チェンジ!

WRO本部で最も強固に設計されている扉の一つ。
その前で名を告げると、解除の電子音と共に扉が開く。

「失礼します!局・・・」

言いかけた隊員は、ぽかんと立ち尽くした。
視線の先。WRO局長室に、ちょこんと座っていたのは。

「どうもー。お疲れさんやでー♪」

糸目に満面の笑みがデフォルメの、いつも陽気な愛らしい猫ロボット。
WRO隊員なら誰もが知っている
WROの隊章にもなった最高責任者の分身、ケット・シー。
そのケット・シーが愛想全開でぶんぶんと手を振っている。

「あ、あの・・・?」

更に、デスクの上では植木鉢の金魚草・ふよが
黒猫の手の動きに合わせてこれまた無表情にふよふよと左右に揺れている。

最高責任者に会うため緊張感を持って入室したはずだが、愛らしい動物達?に出会ってしまった。
隊員は暫し思考が停止したらしい。
実にほのぼのとした、というか脱力する。

隊員は取り敢えず、広い割には物が少なくすっきりした局長室を見渡す。
癒し系の動物達?以外は、誰もいないらしい。
ちょっと気を取り直し、隊員は恐る恐るケット・シーに向き直った。

「あの、局長は・・・?」
「リーブはんなら、ちょっと偵察とちょっと抜き打ち視察してはんで」
「・・・ええと?」

ただでさえ訛の多い言葉に反応が遅れる。
偵察と視察。
偵察は敵や相手の動静をこっそり探ることで。
視察は現地・現場に行きその実際の様子を見極めること。

局長が出張などで部屋にいないことはいつものことだが、
何故ケット・シーがここにいるのかはやっぱりよく分からない。

固まった隊員にケット・シーは続ける。

「やから、今日はボクが一日局長やでー♪
ケット局長って呼んでやー」
「は、はあ・・・」

にこにこにこ。
常に笑顔を絶やさないケット・シーをみていると
何となくやっぱり分身だなあと隊員は妙に納得してしまった。
こちらの緊張をほぐしてくれる笑み。

「そ、それでは・・ケット局長!」
「おっ!あんさんノリいいなあ。なんや?」
「局長宛の書類をお持ちしました!」
「おおきに。その山の隣に置いといてやー」
「はっ!!!」

   *   *

時は少し遡る。

WRO局長室は、珍しい客を迎えていた。
少し前に動植物園を作ったときの臨時顧問。

「お久しぶりです、鬼灯さん」
「お久しぶりです。リーブ局長」
「リーブで結構ですよ」

にこにこと上機嫌なのが、WRO局長。
そして相変わらず無表情なのが、客である閻魔大王の第一補佐官。
局長はいつもの藍衣で、補佐官は黒が基調で襟元は朱色の着流しという前回と同じ出で立ちだった。
WRO局長の後ろでのんびり控えていた護衛隊長のレギオンはうーんと両者を見比べる。

・・・一見両極端の筈なのに
どうしてこうもほのぼのするかねえ?

ふと鬼灯の視線がデスクの上の植木鉢に移った。
その先に咲いている金色の金魚は、肌のつやもよく、今日もふよふよと揺れていた。

「・・・金魚草。元気そうですね」
「ええ。お陰様で。そうそう、鬼灯さんも触ってみます?」
「何か分かるのですか」
「ええ。どうも人によって反応が違うんですよ。因みに私は・・・」

リーブがそっと金魚草に触れる。
すると、金魚草が背鰭と尾鰭をぱたぱたと動かした。

「・・・喜んでますね」
「そうですか?因みに彼は・・・」

にっこりと笑った局長の視線の先は、

「・・・げ。俺、ですか?」
「レギオン、命令です」
「うっわーえげつなー」

レギオンはとぼとぼとデスクに向かい、
ひょい、と金魚草に触れた、いや、触れようとしたが。

「・・・これは、凄い」

思わず鬼灯が呟く。
金魚草は、さっと彼の手を避けていた。
レギオンはムキになって、瘤を追っかけるが、
避ける、避ける、避ける。

「くっわーー!!!可愛くねええええ!!!」
「・・・こんな感じなんですよねえ」
「纏めるなああああ!!!」
「鬼灯さんも、どうですか?」
「ええ、では」
「軽くスルーするな!!!!」

喚くレギオンを通り過ぎ、鬼灯がすっと手を金魚草へ。
触れた途端。

植木鉢ごと、金魚草が跳ねた。
ぴょん、ぴょん、ぴょん。
何処となく楽しそうだった。

「凄いですねえ。飛び跳ねる、なんて初めて見ましたよ」
「・・・こんなに多芸だったとは、私も初めて知りました」
「今度、金魚草の研究チームとか作ってみたいですねえ」
「いいですね。是非。こちらのチョコボも、元気ですよ」
「それは何よりです」

動物話をしだした二人に、レギオンが辛うじて突っ込みをいれた。

「・・・あのーそこの方々。本題はどうしたんです?」
「おや、レギオン。貴方も研究チームに入りたいんですか?」
「誰が入るかあああ!!!」

   *   *

どうぞ、とソファを勧め、リーブと鬼灯は向かい合って座った。
リーブはレギオンにも席を勧めたが、
レギオンは護衛ですから、とリーブの後ろに立っている。

「それで、相談、とは何でしょう?」
「・・・リーブさんにみていただきたいものがあります」
「おや?何でしょう?」
「・・・チョコボをくすぐってやっていたら、これがでてきたのですが・・・何でしょうか?」

鬼灯は懐から、丸い石を取り出した。
淡く黄色に光る石。その正体を、リーブは瞬時に見抜いた。

「これ・・・!!マテリア、ですね」
「マテリア?」
「こちらの世界で、魔法を使用できる貴重なアイテムですね。天然物はもう存在しないと思っていましたよ」
「魔法・・・?まさか、そんなものが・・・」

鬼灯がギンっと鋭く手の中の石を睨む。

「おや?鬼灯さんの世界では魔法はないのですか」
「少なくとも、本やアニメやゲームといった仮想上でしかありませんね」
「そうですか。便利ですよ?
でもそのマテリアは・・・なんのマテリアでしょうね?」
「さあ・・・」

鬼灯は石を凝視しすぎて凶悪な眼光になっている。
リーブは兎も角石を鑑定しようと手を伸ばした。

「ちょっと見せてもらっていいですか?」
「・・・よろしくお願いします」

鬼灯がマテリアを持った手を差しだし、リーブがそれに手を触れた。
その瞬間。

「えっ!?」「なっ!?」

かっと白い閃光が部屋を満たした。

「局長!!!」

レギオンは瞬時にリーブを庇うように間に割り込む。

光が収まった頃。
鬼灯とリーブは眼を覆っていた手を下ろし、そして・・・互いに見つめあって、動きを止めた。

「「・・・え?」」

二人は全く同じタイミングで驚き、目を瞬く。

「・・・あの、局長?鬼灯さん?」

レギオンが声をかけると、二人が同時にレギオンへ振り返る。
そして、落ち着き払った鬼灯が口を開く。

「レギオン」
「へ?は、はい、何でしょう、鬼灯さん」

急に呼び捨てにされ、戸惑いながらも返事をする。
そんなレギオンの様子に、鬼灯はふう、と軽くため息を付いた。

「・・・やっぱりそうですよねえ」

対するリーブは眉間の皺を深くして。

「・・・まさか、と思いますが・・・」

その先を困ったように笑う鬼灯が引き継ぐ。

「ええ、そうみたいですね。鬼灯さん」
「・・・へ???」

レギオンは違和感に二人を見比べる。
先ほどまで機嫌よくにこにこ笑っていた筈のリーブが
緊急事態でもこれほど目をつり上げたことはないだろうというくらいに不機嫌オーラを振りまき。
一方、無表情だった鬼灯は苦笑している。

「・・・きょ、局長???」

振り返ったのは、鬼灯だった。
微笑を湛えて。

「レギオン。ちょっと困ったことになったようです」
「え・・・・ええええええ!?!?ま、まさか、あんた、局長・・!?」

額に角をもつ鬼神は、あっさりと頷いた。

「そうみたいですね」
「で、そっち・・もしかして、きょ・・・鬼灯さん?」

濃紺のコートを翻し、不機嫌オーラ全開のその人はため息をつく。

「そうです」
「うわあああああ!?まじですか!?入れ替わったってことですか!??」
「見事に入れ変わりましたね」
「そうみたいですね」
「「・・・」」
「・・・で、どうしましょうか」
「・・・変わりませんね」

ふと、思いついたようにリーブがデスクへ向かう。

「ほ・・・じゃなくて、局長?」

鬼神の姿で、リーブはそっと金魚草に触れる。
すると、金魚草が背鰭と尾鰭をぱたぱたと動かした。

「うわ!!!」
「・・・ならば私も」

藍衣を翻し、局長の姿で鬼灯が金魚草に触れる。
ふよは、植木鉢ごと飛び跳ねて見せた。

「すっげー!!!ふよのやつ、中身を当てやがった!!」
「どうしてわかるんでしょうねえ」

おっとりと鬼灯の姿のリーブが首を傾げるが、リーブの姿の鬼灯がぴしゃりと遮った。

「調べたいところですが、今は元に戻ることが先決です」
「そうですねえ・・・。あ、さっきのマテリア、は・・・」

テーブルに戻ってみるが、
そこには砕けて砂になってしまった残骸のみ。
レギオンは呻いた。

「げげっ!」

一角の鬼神となったリーブはひとつ頷く。

「おや、壊れたようですね」
「冷静に言うな!!!」

レギオンの突っ込みをスルーして、リーブは髭のない顎に手を当てて思案した。

「ふよは私たちが分かるようですね。
ですが、隊員たちにこれを求めるのは酷でしょう」
「・・・元に戻るにはどうすればいいですか」

鬼灯は砂と消えたマテリアから視線を外していた。
どうやら彼の中でも瞬時に切り替わったらしい。

「この現象はマテリアの効力と見て間違いないでしょう。
となると、魔法を解除するしかありませんが・・・」
「・・・何か、問題でも」
「未知のマテリアですし、解析しようにも元のマテリアは既に壊れてしまっています」
「すぐさま解除は難しい、と」
「ええ、そうなりますね」

切り替えの早い二人があっさりと結論付けた。

「あちゃあ。どうします?」

レギオンの問いかけに、鬼神のリーブはにっこりと笑った。

「まあ、いいんじゃないですか、たまには」
「は?」
「すぐに戻れないのですから、この状態で解決法を探すしかないでしょう」
「いや、そーですけど」

もっと深刻になってもいいんじゃ、と言いたげな護衛を放置して、リーブはさらりと続けた。

「鬼灯さん、こちらで好きに過ごしてください。
たまには隊員たちの刺激になるでしょうし。それから、ケット・シー」
「はいな」

隣室からてこてことやってきたのは、二本足で歩く黒猫だった。
それが赤いマントと金の王冠、白い手袋に何とブーツまでを身に着けて、
細い糸目で実に楽しそうに歩いてくる。
はっとリーブの姿の鬼灯が凝視する。

「・・・もふもふ、したい」
「・・・何か?」
「いえ・・・」

そういいつつ、鬼灯は歩いてきたケット・シーの前にしゃがみ込み、ケット・シーの喉をごろごろと触っていた。

「気持ちええけどー。なーんか違和感ばりばりやな」
「鬼灯さんは本当に動物がお好きなんですね」

その後ろでにっこりとリーブが微笑ましく見守っている。
レギオンが冷や汗を流した。

「・・・違和感すげーのは俺の方ですけど」

傍目には無表情でケット・シーと戯れる局長と笑顔の鬼神である。
慣れてきたとは言え、レギオンは多少顔が引き攣っていた。

「にしても、リーブはんも鬼灯はんもなーんや器用に入れ替わったもんやなあ」
「そうですねえ」
「・・・貴方、神獣、ですか?」

今度はケット・シーの耳に触りつつ、鬼灯が問う。

「シンジュウ?・・・ん?もしかして霊力ある獣やろか?」
「はい」

神獣。
地獄でも霊力ある獣が亡者に罰を与える獄卒として働いている。
鬼灯の部下では、嘗て桃太郎に付き従った犬、猿、雉がいたりするが、彼らも流暢に話すことができる。

「ちゃうちゃう。ボクはロボットやさかい」
「でも、生きてますよね」
「「え?」」

さらりと返され、鬼神姿のリーブと黒猫が思わず絶句した。
先に復活したリーブがぱちくりと目を瞬く。

「・・・よく、分かりましたね」
「生気が見えますから」
「・・・鬼灯さんって凄いんですねえ。
それはさておき。ケット、こちらの鬼灯さんのサポートお願いしますね?」
「ええけど・・・。リーブはん、ボクのこと見えとるか?」
「・・・?」

意味を取りかねた人間の鬼灯が怪訝そうにリーブを振り返る。
鬼神のリーブは、意味ありげに笑った。

「ええ、問題なく見えていますし、聞こえていますよ」

ぽん、と護衛が手を打った。

「・・・あー。もしかして、入れ替わっても・・・」
「ええ。何かありましたら、ケット・シーに知らせてください。それで、私に伝わりますから」
「相変わらず便利ですねー。お二方」
「・・・よく分かりませんが・・・。
解決するまでこのまま私はここで過ごす、・・・ということですか」
「ええ。一応責任者ですから・・・。
局長が行方不明では、流石に面倒なことになりますので」
「WRO全勢力での大捜索になりますからねー」
「・・・それはいいすぎでしょう、レギオン」
「いんや、事実ですから」

鬼灯は髭のある顎に手を当て、軽く驚いてから
こてんと首を傾げた。

「でしたら・・・リーブさんは地獄に行ってみますか?」
「おや?よろしいのですか?」
「ちょっと待てーーーーーい!!!!」

楽しげに会話する二人の間に、レギオンが両腕を広げて割り込んだ。
勢いをつけすぎたのか、ぜーぜーと息まで切らしている。
今は鬼神姿の上司が何やら必死の護衛を不思議そうに見返す。

「なんですか、レギオン」
「いや、今あんた自分で
『局長が行方不明では面倒なことになる』
っていったとこじゃないですか!!!」
「ええ。ですから局長の鬼灯さんがいれば問題ありません」
「ちっがーーーーーう!!!」

レギオンは全力で突っ込みを入れた上で更に畳みかけようとしたが、
鬼灯がそういえば、と呟いた。

「・・・このままだと地獄で仕事が山積みですね」

仕事、という単語にリーブが瞬時に反応する。

「それはいけません!私がお手伝いしますよ」
「おい!!」
「・・・よろしいのですか?」
「ええ、問題ありません」
「いや、問題あるだろ!!!」
「では、私は局長の仕事を手伝うことにしましょう」
「ありがとうございます。詳しいことはケット・シーに尋ねてください」
「無視するな!!!」
「成程。では地獄の方は・・・そうですね。
仕事さぼっている閻魔大王にでもきいてください」
「分かりました」

スルーされ続けたレギオンは、
やっと二人のどうしようもない共通点に気づいた。
そして、腹の底から一喝した。

「・・・このっ・・・仕事馬鹿どもがあああ!!!!」

   *   *

あの世には天国と地獄がある。
地獄は八大地獄と八寒地獄の二つに分かれ
更に二百七十二の細かい部署に分かれている。

地獄は死後の裁判が長いため、非常に広い。
多くの留置所も必要であり、更に刑に服すとなると
とてつもない場所を取る。

「ここが死後の世界、地獄、ですか・・・。
確かに・・・広いですねえ・・・」

至る所で燃える炎は地獄の業火だろうか。
薄暗い空にびっしりと鋭い針が生えた山が幾つも聳え、
おどろおどろしく血の池が沸き立つ。その血の池に浮き沈みするのは呵責されている亡者らしい。
流れる河は三途之川といい、橋のたもとで実にお元気そうな老婆が亡者を追って走り回っている。

鬼灯のすすめに従い、日本地獄にやってきたリーブは
着流しの鬼神の姿で興味深げに辺りを見渡す。
散々止めようとした護衛は、鬼灯の「鬼神はまず死にませんよ」の一言で渋々引き下がったらしい。
どうにも心配性なんですよねえ、とリーブは苦笑する。

死後の裁判は10人の王がじっくりと審査するという。
中でも鬼灯が補佐官を勤める5審目の王は、地獄代表である偉大なる王。

「あ、鬼灯君、お帰りー」

閻魔殿にたどり着くと、柱の立ち並ぶ広間の先で、
常人では高すぎるだろう執務机で巻物を処理する人物がいた。
3メートルはゆうに超えるだろう。
185糎ある鬼神の体格が小さく見えるほどの、巨漢。
堂々とした体躯、顔の半分を髭で覆い、朱色の道服を纏う。頭上には王と書かれた冠。
そんな王は、のんびりと声をかけてくれた。
リーブは閻魔を見上げ、王たるに相応しい威厳ある姿に感心した。

「貴方が、閻魔大王様、ですね・・・」
「・・・どしたの、鬼灯君」

しみじみと呟くと、閻魔は不思議そうに筆を止めた。
どうやら人が良さそうだ。

「いえ、よろしくお願いします、閻魔大王様」

リーブはいつも通り、にっこりと笑った。
すると。

からん、と軽い音が響いた。

閻魔が持っていた筆が、巻物を転がり、机から床へと落ちた。
いや、それ以外の音が、消えた。
広い広い空間が、八寒地獄で最も寒い
摩訶鉢特摩地獄よりも恐ろしいブリザードにより瞬時に凍り付く。

「・・・どうしました?」

リーブが鬼神の姿で首を傾げる。
その前で、閻魔大王は固まっていた。
まんまるの瞳を更に大きく見開いて。

「ほ・・・鬼灯、君・・・?」
「はい?」

筆を落とした手が、ぶるぶると震え出す。

「い、いいいいいいい、今・・・・、
き、君・・・わ、笑・・・った・・・・よね?」
「いけませんか?」
「え、ええ!?そ、そんなことないけどさあ・・・」
「閻魔大王様」
「は、はいいい!?」

若干怯え気味の閻魔へと、リーブはゆっくりと口を開く。

「・・・お願いがあります」
「な、何?鬼灯君」
「仕事を教えてもらえませんか?」
「え・・・えええ???」

満面の笑みで、補佐官のリーブはさらっと告げた。

「私、鬼灯としての記憶がありませんので」

   *   *

WRO本部、局長室では。

「何ですかこの書類!!計算に不備があります!さっさと直す!」
「は、はいい!!!」

局長の鬼灯が隊員を相手に怒鳴っていた。
ぎん、と睨みを効かせる局長の鬼灯に、書類を持ってきた隊員たちがびくびくしながら退散する。

「ど、どうされたんだろう、局長・・・!!!」
「余りの心労に遂に崩壊されたのかしら・・!?」

その中の勇者が、恐る恐る局長へ進言した。

「きょ、局長、本日はもう休まれては・・・」
「何を行ってるんです。大体甘すぎるんですよ。さっさと次を寄越せ!!」
「は、はいいい!!!!」

背後に控えていた護衛と分身は取り敢えず静観していたが。
ぽりぽりと護衛が頭をかいた。

「・・・怖いっつーよりシュールというかなんというか」
「たまにはええかもしれんけど」

   *  *

一方の地獄、閻魔殿でも、また。

「・・・な、なあ・・・」
「だ、誰か、行ってこいよ・・・!!!」
「怖いわっ!!!!」
「ほ、鬼灯様が笑ってる・・・!!!!」

獄卒たちがひそひそと囁きあう中、
久しぶりにトップではない立場を楽しんでいる補佐官のリーブは、笑顔のままちゃっちゃと巻物を処理していた。

「ね、ねえ鬼灯君・・・」
「おや?どうしましたか、閻魔大王様?」
「・・・き、記憶がないって本当?大事だよ?」
「そんなことはありませんよ?だって仕事は教えていただけますから。
寧ろとても便利ですね、この体。金棒だって一振りが軽いですし。
やっぱり鍛えておくべきでしょうねえ・・・」
「ほ、ほーずきくーん・・・!!!」

   *   *

怯える隊員を下がらせた局長の鬼灯は、はあ、と無表情にため息をついた。

「・・・ケット・シーさん」
「なんや、鬼灯はん」

鬼灯は寄って来た黒猫の頭をなでなでした。

「・・・私はいつも金棒を振り回しているんですが、代わりになるものはありませんか?
できればうっかり殺さない程度で。
銃器だと・・・急所を狙いたくなりますし気を遣うんですよ」

鬼灯は閻魔大王の補佐官だが、元々は罪人を呵責するのが仕事。
地獄では彼にしか扱えない金棒を片手でぶん投げたりしていた。
しかし、今は補佐官のリーブが護身用に持っていってしまっているため、手元にない。

どうにも、ストレスが貯まる、と鬼灯は内心呟く。

地獄ならば基本的に獄卒である鬼達は頑丈で、
亡者は既に死んでいるため鬼灯が全力で殴ろうが殺す危険はない。
日常通り全力で手を出しそうになるが、現世では流石にまずい。
幾ら今の鬼灯が人間の体といえども、日頃から全力で相手に大ダメージを与えるように物理攻撃をするため、
人間相手では勝手が悪かった。

ケット・シーがちょっと引き気味に笑った。

「・・・鬼灯はんの日常が気になるとこやな。んー。これとかどうやろ?」

何処からともなく取り出したのは、白い紙を蛇腹状に折った小道具。
鬼灯はがしっと持ち手を掴んだ。

「・・・成程。ハリセンですか。
確かにこれなら・・・大きく!!!、振り被っても、問題ありませんね」

鬼灯は試しに素振りをする。
空気がビュン、と勢いよく割かれていく。

「うっわー鬼灯さん、すんごいスイングですよー」
「ええ音するやろな」

見ていた二人は、相変わらず無責任に傍観していた。

   *   *

「・・・ペットの鳥を酔わせ、動けない鳥をつまみ代わりに調理しようとした罪!!
筆舌に尽くしがたし!!!
よって閻魔庁が貴殿に下す判決は叫喚地獄!!!
肉をそぎ落とし、再生させまた肉をそぎ落とすを繰り返す刑に処す!!!
連れていけ!!」

閻魔がびしいっと笏で亡者を指し、判決を言い渡す。
嫌だー!!!と叫ぶ亡者を獄卒たちがずるずるとひきずっていく。
見送った補佐官のリーブはふと顔を上げた。

「・・・閻魔大王様」
「うん?」

やれやれ、と肩を揉み解していた閻魔は、腹心を見下ろし、内心驚く。
彼は真摯な瞳でじっと凝視していた。

「もしも・・・現世において街を巨大なプレートで押し潰して多くの人を殺し、
更に星の資源を枯渇寸前まで使い倒し、戦場で沢山の人を見殺しにした
・・・くらいの所業を成したものだと、どの地獄になるんです?」

ええ?と言いながら、閻魔は素直に首を捻って
いつも通り罪人に相応しい裁きを考え込む。

「んー。それは随分暴れん坊だねえ。大罪人だよ。
それなら、等活地獄の多苦処で、生前の悪行に応じた形だから・・・
巨大プレートに押し潰されて、生気を吸い取れつつ
戦場で殺された人たちと同じ死因を繰り返す刑・・・となるだろうねえ」

閻魔は遠くに向けていた視線を補佐官に戻す。
彼は淡く微笑んでいた。

「・・・。成程。私が死ぬとそうなるんですねえ・・・。
公平なお裁き感謝いたします」
「鬼灯君・・・?」

   *   *

午前の亡者の列を裁ききり、
閻魔は疲れたあーと執務机に上体を投げ出した。
そのだれた体勢のまま、隣で立ったまま巻物をくるくると巻いている補佐官に声をかけた。

「ね、ねえ鬼灯君」
「なんでしょう?」
「君も疲れてるよね?だからさあ、そろそろ休憩しないー?」

補佐官のリーブは、閻魔の近くに山積みになった処理済みの巻物をよいしょっと持ち上げる。

「・・・閻魔大王様」
「な、なんか君に様付けされると怖いけど・・・何?」
「私、地獄の仕事がわからないんですよ」
「へ?う、うん、記憶ないならそうだよね」

リーブは持ってきた巻物を台車に丁寧に詰める。

「そして、貴方は疲れた、と仰ってはよく仕事をさぼるそうですね?」
「は!?だ、誰そんなこといったの!!!」
「・・・とある人からききました。
と、いうことはまだ余裕があるんでしょうし、私に仕事を教えていただけますよね?」

そして、台車の中から未処理の巻物を山にして、よいしょっと持ち上げる。

「えええ!?ちょ、ちょっと鬼灯君!」
「この巻物の山、すべて本日中ですよね・・・?」

持ってきた山を、閻魔の目前に置いていく。

「で、でもさあ、ちょっとくらい・・・」
「本日は後500人の亡者に判決を下すんですよねえ?」

にっこりと、笑顔で止めを刺す。
逃がしませんよ、とその目が語っている。

「・・・ほ、鬼灯君の、鬼ーーー!!!」
「今は鬼ですから」

   *   *

パシーン!!!!

局長室に滑稽な音が軽快に響く。
そして。

「部署名が違います!!!!書類は正確に!!!」
「す、すみません、局長!!!!」
「この書類!検印に2週間もかかっています!どういうことですか!!!」
「と、統括が出張で・・・!」
「遅い!!!上司のスケジュールは前もって確認するのが常識でしょう!!!」

パシーン!!!
スパコーン!!!
パシパシーン!!!

局長の鬼灯がハリセンを振り下ろす度に、清々しいほど小気味のいい音が響き渡る。
普段なら手を上げることすらない局長の見事な豹変ぶりを目の当たりにし、
隊員たちは恐れ慄きつつ、中にはありがとうございました!!と叫んで退出する強者もいた。

そして、傍観する二人は。

「すっっすっげー!!!書類と同時に人まで捌かれてる・・・!!!」
「いやーおもろいなーこの光景。リーブはんも笑い堪えてるんちゃうかー」
「や、やべ、俺、腹筋が限界・・・!!!」

ケット・シーは愉快そうに見守り、レギオンは笑いすぎで悶絶していた。

   *   *

くすくす、と笑いながら補佐官のリーブは巻物にさらさらとサインをする。
ケット・シーを通じて、WROの現在の状況がわかるのだが、
ハリセンを見事に扱う迫力満点の局長とおっかな吃驚の隊員たちが楽しくてたまらない。

その様子を閻魔が心配そうに覗き込む。

「ね、ねえ、鬼灯君・・・やっぱり変だよ。
白澤君に看てもらった方がいいんじゃないの?」

リーブは一旦筆を置き、回想する。
白澤。
今は局長の鬼灯が酷く眉間に皺を寄せて、序でに盛大に罵っていた名前だった。
彼の職業は確か、と思考を巡らせる。

「白澤さん・・・?ああ、こちらでの医師だそうですね。
成程、看てもらいましょうか」

ばったん!!!と大袈裟なくらい大きな音を立てて、
執務室の巨大な椅子が、閻魔ごとひっくり返った。

「・・・大丈夫ですか?」

リーブの声も聞こえないくらいに、閻魔は動転していた。

「ほ、鬼灯君が、白澤君に進んで看てもらうなんて・・・!!!
・・・は!!!ま、まさか鬼灯君に化けた別人・・・?」

椅子から這い上がり、
ちょっとばかり、閻魔は疑いの目をもって腹心を睨んでみた。
いや、閻魔としては亡者を肝から震え上がらせるの眼力のつもりだが、
リーブからみるとまん丸の目が半月になったくらいで、特に気にせず答える。

「うーん。惜しいですが、違います」
「ええっ!?違うの!?」

腹心の返答を疑いもせず、ただ驚いている閻魔に
リーブは愉快そうに笑った。

「・・・閻魔大王様は実に素直な方のようですねえ」

   *   *

ヒュッ、とハリセンを素振りした局長の鬼灯は、
更なるインターフォンの音にハリセンを握り直した。

「・・・訪問客のようです」
「ん?こりゃあ珍しいこともあるもんやなあ・・・」

自動扉が開き、長身の男が現れた。
相変わらず気配を消すことに長けた赤い目の元タークス。

「・・・リーブか」
「・・・」
「ヴィンセントはん、お久ししゅう」

ケット・シーが親しげに挨拶を返す。
元タークスは扉から室内に一歩入り、そこで何かに気付いたのか、ぴたりと立ち止まる。
一方の局長はデスクからすっと立ち上がり、無表情に元タークスの様子を伺う。
相手から見えないよう、手にしたハリセンを片付ける。

「・・・」
「・・・」

互いに凝視したまま、数秒。
同時に動いた。
元タークスはケロベロスと呼ばれるトリプルリボルバーを局長に、
局長はハリセン・・・ではなく懐から取り出した護身用の短銃を元タークスに突きつけていた。

「ちょ、ちょっとお二人とも!」

流石に慌てるレギオンだったが、
割って入るにはどちらも敵ではなく、また双方共に真剣そのものだった。

「誰だ」
「・・・」
「リーブ、ではないな?」
「・・・この肉体はリーブ・トゥエスティのものです」

短銃を構えたまま、低く局長が答える。
ぴたりとトリプルリボルバーを突きつけたまま、元タークスの目が細められる。

「・・・ならば体を乗っ取ったのか?・・・さっさと出ていくんだな」
「その銃を撃ったところで、私には意味がありませんよ。・・・死ぬのはこの肉体でしょう」

事務的に答える声が、緊張を高めていく。

元タークスの脳裏にある人物が浮かぶ。
嘗て自分を殺し、最愛の人を陥れ、
一度は自分に倒されながらも、ネットワーク上を逃亡し
二度目はDGSを乗っ取った最凶の科学者。
珍しく感情を露わにし、睨みつける。

「・・・まさか、貴様・・・!!!」

緊迫度が増していく彼らの真ん中に、ひょいとケット・シーが割り込んだ。
デスクの上で、双方の銃の軌道を両手で遮りながら。

「あー、ヴィンセントはん、言いたいことはわかるんやけど、そこでストップや。
リーブはんは別に宝条に乗っ取られたんやない。
それから鬼灯はんも、人が悪いわあ。あの台詞やったら、完全に悪者やで?」
「ホオズキ・・・?」
「彼が攻撃しようとしたので、事実を述べただけです」
「うーん結構攻撃的やなあ」
「・・・ケット・シー。説明しろ」

まあまあ、と両者を宥めたケット・シーは
二人をソファに誘導し、序での護衛はやはり局長の背後に控えている。
一連の経緯を聴き終えたヴィンセントは、僅かに顔を顰めた。

「入れ替わり・・・?」
「そや。海チョコボから出てきた未知のマテリア。そのせいらしいわ」
「・・・ならば魔法か」
「そや」

ヴィンセントの鋭い目が、周りを把握する。

「・・・入れ替わったリーブは何処に行った」
「リーブはんやったら」
「・・・面白がって、鬼灯さんのいた地獄とやらに行っちゃいました・・・」

局長の後ろでがっくりと項垂れる護衛。
ヴィンセントは呆れたように、軽く頭を抱えた。

「・・・。まあいい。
入れ替わりの原因が魔法ならば、ホオズキとやらの魔力を強化すれば、魔法の束縛を打ち破れる可能性がある」
「そうなのですか」

疑問形の鬼灯の前で、ケット・シーは腕を組んで天井を仰いだ。

「成程なあー。やけど、一つ問題があるんや」
「なんだ」

ひょい、とケット・シーは背後の鬼灯を振り返った。

「確認やけど・・・。鬼灯はん、今まで魔法つこたことあるやろか?」
「魔法?・・・ありませんよ。
第一地獄にそんなファンタジーはありません」

きっぱりと鬼灯は否定した。

「・・・やろなあ」

ケット・シーの懸念を悟ったヴィンセントは、無表情の局長をちらりと伺う。

「・・・まさか、魔力自体がないのか?」
「その可能性が高いんや。鬼灯はん、ちょっと調べてええやろか」
「・・・いいでしょう」

鬼灯の許可を得たケット・シーは、懐から取り出したマテリアを掲げた。

「・・・んじゃ、『みやぶる』!!!」

鬼灯
HP 8999
MP 0
弱点 辛いもの

鬼灯は僅かに首を傾げただけだったが、
残りのメンバーはがっくりとため息を付いた。

「・・・予想通りすぎるわ・・・」
「魔法とは縁がなさそうだな」
「辛いものが弱点って・・・苦手なんか?」
「・・・。ええ、そうですが、何か?」
「いんや、ええけど?」

若干眼光がきつくなった鬼灯をケット・シーがさらりと流し、
ソファの後ろから、レギオンがうーんと唸った。

「・・・なんかつくづく局長と鬼灯さんって正反対ですよねー。
局長は体力とか力ってそんなないですけど、魔力とMPはダントツですし。
んで、鬼灯さんはきっと体力と力がMAXなんじゃないですかー?」

レギオンの解説に、鬼灯はふむ、頷く。

「つまり、この体の体力は少ない、ということですか」
「リーブは一般人と同じ程度だ」
「・・・。成程、それではリーブさんが戦闘訓練したくなって当然でしょうね」

無表情に回想する鬼灯に、レギオンが釣られて思い出していた。
前回鬼灯がWROにやってきた際、案内序でにいつの間にかリーブは鬼灯に戦闘訓練を依頼していた。
その無謀すぎる訓練は、開始する前にレギオンによって阻止されたのだが。

「・・・あー。無駄なあがきしてましたよねー。俺が慌てて止めましたけど」
「しかしリーブさんは軍事団体の長でしょう。
少しは鍛えた方がいいですね、この体。
軽く金棒を振り回そうにも鈍すぎる」

どうやら鬼灯としては人間の体が不満らしい。
まあ、あれだけの金棒を振り回してたならそうだろうなあ、とレギオンは納得した。
対するうちの局長はどうだろう、と一瞬考えて。

「んー。ただあいつ、
もし鬼灯さんみたいにむっきむきになったところで人一人まともに殴れねーよ」
「・・・性格、ですか」
「そ。まあ、HPは多い方が俺たち護衛としてもありがたいんだけどなあ・・・」

レギオンのぼやきに、にやにや見ていたケット・シーが口を開いた。

「・・・なら、訓練させてくださいよ」

割り込んだ訛のない言葉に、レギオンが呻いた。

「げ」
「・・・リーブ、か」
「・・・どういうことですか」

無表情ながらも訝しげな鬼灯。
レギオンが適当に取りなす。

「まーまー。後で説明しますから」

ヴィンセントがケット・シーを睨んだ。

「リーブ。最初から見ていたなら先に止めろ」
「まあまあ。一瞬で私でないと見破ったのは流石ですね。
ただ鬼灯さんとの会話が余りにスリリングだったので
もう少し放置してもいいかな、と」
「放置するな。
なら、魔力強化の話も聞いていたのだな」
「ええ。ですが・・・
こちらでは魔力強化できそうなアイテムがありませんし」
「ならさっさとこちらに戻ってこい」

ヴィンセントの眼光をさらりと流し、
ケット・シーはわざとらしく、こてっと首を傾けた。

「そうですが・・・。
その前に閻魔大王様から白澤さんに看てもらうという
ご命令が出ていまして・・・」
「あんなものに看てもらうくらいなら、このままの方がましです!!!」

眉間の皺をMAXに深くした鬼灯が、瞬時にどす黒いオーラを纏う。
勢い余ってがんっとテーブルを殴ってしまい・・・痛そうに手を摩る。

「・・・大丈夫ですか?」
「・・・いえ、すみません」

気にしないでください、と言いながら鬼灯は深く、ため息をつく。
どうやら冷静さを失った自分を落ち着かせているらしい。
その常なら様子に、ケット・シーがのんびりと切り込む。

「・・・白澤さんと何かあったんですか?」
「何も」

間髪入れずに答える鬼灯。
どう聞いても何もない、ようには聞こえない。
ただ、深刻に憎んでいるというよりは
犬猿の仲、のような反応に、ケット・シーは口元に笑みを浮かべた。

「・・・そうですか。では、参考意見として訊きに行くのはありでしょう?」
「ありません」

まるで拗ねた子供のような鬼灯の反応に、
くすくす、とケット・シーが楽しげに笑い出す。
そして何か思い出すかのように視線を遠くへ投げた。

「・・・そういえば私、
こちらで笑顔を浮かべてるだけで結構怖れられたんですよ。
もしかしたら、白澤さんにも怖がっていただけるかもしれませんねえ」

ぴくり、と鬼灯が反応する。
そして地獄の底から響くような重低音で宣った。

「・・・。成程。一理ありますね。
あのスケコマシの意見を聞くのは釈然としませんが、
リーブさん、どうせなら・・・肝が、凍てついて、砕け散るくらい脅してやってください」
「ええ。努力しますよ」

ケット・シーが食えない笑みで応じる。

「・・・うわああ・・・」
「・・・」

その二人を、護衛と無口なガンマンが見守り、
顔も知らない白澤という相手に心から同情した。

「別の方法が分かりましたら、また連絡しますよ」

一方的に告げ、リーブはリンクを切った。
ケット・シーはぼやいた。

「・・・相変わらずリーブはん企んどるなあ・・・」

訛の戻ったケット・シーへと、鬼灯が呼びかける。

「ケット・シー。貴方は一体・・・」
「んー。まあリーブはんとの通信手段やと思っといて」
「間違いではないな」

ざっくりと纏めるケット・シーに、肯定はするが詳細は話さないヴィンセント。
彼らの態度から追及を諦めた鬼灯は、ふう、と息を吐く。

「・・・やはりケット・シーさんもリーブさんもただ者ではありませんね。
一見のほほんとしている人は結構要注意人物ですし・・・。
・・・根拠はありませんが」
「「確かに。」」

レギオンとヴィンセントの声が見事にはもった。

「んじゃ、局長がこっちに戻ってくるまでに
エーテルターボとマジックアップでも用意しときますか」

鬼灯の背後から、にかっと笑って護衛が締め括った。
・・・のだが。

「・・・」

これで元に戻るかも、と盛り上がっていた3人だが、
一人深く考え込む仲間にケット・シーが気付いた。

「ん?どないしたんや、ヴィンセントはん」

ヴィンセントはちら、とケット・シーに目線だけ送る。

「リーブは別の手段、と言っていたな」
「そうやけど・・・?」
「・・・。そういうことか」
「ん?なんやヴィンセントはん」

残りの3人の視線を集め、ヴィンセントは端的に告げた。

「この方法。リーブは解放されたとしても、戻るかはわからん」
「・・・ええ???」
「どういうことですか」

ヴィンセントは簡潔に説明した。
未知のマテリアで心が入れ替わった二人。
正確には、心を入れ替え、さらに別の体に心を縛る魔法がどちらにも発動している筈だ、と。
つまり、片方の心を縛る魔法を解除したところで、
戻る先の体に別の心が入ったままでは、本来の体に戻れない。
若しくは、一つの体に二つの心が入ってしまう。
いずれにせよ、元に戻ったとは言えないのだ。

成程、と鬼灯は頷いた。

「・・・つまり、私の体からリーブさんの精神を解放することはできても、
この体から私の精神を解放することができなければ・・・」
「げ。戻れねえってことですか?」

鬼灯の台詞の続きを呟いたレギオンが渋面でヴィンセントに確認する。
ヴィンセントはあっさりと頷いた。

「・・・可能性は大いにある」
「困りましたね」

振り出しに戻ったことに、3人と1匹は何とも言えない顔でため息をつく。

「・・・今のリーブの魔力を持ってしても心が入れ替わったまままならば、
心を解放するだけの魔力としてはまだ足りないと考えるのが妥当だ。
しかし、ホオズキの魔力は無だ。
二人揃って解放するには、ホオズキの魔力を少なくともリーブの魔力以上にあげる必要があるが・・・不可能だろう。
万が一に備えて、別途方法を模索しておいた方がいい」

   *   *

一方のリーブは。
閻魔大王の命令に従い、桃源郷を訪れていた。

桃源郷。
日本と中国の境にあり、仙桃を作り出すための桃の果樹園と清酒でできた養老乃瀧などがある
あの世絶景100選の一つである。
花園が広がり、虹の架かる楽園を兎さんが飛び跳ねる何とも暢気でメルヘンな観光名所。

その桃源郷に、うさぎ漢方 極楽満月という店があった。

「こんにちは、白澤さん」

微笑を湛え、店先に現れた男に、店主の漢方医、白澤はカウンターから飛び上がった。

「・・・!???ちょ、ちょっとええ!!!!???
た、桃タロー君!?あれ、本物!???」

名前を呼ばれた桃太郎が、薬を陳列していた手を止め、振り返った。
因みにこの桃太郎は、日本昔話の鬼退治で有名なあの桃太郎である。
死後迷走して鬼灯に勝負を挑み、逆に説教され、
桃源郷の景観維持のための芝刈りという職を得、
今や白澤の弟子として真面目に薬づくりを学ぶ日々。
そういう経緯で、桃太郎も鬼灯とは知り合いである、が。

「何いって・・・って、え?鬼灯・・・さん??」

姿形はみての通りの鬼灯だが、彼はいつも無表情の筈。
それが、楽しそうに微笑んでいる。
違和感に桃太郎の動きも凍り付いた。

「ああ、貴方が桃太郎さんですね?」
「うええええええ!!!!こ、怖すぎるわっ・・・!!!
・・・って?あれ?お前・・・?」
「どうしました?」

にっこりと笑う鬼灯を、白澤が目を眇めて凝視する。
白澤は漢方の権威でもあるが、それ以前に中国の神獣である。
今は漢方医らしく白衣に三角巾という人型だが、本来は顔に目が3つ、体にも目が6つ、角も6本ある神獣である。
そのため、人型でも額に第3の目がある。
その第三の目を開眼し、暫し。
ぽかんと口まで開けて。

「・・・うっそお。こいつ、中身変わってる」
「白澤様、中身って・・・?」

桃太郎は白澤と鬼灯を交互に見比べている。
と、いっても桃太郎は普通の人間のため、鬼灯の中身が分かるわけではない。

「文字通り。こいつ、鬼灯の体してるけど中身は別の・・・まさか、人間か?」
「流石神獣、ですね。心眼ですか?」

変わらず微笑を浮かべている鬼灯にしか見えないが、
白澤には異なる魂が見えていた。

「・・・お前、誰だ?」
「リーブ・トゥエスティと申します。
仰るとおり、こちらの鬼灯さんとどうやら心だけ入れ替わったようですね」
「・・・そ、そんなことがあるんですか?」

おろおろと桃太郎が師を振り返る。
白澤はカウンターに肘を付いて、胡散臭そうに鬼灯をじろじろと観察している。

「みたいだね。で。あいつはどうしてんだよ?」
「鬼灯さんでしたら、地上ですね」
「で。どうやって戻るつもりなんだよ?」
「ええ、それを貴方にお聞きしようと思いまして」
「・・・」
「ほ、本当に・・・?」

呆然としている桃太郎に、鬼灯にしか見えない鬼神は笑顔で
ここ、失礼していいですか、と客用の椅子を指し、
あ、はいどうぞ。とうっかり通常の客のように桃太郎は勧めてしまっていた。
その一連の遣り取りに。
ぐあああ!!!と耐えきれなくなったのか、白澤は頭を抱えた。

「こんなに愛想ばらまくあいつなんて悪夢だ・・・!!」
「それは鬼灯さんに失礼ですよ?」

椅子に座り、くすり、と何処か余裕そうに返す鬼神がはっきりいって気色悪い。
白澤は投槍に叫んだ。

「知るか!!
どうせこうなったきっかけも分かってるんだろ!?
さっさと再現しろよ!!!」

対する鬼灯改めリーブは、そこらにいた兎さんを抱き上げていた。
因みにこの兎さんは、桃源郷のファンシーさを演出するための存在ではなく、
れっきとした店の従業員(主に薬剤師見習い)だったりする。
そのふわふわの毛並みを撫でながら、鬼灯の姿のリーブは他人事のように答えた。

「それが、原因となったマテリア・・・光る石が
粉々に割れて砕けて消えてしまいまして」
「・・・げ」

白澤の顔が引き攣った。
桃太郎は明らかに焦った様子で師を仰ぐ。

「ちょ!じゃ、じゃあこのままなんですか!?」
「同じ役割をする石があれば・・・それともそれ以上のショックでも与えてみるか・・・?」

存外に真面目に考え込む神獣の提案にリーブもつられたように思案する。
但し、こちらは当事者だというのにのんびりしていたが。

「うーん。よく本とかで見かけるのは二人同時に階段から落ちるとかですよねえ」
「じゃあやれよ!!即刻やれよ!!笑う鬼灯なんて気色悪いわ!!!!」

間髪入れずに叫ぶ店主へ、リーブはのほほんと兎さんを撫でた。

「それが・・・きっかけは物理的なショックではないので
意味がなさそうなんですよねえ」
「・・・じゃあなんのショックだよ」

傍目にはにこにこ笑っている鬼灯を白澤は半目でじろりと睨みつける。
いい加減さっさと戻ってくれないと、こっちの神経がいかれそうだ、と思いながら。

「うーん。魔法ですから・・・寧ろ精神的なショックが近いかもしれませんね」
「精神的なショック!?あいつが!!?どうやって!!!?僕が知りたいよ!!!」
「落ち着いてくださいよー白澤様」

白澤はカウンターから立ち上がり大いに苦悩する。
お茶を入れた桃太郎が少々引き気味に師と鬼灯にしかみえないリーブに手渡す。
謝謝、ありがとうございます、と受け取った両名は
うーんと考え込んだ。

「確かに鬼灯さん、精神的にお強そうですよねえ」
「・・・そういうお前も強そうだけど」
「そうですかね?」

   *   *

白澤とのやり取りを、リーブはケット・シーを通して
WROにいる彼らに伝えたのだが。

「・・・だ、そうですが」
「「「・・・」」」

局長室に集った彼らは沈黙した。

「局長に精神的ショックを与えるって・・・。
ど、どうやって!?俺、ぜんっぜん思いつかねえ・・・!!!」
「・・・ということは、リーブさんは精神的に強い方ということですか」
「世界の危機に動揺して動けない奴なら、WRO局長は務まらん」
「・・・成程」
「「「「うーん・・・」」」」

こちらはこちらで、考え込んでいた。

   *   *

暫し考え込んでいたリーブと鬼灯だが、最終的に彼らの意見は一致した。
ここでじっとしていても仕方ない。
精神的なショックが必要であるなら、自分たちで探しに行けばいい。

つまり。
・・・どうせなら、その辺偵察なり視察なりして、楽しんでしまえ。と。

何でも面白がる似た者同士の二人に、
ヴィンセントは、付き合いきれん、と帰り、
ケット・シーはじゃあボクが書類整理しとくわ、と局長室に残り、
白澤は、ならさっさと地獄に帰れよ!!とリーブを追い出した。

そうして。

WROでは各部署で、ハリセンを振り回す局長という台風が隊員たちを混乱に陥れ、
桃源郷から地獄へ戻った補佐官は、見事な笑顔を振りまくことで獄卒たちを混沌に陥れた。
無表情な局長の後ろでは、護衛隊長が抱腹絶倒し、
微笑む補佐官の噂に、閻魔大王が対応に右往左往したという。

   *   *

周囲が混乱するだけで、当事者たちには何ら進展がないと思いきや、
変化は意外なところからやってきた。

一通り各部署を視察し、ハリセンの制裁で満足した局長の鬼灯は
レギオンを伴って局長室に戻ってきた。
局長室の執務机前のソファに、腹ばいになって待っていたのは、
女性・・・というには活発すぎる黒髪の娘。

「あ、おっちゃん!やっと戻ってきた!」

彼女はショートパンツから伸びる健康的な足をぶらぶらと揺らしている。
余りの行儀悪さに、鬼灯はうっかりハリセンをぶん投げそうになるのを辛うじて堪えた。
相手が女性だったために。
代わりに眉間の皺を深くして、鬼灯は低く、呻いた。

「・・・。誰です、この女性は?」
「はあ?何いってんの!!
天知る地知る人が知る、悪を倒せとアタシ呼ぶ!!!
ウータイに咲く一輪の花、
ユフィちゃんに決まってるでしょ!!」

拳を握り、熱く自己紹介する彼女、もといユフィの後ろから
執務机にいたケット・シーがのんびりと口を挟んだ。

「ユフィはんはウータイちゅうとこの忍なんやで」
「ケット・シーまで何いってんの!?」

かっと局長の鬼灯が目を見開いた。

「忍・・・とは、まさか、忍者・・・!?」
「あったりまえじゃん!!!」

素早く立ち上がり、ユフィは「しゅしゅしゅ!」と言いながら拳で風を切ってみせた。
その動きを放置して、ケット・シーは局長の鬼灯へと視線を戻す。

「ん?もしかして忍者って知ってはるん?」
「本物ですか・・・!!!
それはそれは・・・。では、彼女も修行するのですか」
「ちょ、無視すんな!!!」
「んーユフィはんは知らんけど、ウータイの忍者はんはやるみたいやで?」

軽く首を傾げた鬼灯は、無表情のままじいっと彼女を凝視した。
ひたと感情の読めない目に、ユフィはたじろぐ。

「な、何さ」
「弟子入りしないといけませんね」
「弟子?あたしに?」
「何のためや」
「私、現世に視察するとき、都合が悪くなる時があるんですよ。
そのときには忍者ということで誤魔化しているんです」

鬼灯が現世を視察するとき、服は変装できるが、鬼神の額の角と耳は、特殊な薬でも飲まない限り隠せない。
大抵大きめの帽子を被っているが、現世の人間たちに怪しまれることも勿論ある。
そんなときは『アイムニンジャ。イッツ シュギョウ』と告げれば、大抵誤魔化せるのである。

「へええ。視察も大変やなあ」

のんびり感心するケット・シーとは対照的に、
不穏な空気を纏ったユフィが局長の胸ぐらに掴みかかった。
ただ、残念なことに身長差が20cmあるため、背伸びして、だったが。

「だーかーらーーー!!!
この可愛いユフィちゃんをはさんどいて、無視、すんなーーー!!!!!」

がくがくと揺さぶるユフィを見下ろし、鬼灯は冷静に呟く。

「・・・あの、こんなに自己主張の激しい忍がいるんですか」

おかしいです、と言いたげな局長の鬼灯に
ケット・シーは重々しく告げた。

「ユフィはんは別格や」
「なんだってええ!!!?って、そこの護衛!!!床を転がって爆笑するな!!!」
「だっ・・・!!!も、もう俺、笑いすぎで死ぬっ・・・!!!」

暫くして。
笑いすぎて息絶え絶えなレギオンから
ユフィはやっと事情を聞くことができた。

「じゃあ、今おっちゃんは中身が別人ってこと?」
「そうなります」
「マジで!?すっごいじゃん!!
ちょっと、みんなに連絡しなきゃ!!!」

こんなネタ滅多にないからね!!!と張り切ったユフィは
携帯を取り出して猛烈な勢いでメールおよび電話をかけだした。
局長の鬼灯は、ちら、と執務机のケット・シーを伺う。

「・・・いいんですか」

書類の山を処理していた黒猫は、あっさりと頷いた。

「まーええんちゃう。
ユフィはんの言う『みんな』、は英雄仲間やさかい」

英雄、というある意味聞きなれた単語。
鬼灯は知り合いの中から日本昔話の英雄たちを連想した。
例えば白澤の弟子となっている桃太郎や、
からかわれ、やけになって鬼灯たちに襲ってきた一寸法師や、
狸が関わるとぶっ飛ぶ、かちかち山のうさぎどん・・・芥子さんという兎は、倒した対象が少し違うけれど。

「英雄・・・?鬼退治でもされたのですか」
「鬼・・・はおらんけど、ちょっと世界の危機を3度ばかり救った人たちや」

世界の危機。
これが一般人の台詞ならば笑い飛ばしただろうが、
WROという組織の理念を聞いていた鬼灯は素直に感心した。

「・・・それは凄いですね。ということはリーブさんも、」
「私は違いますからね?」

すかさず口を挟んだケット・シーに
笑いから復活したレギオンは呆れ顔で突っ込んだ。

「局長ー。今更何言ってるんですか」

そこへ、携帯片手に楽しそうに喋っていたユフィがガッツポーズで報告した。

「みんなこっち来れるって!!!2時間後に集合ーー!!!!」

   *   *

緊急会合!!!
と題されたメールと電話を受け取り、WRO本部に集まったジェノバ戦役の仲間たちは、
仏頂面にハリセンをもつ局長の姿を目の当たりにした。

「だっはっははははははは!!!」
「ちょっとシド、笑い過ぎよ?」
「お前、おっかねえ面だけどよお、どうしたんだよ?」
「通常仕様です」
「・・・威圧感が凄まじいな」
「本当にリーブじゃないんだね?」
「違います」
「ね?ね?凄いでしょ!!!」
「・・・」

発言順に並べると。
開口一番に爆笑したのがシド、その彼を窘めたのはティファ、
機嫌が悪いのだろうかと思わず尋ねたのがバレットで、答えたのは勿論局長の鬼灯だ。
元リーダーのクラウドはその迫力に感心し、本人でないことを確認したのがナナキ。
もう一度鬼灯がリーブでないと断言したところで、面白がっているのがユフィだが。
最後の沈黙は、とっくに帰ったはずが、ユフィに捕まったヴィンセントだったりする。

局長姿の鬼灯は、見事な毛並みをもつナナキの傍らにしゃがみ込む。
その背中を撫でながら、ざっくりと経緯を説明した。

「・・・ということで、元に戻るため、
私とリーブさん双方に精神的なショックを与える方法を試したいのですが、何かいい方法はありませんか?」

仲間たちは一斉に悩み出した。
シドはふーっと煙草の煙を吐き出す。

「リーブに精神ショックを与えろってかあ?」
「・・・難題だな」
「そうね。私たちの中でもリーブが一番精神的なストレスに強いもの。・・・あ、でも・・・」

元リーダーに同意しながらも、黒髪の美女が何かに思い当たったのか、言い淀む。

「何か思いついたのですか?」

素早く顔を上げた鬼灯へ、ティファは悪戯っぽく笑った。

「ね?鬼灯さん・・・だったわね?シャルアさんにはもう会ったの?」
「シャルアさん・・・ですか?」
「ああ!!!成程!!!」

聞きなれない名前に鬼灯は軽く首を傾げたが、
局長専属の護衛は、物凄く納得した様子で叫んだ。
そこへ、同じくにやにやと楽しそうなケット・シーが口を挟む。

「シャルアはんなら、昨日から出張や」
「・・・そう。残念ね。
でもシャルアさんが戻ってきたら、聞いてみたらどうかしら?」
「・・・シャルアさんとはどういう方ですか」

鬼灯の疑問に、ケット・シーとティファがそれぞれの視点で答えた。
曰く。

「WROの科学部門統括を務めとる、えらい勝気な姉ちゃんや」
「ふふ、彼女はリーブに勝てる数少ない人よ?」

ティファは意味ありげにケット・シーへとウインクした。
正確には、ケット・シーの先にいる、本体に対して。
その視線を受けて、ケット・シーがうっかり口を滑らせる。

「あ、あの・・・断言されても・・・」
「でも、否定できないわよね?リーブ」
「・・・」
「・・・成程」

   *   *

一方の地獄では。
補佐官のリーブが、二人の幼女にぽかぽかと叩かれていた。

「あ、あの・・・」
「鬼灯様だけど、鬼灯様じゃない」
「鬼灯様を出せ!鬼灯様は何処?」
「こらこら。駄目だよ、二人とも」

閻魔殿に戻ってきた途端、二人の幼女・・・
着物を着たおかっぱの女の子達にお帰りなさい!!!と抱き着かれたのだが
すぐに彼女たちは違和感に気付いたらしい。
そこから叩きっぱなしだった。
リーブも相手が女の子で、然も何に怒っているのかわかるために手をだすことが憚られた。
見かねた閻魔も二人に注意するものの、彼女たちは聞いていない。
しまいには。

「鬼灯様がいないなら、お暇します」
「さようなら」
「え?」
「ええええええ!???」

ぺこりと閻魔にだけお辞儀をした二人は、すたすたと閻魔殿の出口に向かう。
そこへ、普段運動不足な閻魔がその巨漢で最大速度を持って先回りする。

「閻魔、邪魔」
「邪魔」
「だ、駄目だから、ちょっと、落ち着いてよ二人とも!!!」

ぜいぜい、と息を切らしている。
ここまで閻魔が必死なのは訳があったりする。
二人の幼女の名前は、一子と二子。
その正体は、双子の座敷童子。
座敷童子とは、商屋に住み着いて繁栄に導く妖怪である。しかしその反面、彼女たちが出ていくと一気に没落するという。
つまり、彼女たちが出て行ってしまうと閻魔殿にも崩壊の危機が訪れる・・・可能性があるのである。
誰もまだ証明したことはないのだが。

リーブはにこりと笑った。

「・・・一子さん、二子さん」
「「なあに?」」
「お二人は、本当に鬼灯さんがお好きなんですね」
「「うん」」

双子が素直に頷く。

「・・・でしたら、鬼灯さんを取り戻すために協力していただけませんか?」
「「・・・え?」」
「ちょ、ちょっと鬼灯君、何言ってるの??」

焦る閻魔を放置して、双子がリーブへと駆けていく。

「鬼灯様、戻ってくる?」
「戻ってくる?」
「・・・ええ、勿論ですよ。そのために、一つ、教えていただきたいことがあります」

   *   *

双子の座敷童子たちから聞き出し、
閻魔殿の危機だから、急いで行ってきて!!と閻魔大王に送られた先は、針の山が聳え立つ、衆合地獄。
衆合地獄は、邪淫罪の地獄である。
邪なもの、不品行なもの、性犯罪者を呵責するところ。

最も一般的な刑の基本パターンは、
亡者を美女(正体は獄卒)が誘い出し、男性獄卒が力技の拷問を行う。
よって獄卒たちも妖艶な女性が多い、とのことだったが。

「確かに・・・お綺麗な方ばかりですねえ」

鬼神のリーブは、針山を見上げ、苦笑する。
針の山の頂上で亡者を誘いこむ獄卒の女性たちは、魅惑の笑みを浮かべている。
甘い声と美貌に引き寄せられ、亡者たちが鋭い針の葉に身体をボロボロにされても登ろうと足掻く。
しかし頂上に辿り着くと、いつの間にか美女は消え、また別の場所から呼んでいる・・・。

「エンドレスなんでしょうねえ・・・。って。おや?」

働く獄卒たちを見守る、一際美しい女性が針山を回っている。
薄い青の長い髪は軽くウエーブかかり、白い肌をより白く際立たせている。
蒼い口紅は華やかで、そして色っぽい。
着物の帯代わりに彼女の身を守るのは、二匹の蛇だった。

彼女は巻物を腕に抱え、針山と獄卒たちに関して一つ一つチェックをしているらしい。
つまり、彼女が衆合地獄のボスであり、双子から聞き出した人物と一致した。

リーブはすたすたと、彼女に近づく。

「お香さん、ですね?」
「あら、鬼灯・・・様?」

振り返った女性は、背後の男が鬼灯だと認識したものの。
あらあ?と右手を軽く頬に当てて考え込んでしまった。
その拍子に、彼女、お香が持っていた巻物がばらばらと足元に落ちた。

「あら・・・」
「私が拾いますよ」

お香がおっとりと屈みこむ前に、鬼神のリーブがさっと拾い上げた。

「あらあら、すみません、鬼灯様」
「いえ、驚かせてしまったのは私ですから」

どうぞ、と補佐官のリーブが微笑んで巻物を手渡す。
お香は差し出した右手に巻物を受け取り損ね、また取り落としてしまった。

「・・・え・・・?」

ぽやんと、でも呆然と補佐官を見返している。
リーブはその尋常でない反応に、また落ちてしまった巻物はさて置き、お香の顔を覗き込む。

「大丈夫ですか?何処か体調がお悪いのではないですか?」

一歩、覗き込むためにお香に近づいたのだが、彼女は逃げるように、一歩下がる。
もう一歩、彼女が後ろに下がったとき、彼女の足が、転がったまま放置した巻物を踏ん付けていた。

お香の身体が呆気なく背後へと傾く。

「・・・あらっ?」
「危ない!!」

   *   *

その頃、WRO局長室では。

ちょっと深夜の護衛達と引き継ぎしてきますーとレギオンが出ていき、
ボクは書類を届けとくわー。鬼灯はん、ここにおっといてな、と続いてケット・シーも部屋を出ていった。
大人しくデスクにつき、鬼灯は残った書類に目を通していたのだが。

インターフォンが鳴る。

『あたしだ。開けろ』
「・・・誰ですか。それとも新手のオレオレ詐欺ですか」
『・・・あんた、ふざけてるのか?まあいい。シャルアだ』

鬼灯は、その名前に眉を1ミリだけ、上げた。
そして無言で扉を解除した。

ヒールを鳴らして部屋に入ってきたのは、長い茶髪を無造作に括った白衣の女性。
左目は閉じられていたが、碧の右目は強い眼差し。
全身から強い生命力を感じさせ、確かに勝気な女性だと鬼灯は納得した。

「貴女が、シャルア統括、ですか」
「・・・局長?」
「はい」

隻眼を細めて、彼女は無表情の局長を見極めるようにじっと凝視する。
鬼灯はただ表情を変えずに見返す。

「・・・何か?」
「出張から今戻った」
「ああ・・・。そういえば、貴女は出張中でしたね」

鬼灯は淡々と答える。
シャルアの隻眼が、鋭く光った。

「・・・それだけか?」
「それだけ、とは?」
「・・・」

シャルアは暫し思案しているようだったが、
無言でつかつかと歩み寄り、デスクから体を乗り出す。

「・・・他に何か、ありましたか」

シャルアは答えないまま右手でリーブの顎を捕らえる。
そのまま、顔を寄せた。

   *   *

巻物を踏んでしまい、後方に倒れそうになったお香を、鬼灯が抱き寄せていた。
ひっくり返った彼女のすぐ前に鬼灯がいて。
唇に触れる確かな感触は。

「!???」

やっと状況を理解したお香は、瞬時に顔を赤らめた。
対する鬼灯は惜しむようにゆっくりと顔を離す。

「・・・お香さん」
「ほ、鬼灯様!?」

鬼灯は、腕の中にいるお香をじっと観察し。
無表情でさらりと告げた。

「・・・私としては大変美味しい体勢ですが、余りに無防備ではこのままお持ち帰りしますよ」

お香はどきっとしながら、それでも安心したのか、たおやかに笑う。

「鬼灯様、ですわね。戻られたんですわ。よかったこと」
「・・・」

   *   *

「・・・っつ!?シャ、シャルアさん!???」
「ん?」

上擦った声に、シャルアはすっと身を引き、立ち上がる。

「な、何を・・・!?」

口をぱくぱくと開けて焦りまくる相手へ、シャルアは冷静に名を呼ぶ。

「リーブ」
「え、ええ・・・えっ!?ここはWRO・・・?」

リーブはきょろきょろと見渡す。
先程まで衆合地獄でお香と話していた。
それが、いつの間にか見慣れた局長室に変わっている。
シャルアはふう、と息を吐き出す。

「・・・戻ったな」
「戻るって・・・もしかして、気づいていたのですか?
まさか・・・そのために?」

シャルアは出張で、本日のリーブの奇行は殆ど知らない筈。
それでも、異変に気付いたばかりか
こうもあっさりと元に戻されるとは。

・・・ちょっと、確かに、シャルアさんには勝てないかもしれませんね・・・。

うっかり上司として問題のある状況を自覚してしまった。
そんなリーブの内心を知らないシャルアは、ふっと笑った。

「やっぱり、いつものあんたがいいな」
「えっ!?」

   *   *

おまけ。

閻魔殿にて。
目にも止まらぬスピードで放たれた金棒が、がんっと壁にめり込む。
耳元を飛んでいった恐ろしい武器を見遣り、閻魔は血の気が引いた。

「ほ、鬼灯君がいつもの鬼灯君に戻った・・・!!!」

涼しげな顔で金棒を引き抜いた鬼神は、
補佐官としては有り余る迫力で、ゆらりと閻魔に迫った。

「大王。さあさあその巻物をさっさと片づける!!!」
「ひいいい!!!!鬼灯君の、鬼ーーー!!!」

閻魔の心からの叫びに、鬼灯は淡々と答えた。

「鬼です」

   *   *

一方、局長室にて。
レギオンが不満そうにデスクに詰め寄っていた。

「局長ー。結局どうやって戻ったんですかー?
俺、肝心のそこだけ見損なったんですけどー!!!」

とんとん、と処理済みの書類の山を整えたリーブは、
顔を上げて、レギオンと目を合わせた。
そして、楽しそうににっこりと笑った。

「・・・さあ?」
「局長ー!!!!」

fin.