デブモーグリ

神羅カンパニー、都市開発部門統括室。

落ち着いた色合いで統一された部屋の本棚の前に、
似つかわしくないピンクのボディーと紫の羽をもつ
巨大な縫いぐるみが置かれていた。

真正面からそれを見上げた黒猫ロボットは、胡散臭そうに部屋の主に振り返る。

「で。これはなんやねん」

デスクについている主は書類にサインをする手を休めることなく、さらりと答えた。

「貴方の相棒ですが」
「相棒、ねえ。なんの為に作ったんや?」
「戦闘用ですよ」
「戦闘、ねえ。・・・ふーん」

じと目で見上げる猫。
主は手を止めて、ため息を一つ零した。

「・・・何ですか、その疑わしそうな目は」
「リーブはんに戦闘できるわけないやん」
「ちょっと、失礼じゃないですか。私だって戦えますよ」
「まあ、本人の思いこみは置いといて」
「自分で振っておいてスルーしないでください」

主の抗議など何処吹く風。
猫はひょい、と戦闘用縫いぐるみの上に乗ってみた。

「んで、ボクが戦うかもしれんってことやな?」

猫はぺしぺし、と縫いぐるみを叩いてみる。
どうやら手触りはふわふわしているが、それなりに頑丈らしい。

「ええ・・・。流石に前回のロッドさんのように、
任せっきりとは行かないでしょうし・・・」
「・・・」

主の表情が曇る。
猫はタークスのえらい元気な青年と、彼との潜入捜査を短く回想して黙り込む。
ふるふる、と首を振るう。

「今度は、テロリストご一行のスパイやっけな?」
「・・・ええ、そうです」
「まあ、ボク一人よりも確かにええかもしれんけど。
・・・なんで、デブモーグリやねん」

縫いぐるみの上に乗った猫を見上げ、主はにっこりと笑った。

「気に入りませんか?」
「戦闘用、ゆうたやんか」

猫の指摘にも、主の笑顔は崩れない。
それどころか頗る上機嫌。
余程縫いぐるみと猫の組み合わせが気に入ったらしい。

何処か能天気な笑みで、主は僅かに首を傾げる。

「ああ・・・。デブチョコボの方がよかったですか?」

猫は呆れ顔で脱力した。

「・・・リーブはん。頭のネジ飛んでへんか?」
「え?どういう意味ですか?」
「あんさんなあ・・・・。
戦闘用ゆうたやろ?
もっと強そうなんでもよかったんちゃうか?」

猫は縫いぐるみの背中についた羽を引っ張ってみる。
流石に軟な作りではないらしい。
主は満足している様子で頷く。

「耐久性、戦闘能力は問題ないですよ?」

いつまでたっても暢気な主へ、
猫は縫いぐるみの背をぱしっと叩いて叫んだ。

「そやなくて、見た目や!デザイン!!!」

猫を見上げていた主は、ぱちぱちと目を瞬く。

「え?・・・ああ。成程、スカーレットがつくるような兵器がよかったですか?」

猫は兵器開発部門総括を思い浮かべ、げんなりと縫いぐるみの背中に突っ伏した。

「う・・・それも考えもんやな」

でしょう?と相変わらず楽しそうな主は続ける。

「それに、今回貴方はゴールドソーサーの占いロボットとして行くんですからね。
貴方が乗るロボットが遊戯施設らしからぬ外観だとますます胡散臭くなりますよ」

猫は取り敢えずむくりと起き上って、うんうんと頷く。

「そりゃあ確かに・・・。って。ちょっと待ちいな。
そりゃボクが胡散臭いってことやんか」

猫はご立腹のようだったが、主はにっこりと笑った。

「ええ、そうですよ」
「・・・マスターに言われたらどうしょうもあらへんな」

再び脱力した猫は、縫いぐるみの背中の上でごろりと仰向けに寝転がる。
猫から主の姿は見えなくなったが、穏やかな声が続く。

「・・・今だって不思議でなりませんからね、貴方のことは」
「そりゃあボクやって、あんさんのその能力の方が胡散臭いわ」
「でしょうねえ・・・」

極めて稀な現象を引き起こした筈の主は、
それでものんびりした態度を崩さなかった。

「・・・他人事のようにゆうてどないするん」

こりゃあかんわ、と呟いた猫は、暫しゴロゴロと縫いぐるみの上で寝そべった。
しかし、何かに気付いたように不意に半身を起し、主を上から覗き込んだ。

「・・・で、こいつはインスパイア、せえへんのやな?」

猫の真面目な問いかけ。
主も重々しく頷く。

「ええ・・・。流石に不確かな能力を多用するのも憚られまして・・・」
「その不確かな異能力でスパイしようとしてるくせに」

くすり、と主は自嘲気味に笑う。

「・・・社命ですから」
「ま、そうやな」

失敗すればどうなるのか、わかった上で猫も軽く返す。
主はからかうように猫を見る目を細めた。

「そういうわけですから、実験サンプルはせいぜい生き残ってくださいね?」
「・・・実験サンプルってやな響きやなあ。
まあ、リーブはんよりは無謀やないから大丈夫や」
「どういう意味ですか」

主の抗議を再び無視して、猫は縫いぐるみを見下ろした。

「で。これは戦闘できるんやな?」
「ええ。貴方のメガホンから指令を出せば、その通りに動きますよ」

主の説明を聞いた猫は、考え込むように腕を組んだ。

「うーん。
リーブはんの操るボクが操る戦闘ロボットか。
・・・複雑怪奇やな」

猫の至極尤もな指摘に、主はたじろぐ。

「・・・た、確かに」

そして、主はまじまじと縫いぐるみを見、伺うように猫に問いかける。

「・・・触らなければ、問題ない、ですよ、ね?」

のんびりした主の表情が、ほんの少し崩れて。
猫は不思議そうに主を見返す。

「何を気にしとるんや。
ん?ああ・・・インスパイアの発動条件か」

懸念を見破った猫に、主は苦笑する。

「ええ・・・。
ちょっと貴方のことがあってから
迂闊にこういうロボット系の機械に触れなくなりまして・・・」
「心配あらへんて。
そやな、たぶんあんさんが心を注がん限りはインスパイアは発動せえへん」
「・・・。とは、思うのですが・・・」

顎に手をやり、何やら思案顔な主。
猫も主と同じ仕草で、何やら考え込んだ。

「・・・ただなあ・・・」

猫の含みのある言い方に、主は思い切りびびった。

「な、なんですか」

おっかなびっくりの主。
猫は縫いぐるみの背中をぱしっと小気味よく叩く。

「・・・もしかしたら、このデブモーグリはいつか発動するかもしれへんな」
「ど、どういうことですか!?」

動揺する主とは対照的に、
猫はのんびりした様子でデブモーグリの背中を撫でた。

「よくゆうやんか。
愛情注いで長く使ってたら物に心が宿るってな。
付喪神、ゆうらしいで?」
「付喪神・・・?でも、それは一種の民間信仰ですよね?」

幾分冷静さを取り戻した主だが、猫は容赦なく突っ込みを入れた。

「民間信仰よりも信憑性のひっくい異能力持っとる
あんさんがいっても説得力あらへんで」
「・・・うっ」

主は怯んだものの、一応反論を試みた。

「で、ですが、貴方だって長く使ったわけでは・・・」
「発動前から楽しそうにボクを作ってたくせに」
「え?」

主はぽかんと動きを止めた。
猫は愉快そうに尻尾を振った。

「発動前のことやからはっきりとは覚えてへんけど、
あんさんと、あと科学部門の兄ちゃんは
いっつも笑顔でボクを製作してたやろ?」
「・・・」

主は無言で回想していた。
神羅の仕事にしてはノリノリで取りかかっていたことを思い出したらしい。
猫はにやにやと上機嫌で続けた。

「挙げ句の果てにあんさんは、廃棄予定やったボクを引き取った。
そんで名前を呼びながら心を注いだんや。
・・・発動せえへんわけないやろ」
「そ、そんなものなんですか・・・?」
「多分」
「・・・」

主は黙り込んでしまった。

「で。このデブモーグリもあんさんはえらく気に入っとるんやろ?」

猫はひょいと肩を竦めた。
主は僅かに首を傾げた。

「・・・わかります?」
「細部までしっかり設計されとるしな」

猫はうんうん、と頷く。

「これで暫く使ってみい。うっかり発動するかもなあ」
「・・・そ、そういうものですか・・??」

恐る恐る、といった主の様子に
猫は呆れた。

「あんさんがマスターのくせに、なんでボクが解説しとんねん」
「だって未だに信じられないですし・・・」

主ははあ、とため息をついて、処理済みの書類の山を揃えた。

「まあ、最初は幻聴やゆうてたくらいあんさん頭かったいからなあ」
「・・・」

猫はひょいとデブモーグリから降りて、主のいるデスクに移動した。
丁度、書類の山の上に。

「ケット。邪魔です」
「あんさんが信じられへんでも、ボクはこうして存在してるんやで?」

腰に手を当てて猫は宣言した。

「・・・」

主は暫しその姿に目を眇め・・・。

「・・・分かりました。改めて貴方に依頼です、ケット・シー」
「なんや?」
「・・・クラウド・ストライフ一行に同行し、監視すること、そして」
「そして?」

主は猫をじっと凝視した。

「・・・生きて戻ってくること。いいですね?」

真摯な主に、猫もまた畏まった様子で頷く。

「了解や」

そして猫はにやりと笑った。
主は怪訝そうに眉を顰める。

「・・・なんです?その笑いは」
「なんでリーブはんに、そないな能力がついたんか、わかったきいするわ」
「・・・どういうことです?」

猫は意味ありげに笑った。

「・・・戻ってきたら、ゆうたるわ」

fin.