と、猫型ロボット?一匹。

どう対応するべきかしら、と海は密かに考えていたのだが、
それより早く行動に移した者がいた。

「こんにちは!!私、獅堂光!」
「ちょ、ちょっと光、なに勝手に自己紹介してるのよ!」

海は慌てて止めに入ったのだが、

「え?だって初対面の人には、まず自己紹介しなきゃ!」

対する光は当然、とばかりに主張していた。
するとスーツ姿の男性・・・30代後半にみえるが・・・がにっこりと笑った。

「ご丁寧にありがとうございます。私はリーブ・トゥエスティと申します。それからこっちは、」
「ケット・シーいいますー。よろしゅう」

白い手袋をした手を器用に振って猫型ロボットまで自己紹介をしていた。
そして緑の髪の少女も。

「鳳凰寺風と申します。よろしくお願いしますわ」

完全に出遅れた青い髪の少女は、マイペースな友人達に戸惑った。

「え!も、もう・・・。龍咲海よ」

   *   *

「それでは、お3人は別々の学校に通ってらっしゃるのですか?」
「うん!でも週末は集まって、セフィーロに遊びに来るんだ!」
「それは素晴らしいですね」

案内するね!と張り切っている光がリーブと並んで先頭を歩き、様子を伺うように海と風が続いていた。
海はこそっと隣の風に話しかけた。

「ちょ、ちょっと、いつの間にこんなナチュラルに会話してるのよ」
「大丈夫ですわ、海さん」
「何が」
「あのリーブさんと仰る方は、少なくとも肉体系の方ではありませんし、
もしそうだったとしても光さんが負けるわけはありませんわ」
「そうだけど・・・。とんでもない詐欺師だったらどうするのよ」
「そのときは海さんの魔法が炸裂するのでは?」
「風も、ね」
「なんやぶっそうな話しとるなー」

ひょい、とケット・シーと名乗った猫が割り込んできた。

「きゃあ!急に出てこないでよ!!!」
「まあ、盗み聞きなんてはしたないですわ」
「そないいわれても、ボクは元々そっちが本業やで」
「え?」

戸惑う二人。前を歩いていたリーブが振り返った。

「・・・ケット。いきなり敵を作るようなこと言わないでくださいよ」
「そやかて、まだここがどんなとこかわからんで?」
「取り敢えず、私たちの星でないことくらい、分かってますよ。地形が全く違いますからね」
「・・・なんかやたらと落ち着いてるわね」
「まあ。銃を乱射して取り乱されるよりはましですわ」
「風、さっきから言ってることが物騒よ・・・?」

   *   *

大広間。
気配に気づいたクレフが杖を振るうと、扉がゆっくりと開かれた。
入ってきたのは、光たち3人娘と、見覚えのない一人と一匹。クレフはその一人に向き直った。

「・・・そなたが、異世界の者か?」
「・・・そう、らしいですね」

対する一人、男性は穏やかに答えた。
クレフはちらりと光たちを見やり、3人が頷くのを確認する。

「そなた、名は?」
「・・・リーブ・トゥエスティと申します」
「ボクはケット・シーや。で、あんさんは?」

序でに残された一匹が口を挟む。

「私はクレフ。・・・しかし、その生物は・・・そなたのものか?」

クレフはじっとケット・シーと名乗った猫を見て、探るように目を細めた。

「ええ」
「物やない!」

間髪入れずに反論してきた猫に、男・・・リーブはため息をついた。

「・・・ケット。静かにして下さい」
「何でや」
「話が進みません」
「・・・しゃーない、ここは黙っとくわ」
「ええ、そうして下さい」

取り敢えず猫を黙らせたらしいリーブは改めてクレフに向き直った。

「・・・何故私がこの世界に召喚されたのか、教えていただけませんか?
余り長い間留守にすると叱られますので」

リーブの言葉に、クレフはわかった、というように頷いた。

「・・・そなたは、誰かの強い願いによって召喚されたのだ」
「・・・願い、ですか?」

抽象的な単語に、リーブは僅かに眉を顰めた。

「そうだ。このセフィーロは、何よりも意志ががまさる世界。
誰かが願いを叶えるためにそなたを呼んだ。
その願いを叶えることが出来れば、願いは浄化され、そなたは元の世界に戻ることができるだろう」
「・・・意志がまさる世界・・・?」

腑に落ちない、といった表情のリーブに光が力一杯肯定した。

「そうだよ!信じる心が力になるんだ!」
「信じる心、ですか・・・」

まだ納得したわけではなさそうだが、兎も角リーブは肝心なことを尋ねた。

「・・・私を召喚したのはどなたですか?」
「分からん」

クレフは即座に返す。

「・・・。では、願いというのも・・・」
「申し訳ないが、未だ何も分かっていない」

これまたあっさりと返した。

「・・・それは困りましたね・・・」

リーブは手を顎に当て、暫し考えを巡らせているようだった。
そこへ、クレフは冷静に付け加えた。

「だが、異世界の者を召喚できるほどの強いこころの持ち主は稀だ。
ある程度、絞り込めるだろう」
「あっ・・・!!」

そっかあ。と光たちは納得したらしい。

「そなたを召喚した者は必ず探し出す。申し訳ないが、それまではこの国に滞在してもらいたい」
「・・・わかりました。・・・もう一つ、お聞きしてもよろしいですか?」
「構わん」
「・・・『意志がまさる世界』、
とは具体的にはどのような現象を引き起こすのでしょうか?」
「・・・魔法を使う者が強く願えば、威力は比例して強大な力となる。
逆にこころが弱ければ発動すら危うい。
魔法だけではない。
このセフィーロでは全ての現象の出来不出来、果ては未来でさえも意志の力に左右されるのだ」
「・・・意志の力・・・」
「うん!そうだよ!ここでは強く願えば叶うんだよ!」

光の力強い言葉とは対照的に、リーブの表情は少々曇っていた。

「それは・・・なかなか、大変な世界ですね・・・」

はっとリーブを見る三人娘。
クレフはじっとリーブを見据えていた。

「・・・何故、そう思うのだ?」
「・・・行為はまだ他人が制御できる範囲があります。
ですが、心はそうはいきませんよね。
制御しきれない心が暴走すれば、それがそのままこの世界に反映される・・・
そういうこと、ですよね?」
「・・・そうだ」

クレフは静かに肯定した。

「な、なによ・・・」

動揺する海。その不安を振り切る様に、光は叫んだ。

「そんなことないよ!!!みんなで平和なセフィーロを願っているから、こんなに綺麗な世界になるんだよ!!!」

真っ直ぐな少女に、リーブは微笑む。

「・・・そうですね。
きっと、貴方のような人が支えとなれば美しい世界になるんでしょうね」

海はぽかんと二人の遣り取りを聞いていた。

「・・・なんか、ちょっと」
「先ほどから鋭いところに切り込んで来られますわね」

   *   *

取り敢えずの状況説明が終わったらしいとみた海は
先程から気になっていたことを口にした。

「・・・クレフ。今日は他のメンバーはいないの?」
「・・・いや、いる」
「何処にいるのよ?」
「・・・王子とプレセアは、ファーレンの方々と会見している」
「では、アスカさんがいらっしゃってるんですね?」

隣国ファーレンの第一皇女、アスカは風の大切な友人でもある。
ああ、と肯定したクレフは続けた。

「ラファーガとランティスは魔物の討伐へ向った。アスコットは魔法の修行中でな。カルディナは・・・」

言いかけたクレフはふと視線を扉へ。
つられて3人娘+リーブたちが振り返ると。
ゆっくりと開く扉から、ナイスバディの異国の踊り子が入ってきた。

「やっぱりお嬢様方来とったんやなー!!」
「カルディナ?」

彼女は元々隣国チゼータの幻惑士だったのだが、セフィーロで恋人を見つけて、そのままセフィーロに居ついた変り種である。
彼女はぴょんと身軽に跳ねると光の隣に着地し、むぎゅーっと抱きしめた。

「やーヒカルは相変わらずちっこくて可愛いわあー!!」
「か、カルディナ」

いつもの光景に海は早くも呆れ顔である。

「どうしたのよカルディナ?」
「なんや余分に召喚されたもんがいるゆうから、見にきたんや。ん?どはいしたん?」

完全に傍観者となっていたリーブとケット・シーは顔を見合わせた。

「ボクらと同じ訛やな」
「これは驚きですね」

カルディナは光を放すと、ひょいとケット・シーを摘み上げた。

「何するんや!!!」

いきなりの事にケット・シーはご立腹。
因みにリーブはただ見ているだけだった。
カルディナはぷらぷらとケット・シーを揺らす。

「なんやこれ。みたことないけど、チゼータゆかりの生物やったんか?」

問われたケット・シーは首を傾げた。

「チゼータってなんや?」
「何い!?うちらの母国を忘れたんか!?」

そこへリーブが漸く口を挟む。

「いえ、違いますよ。私たちの世界でも、同じ言語を用いている地域があるんです」
「へええー。チゼータ以外にこの言葉使う地域があるなんて知らんかったわ」

物珍しそうなカルディナの後ろで海が小さく突っ込んだ。

「ってカルディナ、私たちの世界でもあるってば・・・」

全く聞いてないカルディナは満足げに笑った。

「よっしゃ、同じ言葉どおし、仲良うしような。おもろいから、うちラファーガにみせてくるわ」
「カルディナ、」
「構いませんよ」

窘めようとしたクレフを遮り、リーブはにっこりと笑った。

「ちょ、リーブはん!!」
「折角麗しい女性から誘われたのですから、男としてちゃんと受けたらどうですか、ケット」

リーブはにこにこと笑っている。

「お。あんたわかっとるやんか」

カルディアはにやりと笑う。
掴まれたままのケット・シーは恨めしげにリーブを睨んだ。

「お誘いちゃうやろ、どう聞いても」
「いってらっしゃい、ケット」

ケット・シーの抗議もさらりと流す。

「リーブはん、後で覚えとけよ・・・?」
「ええ、次に忘れるときまでは確かに覚えていますよ」

何時の間にか傍観者になっていた3人娘。
光は何といっていいのか分からず戸惑った。

「・・・え、えっと」
「なんか、イーグルを思い出すわね・・・」

海はしみじみとオートザム国の元司令官を思い浮かべた。

「この方もなかなかの策士のようですわね」
「・・・風がいうと説得力あるわね」

   *   *

カルディナがやけに上機嫌で部屋を出ていき、
クレフは場を仕切りなおすようにこほん、と一つ咳払いをした。

「・・・さて。こちらはそなたを召喚したものを探し出す。その間、そなたは・・・」
「私も、出来れば捜索に参加したいのですが・・・」

クレフは頷く。

「・・・そうだな。だが、この城の上層部にそなたは入れん。
それ以外なら、案内を寄越す。それで構わないか?」
「ええ。ですが・・・少し捜索範囲を絞ったほうがよさそうですね」
「・・・絞る?」
「流石にこの国全域を対象にするわけにはいきませんから」

にっこり笑ってリーブは上着の内ポケットから、小さなケースを取り出した。
隣のひょっこりと光が覗き込む。
ケースから出てきたものは、束になった長方形の紙で、表には異なる数字が、裏には同じ模様が描かれている。

「あれ?トランプ?」
「ええ。ちょっと占ってみようかと思いまして」
「「「占い!?」」」

驚愕する3人娘。一方のクレフはきょとんと首を傾げた。

「『ウラナイ』、とは何だ?」
「・・・人の運勢や物事の吉凶、将来の成り行きを判断・予言すること、ですわ」

クレフは驚いたように風を見返す。

「・・・そんなことが出来るのか?」
「必ずしも予言が当たるというわけではないと思いますが・・・」

風がちらり、とリーブを見れば、海が丁度詰め寄っているところであった。

「ちょっとリーブ。貴方、占い師だったの?」
「占いと掃除は、幼いころ母に叩き込まれましたから。大まかな場所であれば、特定できますよ」
「・・・本当に?」

海は疑わしそうに畳み掛ける。

「ええ。いつも探し物は占いで見当をつけているんですよ」
「そんなに当たるの?」
「外したことはないですね」

さらりと返され、海は暫し絶句した。

「・・・嘘」
「リーブ、凄いね!!!」

光は単純に感心している。
海は小さく呻いた。

「スーツの占い師ってどんなのよ・・・」
「斬新ですわね」

三者三様の反応を微笑んで見守ったリーブは
あ、とクレフに振り返った。

「・・・すみません、小さなテーブルとかあれば貸していただきたいのですが」
「テーブル?」
「カードを並べたいんですが」
「・・・そうか」

いうなり、クレフは杖を軽く振るった。
杖からの光がリーブの前で集まり、腰あたりの高さで薄いシート状になった。

「・・・この上に乗せてもよろしいのですか?」
「ああ」

リーブはそっと目の前の光のシートに手を乗せてみる。
確かに安定性のあることを確かめ、感心したように呟く。

「凄いですね・・・。魔法ですか?」
「え?リーブの世界は魔法使えるの?」
「ええ。ただ、マテリアが必要ですが」
「マテリア??」

素直に聞き返す光の前に、リーブは何処からともなく小さな緑色の玉を取り出す。
海、風の二人も神秘的な玉を不思議そうに覗き込んでいた。

「これが、マテリア、なの?」
「ええ。種類はあるのですが、このマテリアだと、回復系の魔法が使えます」
「へえー。他もあるの?」
「攻撃魔法、防御魔法、補助魔法、・・・いろいろありますね」
「それは、マテリアを持っていれば誰でも使えるの?」
「どうでしょう?マテリアを使える方に教えてもらえば、恐らく・・・」
「・・・見せてもらってもいいか?」
「クレフ!」
「ええ。どうぞ」

いつの間にか壇上から降りてきていたクレフが緑色の玉をそっと持ち上げる。

「・・・確かに、魔力を感じるな」
「そうなんですか?私にはわかりませんが・・・」
「この世界でも使えるのかな?」
「分からんが・・・」

クレフはじっと小さな玉を凝視していた。
リーブはそれを横目に置いていたカードを手慣れたように切り出す。

「うわあ・・・!」
「確かにいうだけあって、様になってるわね」
「手品師でもいけそうですわ」

リーブは切り終えたカードを素早く光のシートの上に重ね、
カードの山の上から一枚一枚、伏せた状態で丁寧に配置する。
綺麗に並べられた10枚のカードを最後に表向けると、リーブは思案顔で考え込んだ。

「・・・えっと」
「何がわかったのよ?」

結論を急ぐ海に、リーブは素早くカードを纏めた。

「・・・どうやら外に出る必要はなさそうですね」
「どういうことだ?」

回復マテリアを片手に持ったまま、クレフがリーブを見上げた。
因みにリーブは180㎝の長身だが、クレフの身長は小学生並みなので
両者の距離が近づけば、クレフが見上げなければ視線が合わない。
久しぶりに身長差を認識した海と風だったが懸命にもその点には触れなかった。

「探し人はこの城の中にいるようです」
「「本当!?」」
「ええ」
「・・・この城の許可いただける範囲で捜索したいのですが、よろしいですか?」
「・・・よかろう。案内は・・・」
「私たちがしてもいいかな?」
「・・・しかし・・・」

渋るクレフに光は畳み掛ける。

「だって今フェリオ達も忙しいんだよね?だったら私たちが案内してもいいんじゃないかな?」

うーんと考え込む海。

「まあ・・・暇と言えば暇よね」
「範囲を指定してくだされば、私たちでも問題ないはずですわ」

クレフはため息一つ、許可を出した。

「・・・わかった。ところで・・・そなた、武器は持っているのか?」

急に話を振られた相手、リーブはにこりと笑った。

「ええ、ありますよ」

上着から取り出したのは、一丁の拳銃だった。

「・・・銃、か」
「ホントだー!!本物、だよね?」
「ええ。そうですよ」

そんな三人のやり取りの後ろで、海、風の2人はこっそりと囁きあう。

「あの猫はチゼータ、武器はオートザムと来たわね。ファーレンは・・・ないのかしら」
「強いて言えば、あの立ち振る舞い、でしょうか」
「あ・・・。そういえばずっときちっとしているというか」
「とても礼儀正しい方のようですわ」
「礼儀、ねえ・・・。確かにファーレンね」

成程、と納得する海に、妙に真剣な顔で風は囁き返した。

「・・・海さん。お気づきですか?」
「え?何を?」
「あの方。ただのおじさま、と思いますか?」
「え?なんかちょっと胡散臭いけど・・・単なる占い師じゃないの?」
「ええ、その胡散臭さ、ですわ。何かを連想させませんか?」
「え?」
「いつもスーツを着込んで、礼儀があるけれど何処か胡散臭い。
そういった方々を、いつもTVでみていませんか?」
「え・・・もしかして、政治家!?え?嘘、まさか」
「ええ、確定ではありません、あくまで可能性、ですわ」
「でも言われてみれば、地味そうなのに不思議と存在感あるわね・・・」
「・・・でしょう?」

   *   *

一方、カルディナに拉致されたケット・シーは
首根っこを捕まれたまま、ラファーガのところへ連行されていた。

「ラファーガ、こんなとこにおったん?探したんやで?」
「カルディナ。すまない」

と律儀に謝った彼は、そのままカルディナの手からぶら下がっているケット・シーを見て沈黙した。

「・・・」
「ああこれ?なんや召喚されたもんがつれてきたペットらしいわ」
「ペットやない!!!」

心外だったらしく、ケット・シーが噛みつく勢いで速攻で否定した。

「・・・喋る、のか」
「そやで、凄いやろ!」

勝手に会話を進める二人に、ケット・シーはため息をついた。

「ペットやないゆうとるのに、そこは無視かいな」

ラファーガは漸く違和感の元に気づいたらしい。

「・・・カルディナ。この、動物?の喋り方は・・・」

対するカルディナは自慢げにケット・シーを掲げて見せた。

「そうそう、それを聞かせとうて連れてきたんや。どうや?チゼータ訛とそっくりやろ」
「ボクに言わせると、カルディナはんがミディール訛なんやけどな」

ぶら下がったままのケット・シーが負けずに口を挟む。

「ミディールてなんや」
「ボク、というか正確にはリーブはんの故郷や」
「リーブって・・・ああ、あの召喚者のことやな」
「そや」
「そやったら、あのリーブっちゅーおっさんも、この喋りするんか?」
「そやなあー。よっぽど慌てたりせん限りはないけど、訛ることはあるで?」

一人と一匹の会話を聞いていた、というよりも
止められなかったラファーガは思わず頭を抱えた。

「・・・カルディナ」
「ん?どないしたん、ラファーガ」
「・・・混乱する・・・」
「え?なんでや?」

一人と一匹は彼が混乱する理由が分からず、揃って首を傾げた。

   *   *

クレフより案内の許可を貰った3人娘+一人は
大広間よりも下層フロアを中心に捜索することになった。

柔らかい春のような日差しの差し込む廊下を進むと、
向かい側から黒い甲冑を付けた長身の男がゆっくりと歩いてきた。
勿論真っ先に反応したのは・・・

「あ!」

赤い髪の少女であった。

「・・・ヒカル」

黒い甲冑の男は駆け寄ってきた少女を僅かに目を細めて向かい入れた。

「また魔物退治に行ってたの?」
「・・・ああ」
「そっか・・・」

少し不安げな光の様子を見て、彼は無表情のまま続けた。

「・・・沈黙の森付近にしか現れない。数も強さも大したことはない」

淡々と事実しか述べていないが、要は心配ない、と言いたいらしい。

「・・・うん。ありがとう」
「ところでヒカル・・・」
「え?」

男は光を通り越して、その背後を疑わしげに凝視していた。
光はその視線を追い、あっ、と声を上げた。

「うん、この人は今日異世界から来た、リーブだよ!」

リーブは明らかに好意的でない視線をやんわりと笑顔で受け止めた。

「初めまして。リーブ・トゥエスティと申します。お名前を伺ってもよろしいですか?」
「・・・ランティスだ」
「随分と立派な剣をお持ちですね。重くはないのですか?」
「・・・」

ランティスは相手を見極めるようにじっと見据えたまま。
対するリーブはただにこにこと笑っていた。

「・・・ラ、ランティス?」
「・・・お前と共に現れた者は、お前の『影』か?」

三人娘がはっとリーブをみた。
しかしリーブはきょとんと首を傾げる。

「・・・『影』とはどういう意味でしょう?」
「後悔、悲しみ、怒り、そういった負の感情が強くなると・・・心が分離したように、実体化します。
その分離した方を『影』、と読んでいますわ」
「・・・流石は『心が全てを決める世界』、ですね。ですが、違います」
「・・・では、何だ?」
「厳密にいいますと・・・」
「・・・」

ランティスは何も言わずに先を待った。
光たちはただ見守っている・・・
光ははらはらと心配げに。
海は胡散臭そうに。
風はじっと答えを待った。

リーブはにっこりと笑った。

「分かりません」
「・・・分からない?」

予想外の答えだったのか、ランティスの声が少し揺れる。
そしてリーブは笑顔を崩さずに続けた。

「そうですね、敢えて言うなら、私の願望、でしょうか」
「・・・あの姿が、か?」
「ええ、それも含めて」

にこにこにこ。リーブはただ笑っている。
ランティスはじっと無表情でみていたのだが。
小さくため息をつくと、そのまま彼らを追い越し、去っていった。
呆気に取られる一同。海は思わずリーブを揺さぶった。

「ちょっと、リーブ!あのランティスにため息つかせるなんて何したのよ?」

海に捕まっているリーブはのんびりと答えた。

「え?そんなに大したことなんですか?」
「あの無口・無表情・無関心な男がため息なんて滅多にないわ!!」

妙にエキサイトしている海を余所に、光と風は同じことを思った。

ランティスは彼の親友、
イーグルを思い出したに違いない、と。

   *   *

召喚した人を探している3人娘+リーブの4人組。
初っ端から遭遇率の低いはずのランティスに会うことが出来、
これは意外と早く見つかるのでは、と楽観視していたのだが。

3時間後。

「・・・それにしても・・・」

げっそりとした海が呟く。

「見つかりませんわね」

その先を風がすぱっと言い切った。海の肩がワナワナと震える。

「ちょっと!ここはセフィーロで特に心の強い人が働いてるところじゃないの!?
なのに目ぼしいところってランティスくらいしか会ってないじゃない!!!!」

人通りの少ない廊下にことの他響いた。

「う、海ちゃん」

そう。
一向にそれらしき人に会えなかったのだ。
入れるところは片っ端から入った。
厨房にもお邪魔し、風呂場もこっそり覗き、そこに従事している人にも聞いて聞いて聞きまくった。
しかし、誰も猫ロボットと中年男を呼び出した覚えはないという。

「・・・まあ、普通はないでしょうねえ」

のほほんとリーブは笑った。
意外に最も積極的に行動していた海ががくっと転けた。

「リーブ・・・。貴方のことでしょ?もうちょっと焦ったらどうなのよ」

呆れ返っている海は多少責める様な口調になったのだが、
のんびりな男の態度は、相変わらずのんびりであった。

「それはそうなんですが。
この城の上層部に、心の強い方が集まっているのであれば、
私の許可されている捜索範囲でお会いする確率は、相当低いはずです」
「・・・うっ」

最もな意見に海がたじろぐ。

「それに、限られているのであれば、焦らずとも私の許可範囲はすぐに制覇できるでしょう」
「ううっ・・・」

海は特に反論が思いつかなかった。

「ですが」
「な、何よ」

海は身構えた。

「ありがとうございます」
「・・・ど、どういうことよ」

動揺する海に、リーブはにっこりと笑った。

「私を心配してくださったのでしょう?ウミさんも、そしてヒカルさん、フウさんも。
協力してくださって、本当にありがとうございます」
「し、心配なんて・・・」
「まあ。困ったときはお互い様ですわ」
「そうだよ!気にしないで!」

海は否定しようとしたが、光と風があっさりと返していた。
風はにっこりと笑顔で提案した。

「そうですわ。休憩を兼ねて、居住区に行ってみてはいかがでしょう?」

   *   *

光は一番に外へと飛び出した。

「うわあ・・・!」

廊下を抜けた先。

穏やかな青空の下、石畳が途切れた先には代わりに草花が広がっていた。
中央の噴水がきらきらと輝き、蝶がひらひらと舞っている。
それ追って、子供達がはしゃぎながら駆け回る。
大人たちは木陰に座って談笑し、子供達を見守って居る様だった。

「相変わらずここは綺麗ねえ」

光に続いて居住区に踏み入れた海は、日差しを片手で遮りつつも、うんうん、と頷いた。
風はその後ろから歩み寄り、周りを見渡した。

「・・・皆さん、噴水の前で休憩しせんか?」
「そうね。それがいいわ。・・・って、リーブ?」

何気なく振り返った海が、怪訝そうに最後の一人を呼んだのだが。

「・・・リーブさん?」
「どうしたの、リーブ?」

海の態度から、つられた二人が同じ様に振り返ってみると、
リーブは石畳の上で立ち止まっていた。
日差しの下にいる3人娘からは丁度影になっていて、表情は伺えない。
ただ、微動だにしなかった。

「リーブ・・・?」

時が止まったかの様なリーブ。
先程までとは明らかに異なる様子に、近寄ることも声をかけることも憚られ、3人娘はただ見守った。
暫し沈黙が続いた後、彼は小さく呟く。

「・・・花」
「え?」

聞き損ねた光がきょとんと首を傾げる。
それに答えず、リーブは酷くゆっくりとした歩調で居住区に足を踏み入れた。
表情は何処か、遠い過去を見ているようにぼんやりしているようで。

「ど、どうしたの、リーブ!」
「・・・」

焦ったような海の問いにも答えず、
リーブは居住区の入り口で咲いていた、小さな白い花の前で膝をつく。

繊細に扱うように、そっと、花弁に触れる。
彼は穏やかに、そして優しく微笑んだ。

「・・・リーブ」
「リーブさん」

海と風は安堵した様に名を呼び、
光は嬉しそうにリーブに駆け寄った。

「・・・リーブはお花が好きなんだね」
「・・・ええ。その資格は、ありませんが・・・」
「え?」

傍の光に、リーブは笑顔を向けた。

「・・・すみません。花を一望できる場所はありませんか?」
「お花?えっと・・・」

戸惑う光を遮る声。

「案内するわ」

光はきっぱりと断言した相手を振り返る。

「・・・海ちゃん?」
「こっちよ」

短く返すと、蒼い髪の少女は居住区の奥へと進んだ。
海を追って、リーブはゆっくりと歩き出す。
光は立ち止まったまま、ぽかんと側にいた親友を見上げた。

「・・・どうしたんだろ、海ちゃん」
「・・・海さんはお優しい方がお好きなんですわ」

風はふんわりと笑った。
つられるように光は嬉しそうな笑顔に変わる。

「そっか。・・・そうだね」

   *   *

居住区を抜けた先の、小高い丘。
花畑のように見渡す限り真っ白な花が咲き乱れていた。
リーブは優しい情景を目に焼き付けるように佇む。
3人娘はリーブの後ろでじっと見守っていた。

静かな声で彼は語り出した。

「・・・昔、私の星では魔晄というエネルギーが使われていました。
その頃はまだ、地上へ吹き出した天然のものしか使用できませんでした。
そこで、それを地中から取り出し安定供給をする手法を・・・私は確立しました。
安定したエネルギーにより人々の生活は豊かになり、都市は発展していきました」

ですが、とリーブは言葉を切る。

「・・・魔晄エネルギーは、星自身および星にすむ全ての生物の生命エネルギーそのものだったんです」
「え・・・」

光が目を見開く。
リーブは振り返る。
そこに笑みはなかった。
これまで一度も見せなかった、真摯な表情。

「それを無理矢理吸い上げ、使用していけば・・・どうなるか、分かりますか?」

光は何とか答えを返した。

「えっと、星が死んじゃう・・・?」

リーブは重々しく頷く。

「ええ。ほぼそれに近いところまでいきました」
「・・・」
「星は滅びをなんとか退けましたが、そのために都市も、人々も、多くが喪われました・・・」

淡々と語られる内容は、余りに重い過去。

「・・・私が殺したも同然です」

リーブは3人の視線を一度も外すことはなかった。

「だから、都市・・・ミッドガルには
特殊な場所を除いて、花を見かけることすらないのですよ・・・」
「・・・」

少女たちが何も返せないうちに、リーブはまた背中を向けていた。
その背中を、そして一面の花を見比べた光は一歩進み、はっきりと言葉にした。

「でも、いつかきっと、花は咲くよ」
「・・・え?」

もう一度振り返ったリーブに光は笑顔で言い切った。

「だって、リーブがそれを願っているから!」

軽く目を見開いたリーブは、やがて静かに首を振った。

「・・・私の世界は、意志が反映する世界ではないですよ」

そこへ海は畳み掛ける。

「私たちの世界もそうよ」

風はそっと目を閉じた。

「私たちの世界も、あるエネルギーを使用し
環境破壊を繰り返しています。でもその一方で
環境に優しいエネルギーを用いるための活動を漸く始めていますわ」

にっこりと彼女達は笑う。

「・・・だから、きっと、リーブの世界も、大丈夫!」

力強い言葉に、リーブも微かに笑みを浮かべた。

「・・・そう、ですね・・・」

   *   *

3人娘と男1人が花を眺めていた頃。
大広間に残っていたクレフは、上層部のもの達に召喚の心当たりはないか調べていたが、
有力な情報はなく、どうしたものかとため息を一つついていた。

ふと顔をあげる。

失礼します、と遠慮がちの女性の声にクレフは扉を指差す。
開いた扉から、長い金髪をポニーテールに纏めた女性が大広間に入ってきた。

「プレセア」
「はい、只今戻りました」
「ご苦労だったな。王子達はどうした?」
「皆一度自室に戻ったようです」
「そうか」

プレセアはそのままクレフの座る玉座へと歩み寄る。

「ヒカル達が来ているそうですね」
「ああ」
「それから・・・」

プレセアはクレフの傍に立つと、少し声を落とした。

「・・・ヒカル達とは別に、異世界の者が現れたと聞きましたが・・・」
「ああ。リーブと名乗る男と、彼のロボットらしい。だが、・・・それだけではないらしい」

え?とプレセアはクレフを覗き込む。

「どういうこと、でしょうか?」

クレフはふっと目を伏せた。

「先ほど軽くリーブの心を読みとろうとしたが、出来なかった」
「え・・・?」

優れた魔導師は対象者に触れることで心を読むことが出来る。
最高位の魔導師であるクレフは、目を見るだけである程度探ることができる。
のだが。

クレフはリーブの気配を辿るように、目を開いた。

「つまり、彼は日頃より読まれないよう心を防御しているのだろうな」
「・・・それって・・・」

クレフは軽く頷く。

「恐らく、何らかの集団の重鎮だろう」

暫くして、傍からぽつりと声が届いた。

「・・・悲しいですね」
「・・・プレセア?」

短いながらも、寂しげに響く声にクレフは傍の女性を見上げる。
彼女は憂いを帯びた長い睫毛をそっと閉じた。

「そのリーブという人も・・・
ずっと気の抜けない日々を過ごしていると・・・そういうことですよね」
「・・・そうだな」

再び扉を見遣り、クレフは軽く頷く。
心を簡単に読み取られてはならない生活。
高度な駆け引きや決断を迫られる者は必ず強いられるものだろう。
あの男は一体何を成そうとしているのか・・・

思考に沈んでいたクレフの心に、直接響く綺麗な声。

「貴方も、です」
「・・・え?」

声に絡みとられるように、顔を上げる。

「導師として、当然のことかもしれません。ですが・・・」

彼女の優しい気遣いに、クレフはゆっくりと首を振る。

「プレセア、私は・・・常に気を張っているわけではない」
「ですが」

尚も心配そうな女性に微笑みかける。

「気の置けない者が側にいるとき、誰でも心を解放するのではないか?
・・・今の、私のようにな」
「・・・え?」
「・・・あの者も・・・確かに正体は掴めなかった。だが」

笑顔の裏に隠された厳しさと同時に
微かに感じた波動は。

「・・・恐らく本質は、人を想うものだろうな。
ならば、あの者にとっての気の置けない者もいるだろう」

きっぱりと断言すると、漸く傍の女性に笑顔が戻る。

「・・・はい」

プレセアに本来の笑顔が戻ったことを確認したクレフは、
かくんと首を傾げた。

「・・・しかし、何故あのロボットまで召喚されたのだろうな」

誰かの強い願いによって召喚されたのであれば、
願いを叶えるために必要なものだったと考えるべきである。

つられたようにプレセアも小首を傾げた。

「どのようなロボットなのですか?」
「・・・お前も創師として気になるか?」
「はい。オートザムでも見せて頂きましたが・・・」

オートザムは高度な機械文明を持つ隣国である。
衣類から武器、建築物まで多様に創り出せる創師であるプレセアは
異文化の交流としてオートザムの技術を学んでいた。

「オートザムのロボットは、軍事用に特化されていました。
リーブという人が持ってきたロボットはどういったものですか?」

ふむ、とクレフは回想する。
リーブと共に現れた機械じかけ。

「・・・人に近いな」
「人?」
「・・・我々のように二足歩行と会話が可能だ。但し、外見は人というよりは別の生物だが」
「別の生物?」
「獣が立ち上がり喋れるようになった、と言った方が判りやすいだろうか」

ぴくりとプレセアが反応する。

「・・・獣、ですか」
「ああ」

プレセアは暫し沈黙し、徐に口を開く。

「・・・それってもしかして・・・毛並みがふさふさして耳がこう・・・頭の上にあったりしますか?」

彼女は人差し指で自分の頭に三角の耳を描いて見せた。
クレフは目を瞬いた。

「・・・その通りだが・・・。何故、それを?」
「・・・それが・・・」

   *   *

「すまなかったのじゃ・・・」
「アスカさん?」

クレフに呼び出された3人娘は、大広間に戻ってきていた。
少々混み合った話になると言われたため、部外者であるリーブは他室で待機している。
彼女達が戻ると、クレフ、プレセアの他に、本日セフィーロを訪問していたファーレン国の皇女、アスカという少女が集まっていたのだが。

小さな黒髪の皇女がいつもよりも身を小さくしてしょげていた。
彼女と大の仲良しである風は彼女の前に膝をつき、目線の高さを合わせて覗き込んだ。

「その、サンユンにどうしても見せたかったのじゃ・・・」

じわりとアスカの眦に涙が溜まっていく。
サンユンとはアスカ皇女のお側役であり、兄妹のように仲の良い少年である。
風は慰めるように彼女の両手をきゅっと握った。

「落ち着いてください、アスカさん。サンユンさんに何かあったのですか?」

ぐすんとしゃくり上げる少女の代わりに、クレフが簡潔に告げた。

「・・・少々質の悪い風邪を拗らせたらしい」
「そうなんですか?」

こっくりと少女は頷く。

「それで、どうして・・・」

「サンユンが研究しておる古代ファーレンにはな、その、どんな病気でも完治させる伝説の獣がおるのじゃ」
「・・・獣、ですか」

いやな予感がした。

「その獣はな、普通の獣ではないのじゃ。
見た目はその、頭の上に三角の耳がついておってヒゲがあって、けれど人間のように立って歩いて喋って、
たちまち病を治してしまう・・・のだそうじゃ」
「・・・」

光達は黙り込んだ。
余りにもイメージ通りのものを知っていた為に。
海は腕を組んで結論を出した。

「・・・それであの猫が召喚されたってこと?でもあの猫は単なるロボットじゃ・・・」

海の言葉を遮る様に、アスカは小さな拳を振り上げた。

「見せれば治るかもしれん、いやきっとサンユンのことじゃから喜びのあまり病などぱっと治る!!
・・と、思いこんでしまって・・・」

しゅん、と再びアスカは俯いてしまった。

「そうだったのですか・・・」

風はアスカの涙をそっと拭ってやる。

「・・・アスカさん。
どうして相談してくださらなかったのですか?
チャンアンさんも、他の方々も協力してくださったでしょう?」
「皆口を揃えて、風邪だからすぐ治る、というばかりなのじゃ・・・」

小さく答えたアスカの声は消え入りそうになっていた。

「・・・分かりました」
「フウ?」

僅かにアスカが顔を上げた。
風は優しくにっこりと笑った。

「これからは私にも相談してくださいな。
私は出来る限りセフィーロに参ります。
そして、アスカさんはセフィーロ宛にご用があれば連絡してください。きっと会えますわ」

ぱああ、とアスカの表情が晴れていく。

「・・・本当かえ?」
「ええ、約束しますわ」

勇気づけるように風もとびきりの笑顔で返した。
はい、と右手の小指を出し、アスカの右手の小指に絡める。

「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます、指切った♪」

風が歌い終えて小指を外すと、アスカは自分の小指を見つめながらきょとんと尋ねた。

「・・・針千本飲むのかえ?」
「いいえ、これは約束を破ったときの罰ですから、私が約束を守れば飲む必要ありませんわ」
「約束じゃ!!!」
「勿論ですわ」

アスカの元気が戻ったことを確認した風は
立ち上がってクレフ達に言った。

「・・・ではまず、リーブさんに事情をお伝えしなければいけません」
「ああ。恐らくケット・シーをサンユンに見せれば、リーブ達は元の世界に戻れるだろう」

クレフが承諾すると、光があっ!と声を上げた。

「ケット・シーはカルディナが連れてっちゃったままだよ!」
「ケット・シーとは何かえ?」

聞き慣れない言葉にアスカが光に振り返った。
海は投げやりな説明をした。

「あー猫型歩行ロボットよ」

途端にアスカの目が輝き出す。

「立って歩くのかえ!?」
「・・・病気は治さないと思うけど・・・」

   *   *

隣室に待機していたリーブは、事情を聞き終えて僅かに顔を顰めた。

「・・・ケット・シーを、ですか」
「うん。ある人に見せたいんだ」

光が簡潔に答えると、リーブはソファに深く腰掛け、暫し考え込んだ。

「構いませんが・・・その、見せる相手は、この国の重役ですか?」
「ちょっと違うわね」

座る光の側に控えていた海が即座に返す。

「他国の凄い人だよ!!」
「・・・そうですか・・・」

あまり乗り気でなさそうなリーブに窓辺で様子を伺っていた風が尋ねた。

「どうしました?」
「・・・できれば、その方にお会いするまでケット・シーを目隠ししていただけませんか?」
「え?どういうこと?」

光は素直に首を傾げた。
その問いに、リーブは言葉を選ぶようにゆっくりと話し出す。

「ケット・シーはただのロボットではありません。周囲の情報を蓄積する機能があります。
ですから機密情報は彼に見せないようにしてもらえませんか?」
「え!?そんな高機能ロボットだったの!?」
「ええ」

反射的に叫んだ海にも、リーブは表情一つ変えず、冷静に頷く。
少し離れて様子を伺っていた風は、静かに口を挟む。

「・・・そういえば、最初にケット・シーが言ってましたわ。
盗み聞きなんてはしたないと私が申し上げたあとに、『元々ボクはそっちが本業』だと」

はっと少女二人が表情を変える。
リーブは真意を見透かす緑の双眸を受け止める。
僅かに緊迫した空気を壊さぬよう、微かに微笑んだ。

「・・・ケット・シーは元々偵察用ロボットだったんですよ」
「それって、セフィーロも偵察しちゃったんじゃ・・!!」
「はい」
「ええ!?」
「で、でもケット・シーを連れていったのは」
「カルディナさんですわね」

風を除き、混乱しそうな二人の少女にリーブは安心させるよう穏やかに笑った。

「・・・大丈夫です。
今のところ、ラファーガさんにお会いしただけですから」
「そ、そう」

海はほっと息を吐く。光にも笑顔が戻っていた。
しかし、風は硬い表情のままだった。

「・・・リーブさん。
何故、ラファーガさんをご存じなのですか?」

静かな問いかけに、リーブは何も答えなかった。
光と海は遅れて風の指摘を理解する。
光たちは勿論ラファーガを知っているが、リーブは彼に会ったことすらない筈だったと。

風はゆっくりと光たちの傍へと移動する。

「そもそも、あのケット・シーは不審な点があります。
ロボットなのに、クレフさんは『生物』と仰っていました。
そしてランティスさんはケット・シーをリーブさんの『影』ではないかと疑っていました。
これはつまり、ケット・シーは、何らかの形でリーブさんと関係のある生命の可能性がある・・・
ということではありませんか?」
「そ、そういえば」

三対の視線がただ一人に集まる。

「・・・どうですか?」
「・・・風さんは頭の良い方ですね」

詰問されているというのに、リーブの態度は穏やかなままだった。
緊迫する場面に慣れているのだろうと風は感じ取った。
煮え切らない態度に、海は光の隣に乱暴に座る。

「はぐらかさないで。どういうことよ」

リーブは殊更ゆったりとした動きで足を組む。

「・・・ケット・シーは元々はロボットですよ。
誰でも遠隔操作のできる偵察用ロボット・・・でした」
「元々ってことは、今は違うの?」

光は素直に聞き返した。
ええ、とリーブはあっさりと頷く。

「・・・彼は彼の意志を持っています。・・・私の、能力によって」
「能力?」

海は思い切り顔を顰める。

「『無機物に命を与える異能力』、インスパイア・・・と呼ぶ人もいますね」
「命を与える・・・!?」

流石に3人の顔色が変わる。
本当にそんな能力があるのか。
この男は誤魔化そうとしているのではないか。
海が内心疑っていたそのとき、リーブが付け加えた。

「と、いっても私自身よく分かっていませんが」

ずるっと三人が転けた。

「そ、それでいいの・・・?」
「ええ。私の能力によって彼は彼の意志を持ちました。
そして、この能力によって彼と私は繋がっているのですよ」
「繋がっている?」

3人が半信半疑であることもわかっているだろうに、リーブはのんびりと説明を続けた。

「離れていても、会話が出来ますし、彼の経験はすべて、私に伝わっています」
「ええ!!?」
「す、凄い・・・!」

ぽかんとする2人に対し、風はやはり冷静だった。

「では、今ケット・シーが何処にいるのかもわかるのですか?」

くすりとリーブは笑った。

「ええ。まだカルディナさんとラファーガさんのところで訛対決をしていますよ」
「カルディナ、喜んでたよね」

光は既に警戒を解いたようだったが、海はまだ言いたいことがあった。

「ちょっと、待って。
それじゃあケット・シーがいれば貴方スパイし放題じゃないの!!!」

しん、と部屋から音が消える。
怒りを顕にした海がきっと睨みつける。
リーブははっきりと答えた。

「・・・ええ。その通りですよ」

光は目尻を吊り上げている海を心配げに伺った。

「う、海ちゃん!」
「海さん。どうして怒ってらっしゃるのですか?」
「だって、リーブが悪いのよ、黙ってセフィーロをスパイするなんて!!!」
「不可抗力ですわ。リーブさんもまさか異世界に召喚されるとは思われなかったでしょうし」

宥めるような風の口調に、海の口調に益々きつくなるばかりだった。

「風はこいつの味方なの!?」
「いいえ。海さんの味方ですわ」
「じゃあ、どうして!?」

海の詰問に答えず、言い合う自分達に静かな視線を注ぐ男へと尋ねた。

「リーブさん。貴方は、態とラファーガさんの名を口にしたのではありませんか?」
「・・・え?」

海の動きがぴたりと止まる。ぎこちなく振り返りる。

「いえ、その前に、
ケット・シーに目隠しをする、なんてこと黙っていればよかったのではありませんか?」

リーブは答えない。

「私は、リーブさんがケット・シーの正体をわざわざ教えてくださったとしか思えないんです」
「・・・どういう、ことよ」
「私たちはケット・シーがちょっと特殊なロボットらしい、という認識しかしていませんでした。
その正体をわざわざ私たちに提示しても、リーブさんにとって得なことなどありません。
寧ろ海さんのように激怒されて、下手すれば投獄ですわ」
「ふ、風」
「風ちゃん・・・」

光と海は風とリーブを交互に見遣ることしかできなかった。
そういえばこの二人は何処か似ているかもしれない、と光は思った。
イーグルと同じく、普段はにこにこと笑っているが冷静に周りをみているところとか、
滅多に表に出さないが、内に秘めている、何か絶対的なものが。

強い、心が。

「どうですか?」

ふう、とリーブは息を吐き出す。

「・・・お手上げですよ、風さん。
異世界とはいえ、無断で機密情報を奪うことは出来ませんから」
「それだけ、貴方は情報の重要性を知ってらっしゃる・・と思います。
・・・リーブさん、貴方は貴方の世界で何をしてらっしゃるんですか?」

動かない男の目を捉える。
漆黒の瞳。
揺らぎのない視線は、闇に引き込む深淵ではなく寧ろ、
何故か、眩しい光。

人々を導く、明かりのような。

風は、確信した。
恐らく、この男は。

「リーブ・・・?」
「・・・まさか私の正体まで聞かれるとは思いませんでしたね・・・」

彼はゆっくりと首を振る。

「・・・組織の取り纏めをしているだけですよ」
「だと、思いましたわ」

にっこりと風は笑う。

「どんな組織なの?」
「・・・星に害をなすあらゆるものと戦う、という組織ですよ」
「凄い・・・」
「え?」

思わぬ反応だったのか、リーブの目が僅かに開く。
風は思案顔で呟いた。

「自衛隊みたいなものでしょうか」
「ジエイタイ?」
「ええ、国を護るための軍隊ですわ」

リーブははっきりと苦笑した。

「軍隊・・・ええ、まさにその通りです」

再び穏やか雰囲気に戻っていたが、ふと隣の親友がふるふると震えていることに気づいた。

「・・・光、さん?」
「凄いよリーブ!!!じゃあずっと星を護るために戦っているんだよね!?」

どうやら感激して身を乗り出している光とは対照的に、
リーブは若干及び腰になっていた。困ったように笑う。

「・・・といっても、私自身の戦闘能力はほぼ皆無ですが・・・」
「でも、みんなで護っているんだよね!?」
「・・・その、つもりですが・・・」
「・・・ごめんなさい」

小さく割り込んだ弱々しい声。
残りの視線が彼女に集まった。

「・・・海さん?」

海は視線を外すように俯いていた。

「その、一方的にスパイだなんて決めつけてしまって・・・」
「構いませんよ。事実ですから」

リーブはあっさりと肯定した。

「・・・でも、」

顔を上げた彼女に、風は優しい笑顔を向けた。

「海さん。よかったですわね」

その笑顔の意味がわからず、海はたじろぐ。

「・・・な、何のことよ、風」
「海さんが思ったとおり、リーブさんがお優しい方だということですわ」
「・・・優しい?私が?」

呆気に取られたようなリーブに、光に満面の笑みで頷いた。

「うん!!」
「・・・花をみてあんな風に微笑う人が優しくないわけがありませんわ」

   *   *

ファーレン国の皇女アスカには、お気に入りのお側役がいる。

小さい頃から乳兄妹として育ったサンユンである。
彼は一見ギャグな顔をしているが、若い割りに中々思慮深く勉強熱心な少年として
皇女アスカを始め、大臣チャンアンからも厚い信頼を寄せられている。

しかし、その彼は2週間ほど前から厄介な風邪にかかり、高熱のためずっと自室に寝込んだままだった。
大きめの寝台に埋もれて、熱に浮かされた赤い頬で、こほっと時折咳を繰り返していた。

コンコン、と控えめなノックの音に、サンユンは円らな瞳を扉に向ける。

「・・・はい」
「申し訳ありません、サンユン様。どうしても貴方にお会いしたいという者が」
「・・・どちらさま、ですか」
「是非ご自分でお確かめください」

サンユンは不思議な返答に少し戸惑うが、いつもの侍女の落ち着いた声を信用することにした。

「・・・わかりました、通してください」

こほこほ、と咳をしながらゆっくりと半身を起こす。

ゆっくりと開かれた扉から現れたのは、
小柄なサンユンよりも小さい影。
てこてこ、と人のように歩いてきたそれは、白黒の獣だった。

ぱちぱち、と目を瞬いてみたが、幻ではないらしい。

どうして獣が二本足で歩いているんだろう、とぼおっと見ていたら、彼?はにこりと笑った。

「こんにちは、サンユンさん」
「えっ・・・!?」

まさか喋るとは思わず、サンユンはぽかんと口を小さくあけた。
改めて獣の全身を眺めた。
頭の上に王冠を乗せ、赤いマントを羽織り、手には白い手袋をしている。
三角の耳がちょこんとついていて、なんとも可愛らしい縫いぐるみ。
・・・にしか見えないのだが。
これが喋ったのである。どう考えても、非常識極まりない。
ふ、と緊張を解く。

こんな不可思議な獣が生きているわけがない。
ならばこれは、獣に似せたものが、歩くよう作られているだけ。

「・・・機械駆動、ですね。確か、オートザムではロボット、と。
アスカ様のご命令ですか?」

サンユンが切り込むと、彼?は僅かに肩を竦めた。

「・・・おや。どうやらお見通しのようですね」

ああやっぱり、とサンユンは弱々しく笑った。

「アスカ様くらいですから。私の研究を支持してくださっているのは」
「そうなのですか?」

きょとんと首を傾げる姿が人間のようで、本当によく出来た機械駆動だと感心する。

「はい。そんな古代のありもしない伝説を研究しなくてもいいのではないか、と何度も言われていましたから」

言いながらサンユンは項垂れた。

「確かに、そうですよね・・・。
文献でも、その獣に幻術が施されていたのではないかという説があるくらいですし・・・」

こほっと咳をひとつ。また熱が上がってきた。

「・・・伝説は嘘だと、思ってらっしゃるのですか?」

獣ロボットの、恐らく操縦者の核心を突く静かな問いかけに、サンユンは目を伏せた。
どう、答えようか。
迷っていたら、突然、異なる口調が割り込んだ。

「・・・ちょっとリーブはん、代わりいや」
「え?」

サンユンは思わずロボットを、そして緩慢な動作で部屋の中を見渡す。
他に、誰もいない。
そして改めてロボットを見下ろす。
確か、この口調は隣国チゼータの訛だった、ような。

「・・・ケット、割り込まないでくださいよ」

今度の声は、最初から聞いていた口調。
サンユンは元々丸い目を更に点にした。
同じロボットの声なのに、何故口調が異なるのだろう?

「何ゆうてるんや。この頭のかったい人を説得するのは摩訶不思議なボクが適任やろ」

あ、また訛。

「摩訶不思議って・・・」

言い返しているのは、きっと最初の操縦者。

「ならリーブはんは説明できるんか?ボクのことを、原理原則から」

訛の彼・・・。
もう一人操縦者がいるのだろうか、とサンユンはぼけっと見守る。
彼らの会話からすると、最初の操縦者はリーブという名前で、後の操縦者はケットというらしい。

「無理ですね」

リーブと思われる人がきっぱりと言い切る。

「やろ?」

得たり、と訛の人物が答えると、
沈黙が流れた。
サンユンは恐る恐る声をかけてみた。

「・・・あの、一体・・・?」
「じゃ、切るで」
「ちょっとケット・・・!!」

何か、ぶつん、と切れた・・・音がした。気のせいかもしれないが。
ロボットはにやり、と笑った。

「・・・てなわけで。初めまして、ゆうたほうがええんやろな。
ボクはケット・シーいいます」

ぺこり、と丁寧に一礼されてしまった。
暫くサンユンは固まった。

「・・・えっと、遠隔操作の方はチゼータ出身なのですか?」
「ちゃうちゃう。ボクらはまずこの世界のもんちゃうし」
「え??」
「そんでもって、ボクは遠隔操作やない。このボディで生きとるんや」

サンユンは熱に浮かされた上に、現実離れした内容のため痺れた頭で辛うじて理解した。

「・・・ええっと。つまり、貴方はこの機械に宿っている生命、ということ・・・ですか?」
「物わかりええやないか」

うんうん、と頷かれてしまった。

「どや?摩訶不思議やろ?」
「・・・そんなことが、ありえるのですか・・・?」
「あるもなにも、ここにおるやんか」

そう言われても、簡単に納得できるわけがない。

「本当に、遠隔操作ではないのですか?」
「どないして証明したらええやろか」

逆に問われ、サンユンはじっとケット・シーと名乗った猫を凝視した。
遠隔操作でないことを証明する。
最初の操縦者、リーブという人はアスカ様からの命令を受けていた。
となれば、勿論アスカ様が皇女であることも、自分が皇女のお側役であることも知っている筈。

つまり、サンユンの命令ひとつで、このロボットを破壊することなどわけもない、ということ。
その上で、聞いてみたかった。

「・・・今の僕はどう見えますか?」
「ん?風邪っぴきの坊ちゃんやろ」

さくっと言い切られた。
何処からか「ケット・シー・・・」と呆れた声が聞こえたような気がした。

「・・・」

やがてサンユンは軽く吹き出してしまった。
ロボット改めケット・シーは怪訝そうに首を傾げた。

「・・・そんなおもろいことゆうてへんけど?」
「いえ、違います。ちょっと、嬉しかったんです」
「はあ?まあええか。ま、一応信じてもろた、としていいんやな?」

完全に信じたとは言いがたいが、
信じてみたいな、とサンユンはぼんやりと考えていた。
ケットは更に畳み掛けた。

「大体、あの皇女はんがあんさんに、はよ治ってほしいーって願うだけで
ボクらみたいなんがほいほい召喚される世界やで?
まだまだよー分からんもんがおってもおかしないと思うけど?」

サンユンは訛の多い言葉を何とか母国語に変換して改めて彼の言葉を咀嚼してみた。

皇女はん、はアスカ様のこと。
アスカ様が願ったから、彼らが召喚された・・・?

「・・・それって、まさか・・・」

軽く目を見開く。
それは、隣国の伝説にあまりにも酷似していないか。
もしもサンユンの予想通りなら、
彼らは本当にサンユンたちの知らない世界からやってきたことになる。
ならば、もしかして、彼のいうことは、真実なのか?

「やからな。
ボクらの世界ですら、ボクみたいによーわからんもんが生きとるんや。
あんさんの世界でも、そんなよーわからんもんがあっても不思議やないで」

相変わらずの訛はチゼータのものとしか思えなかったが、
信じられる、と感じた。

「・・・そう、ですね」

サンユンは一度目を閉じて、そして力強く宣言した。

「・・・もう少し、研究してみます!」
「よっしゃ、その意気や!!!まあでも、まずはあの皇女はんのためにも、さっさと治しや」

ケット・シーの満面の笑みに、サンユンは大きく頷く。

「はい!!」

サンユンの瞳に覇気が戻る。
同時にケット・シーの体が光り出した。

「何や!?」

   *   *

一方、セフィーロにて。
ケット・シーを送り出し、光達+リーブの4人はそのまま控室で待機していたのだが。
リーブの体も光り出す。

「これは・・・」

瞬時に反応したのは、向かいのソファに座っていた海だった。

「まさか、願いが叶ったってこと!?」
「きっとそうだよ!私たちも光に包まれて東京に戻ったから!」

成程、とリーブは頷く。
そういえば、召喚されたときの光と非常に酷似している。

「では、お別れということですね」
「・・・うん」

リーブはすっと立ち上がり、丁寧に一礼した。

「短い時間でしたが、皆さんにお会いできて感謝しています。ありがとうございました」
「そんな、私達だって・・・」
「アスカさんの願いを叶えてくださってありがとうございました」

風が礼を返すと、リーブはふわりと微笑む。

「クレフさん達にもよろしくお伝えください」
「ええ、勿論よ」

ぽん、と光は両手を叩いた。

「あ!そうだ、リーブ、これ!!」

光はこっそりと隠していたものを両手にもって、はい、とリーブに手渡す。
白い小さな花が何本も編みこまれて作られた、小さな輪。

「これは・・・花冠?」
「あの花畑の花で作ったんだ!リーブ、お花好きだったから!」

勢い込む光に、海がちょっと意地悪そうに口を挟んだ。

「光ってば、殆ど作ったのは風だったじゃない」
「そうなのですか?」

リーブが問いかけると、光は顔を赤くして視線を外した。

「わ、私不器用だから・・・」

風はふふふ、と笑って見守っている。
リーブは幸せそうに小さな贈り物を両手で包んだ。

「・・・ありがとうございます」

光が眩しいくらいに強くなった。
どうやら戻されるらしい。
リーブは3人の優しい少女達一人一人を目に焼き付けていた。

「それでは、お先に失礼いたします」

その言葉を最後に、リーブの姿は跡形もなく消えた。

   *   *

リーブはゆっくりと目を開ける。
広いデスク、つけっぱなしのディスプレイ、山積みの書類。
来客用のソファ一式も、並んだ本棚もすべて、見慣れた局長室だった。

「戻ってきた、みたいですね・・・」
「そやな」
「おや」

足元を見ると、ご機嫌そうに尻尾を振っているケット・シーがいた。

「貴方も無事に戻れたようですね」
「そりゃ、今回はボクが呼ばれたんやからな。リーブはんは序でやろ」

リーブはふむ、と大切な贈り物をそっとデスクに置く。
そして顎に手を当てて考え込んだ。

「・・・そういえば、どうして私まで召喚されたんでしょうね?」
「決まっとるやろ」

すぱん、と返され、リーブは思わず足元を見る。

「ケット・シー?」
「ボクとリーブはんは、一心同体、やろ?」

彼はいつも通りにやにやと笑っている。
リーブはくすり、と笑った。

「・・・そうですね」

さて、仕事に戻りましょうか、とリーブが無意識に腕時計をみて、軽く眉を上げた。

「・・・凄いですね。召喚されてから1分も経過していない・・・」
「んなあほな」

足元から間髪入れずに突込みが入る。

「でも見てくださいよ。ディスプレイの時刻も、召喚された時刻のままですよ」
「・・・んなあほな」

ケット・シーがぽかんと大きな口を開けたとき、来訪者を告げるインターフォンが鳴った。
やって来たのは、WROきっての天才科学者と名高いシャルアだった。
彼女に最後に会ったのは、今朝のミーティング。
その直後くらいに召喚されたので、リーブにとっては半日以上経っていた。

「・・・お久し振りです、シャルアさん」
「あん?」

シャルアは胡散臭そうにリーブを見遣り、そして結論付けた。

「呆けたか」
「いえ、冗談ですよ・・・。多分」
「医務室に連行するか」
「あ、いえ、冗談ですから」
「・・・ふん」

興味を無くしたような様子に、リーブは連行を免れたとほっと胸を撫で下ろした。
シャルアは右手に提げていたクリアファイルを徐にリーブに押し付ける。

「書類だ。さっさと署名しろ」
「まあまあ。少し待ってくださいよ」

リーブは中身を確認している間に、シャルアはあっさりと帰ろうとしていた。
その背中に声を掛ける。

「あ。ちょっと待ってください、シャルアさん」
「なんだ?」

振り返る彼女の前に立つ。怪訝そうな彼女ににっこりと笑みを返し、
そして、そっと彼女の頭の上に乗せた。

「・・・何をした?」
「お似合いですね」

すらりとした肢体と整った顔立ち。隻眼で凄みのある美人と定評のあるシャルアである。
その彼女の頭に花の冠とは、メルヘンでいいかもしれない。
と思った途端、シャルアはあっさりと頭の上のものを取ってしまった。
手にした輪を繁々と眺めている。

「花・・・?嫌がらせか?」
「いいえ。花冠といえば矢張り女性でしょう?」
「何故こんなものがあるんだ」
「小さな友人に頂いたんですよ」

顔を顰めていた彼女は、ああ、と呟いた。

「マリンか」
「いえ、違います」
「隠し子か」

リーブは思い切り噎せた。

「・・・どうしてそういう発想になるんですか」
「あんたの仲間で他に『小さい』と形容できるやつはいないだろう。ならば隠し子に違いない」
「極端過ぎますよ」

リーブは苦笑する。
シャルアは花の輪を右手に握り、その手を突き出した。

「返す」
「いいえ、受け取りませんよ?」
「捨てるぞ」
「見つけ次第、ラボのデスクに届けさせておきます」

にこにこにこ。
笑顔のリーブを、シャルアは暫く睨みつけていた。
しかし、急に輪を持ったままくるりと背を向けた。
そのまま出口へと向かう。

「シャルアさん?」
「好きにしていいんだな?」
「ええ、構いませんが」
「・・・なら、好きにさせてもらう」

さっさと出て行ってしまった。

「・・・何だったんでしょうか」
「何や思いついたんちゃうか」

声がする足下を見遣る。
黒猫の相棒は相変わらず、にやにやと笑っていた。

「何を、でしょう?」
「嫌がらせやろ」
「・・・花で、ですか?」
「シャルアはん、やると決めたらとことんやるでー。ええんか、放っといて」
「と、言われましても」

リーブは腕を組み、一応考えてみたが、特に思い浮かばない。
敢えていうなら、あの花を科学者として解析するくらいだった。
しかし、それでは嫌がらせになりそうもない。

「何をするおつもりでしょうねえ・・・?」

その日、リーブは謎の問い合わせに追われることになった。
シャルアはその日一日中、頭に花冠を乗せていたという。
問われる度に、一言「局長命令だ」とだけ。

「・・・そうきましたか・・・」
「だからゆうたやんか」

呆れ返る相棒に、リーブは困ったものだ、と天井を仰いだ。

   *   *

青い空に浮かんだ山、広い海、火山。
そして深い森に、街並が続いており、
中央には巨大なクリスタルの城が聳えている。

自室の窓より広がる平和な世界。
クレフは書類を整理していた手を止め、扉を指さす。

入って来たのは、セフィーロで最高位の創師として名高いプレセアだった。
彼女は休憩にしませんか、と持ってきたティーカップを隣のテーブルに並べていく。
クレフはペンを置き、書類を纏めた。

「リーブは戻ったらしいな」
「はい」

どうぞ、と促され、クレフはプレセアの向かいに座る。
紅茶より甘い香りが漂い、一口含む。
果実の甘さが広がり、クレフは温かさを堪能した。

「それにしても、まさか柱以外が異世界の者を召喚するとは、な・・・」
「そうですね・・・」

プレセアは籠よりクッキーを追加していた。
ふう、と少年の姿をした導師はため息をつく。

「どうされましたか?」
「・・・今回は大事ない願いで済んだが、次もそうとは限らん」

セフィーロは心が全てを決める世界。
真に心強き者が願えば、叶ってしまう。その願いの善悪に関わらず、である。
然もどうやらセフィーロの者でなくても叶えられることが今回のことで証明されてしまった。

「・・・導師」
「対策を打たねばな・・・」

国を守る者の責務として考え込むクレフ。

「・・・ですが、素敵ですね」
「・・・プレセア?」

向かいに座るプレセアは、優しい瞳でクレフを見つめていた。

「アスカ様がサンユン様に元気になってもらいたい、その願いを、このセフィーロが叶えてくれたんですよね?」
「・・・」

ティーカップを軽く傾け、彼女は幸せそうに微笑む。

「そんな優しい願いを叶えてくれる国になったことを、私は、素晴らしいと思います」

凛と響いた声。
クレフは軽く目を瞠る。

以前のセフィーロならば、異世界の者の召喚は、悲劇でしかなかった。
しかし。

今回、隣国の皇女が異世界の者を召喚したのは、大切な者を回復させたいがためであり。
召喚された彼らは誰も傷つけることもなく、
彼らと行動を共にしていた少女たちは、彼らともう少し話をしたかったと残念がっていた。
彼らが元の世界に戻ったのだから、あの少年は回復に戻ったのだろう。

異世界の者の召喚は、希望へと変わるのかもしれない。

「・・・そうだな」

口元に笑みを浮かべ、クレフは静かに目を閉じた。

fin.