お茶汲み

リーブ・トゥエスティは困惑していた。
WRO幹部会議での提案が、予想に反して否決されそうだからだ。

   *   *

その頃、
世界はDGSの襲撃やオメガの復活をヴィンセントや仲間達の力を借りて漸く鎮めたものの被害は甚大であり、
特に前線で戦ってきたWROの隊員達に沢山の犠牲を払ってしまった。

しかし、哀しみに立ち止まっているわけにはいかない。

その最たる者が、WRO局長のリーブである。
改めて被害の詳細を把握し、残された者達で復興を急がねばならない。
そのためには、余分な業務を削ぎ落とし、金銭的にも人的にも資源を優先事項に回すことが必須だった。

だから、その一環として

「お茶汲みを廃止します」

と幹部会議で提案したのだ。
ここで「お茶汲み」とは、リーブに対するものだけを指していた。
お茶やお茶受けは大した金額ではないが、それでも明らかに優先されるべき業務ではない。
そして毎度お茶を運んでくる職員たちの手間を考えると必要ではなかった。

そもそも、「お茶汲み」自体、元々は業務になかった。
リーブが何度かやんわりと止めさせようとしたのだが、
その度に「大丈夫です!」「気にしないで下さい!」と返され、
そのまま放置していたら、いつの間にか定着していた。

しかし、今WROは壊滅的なダメージを受けた直後だ。
いい機会だから正式に廃止しようとした、のだが。

「・・・賛成しかねます」
「え?」
「ええ、志気に関わりますから」

会議室に集まった幹部からは
思いもしない反応が返ってきたのだった。

「・・・何故お茶汲みの廃止が志気に関わるのですか?」

お茶汲み、とは雑務の中でもワースト3に入るくらい嫌がられる仕事の筈。
接客分は仕方ないとしても、内部の分くらい負担を軽減してもよいと思うのだが。

リーブはふと考え込む。

・・・そういえば、
自分はあまりしてこなかったかもしれない。

神羅時代のリーブは、元々技術者から統括へと昇格した身分であり、
一般職のときの客は、技術会議や
学会の聴講、研究所への出張が主なため、
客もまた技術者が多かった。
よってお茶汲みが必要な接客の経験は余りなかった。

都市開発部門統括となってからは
お茶汲みは主に秘書の仕事となっていたが。

・・・彼女はいつも世界の隠れた名デザートを取り寄せていましたねえ。

都市開発部門の秘書は、その接客用の予算をやりくりして
如何に質を下げず、より安く美味しいデザートを探し出せるかに情熱を注いでいた。

休憩の時間です!と、楽しそうに本日のデザートを紹介してくれた彼女を思い出す。
因みに今は退職し、2児の母となっている。

・・・彼女は例外でしょうけど。

おや?とリーブは首を傾げた。
もしかして。

「・・・まさか、みなさんの息抜きになっていた、ということでしょうか」

リーブ一人分ではなく、大抵運んでくれた隊員の分も含んでいたため、
彼らと共に休憩することが多かった。

「勿論、それもありますが・・・」
「それだけでは、ありません」

幹部達は意味あり気に頷いていた。
リーブだけ、その理由が分からず首を傾げる。
幹部の一人が提案した。

「ですが、局長が仰るとおり、予算が限られているのも事実です。
どうでしょう?ここは我々幹部のみではなく、アンケートを用いて、全職員の多数決で決めるというのは?」

全職員に可否を問う、ネットワークを用いたアンケート。
余程のことがない限り使うことのない、決議の手段であった。

「そんな大げさな・・・」
「如何ですか?」

リーブには冗談としか思えなかったが、
提案した幹部も、集まった他の幹部達も真剣そのものであった。

「・・・。分かりました。では今週末期限で決着をつけましょう」

   *   *

週末。
幹部達が集計したアンケート結果を送ってくれた。
リーブは届いたファイルを開け、3行目に書かれていた結果に目が点になった。

「9割が反対!?」
「なーにみてるんですか、局長」

のんびりとした歩調で局長室にやってきたのは、
ひょんなことからWROに入隊した、嘗てのソルジャーだった。

「・・・お疲れさまです、レギオン。コスタのモンスターは殲滅できましたか?」
「楽勝でしたよー。で、何みてるんですか?」
「ああ、これですか・・・。お茶汲み廃止の採決結果ですよ」
「ふーん。どうせ否決されたんでしょ」
「え?」

思わずモニターから顔を上げると、優秀な護衛はにやにやと笑っていた。
リーブはその意味が分からず、呟く。

「・・・どうしてお茶汲みが廃止出来なかったんでしょう・・・?」

たかがお茶汲みですのに、とリーブは頻りに首を捻っている。

「俺は、なーんとなく分かりますよ」
「え?どういうことですか」
「多分。俺がWROに入った理由と同じだと思いますが」
「レギオンがWROに入った理由は確か、私にいつでも文句を言えるから、でしたよね?」
「それそれ」
「・・・ですが文句というより単なる雑談のほうが多いんですけどねえ・・・」

リーブは不思議そうに首を傾げた。
隊員の休暇の過ごし方とか、離れた田舎の復興で出会った老夫婦の話とか・・・
本部に詰めている局員で、運動不足解消のために
チョコボに乗ってアイシクルエッジまで行きました!と報告してくれた者もいた。
さぞ大変だったでしょうねえ、と思い出していたら
目の前の護衛は、何故か腹を抱えて笑っていた。

「くくく・・・」
「・・・レギオン?」
「いいんじゃないんすか。
俺、お茶汲みが廃止されない限り、WROはそこそこ続いていくと思います」
「え?お茶汲みでどうして分かるんです?」
「多分、あんた以外は分かってるよ」

   *   *

「・・・結局、局長は分かってないみたいですね」
「ふん、一生気付かんだろうな」
「・・・どうやら、局長は自身の存在価値が
私たちと多少ずれていることを認識してない模様です」
「お茶汲み当番、抽選で決めてるんですよねー」
「希望者が毎月多すぎるんですよ」
「俺、平社員の時一度も当たりませんでしたよ」
「私一度シエラさんにお会いできましたよ!」
「ええ!!かなりレアじゃないですか!!」
「私は一般職のとき、相談にのっていただきました」
「あたしは茶汲みなんぞしたことないがな」
「シャルア統括は直接乗り込んでましたから」

つまり、真相はこうである。

お茶汲み当番は、毎月、日毎に希望者を募っている。
それが大概希望者が多すぎるために抽選を行い、選ばれたものが、その日局長から連絡を受けて、
指定された時間に局長室を訪れるのだ。
ある程度のキャリアを積んだものでなければ希望を出せない、という暗黙のルールはあるものの。

普通、社員が局長と直接会うことはないのだ。
しかしこのお茶汲み当番では、局長に会うことができ、
お茶の時間として僅かだが話も出来る。

それが、どれだけ貴重な機会となっているのか。

「それだけ、私たちは局長が大好きなんですけどね・・・」

それに。

「お菓子美味しいですしね」
「お客様にいただいて余った分とか、気前よく下さるし・・・」

勿論お茶やお菓子も、局長のために用意された特別なもの。
賄いのものもそれなりの工夫を凝らしている。
また、客人が持ってきた土産だったりすることもあるが、最高級品であることが多い。

それだけではない。

「ヴィンセントさんが来たときの当番は3ヶ月はみんなに恨まれますよねー」
「滅多に会えない人ですよね」
「ユフィさんが来たときはまず話の内容をせがまれますよね」
「ゴシップをよく持ってくる人ですからねえ」

リーブを訪れる英雄達にも会える。
特にオメガ戦役での英雄、ヴィンセント・ヴァレンタインの人気は凄まじく・・・
そろそろ局長が呼ぶらしい、との噂が立つと
途端に希望者は倍どころか5倍ほどに膨れ上がる。
英雄達のみならず、各方面での社長やらプロやらに会うこともできる。

勿論リーブが出張のときはその旨が通知され、
当番だった者がこっそりしょげ返るのもいつものことであった。
・・・運次第である。

「・・・ここのお茶汲みは最高ですよね」
「まあ、あいつにとっても息抜きになってるようだからな」
「そうですよ、下手すると休憩なしで働いてらっしゃるから」
「双方にとってプラスになるお茶汲みなんて、屹度うちだけですよ」

fin.