「ロビーと正門前、どちらがいいと思います?」
「は?」
唐突に訊かれ、シャルアは気の抜けた返事を返した。
12月も半ばを過ぎ、平日のWRO本部は年末の準備に向けて忙しなく人が行き交う。
シャルアも例外ではなく、速足で会議室に向かっていたのだが、
向かいからやって来たトップに足止めされたのだ。
「やっぱり巨大ですから、ロビーで皆で楽しむのもいいと思うのですが、
自然の雪に覆われたところも捨てがたいんですよ」
滔々と語る男は仕事の話をするかのような真摯な姿勢だが、内容はどう聞いても仕事ではない。
シャルアは半目で男を睨んだ。
「だから何が」
極真面目な表情で、トップは言い切った。
「ツリーの話ですよ」
「ツリー?」
「クリスマスですから」
またこいつ好みのイベントか。
成程、とシャルアは内心思ったが、それと同時に脱力した。
「・・・あんた、この間ハロウィンだからって仮装したばかりじゃなかったか?」
嬉々としてカボチャを頭から被っていた最高責任者の姿を思い返し、シャルアは呆れ返った。
「それは2ヶ月も前じゃないですか。それはそれで、して」
シャルアは馬鹿らしくなったが、この男がシャルアの意見を聞くまで動くわけもなく。
仕方なく、話の先を促すことにした。
「で」
「どちらがいいと思います?」
面倒になったシャルアはすぱんと言い返した。
「知らん」
「じゃあ外にでる回数の少ない貴女も見れるようにロビーにしますね」
「あんた、人の話をきいているのか?」
「聞いていますよ?ではツリーはロビーということで決定ですね」
シャルアは観念した。
こいつのマイペースは今更幾ら抗議しても治るわけがない。
「・・・好きにしろ」
「今年はエッジにも大きなツリーを用意しようと思いまして」
「・・・そうか」
ふっと口元が緩んだ。
きっと子供たちが喜ぶのだろう。
「ではツリー設置には賛成ですね?」
シャルアは大きくため息をつく。
のせられた気はしないでもないが、特に気を悪くする類のものではない。
「反対する理由はないな」
「では、貴女も参加ですね」
にっこりと、男がここへきて初めて笑みを浮かべた。
彼らしい、食えない笑みだ。
今度こそうっかり嵌められたことを自覚し、シャルアは身構えた。
「・・・何が」
楽しそうに上司は続けた。
「だって20メートルあるんですよ」
「・・・それがどうした」
「なら飾り付けるのが当然でしょう?」
にこにこにこ。
いつも通りイベントに巻き込もうとする男に対し、シャルアは腕を組んだ。
無駄だろうが、一応言ってみる。
「勝手にすればいいだろう」
「私一人では足りなさそうなので」
「やりたい奴がやればいいだろう」
「ええ。ツリー設置に賛成してくださった皆さんで」
どうやら彼の中では決定事項らしい。
「・・・おい」
「では、科学部門は20日に飾り付けをお願いします」
「勝手に進めるな」
ずいっと詰め寄ると、トップは不思議そうに眼を瞬かせた。
「・・・何か問題が?」
「おおありだろう」
特大のため息をつき、彼の目の前で義手を挙げた。
馬鹿なことを言い続けるお目出度い男を殴ってやるつもりだった。
彼は軽く首を振る。
「仕方ないですね・・・。
これはオーナメントを持ってきてくださったときにお知らせするつもりだったんですが」
「何が」
「オーナメントを提供してくださった方はクリスマスパーティーのときに・・・」
「・・・早く言え」
作り物の腕を更に高く挙げる。
それには目もくれず、組織の創設者は厳かに告げた。
「・・・デザートを進呈しようと思いまして」
シャルアはあっさりと義手を下げた。
「わかった」
と、同時にトップの背後を睨む。
腹を抱えて涙を流しながら笑い死にしている護衛を睨みつけた。
「レギオン、笑いすぎだ」
「いや、だって、くくくっ、デザートって」
「後でしめてやる」
「ははは、あぶねーあぶねー」
レギオンの様子をちらりと振り返り、くすりと笑った男は軽く声をかけた。
「ではレギオン、行きましょうか」
「了解、局長!っくく」
「蹴り飛ばしてやろうか」
では、と彼らはシャルアの横をすり抜ける。
「あんたは何をするんだ?」
イベント好きの男は楽しそうに振り返った。
「24日に、頂点の星を飾ろうと思いまして」
「・・・成程な」
* *
1日目。WRO本部エントランスに巨大な常緑樹が現れた。
2日目。常緑樹に銀色のモールが巻きつけられていた。
そして、3日目。
「・・・えらくでかいな」
シャルアは5階から思わず呟く。
大樹の頂点は、ほぼ5階のフロアに等しいところまで来ていた。
吹き抜けより1階を見下ろせば、局員が集まって何やら相談している。
木のあちこちを指さしては、楽しげに笑っていた。
本日より、指定された部門が飾り付けを開始したらしい。
彼らは1階だけでは高さが足りないため、
上階からも特設の足場からオーナメントを取り付けている。
まだ疎らながらも、少しずつ、飾り付けされていく。
ふと不思議なものを見つけ、シャルアは思わず手を伸ばしていた。
引っ張れば、呆気ないほど簡単にそれは外れた。
「なんだなんだ。年寄りでもいたのか?」
「・・・何のことです?」
振り返ると、イベントを仕掛けた張本人が書類の束を抱えて立っていた。
「これだ」
シャルアは手にした飾りを男の前にぶら下げた。
取らないでくださいよ、と軽く非難した彼は飾りを付け直す。
「これは、ちゃんと意味があるんですよ?」
紅白のストライプ柄の、杖のオーナメント。
「意味?」
「ええ。クリスマスツリーに飾る基本的なオーナメントには、それぞれ意味が込められているんです」
杖がツリーにきちんと付けられているか確認しながら、彼は続けた。
「杖は年寄り、ということではなく、
羊飼いが杖の曲がったところで迷い出た羊を引っ掛けて群れに戻したことから
『お互いを助け合う気持ち』が込められているそうですよ」
そうして、ふわりと笑った。
シャルアは何となく癪で、軽く鼻を鳴らす。
「・・・じゃああのベルもか」
「それは、迷った羊を首につけた鈴の音で探し出せるように、
『全ての人の元へ神の祝福が届くように』だそうです」
「林檎は?」
「『慈しみと労りが太陽のように永遠に輝くように』
・・・といわれています」
「・・・ふうん」
シャルアは気のない風を装いながら、内心感心していた。
クリスマスなどまともに参加したのは、家族が揃っていた遥か昔、幼い頃のこと。
木にぶら下がっていた飾りに一々意味があるとは知らなかった。
「オーナメントにはそれぞれ意味がある、と言ったな?」
「ええ」
シャルアは木の天辺を親指で指す。
「なら、あんたがつける星にも意味があるのか?」
「勿論ですよ」
彼は軽く頷く。
「救世主が生まれたときに現れ、賢者たちを導いた星、とされているそうです。
『希望』や、『約束は守られた』、との意味もあるとか」
「・・・導きの星、ねえ」
* *
挽きたてのコーヒーの香りが漂う。
シャルアが早朝の食堂に来ることは珍しい。
夜っぱりで研究に没頭する性質のため、朝には弱いからだ。
まだ満席にはほど遠いフロアの一角に思いがけない先客を見つけ、
シャルアはずかずかとテーブルへ歩み寄る。
新聞を広げていた相手がのんびりと顔を上げた。
「おや。おはようございます、シャルアさん」
「・・・何故あんたがここにいるんだ」
「いいじゃないですか。職員が食堂にいても」
確かに職員には違いないが。
「局長だろ、あんたは」
肩書を呼ばれた男は、黒のスーツ姿で穏やかに答えた。
「ええ。ですから職員ですよ」
「・・・まあいい。それより、何だあのオーナメントは」
「はい?」
とぼけている男に、シャルアはテーブルに身を乗り出した。
「何故亀道楽のチラシがぶら下がっているんだ?」
昨日はシャルアたち科学部門が飾り付けの当番だったのだが。
ツリーの2階ほどの高さ、目立つところに
世界的に有名な、ウータイの名店亀道楽のキャンペーン広告があったのだ。
「あれにも意味がある、というつもりか?」
トップはくすりと笑った。
「ええ。ユフィさんがウータイの観光大使になったそうで」
「コスモキャニオンの羽もあった」
「ナナキさんの希望ですよ」
「神羅26号と書かれた鉄の塊までな」
「俺様にも参加させろ、だそうです」
「『結婚してくれ!』との短冊まであったが」
「届けばいいですねえ」
何を言っても動じないどころか上機嫌な男を見ていると言及するのが馬鹿らしくなっていた。
「・・・カオスだな」
「ヴィンセントはこちらには参加していませんよ?」
さらっと気になることを言った気もするが、もはやどうでもよい。
WROからは逃れられたが、赤い目のスナイパーはどうせセブンスヘブンで捕まったのだろう。
思わずため息をつくと、楽しそうな声が降ってきた。
「WROらしくていいじゃないですか」
「・・・」
シャルアはふと沈黙した。
オーナメントらしくないものが多数憚ることなく居座っている。
それは出身も経歴もてんでばらばらで、大人しいとはいい難い連中にそっくりだ。
ならば、ツリー本体はWROという組織と、見えなくもない。
「それで、シャルアさんは何を飾られたんですか?」
「・・・試験官と三角フラスコだが」
男は吹き出した。
堪えきれずに肩が震えている。
「シャルアさん、貴女も十分カオスですよ・・・!」
「偶々目についただけだ」
憮然として付け加えたが、男はそれから長い間笑っていた。
* *
外は一面銀世界。
エントランスを陣取る色とりどりに飾られたツリー。
白い長テーブルに並べられた料理。
集まった職員を含むWRO関係者。
命より大切な妹。
ここまで揃っているのに。
「お姉ちゃん」
シャルアはじっとツリーの頂点を見上げていた。
24日に飾られる筈だった最後のオーナメントは、まだ、ない。
彼は代理でつけてもらっていいですよ、と言っていたらしいが
誰もそれを代わろうとしなかった。
「あと一時間くらいだって」
「・・・シェルク」
「もう少し、だよ」
「・・・」
* *
待つこと一時間と、少し。
吹雪が収まった頃、漸くエントランスの扉が開く。
「・・・すみません、お待たせしました」
穏やかに笑う男の登場に、局員たちが歓声を上げた。
「折角待ってくださったので、早速付けましょうか」
5階の特設された足場を渡り、彼の手が器用に頂点の星をセットする。
ぱちん、とスイッチが入ると頂上の星が金色に輝き、
大きな歓声と拍手が上がった。
やっと、全てが揃った瞬間だった。
* *
乾杯の音頭と共に、クリスマスパーティーが幕を開ける。
クラッカーの派手な音が鳴り響き、サンタの格好をした局員が豪快に酒を注いで回っている。
並べられた料理もあっという間に減っていき、それへと新たな作り立ての料理が追加されていく。
人々は行き交い、仲間と語らい、騒ぎ出す。
1階のみならず5階までパーティー会場となっているため、5階から彼らを見下ろす者もいた。
その中の一人に、シャルアは後ろから躊躇なく殴ってやった。
相手は、わわっと慌てながらもグラスは落とさなかったらしい。
彼は振り返り、恨めし気に非難した。
「・・・シャルアさん、危ないじゃないですか」
「遅い」
単刀直入にぶつけてやると、殴られた男、リーブはすまなそうに笑った。
「すみません、天候がなかなか安定しなかったのでヘリの許可が降りなかったんですよ」
「さっさとデザート寄越せ」
「ははは。そうでしたね。
ですが準備がありますので、もう暫くお待ちください」
「待てん」
何となく腹の虫が収まらず、シャルアは無意味に反抗してみた。
「まあまあ、そう仰らずに」
シャルアの鋭い視線などさらりと受け流し、リーブは柔らかく微笑む。
そのまま引くのも癪で、シャルアはじっと凝視する。
リーブは首を傾げた。
「・・・シャルアさん?」
「・・・いや」
すっと視線を外すと、視界の端にツリーを捕らえた。
その頂点に付けられた光。
シャルアの視線の先を追ったのか、リーブの目が悪戯っぽく光る。
「もしかして、欲しかったりします?」
「・・・何を?」
「星ですよ」
「はあ?」
シャルアは盛大に顔を顰めた。
彼は気にせずくすりと笑う。
「来年は異なるトップスターにするのもいいかもしれません」
「いらん」
「そうですか」
あっさりと言い捨てて、リーブはツリーを満足げに見ていた。
ツリーだけでなく、そこに集まった人々を。
シャルアはその横顔をちらりと見遣る。
ツリーはあらゆる人が集うWROそのもの。
トップスターの意味は、導きの星。
ならば。
「・・・ここにいるなら、いい」
「・・・シャルアさん?」
不思議そうに振り返った男に、シャルアはただ不敵に笑ってみせた。
fin.