とんずら

コルタ・デル・ソルのプライベートビーチ。
休暇をとれという強制命令に来てみれば、何故か宝条から逃げ出した実験サンプルと戦う羽目に陥った。

次から次へと沸いてでてくるようなビーストたちを
ソルジャーの武器で休む間もなく叩き斬って。

気がついたら青い海が夕日に赤く染められていた。

「まじかよ・・・」

がっくりと肩を落とす。
そのままスクワットを始める。

ポケットに入れていたPHSが着信を告げる。
反射的に出ると、音量を上げてもいないのに濁声が割れる上司から、すぐに帰社し今日の報告書をあげろと怒鳴れた。

PHSを切った後の脱力感は3割り増しになっていた。

「・・・俺のせいじゃないっての」

沈む夕日と、穏やかに寄せては返る波。
静けさが今日一日の空しさを募らせた。

・・・どうせ戦闘するなら、ジェネシス軍と戦った方がましだっつーの。

消えたアンジール達。
神羅に反逆したというラザード統括。
どんなに陽気な性格でも、喪失感は誤魔化せなかった。

「・・・報告書かあ・・・」

ガハハハハ!!!と自らを誇示することしか頭にない新しい上司。
どうせ報告書を書いたところで、無駄に説教を食らうことは目に見えている。

「ラザード統括・・・戻ってきてくれないかな・・・」

ラザード統括はソルジャー程の戦闘能力は持ち合わせていなかったが、ソルジャーたちの素質を見極め、適切に任務を振り分ける有能な上司だった。
いなくなってから初めてその有り難みを噛みしめ。
とぼとぼと帰路に就いた。

*   *

深夜のミッドガル。
闇に浮かび上がる建設中の神羅ビルは、まだ完成してないがその圧倒的な存在感を持つ。
煌々と人工的な光を放つ会社に飲み込まれるのは・・・今度は俺なのか。

「・・・ん?」

見上げた本社よりも上空に、ぽっかりと浮かぶ丸い月。

「満月・・・」

自然の光は、飽くまで優しく包み込むようだった。
このまま月見していたいなーとぼんやり思っていると、昔きいた話がふっと蘇った。

お月見の風習。

「・・・そうだ!」

俺はさっきまでの憂鬱を吹き飛ばすように、本社へと駆けていった。
チン!と無機質な音とともに、エレベーターが目的階の到着を告げた。

「へへっ・・・!」

大人しく報告書を書きに戻るつもりは毛頭ない。
音もせずにフロアを走り抜け、まだいるであろう人物の部屋に急行した。

「こんばんは~」

訪問の挨拶を機械の前ですると、当然のように自動扉がカシャと開いた。
正面にある一際大きなデスク。
モニタに向かい残業をしていたと思われる男が顔を上げた。

「・・・おやザックス。久しぶりですね」

穏やかに笑う彼は、単なる知り合いというには親しく、友人というには地位が高すぎる人。
ラザードやハイデッカー、スカーレット、パルマー、宝条に並ぶ神羅の幹部の一人。

ー都市開発部門統括、リーブ・トゥエスティ部長。

彼はミッドガルの都市を設計した天才エンジニアであり、都市開発部門の最高責任者である。

本来ならソルジャー部門のザックスが行き来する部門ではないし、まして気軽に訪問できる相手ではない。
のだが。

「任務帰りですか?大変ですね」

そういって部長は当たり前のように席を立ち、何処からか二人分のお茶をもって戻ってきていた。

*   *

リーブ部長との関わりは、とある反神羅組織の活動にさかのぼる。

神羅を逆恨みした連中が幹部達を狙うという声明を発表し、念のために幹部一人一人に護衛がつけられた。
護衛は主にタークスが命じられていたが、昨今は人手が足りないのかソルジャーにもその任務が与えられ。

たまたまザックスが受けた護衛の相手が、リーブだったのだ。

それまでラザード以外の統括に直接面識がなかったため、リーブの情報は噂でしか聞いたことがなく、それによればエンジニアとしての才能や部長としての手腕は優秀であるが、他の統括に比べると地味でぱっとしない、というものだった。

確かにリーブの第一印象は生真面目すぎて特に目立つこともなさそうな部長・・・だったのだが。
都市開発部門統括室。
部長はさっさとデスクに座り、PCを立ち上げる。

「・・・?部長、これ、なんすか?」
「それですか?」

統括室のソファに何気なく座っているのは・・・。
白と黒の猫に似た、

「ぬいぐるみ・・・ですよね?娘さんの、・・・とか?」
「私は独身ですよ。それは単なる趣味です」
「・・・は?」

にっこり笑って断言されて、俺は初めてこの部長もやはり何処か変な人だと・・・気付いた。
しかも。

「ケット・シーいいます。お初ですー」
「!!!!!?????
しゃ、喋ったあああああ!!!????
う、動いてる!!!???」

俺はずささっと大きく後ずさったが
すぐに後ろのソファにぶつかって、ものの見事にひっくり返った。

無理もないだろう?
ソファに座っていたぬいぐるみが、突然こちらを向いて、ひらひらと手を振ったのだ。
統括室の床に転がる俺の反応に満足したのか、リーブ部長は仕事をしながら楽しげに種を明かした。

「遠隔操作可能なロボットですよ。まあ、それだけではないんですが」
「は?」
「まだ試作段階ですから、秘密にしておいてくださいね?」

片目をつぶって笑う。
俺は成程と思った。
リーブ部長はやはり何処か変な人だが、方向性はどうやら
・・・好ましい方向。
真面目なサラリーマンとしての理性と少年のような悪戯心を持ち合わせている人らしい。

にしても。

「これがロボットなんすか?へえええ。生きてるみたいですね」

ぴょんこぴょんこと俺の周りを回っているケット・シーを見下ろし、俺は感心した。
喋りも動きも滑らかで、機械らしさを殆ど感じさせない。

「わいは生きとるで?」
「うお!!!い、いきなり喋るな!!」
「さっき喋るの聞いときながら、何驚いてはるんや」
「そ、そういわれても・・・」

はた、と部長をみると、彼はキーボードを叩きながら、視線に気付いたのか笑って見せた。

「どうしました?」
「・・・え、遠隔操作、なんですよね・・・?」
「ええ、そうですが、何か?」
「り、リモコンとか・・・は、」
「ありますよ?」

ほら、これです、と部長は引き出しから小型のリモコンを取り出した。
レバーとマイク、イヤホンのついた簡潔な作り。
先端につく突起はアンテナのようだった。

「・・・操作してみます?」
「い、いいんですか!!!?」
「勿論ですよ」
「ありがとうございます!!!!!」

その後嬉々としてラジコンのようなケット・シーで遊んだ俺はすっかり忘れていたのだが、部長はどう考えてもリモコンなしで操作していたのだった。

・・・部長仕様の特別な操作方法でもあったとか?

まあ、俺の頭じゃ考えてもわからないか。なんせ相手は天才エンジニアだ。

*   *

とまあ、とてもじゃないけれど統括とする会話ではない会話をしたりとか、
護衛の任務なのに「先に帰ってもいいですよ」といわれたりとか、色々あった。

俺は確信した。
リーブ部長を「地味でぱっとしない」と表現したのは、一度も仕事以外で彼と話をしたことがない連中だと。
そして、一度でも話したものはきっと気付く。

柔らかい物腰と、実直で誠実な性格。
尚且つ意外とお茶目な部長は、統括という地位を飛び越えて親しみやすい。

・・・きっと俺以外にも遊びにくる奴とかいるんだろうな。

そんなことをつらつら考え、勧められるまま高級革張りのソファに座ろうとして、動きを止めた。

「・・・どうしました?」
「あーその、俺、帰ってきたばっかりで汚れてるんですよね・・・」
「構いませんよ。私が掃除するわけでもありませんし」

さらりと言い放つ部長は、かなり型破りじゃないだろうか。
そういや護衛に対してソファに座ったらどうですか、と勧めたのもこの人くらいだった。

じゃあ、と遠慮なくソファに腰掛けてお茶を一杯頂く。

「うまい!!!」
「それはよかったですね」

統括室備え付けの嗜好品は、一般兵が手に入れられるものでは決してないレベルのものである。
入れ立ての香ばしい香りといい、茶葉の甘みといい、疲れた体に染み渡るようだった。

「はあ~生き返ります」
「大げさですね」

苦笑する部長は単刀直入に切りだした。
「私に用があるのでしょう?」と。
俺は待ってましたとばかりに身を乗り出す。

「そうです。実は、大事な用があってきました」

大袈裟に深呼吸と、慣れない咳払いを一つ。
あ。ちょっと噎せたけど、気にしない。

「・・・お菓子、ください」

極めて深刻な表情を作った甲斐はあったらしい。
目論見どおり、リーブ部長は一瞬動きを止めて、そして腕時計をみた。

「・・・ハロウィンはまだ先のようですが」
「中秋の名月、っていうんですよ」
「チューシューノメイゲツ?」

きょとんと鸚鵡返しにする部長は何処か少年のようだ。

「満月の夜には子供が大人にお菓子を貰いにいくんですよ」
「・・・何故私のところにくるんですか」
「だって俺より年上でお菓子をくれそうな人って、部長くらいじゃないですか」
「・・・成程」

部長は右手を顎に当てた。

「そういえば今朝、部下がお土産に饅頭を持ってきてくれたんですよ」
「さっすが部長!!!」

俺は思わずガッツポーズを決めた。
じゃあとってきますね、と立ち上がって去っていく背中を見送って、俺はソファに深く腰掛けた。

なーんか、落ち着くんだよなー。

今いる場所は、統括室だけど都市開発部門。
ソルジャーを呼び出す短時間の訪問者を想定したものではなく、技術者を呼びだし設計図などを長時間打ち合わせをする場所なのだろう。

でも、きっとそれだけじゃない。

すべての統括室にいったことがあるわけではない。
ソルジャー部門と都市開発部門だけ。
ラザード統括がいた頃のソルジャー部門の統括室は、指示を受けるだけの無機質な空間だが、機能的だと思えたのに。
最近のソルジャー部門の統括室は、スマートな作りに似合わない愚鈍な上司のアンバランスが居心地を悪くしていた。

それに対して。

目の前にある湯呑み茶碗。
まだ温かそうな湯気が出ている。

・・・和むんだよなあ。

きっと部屋の雰囲気を決定付けているのは、部屋の主の気質なんだろうなあと俺は思う。
ここはいつも穏やかに訪問者を迎えてくれる。

ぼおっとしていたら瞼が重くなってきたらしい。
報告書という頭の痛い案件を無視し、俺は目を閉じた。

「・・・ザックス?」

落ち着いた低い声が響く。
部長っていい声してるよな。

「ザックス、起きてください!」

耳元で割に張り上げられた声。
今の上司ならとっくに濁声に変わりそうなものだが、
部長の声は変わらず心地よく響く。
意識は勿論起きていたものの、起きるのが勿体ないような気がして俺は眠っている振りを続けた。

「困りましたね・・・」

そういや部長、残業してたんだっけ。
迷惑かけて申し訳ないな、と思いつつ、
少しでも長く、この大好きな空間に居座るために、俺は無反応を装った。

次の瞬間、俺は思わず声を上げそうになった。
なんと部長は俺を背負おうとしているらしい。
といっても部長の体格では俺みたいなソルジャーを軽々運ぶことなんて出来るわけもなく、半ば引きずられるようにして移動していた。

そして、荷物のようにおろされた先は、間違いなく隣室の仮眠ベッドである。
・・・何処まで人がいいんだよ、部長。

ますます本格的な眠りに引きずられそうになった俺を覚醒させたのは、統括室に鳴り響いた一本の電話だった。

「はい、都市開発部『リーブか!そっちにザックスがいるだろう!?』」

割り込んだ迷惑千万な大声は、うちの上司に間違いなかった。
・・・あー。あんな上司でも俺の逃げ場所を把握してたってわけか。
内心がっくりしながら、成り行きを見守ってみる。

「ザックスですか?・・・いいえ、最近会ってませんよ。戻ってきているのですか?」

対するリーブ部長はいつも通りに落ち着いた声で呆けていた。
LOVELESSの主役達ですら顔負けの役者っぷりである。

『なっ!・・・そうか、すまん。
もし奴を見かけたらすぐ戻ってくるように言ってくれ!!報告書も出さずに逃げやがった!!!』
「はいはい、伝えておきますよ」

穏やかに返し、部長は電話を切った。
そして。

「・・・だ、そうですよ。狸さん?」

鼻をつままれ、俺はそおっと目を開けた。
間近に悪戯っぽく笑う部長がいた。

「・・・ばれてたんですか」
「勿論ですよ」

くすりと笑う部長は、本当に穏やかで人の良さが滲み出ている。
こんな上司を持つ都市開発部門の連中が羨ましかった。

「部長ー。序でにソルジャー部門も統括やりません?」

半分は冗談、半分・・・以上は本気で誘ってみたものの、

「無理ですよ。私は戦闘に関してはさっぱりですからね」

あっさりと切って捨てられた。
そりゃあそうか、と納得する。
この人は同じ統括でも、建築士だ。
戦闘を知っているとは思えない。が。

「いいから、いいから。統括になってくれたら、後は俺らが勝手に動きますって」

少なくとも、今の統括よりは気持ちよく任務につける。
どうせハイデッガーもソルジャーの本当の気質を知っているわけではないのだ。

「それでは私はすぐにクビですよ」

はいはい、と軽くあしらわれてしまった。
俺はばたっとベッドに寝そべった。

「あー疲れたー」
「お疲れ様です。それで」

と、部長はデスクの上の箱をちらりと見遣る。

「・・・お饅頭はいらないのですか?」

悪戯っぽい笑顔。
俺は目を輝かせて、がばっと起きあがった。

「いるいるっ!!!!」
「・・・ザックスは素直ですね」

部長はいっそ感心したように頷く。
では、と

「・・・お月見、しましょうか?」

「はい!!!」

ぱちん、と照明が落とされると
優しい光が統括室を包み込む。

俺とリーブ部長は並んでソファに座っていた。

ふと部屋を見回す。
光を放っていたこの建物。
あの厄介な上司も、頼もしかったアンジール達も、新しくやってきた兵士達も、受付のお姉さんも、スーツ姿のタークスも、みんなこの神羅ビルに集っている。

恐ろしい、と思うこともある、けれど。
ここにみなが集っているから、神羅がある。

俺はもう一つ饅頭に手を伸ばしながら、この建物の設計者に話しかけた。

「なあなあ、リーブ部長」
「何でしょう?」
「このビル造ったのも、部長なんだろ?」
「まだ建築中ですよ」

部長はほうっと湯呑みから口を離した。

「でっけービルだよなー」
「・・・そうですね。神羅は巨大な組織ですから、設計も大変でしたよ」
「あ、じゃあそれぞれの統括室を作ったのも、部長ってことか」
「そうですが、何か?」
「ハイデッガーに、あの統括室は勿体なさ過ぎですって」
「・・・治安維持部門統括室ですか?それともソルジャー部門統括室ですか?」
「どっちも。」

俺は大真面目に頷いた。
部長は僅かに苦笑したようだった。

「・・・統括者に合わせた設計ではないですからね」
「んじゃ、何に合わせてるんすか?」
「部屋の用途ですね」
「・・・はあ」

用途、についてはさっきざっくりと想像していたが、設計者本人となるとなんだか難しい話になりそうだ。
気の抜けた俺の反応が分かったのか、部長は話を変えてくれた。

「・・・ところで、報告書はいいのですか?」

あまり、好ましくない方向に。

「いっ・・・!!!
いやいやいや、ここは忘れてくださいって!!!」
「私は忘れても構いませんが」

さらりと返される。
勿論、その後に続く言葉は・・・言われなくても分かっている。

「っ部長~~~~~~~~~~~~~~!!!」
「ははは、ザックスは本当に素直ですね」

そんなに楽しそうに笑われても困る。

*   *

結局、俺はソルジャー部門の新しい統括の元に戻ることにした。・・・報告書は、真っ白のままだが。

「・・・お邪魔しましたあ・・・」

意気消沈した俺を見下ろし、部長はのんびりと声をかけた。

「おや、ザックス。さっきまでの勢いはどうしたのですか?」
「部長が思い出させてくれたんじゃないですか・・・」

俺の気分は床にめり込みそうなほど急降下だ。
完全に沈む前に顔を上げた。

「・・・お饅頭、旨かったです。ごちそうさまでした」
「そうですか。部下も喜びます」

浮かべる笑みはやっぱり優しいもので。
見守るような眼差しに、俺は田舎の両親をふと思い出した。

「・・・部長って」
「?」
「なんか、俺の親父に似てます」
「・・・子供を持った記憶はありませんが」
「知ってますって。でもきっと、部長はもっと沢山の部下を持つ気がします」

それは、予感。
俺の勘だけど、この人はもっと沢山の人に必要とされる日が来る。
暖かい人柄に惹かれて、自然に人が集まってくる。

「・・・もっと沢山ですか?
これ以上部下は増えそうもないですよ」

ウインクひとつ。

「い~や、俺、勘は当たるって評判なんですよ!」
「そうですか。ではお月見の会でも作りましょうか」
「おお!!!楽しそうっすね!!!」
「次回は報告書を終わらせてから参加してくださいね?」
「ぶ、部長~~~~!!!」

*   *

結局、俺が第二回に参加することはなかったけれど。
俺の勘は、やっぱり正しかった。

都市開発部門統括、リーブ・トゥエスティ部長は
その後、世界再生機構、WROの局長として、
あのころより遙かに沢山の人を纏め上げ、星を守っている。

それを支えている仲間の一人が、俺の大切な友達、クラウドだったりするのは奇妙な縁。
彼らは、俺の叶えられなかった夢を受け継いでいる。

英雄になる、夢を。

fin.

 

※FF7の二次創作サイト「雀の行水」の管理人、たら様が書かれました、リーブさんとザックスの「お月見泥棒」という作品を元に、私が書きたくなったザックスサイドのお話です。
尚、「雀の行水」は18禁BLサイト様ですので、苦手な方はご注意ください。

原作はリーブさんサイドのお話なんですが、私が何度も何度も読んでいるうちにザックスサイドを書きたくなってしまいました。

たら様にはご連絡し、許可をいただきました。
たら様、その節は本当にありがとうございましたm(_ _)m