バレンタインデー

バレンタインデー。
まだ平和とは言い切れないが平穏がつり戻されつつある世界でも、一大イベントであることには変わりなく。
ここ、WROでもそのイベントを大いに楽しんでいる者がいた。

「ああ、お待ちしていましたよ、クラウドさん」

にこにこにこ。
いつにも増して楽しそうな男が出迎えた。
クラウドは無表情のまま荷物を積み上げ、真っ直ぐデスク前に赴き、懐から一枚の紙を取り出す。

「・・・サインをくれ」
「はい」

笑顔の男、リーブはサラサラとペンを走らせる。
背後に積んだ荷物をクラウドは一瞥した。

「・・・大量だな」
「ええ。何せ入隊者が増えましたからね」
「・・・まさか全員分か?」
「いえ、支部には別に送っていますよ」
「・・・」

リーブははい、と伝票を渡し、クラウドが持ってきた段ボールの山へと向かった。
徐に一つを開け、中の荷物を確認した。
そして同じ包装紙の小さな箱を4つ取り出した。

「これは、クラウドさん達の分です」
「・・・達?」
「クラウドさん、ティファさん、マリンちゃん、デンゼル君、の4人家族ですよね?」

ぱちんと目を瞑ってみせる。

「・・・。渡しておくよ」
「ええ、・・・ですがその前に」
「・・・?」
「本部の分、配っていただけませんか?」
「・・・え。」

クラウドは荷物を見上げた。
比較的高い天井にも届きそうなくらいの、段ボールの山。
それも一山ではなく、入りきらなかった分も実はあった。

「・・・全部、か?」

ジェノバ戦役の英雄であるクラウドにとって、この荷物の重さなど紙切れ一枚にも等しい。
が。問題は、その中身の数であった。

掌に乗せられた4つの箱。
片手で十分持てる大きさ、ということは
段ボール一箱の中に、山のように箱がある、ことになる。
そして、その段ボール自体が既に山を作っている。

「・・・。断る」
「まあまあ。ちゃんと追加料金払いますから」
「本部の誰かにやらせればいいんじゃないか?」
「今日は皆さんお忙しいようなんですよ。・・・引き受けてくれますよね?
ストライフ・デリバリー・サービスさん?」
「・・・」

   *   *

「ストライフ・デリバリー、」
「きゃああ!!!クラウドさんよ!!」
「凄いわ、本当に来てくれたんだわ!!!」
「流石局長よね!!!」

サービスだ、と続ける前にクラウドはあっという間に女性局員に囲まれていた。
黄色い歓声に飲まれながらも、聞き捨てならならない言葉に手を上げた。

「ま、待て。リーブに何か言ってたのか」
「だってバレンタインデーですもの!」
「何が、」
「クラウドさん親衛隊としては、ちゃんと手渡ししたいじゃないですか」
「・・・親衛隊??」
「ああ、ちゃんとティファさんが一番ということはわかっていますから!!!」
「っ、ど、どういう意味だ」
「で、局長にお願いしたんです!」
「当日にクラウドさんに来ていただけませんかって!!」
「だから、受け取ってくださいっ!!!」

呆然とするクラウドの前に、チョコの山が積まれていく。

・・・手渡し?
当日に来い・・・?

「・・・リーブ・・・」

はめられた・・・!!!

まんまとしてやられたことに、クラウドはがっくりと脱力した。
投げやりのまま、担いできた箱を床に下ろした。

「・・・あんたらに、そのリーブからだ・・・」
「え?」

チョコを渡し終わった局員達が段ボールをのぞき込む。

「あっ・・・!」
「全員分らしいから、とっとと持ってってくれ・・・」

   *   *

ラボを訪れると、白衣を着たシャルアがせわしなくモニターを操作していた。

「・・・クラウドじゃないか。何持ってるんだ?」

クラウドは段ボールをおろし、配布物を取り出した。

「一人一つらしいから、配ってくれ」

科学部門統括は、モニターの隣に積まれた箱を疑わしげに睨みつけた。

「・・・なんだこれは」
「チョコらしい」
「チョコ?なんでまた」
「ヴァレンタインらしい」
「・・・ああ。成程」

頷いた彼女は、クラウドの背後にある別の山に目を留めた。

「で。そっちは」
「別宛だ・・・」
「あんたの分か」
「・・・。それも、ある」

何処となく疲れた表情のクラウドに、シャルアはぴんときた。

「・・・局長にはめられたか」
「ずばり言わないでくれ・・・」
「・・・たまに来るあんたはまだましなほうさ」
「苦労、してるんだな」
「まあ、な。ただ後味の悪いものは今のところない。それに」
「・・・それに?」
「皆の意外な面がみられて興味深い」
「・・・」

   *   *

更に脱力しながらも、クラウドは各部門を訪れチョコを配っていった。
勿論、同時に受け取るチョコも増えていくわけで、
局長室に戻ったときには出ていったときよりも増えているのではと思わず疑いたくなった。

「・・・おい、リー・・・」
「てめえ、至急とかいっといて、これかあ?」

文句の一つでもつけてやろうと乗り込んでみれば、部屋の主の他に、見慣れた親父が既に文句を付けていた。

「・・・シド」

ん?と親父が振り返る。

「よお、クラウドじゃねえか。なんでい、おめえもここに来てたのか」
「・・・仕事だ・・・」
「へえ。成程、おめえ、クラウドも呼び出したな?」
「ええ。今日中でなければ意味がないですからね」
「まあよお」

特に反論が思いつかなかったのか、シドはがりがり、と頭をかく。
そんなシドにリーブはにっこりと笑った。

「・・・大丈夫ですよ」

リーブの含みのある笑顔に、シドは構えた。

「・・・何が」

「シエラさんにはちゃんと
『シドは急いで自分宛のチョコを取りに来ています』
と伝えてありますから」

シドは思い切り顔を顰めた。

「・・・おい」

一方のリーブの笑みは変わらない。
いや、寧ろ笑みが深くなっている。

「はい?」
「・・・あのな、わざわざ何を言ってやがる」
「事実ですから」
「急がせたのはてめえだろ!」
「そうですね」
「それによ、シエラはそんなこと気にする奴じゃねえ!!」
「そうですね」
「だからわざわざ言うな!!!」
「そうですね」
「・・・」

不意に沈黙したシドに、リーブはくすくすと笑った。

「・・・どうしました?」
「・・・」

シドは何も言わない。
が、妙に視線が落ち着かなくなっていた。
リーブはぽん、と彼の肩を叩く。

「他の荷物は明日以降で構いませんよ。急ぎではありませんから」

その言葉がきいたのか、それとも肩を叩いたのがきいたのか。

「・・・ったく」

仕方ねえ、と叫びながら、シドは出ていった。

一部始終を見ていたクラウドは、
文句を付ける気力を奪われ、立ち尽くしていた。

「・・・」
「どうしました?クラウドさん」
「・・・いや。配り終わっただけだ・・・」

リーブはクラウドのその言葉と、彼の背後にある箱の山を見てくすりと笑った。

「では、ご協力ありがとうございました。こちらはもう結構ですよ」
「は?」
「余り長い間クラウドさんをお借りしては、ティファさんに怒られてしまいますからね」
「・・・あんた。
今日一日仕事を依頼するから他の仕事を入れるなって言ってなかったか?」
「ええ。ですから、次の依頼はセブンスヘブンを訪れること、ですよ?」
「・・・その次は」
「以上ですが、何か?」

クラウドは暫し沈黙し、はっと僅かに目を見開いた。

「・・・あんた、まさかシドも・・・」
「何のことでしょうね?」

とぼけた男の策士ぶりにクラウドは呆れた。

「・・・ヴィンセントはどうした」
「既にルクレツィアさんが連れ出してますよ」
「ユフィは」
「彼女は今朝に来ていただき、渡してあります。今頃ウータイに戻ってるんでしょうね」
「レッドは」
「本日のコスモキャニオンは晴天らしいですよ」
「・・・」
「ああ、そうだ、うっかりしてました。クラウドさん、もう一つ渡してもらえませんか?」
「・・・誰宛だ」
「バレットさんですよ」
「・・・何故、俺が」
「バレットさん、本日の船でこちらに向かってるらしいんですよ」

バレンタインデーにわざわざこっちに来ると言うことは。

「・・・マリンか」
「ええ」

クラウドは頭を抱えたくなった。

「・・・俺たちの居場所は、全て把握済みか・・・」

「いざというとき、何処にいらっしゃるか分からないと困りますから」

にこにこにこ。
食えない男は、今日も穏やかに笑っていた。

「・・・人の世話ばかりしてないで、自分の世話もしたらどうだ」

辛うじて文句にならない文句を付けてみるものの。

「ご心配なく。私の世話なら、ここの皆さんがしてくださいますから」

あっさりと返されてしまう。

「・・・成程な。確かに、世話好きの集団だ。・・・曲者揃いだが」
「ははは。それほどでもありませんよ」

それ以上突っ込むこともなく、クラウドは踵を返そうとしたが、ふと思い出す。

「・・・ああ、そうだ。俺も忘れるところだった・・・」
「何でしょう?」
「ティファとマリンから、あんたへ、だそうだ」

小さな袋に詰められたクッキーにリーブは目を細めた。

「・・・ありがとうございます」
「じゃあな」

   *   *

リーブは渡された袋をそっと置き、PCを開く。
局長室にはクラウドが置いていった新しい箱が残されており、
その箱を避けて、白衣の女性がリストを持って現れた。

「ああ、シャルアさん。どうでしたか?」
「不審な物のうち6割が爆発物、3割が毒物といったところか」
「残りは」
「催涙、睡眠ガス、動物の死骸、生ゴミ、などだ」

科学部門は局長宛に届けられたプレゼントの中身を調査していた。
世界に影響を及ぼすことのできる組織のトップ宛のため、当然のことながら、好意以外の贈り物も少なくないのだ。
リストにざっと目を通し、リーブは腕を組んで考え込む。

「うーん。去年の方が手が込んでいましたね」
「・・・相変わらず危機感がないな」
「まあ日常茶飯時ですからね。総数は」
「2割り増しだ」
「ふむ。WROの認識はされているみたいですね。一応聞きますが、被害は」
「・・・ケット・シーが粉まみれになった」

ケット・シーは調査の手伝いをしていた。
非破壊の検査ではどうにも判別つかないものについて、ケット・シーが別室で実際に開けたものもあったのだ。
シャルアが指しているのは、開けた途端、白い粉末が部屋中に舞い散った。
幸い、正体はただの小麦粉だったが。
勿論、感覚を繋げているリーブは誰よりも状況を把握していた。

「・・・それ以外では?」
「ない」

ほう、とリーブは安堵の息を吐く。
細心の注意を払っていようとも、完全に防げるとは限らないからだ。

「・・・ありがとうございます」
「次を寄越せ」
「次・・・ですか?」

シャルアはつい、と視線を動かす。
クラウドが残していった箱。

「・・・内部からのものもこちらに寄越せ」

内部からのもの、ということはWRO所属している仲間からの贈り物を疑うということだ。

「それは、」
「反論はなしだ」
「ですが・・・」
「命が惜しければ、いうとおりにしろ」
「・・・はい」

リーブはがっくりと肩を落とす。
可能性が0でない限り、調べてもらうしかない。
しかし、とリーブは思う。

・・・シャルアさん、その台詞は凶悪犯ですよ・・・。

口に出す勇気は、なかった。

そんなリーブの様子など気にもとめない統括は
続けて尋ねた。

「・・・廃棄対象外は、何処に置けばいいんだ?」

廃棄対象外。
即ち、純粋に好意の込められたプレゼント。
リーブは嬉しそうに微笑む。

「・・・是非、こちらにお願いします」
「ああ」

   *   *

「・・・おや?」

どっぷりと日が暮れた頃。
局長室に届けられた贈り物の山の中に、
リーブは見覚えのないものを見つけた。

「・・・栄養剤、ですか」

何の変哲もない、未開封の栄養ドリンクが一本、
箱に入れられることもなく現物のまま転がっていた。
ケット・シーに全ての贈り物を開けさせたときにはなかったのだが。

ふむ、とリーブは手を顎にやる。

持ち主に心当たりはあるのだが、
これは果たして偶然紛れ込んだものか、それとも・・・?

リーブはくすりと笑った。

「ホワイトデーは確か、3倍返し、でしたよね・・・」

相手は花もアクセサリーも興味ないだろう。
3本の栄養ドリンクでは味気ない。

「・・・これは、ホワイトデーまでに考えないと」

リーブは楽しそうにお返しのリストを更新した。

fin.