バージンロード

目の前に現れた純白の花嫁は、幻のように美しく。
呆然としているリーブの目の前で
隻眼の花嫁はベールを挙げて、にやりと笑った。

「参ったか」
「・・・参りましたよ・・・」

思わず両手を挙げる。
まるで一勝負挑まれた後のようだ。
完敗。
苦笑したまま。

「・・・式本番には、是非招待していただきたいものですね」

*   *

一か月ほど前。

いつも通り局長室でリーブが書類整理に追われていると、
シャルアがやってきて彼女が溜めこんでいた書類をどん、と山積みにして持ってきた。
リーブはデスクに現れた新たな山を眺め、ある意味感心してしまった。

「シャルアさん。随分溜め込みましたね」
「すっごい山じゃないですか、シャルア統括!」

後ろに控えているレギオンもどうやら同じ感想だったらしい。
書類の新規山脈を創り上げた彼女は、リーブの真正面で堂々と腕を組んだ。

「ふん。持ってきてやったのだからさっさと処理しろ」
「処理はしますが、あとどのくらい溜めているんです?」

空かさず聞き返せば、シャルアはさっと視線を外した。

「っ・・・!!し、知らん!」
「知らん、では済みませんよ?ては本日定時までに残りを持ってきてくださいね」
「・・・鬼だ!!!」
「鬼灯さんではないので、一応人ですが」
「知るか!!!」

これまたいつも通りの遣り取りをしていると、WRO局長室のインターフォンが鳴り、来客を告げた。
予定されていた訪問客に、リーブはふっと笑みを浮かべる。

「・・・はい」
『あ、あの・・・』
「どうぞ」

リーブが扉を開けば、2名のWRO職員が入ってきた。
20代のまだ年若い彼らは、緊張のためか女性職員が男性職員に隠れるように寄り添う。
それが未来の2人を象徴しているようでリーブはこっそりと思う。

・・・何だか初々しくていいですねえ。

リーブの背後にいたレギオンがひょいと眉を上げる。

「ん?あんたら今度結婚するって・・・」
「は、はい!」
「よ、よくご存じで・・・」
「局長が言いふらしてたから」
「言いふらすとは何ですか。積極的に話題にしただけじゃないですか」
「それを言いふらすって言うんですけど。
で、何であんたらがここに?」

ほら、と男性職員に促された女性職員は
真正面を譲ったシャルアの傍を通り過ぎ、執務机につくリーブの前に立つ。
俯いてギュッと両手を握る彼女を微笑ましく見守る。

「局長・・・あの・・・その・・・お願いしたい事が・・・」
「はい、何でしょう。私に出来ることなら何なりと」

穏やかに答えれば、彼女はばっと顔を上げて、一気に言い放った。

「その・・・。
・・・わ・・・私と一緒にバージンロードを歩いて下さいっ!
・・・私の・・・家族になって下さいっ!!!」

「「・・・はあ?」」

ぽかんとしている護衛隊長と科学部門統括を放置して、リーブはあっさりと頷いた。

「ええ。良いですよ」
「あ、ありがとうございます!!!」
「ありがとうございます!局長!!」

依頼してきた二人が、ぺこりと頭を下げている周囲では。

「え・・・・ええええっっ!!!!!」
「お、おい!!!」

話に全くついていっていない側近の二人が遅れて驚いている。
動揺している二人が面白くて、リーブは一先ず静観することにした。

「即答かよっ!」
「・・・お前、自分が何を言ってるのか分かっているのか?」

ジャキン!

依頼人二人の隣から、科学部門統括が銃を取り出し真っ直ぐにリーブへと向けていた。
どうやら撃鉄も挙げられているらしい。

・・・シャルアさんも意外と面白い反応をするんですねえ。

依頼人たちはぎょっと体ごと引いている。
まあ、そりゃあそうでしょうねえとのんびり構えていれば、殺気に満ちた隻眼に睨まれた。
激怒されていると分かっていても、碧の瞳は綺麗だなあとうっかり思ってしまう。

「どうかしましたか、シャルアさん?」
「どうかしましたか、じゃないだろう、お前」
「何か、問題でも?」
「・・・お前という奴は・・・!!!」
「ちょーっとストップ!!!」

背後にいたレギオンがさっとシャルアとリーブの間に入った。

「ちょ、シャルア統括。銃はしまってください。銃は。
例え麻酔銃でも。俺、一応護衛ですから!」
「止めるなレギオン!!!」

何やら緊迫感が増しているシャルアへと、リーブはおっとりと付け加えた。

「・・・WROの隊員の皆さんは私にとって家族のように大事な方たちです。
父親代わりにバージンロードを歩くなんて、これほど喜ばしい事はありません。
・・・何か、問題ありますか?」
「「・・・父親代わり・・・?」」

シャルアの殺気が和らぎ、麻酔銃(と思われるが)を少し下げて女性職員を振り返った。

「私、メテオ戦役のときに父親を亡くしているんです・・・」
「それは・・・。すまない、悪いことを聞いた」
「いえ、気にしないでください、シャルア統括」

女性職員がにこっと笑う。
その笑みにつられたのか、シャルアも少し笑みを浮かべ、やれやれとため息をつきながら銃を白衣の中へしまった。
間に入っていたレギオンもはあ、と安堵のため息をつく。

「なんだ、そういう事ですか。あんたも紛らわしいな。
俺はてっきり局長にプロポーズしてんのかと思ったよ」

ハッ!として女性職員が顔を上げた。

「い、今からでも、それはそれでお願いできれば・・・」
「「えええっ!」」
「おいおい!」

ほんの少し?暴走しかかった女性職員をその場にいたみんなで取り敢えず落ち着かせ。
一応リーブが父親役を果たすということで話はまとまり、
職員たちは深々と頭を下げて局長室を出ていった。

彼らが去るのを見送ったリーブはふと手を打つ。

「・・・そういえば、礼服が必要ですよね。
時間帯はお昼ですから、モーニングコートですか・・・。
この前頂いたスーツでいいですかね」
「ん?あ、モデルやったときのですよね」
「モデルというか、まあ・・・」

ごにょごにょと語尾を濁しつつリーブは立ち上がり、
奥のプライベートスペースでごそごそと服を探す。
取り出したスーツにシャルアがけちをつけた。

「それじゃ駄目だ。ちゃんと結婚式用に新調しろ」
「・・・え。駄目ですか?」
「あんた、花嫁に恥をかかせる気か?」
「うっ・・・」
「お。局長が衣装を新調するなら、他の職員も喜びますよ!」
「レギオン、何か誤解してませんか・・・?」
「何がですかー?」

わざとらしく恍ける護衛隊長に、リーブははあ、とため息をついた。

*   *

そして1ヶ月程たったある日。

「さっさと行くぞ」
「やっぱり・・・。行くんですか?」
「当たり前だ」

シャルアに強引に取り付けられた約束に従い
リーブは仕方なくブライダルショップを訪れていた。

・・・一生縁がない筈だったんですけどねえ・・・。

局長がいくのですから!と何故か張り切りだした部下達が選んだ店は
コスタ・デル・ソルに構える
最近デザインが豊富で大人気らしい有名ブランドの本店だった。
因みに、張り切った部下達により店は本日丸ごと貸し切りであった。
店の外観から白で統一されており、ショーケースに飾られた何重にもフリルの重なるウエディングドレスだけでも大いに怯んだ。
結局店に連れ込まれてしまったが。

「・・・見事に、ドレスばかりですね」

これでもかと並べられたウエディングドレスの列に眩暈がする。
まるで異世界に放り込まれたようだ。

・・・この間行ってきたヘルサレムズ・ロッドの方が
寧ろ日常に近かった気がしますね・・・。

「ブライダルショップやから、当たり前やろ」

同じくついてきたケット・シーがばっさりと切って捨てた。
その隣でルーイ姉妹がしげしげと、周りを興味深げに見渡している。
最後に入ってきた護衛達が一部散っていく。
どうやら全ての出入り口を固めているらしい。

・・・おおげさですねえ・・・。

こっそり苦笑していると、背後にいた護衛隊長がのんびりと笑う。

「いやーここまで揃うと凄いですねー。
この中から世の女性達は一つを選んでるんですよね?
俺には違いがさっぱり分かりません!」
「はは・・・。私にも分かりませんよ・・・」

背後に控えるレギオンと共に圧倒されていると
スーツを来た支配人が近づいてきた。

「お待ちしておりました、トゥエスティ様」
「ああ・・・。すみません、お店貸し切りにしてしまって・・・」
「いえいえ。ご利用いただき光栄です。
・・・早速採寸に移ってよろしいでしょうか?」
「あ・・・はい。よろしくお願いします」
「どうぞ。こちらへ・・・」

支配人についていく。
その背後をいつもどおりレギオンがつき従った。

*   *

一方のケット・シーは。
広い店内を埋め尽くすドレスをついつい目で追っているルーイ姉妹をこっそり尾行していた。

ふと、シャルアの足が止まる。
その隣のシェルクが姉の視線を追う。
本当に仲のよい姉妹だと、みているとほっこりする。

シャルアがみているのは、ある純白のウエディングドレスだった。
正面からは細かい花の刺繍。
サイドには流れるドレスフラワー。
ボリュームがある裾が多少重たげだが
背の高いシャルアなら難なく着こなせるだろう美しいドレスだった。

「・・・シャルアさんがそのドレスを着たらさぞかしお綺麗でしょうね」

思わずケット・シーごしに呟けば、
ばっとタイミングもぴったりに姉妹が振り返った。

「な!あんた、いたのか!」
「最初からおったけど」
「いたならいたと言え!!!」
「シャルアはん、顔真っ赤や」
「う、煩い!!!」

ケット・シーが指摘すれば、
シャルアにくるりと背中を向けられてしまった。
シェルクにはきつく睨まれている・・・気がする。

「局長。盗撮は犯罪です」
「シェルクさん・・・、その言い方はちょっと語弊が・・・」

リーブがケット・シーごしに訂正しようとしたが、
その前に何処となくおどろおどろしい声が遮った。

「・・・ちょっと待て」
「はい?」

ケット・シーが声の主へと振り変えれば、
背中を向けていたシャルアが鋭い目でこちらを睨んでいた。

「あたしが着たら、と言ったな?」
「え、ええ。言いましたが、何か・・・?」
「・・・。ムカつく。試着してやる!!!」
「へ?」
「いいか!本体で来い!!!」
「え、えええ!?」

シャルアの恐ろしい迫力に逆らえず、リーブが本体でやってきた頃。
彼女の試着が完了し、ゆっくりとリーブの前に姿を現した。

露わになった細い肩。
胸元を慎ましく包み込むレースが清楚で。
括れた腰からふんわりと広がる純白のフリル。
サイドには流れるようにデザインされたドレスフラワー。
組まれた両手は細かい刺繍入りのシルクで覆われていて。
足下さえ覆う聖なる領域が眩しい。

色素の薄い髪が編み込まれ、所々に白く可憐な花が差し込まれている。
整った輪郭を縁取るように、耳元に真珠が一粒ずつ揺れて。
眼鏡を外したのか。
薄いベールから覗く隻眼が碧く煌めいて、こちらを捉え。
淡いベージュの唇がふっと艶やかに微笑んだ。

その瞬間に。
・・・心を、射抜かれた。

随分間の抜けた顔をしているという自覚はあった。
けれども、動けない。
『心を奪われる』、という言葉を実感した。

・・・これは。

「局長。感想を仰ってください」
「・・・え」

声を主を辿れば、いつの間にか傍らにきていた彼女の妹がいた。

「感想、ですか・・・?」
「感想です」

淡々と催促するシェルクのお陰で、少しだけ冷静さが戻った。

「・・・綺麗ですね・・・」

我ながら何とも捻りのない感想だと思う。
けれども、純白の花嫁を前にそれ以外言葉にできなかった。

花嫁はベールを挙げて、にやりと笑った。

「参ったか」
「・・・参りましたよ・・・」

思わず両手を挙げる。
まるで一勝負挑まれた後のようだ。
完敗。
苦笑したまま。

「・・・式本番には、是非招待していただきたいものですね」

言った後で、後悔した。
これほど美しい彼女を目のあたりにして・・・
いやきっと本番では彼女の笑顔に幸福が満ちあふれているだろうから
更に輝いていることだろう。

となれば。
自分は、彼女を手に入れた相手に嫉妬する。

嫉妬、なんて言葉に収まりそうもない。
彼女を強奪せずにいられる自信がない。
いや、式の詳細を聞いた瞬間にもしもまだ権力を持ち合わせているならば、
もてる全ての手段を用いて式を破談にしかねない。
花婿と式場経営者は無事で済むだろうか。

彼女の幸せを望んでいるはずなのに、
その幸せを破壊しかねない。

「・・・いえ、招待しなくて結構です・・・」

彼女が相応しい相手を得た瞬間を目にしたいと思いながら
これでは祝福できる気がしない。

知らず俯いていた頭に、物理的な衝撃が走った。

「え?」

痛みに頭を抑えて顔を上げれば。
背伸びをして義手を・・・いや、その手も上品なシルクに覆われていたのだけれど・・・振るわせている彼女がいた。
どうやらその義手で殴られたらしい。

「・・・あの?」
「この、ど阿呆!!!!!」
「局長。貴方には失望しました」

激情に燃える彼女と、
冷徹に冷え切った彼女の妹。
対照的のようで、その意味するところは全く同じらしい。

「・・・ええと・・・何故怒られているんでしょうか?」
「「(ご)自分で考えろ(てください)!!!」」

*   *

ルーイ姉妹に何故か散々怒られつつ、
リーブはブライダルショップでの用事を終え、通常業務に戻っていた。
仕事に追われて局長室に戻ってきた頃にはいつも通り夜も更け、
出張の荷物を置き、執務机に着けば書類が山のように積まれていた。
パソコンを開きながら書類をチェックする。

「やれやれ。何とか礼服は決まりましたね・・・。
・・・ん?」

訪問客を告げるインターフォンが鳴る。
カメラに写しだされた相手に、リーブは僅かに首を傾げる。

「・・・どうぞ」

開いた扉から入って来たのは、もうすぐ結婚予定の女性職員だった。

「リルさん、どうされました?」
「あの・・・」
「はい」

女性職員、リルは俯いていた顔を上げて、
リーブを真っ直ぐに見据えた。

「局長!わ、私と駆け落ちしてください!!!」
「・・・。はい?」

リーブは言われた言葉が理解できず、暫し固まっていた。
石像のように動かないリーブの前で、リルは畳みかける。

「そ、その局長がお忙しいことは分かっています!
ですから、局長の行かれるところに私がついて行きますから!!!」

力一杯叫んだ彼女に、リーブは慌てて事態の収拾を試みた。

「・・・え、えーっと、ちょ、ちょっと待ってください。
貴方は来週結婚される、んですよね?」
「結婚は白紙に戻します!!!」
「え、ええええ!?」
「お願いします!!!」
「ちょ、ちょっと、お、落ち着きましょう。
そこのソファに座ってください」
「はい!!!」

意外と素直にリルはソファに座ってくれた。
そのことに安堵しながらリーブは取り敢えずコーヒーを入れることにする。
思いつめたような彼女をちらりと伺いながら、
リーブは完全に混乱していた。
丁寧にコーヒーを挽きながら、取り敢えず分身を呼び出す。

『ど、どうしましょうケット!!!』
『そ、そんなことボクに聞かれても分からんわ!!!』
『なんとかしてくださいよ!!!』
『と、兎に角ボクらだけやと混乱してても埒があかん!
誰かに相談せんと!』
『そ、相談と言われても・・・あ、ティファさんなら!』
『今ディナータイム真っ最中で店忙しいやろ!!次!!』
『つ、次って・・・!ユフィさん!!』
『ユフィはん今潜入捜査中やろ!!!次!!!』
『つ、次って・・・!!!』

リーブがケット・シーと共に大混乱していると、唐突に扉が開いた。
のんびりと入って来たのは、リーブの護衛隊長をしているレギオンだった。

「局長ー入りましたよーって。
あれ?どーしたんです、リルさん」
「レギオン隊長・・・」
「レギオン!い、いいところにきました!!!」

淹れたてのコーヒーをリルの前に置きつつ、
バタバタとレギオンへ駆け寄るリーブ。
レギオンはそんな上司の様子にひょいと眉を上げた。

「なーに焦ってんですか局長。またシャルア統括でも怒らせたんじゃ・・・」
「そ、それが、ですね・・・」

言いにくそうなリーブの前で、リルがばっと立ち上がった。

「私、局長と駆け落ちしますから!!!」
「・・・え。・・・はいいいいい!?」
「・・・レギオン・・・。どうにかしてください・・・」
「ちょ、ちょっと、どういうこと!?」

レギオンは大宣言をかました女性職員とがっくりと項垂れている局長を見比べ、
取り敢えず双方をソファに座ることにした。
レギオンはリーブの後ろに立っている。

「・・・で。何があったんです?」
「それが・・・」

リルは語りだした。
曰く、相手が結婚式の打合せを完全にすっぽかしたこと。
あまつさえ連絡さえつかず、その日何をしていたのかを問いただしても全く応えようとしないこと。

「きっと、私との結婚が嫌になったんです!でなければ教えてくれるはずです!!!」
「・・・成程ー。相手が信じられないってことですか」
「はい。もうあんな唐変木知りません。私、局長と駆け落ちします!」
「あの、そこは落ち着いて・・・!!!」
「私はこの上なく落ち着いています、局長!」
「・・・ええっと・・・」
「あー局長。負けすぎです」
「わ、分かっていますけど・・・。どうにかしてください、レギオン」
「俺じゃどうにもなりません。うん。ここはひとつ、援軍を呼びましょう」

少しして、レギオンが電話で呼び出した援軍がやってきた。

「あの、失礼いたします!」
「あ・・・サラさん、ですか」
「よ、サラさんお疲れさま!ごめんな、急に呼び出しちまって・・・」
「い、いいんですレギオン隊長!」

サラをリルの隣に座らせ、リーブは追加のコーヒーを淹れなおす。
女性職員二人が和やかに自己紹介を始めた。

「貴女は?」
「はい!情報部門所属のサラといいます!よろしくお願いします!」
「あ・・・はい、私はリルです」
「それで、何かお困り何ですよね・・・?」
「いえ、別に」
「え?」

速攻で否定したリルにサラがぽかんとしていると、
コーヒーを持ってきたリーブが慌てて付け加えた。

「え、いえ、私は大いに困っています・・・」
「あ、ありがとうございます。
・・・それで、どうされたのですか?局長」
「ええと・・・」

矢張り言いづらそうに言葉に詰まるリーブに変わり、レギオンがさくっと続けた。

「リル嬢が、局長と駆け落ちするって・・・言ってるみたいで」
「え・・・えええええ!?」
「私は本気です!!!」
「な、なんて・・・!!!」

吃驚仰天、を躰全体で表していたサラだったが、
その表情が切り替わった。幾分興奮気味にうっとりと。

「・・・羨ましい!!!」

「・・・え?」
「はい?」

彼女の変化について行けない男性二人が呆然としている中。
頬を赤くしてサラは夢見るように続けた。

「我らが憧れの局長と駆け落ちなんて羨ましい・・・!!!
はっ!わ、私も連れてってください!!!」
「まあサラさん、貴女もなのね!勿論よ!!!」

あっという間に意気投合してしまった女性二人に
男性二人は漸く事態を認識した。
したものの、対処は難しいようで混乱するばかりだった。

「え、えええ?あの???」
「・・・あっちゃー」
「ちょ、ちょっとサラさん!?レギオンも止めてください!!」
「や、申し訳ありません局長。ちょっと選択間違った、よう、な・・・」
「ちょっと逃げないでくださいよレギオン!!」

局長と護衛隊長が引き気味になっている目の前では、
女性職員二人が怒涛のように駆け落ちについて盛り上がっていた。

ーだって局長の方が落ち着いてますし。
ーですよね!スタイル抜群ですよね!
ーあのモデル紙みました!?
ーみたみた!!!私、閲覧用と貸出用と保存用に3冊買いました!!
ー凄いですね!もうほかの男なんてめじゃないですよね!
ーそうそう、あいつなんて結婚式の打ち合わせすっぽかしてどっかいってるんですよ!
ーそれは酷い!!!男なら責任とれってもんですよね!
ーねー!局長はこの星ごと面倒みてくださっているというのに!
ーそうですよ!逃げるなら局長と駆け落ちするって!
ーね、何処に行くんです?私もいきたいです!
ー勿論!コスタとかどうです?
ーいいわね!リゾート地!
ー局長なら非公開の場所もいけるかも!
ーうわあ!いいですよね!

キラキラとした目で語り合う二人に、レギオンが一応声をかけてみた。

「・・・おーい。戻ってこーい。
・・・うん。こりゃあー駄目ですね局長」
「・・・」
「って、何へたってるんですか局長」
「・・・彼女たちの幻想が凄くて、ちょっと・・・」
「一部事実でしょ。てかそんなことで思考停止しないでください」
「・・・」
「きょーくーちょー!!!」

女性陣の暴走になすすべもない二人の耳に、インターフォンが響いた。

『おい、開けろ』

「・・・え?」
「こ、この声・・・!」

突然の訪問者の声に、リーブがふらふらと立ち上がる。

「あ、ああ、救いの声が・・・!」
「馬鹿!今彼女を入れたら・・・!!!」

レギオンが止める間もなく、リーブはあっさりと扉を開く。
ヒールを鳴らしながら入って来たのは、白衣の科学部門統括だった。
彼女は多少へろへろな局長と、青ざめている護衛隊長と、女性職員二人をみて眉を顰めた。

「ん・・・?なんだこの面子は」
「シャルアさん、聞いてくださいよ・・・!」
「い、いえいえいえ!!!聞かない方が賢明です。シャルア統括!!!」

縋るようにやってくるリーブと、後ろで大慌てで手を振っているレギオン。
呆れたように二人を見遣ったシャルアは取り敢えず怒鳴り返す。

「どっちだ、馬鹿者!」

一方。
ソファで熱く語っていた女性二人は、キラキラと目を輝かせながら立ち上がった。

「シャルア統括!」
「統括も私たちと一緒に局長と駆け落ちしませんか!!!」

その瞬間、シャルアから表情が消えた。

「・・・。は?」

ソファの方を向いたまま時が止まったシャルア。
リーブは必死に懇願する。

「シャルアさん、彼女たちを止めてください・・・!!!」
「・・・や、やべえ・・・!!!」

逃げ腰なレギオンがおっかなびっくり見守る中。
シャルアは無表情のまま目の前の男を呼んだ。

「・・・リーブ」
「は、はい」
「あんたと彼女たちは駆け落ちしようとしている、
・・・間違いないか?」
「え、ええ。い、いえ、私はそんな気は全く・・・」

慌てて否定する局長を放置して、シャルアはソファへと向かう。

かつかつかつ。

「・・・あんたら」
「は、はい!!!」
「はい、シャルア統括!」

覇気のあるシャルアの声に、リル、サラの両名がびしっと背筋を伸ばして返事をする。
その両名をぎろりと睨んで、シャルアは宣言した。

「いい度胸だ。なら、あたしが相手だ」

シャルアの隻眼が力強くきらめく。

・・・いつにも増して綺麗ですねえ。

その横顔にうっかり見惚れていたリーブは、遅れて彼女の言葉を認識した。

・・・ええ、と?

「・・・はい?」
「度胸??」
「相手って??」
「うああああああああ・・・」

三者三様ならぬ、四者四様の反応(因みに最後は頭を抱えこんでいるレギオンだが)をぐるりと見渡したシャルアは
徐に懐から銃を取り出した。

「・・・リーブを奪うつもりなら、あたしを倒して見せろ。
あたしは一切容赦はしない」

シャルアの銃が真っ直ぐにリルに向けられる。
麻酔銃だろうとは思うが、怖いくらいに真剣なシャルア。
リーブは遠慮がちに声を掛けた。

「・・・あ、あの?シャルアさん・・・?」
「あーあ。だから俺言ったのに・・・」

ガチャ。

「ちょっとまさかと思いますが劇鉄起こしてます!?」
「や、やべ。ちょっ、俺電話・・!」

バタバタとレギオンが端末を手に部屋を抜け出した。
黙ったまま銃を向けているシャルア。
シャルアの銃に動けないリル、隣で固まっているサラ。
リーブがその3人をオロオロと見回していると、インターフォンが鳴った。

『あの・・・』

待ちかねていた人物の声に、リーブが珍しく声を荒げた。

「今すぐ入ってきなさい!!」
『は、はいい!!!』

*   *

レギオンに連れられてやってきたのは、もうすぐ夫となる筈の男性職員、シンだった。
妻になる筈のリルがシャルアに銃を向けられているという構図に驚き、恐る恐るソファへ近づく。

「・・・あ、あの・・・!」
「あんたか。まあ関係ないがな」

顔だけシンに振り返ったシャルアが、ばっさりと切り捨てる。
ここで引いてはいけないと悟ったのか、シンが慌てて否定する。

「か、関係ありますから!!!」
「そ、そうですよシャルアさん!」

勇気を出したシンを援護するようにリーブも声を上げたが。

「リーブ。お前は黙っていろ」

速攻で封じられた。

「うっ・・・」
「うわあー。シャルア統括最強ー」

こそこそっとレギオンはリーブの後ろに控えた。
傍観を決め込むらしい。
シンは覚悟を決めたのか、シャルアの眼光に怯えつつも近づく。

「シャルア統括、その銃を下ろしてください!!」
「断る」
「どうしてですか!!!」
「あんたが放っておいた彼女は、あたしの逆鱗に触れた。
だから黙って彼女がやられるところを見ているがいい」

リーブが思わず呻く。

「・・・シャルアさん、それ完全に悪役の台詞ですけど・・・」
「リーブ、黙れ」
「・・・。はい・・・」
「あーあ。局長、今は何を言っても無駄ですよ」
「ううっ・・・」

外野となった局長と護衛隊長、そして男性職員をも無視して、
シャルアはリルをもう一度睨みつけた。

「あんたは本当にリーブと駆け落ちしたいのか?」
「そ、そうです!!!」
「あいつを放っておいてもか」
「は、はい!」
「リル!!!」

思わず名を呼んだ相手に、リルはキッと涙目で振り返った。

「だってシン、貴方は私との結婚が嫌だから打ち合わせをすっぽかしたんでしょう!?だったら・・・!!」
「違う!!!」
「何が違うのよ!!!連絡も取れないし、何してたのかも教えてくれないし、私・・・!!!」
「聞けよ!!!俺は、結婚式でとちりたくなかったんだ!!!」
「何よそれ!関係ないじゃない!」
「いや、ある!!!俺はこっそり式の段取りとか練習してようとして、
その、あういうとこって携帯の電源切らないといけなくて、
ずっとやってたら・・・」

気まずそうに俯いたシンをみて、サラがにっこりと笑う。

「リルさんとの約束の時間を過ぎて、かつ連絡が取れなくなってしまった、んですよね?」
「・・・。はい」

シンが小さく頷く。
余りの展開にリルは固まっていた。

「・・・え?」

シャルアは相変わらずリルに銃を向けたままだったが、小さくため息をついた。

「つまり、あんたは結婚式で恥をかかないように練習していただけか?」
「・・・はい。そうです・・・」

「「「・・・」」」

「・・・ええと?」
「てことは、単なる勘違いってことですかね、局長」
「そうみたいですねえ・・・」

完全に外野と化していた二人がこそこそっと確認しあう。

「黙っていてすまなかった!!!
リル!!お、俺と、結婚してくれ!!!」

シンが勢いよく頭を下げた。
戸惑っているリルを後押しするのは、笑顔で見守っていたサラだった。

「ね?どうするリルさん」
「・・・。うん」

顔を真っ赤にさせたリルが頷いて。
シャルアが特大のため息と共に銃を下ろした。
緊張が解けたのか、レギオンがよっしゃー!!!といきなり騒ぎ出す。

「ストレートなプロポーズ!!!
これで一件落着ですよね!!!」
「え、ええ、そうみたいですね」
「お邪魔虫は退散しますね!」
「ふん。長居は無用だ。行くぞ、リーブ」
「え、でもここ局長室・・・」
「さっさと出る!!!」
「は、はい!ケット・シー、後を頼みます・・・」
「はいなー」

顔の赤い未来の新郎新婦を置いて、残りのメンバーが退散した。

*   *

「・・・結局、何だったんでしょう・・・」
「お前がきっぱり断らないのが悪い!」
「ええ!?で、ですが、彼女は別に私と駆け落ちしたかったわけじゃ、」
「えー!?私、彼女は結構本気だったと思いますよ?」
「さ、サラさん・・・やめてください・・・」
「ん、シャルア統括のゆーとーり!!!」
「レギオン、黙ってください」
「了解!リーブ局長!!!」

*   *

式当日。

重い重い扉が開かれ、目映いばかりの光が飛び込んできた。

ガラス張りの天井から、日の光が降り注ぐ。
星に祝福されたような神聖な式場は
左右の席に人々が集い、中央に深紅の敷物が道を作る。

バージンロード。

道の先には純白のタキシードに身を包んだ青年が待っている。
彼が待っているのは、リーブが連れて行く純白の花嫁だ。
うっかり組んだ腕に力が入りそうになった。

・・・娘がいたら、こんな気持ちなんでしょうね・・・。

ゆっくりと歩みを進める。
自分は花嫁の父親代わり、彼女を託す相手に渡すのが役割。

・・・けれども、渡したくない。

長いようで短い道のりの先。
新郎の左隣へと並ぶ。

新郎がリーブへと丁寧にお辞儀をして、
父親役のリーブは・・・仕方なく、新婦を新郎へ引き渡さなければならない。
名残惜しいけれども、そっと組んでいた腕を放す。

・・・ああ、行ってしまった。

確かにそこにいるのに、随分と遠くに行ってしまったようだった。
自分の手の届かない、別の世界へと。
熱いものがこみ上げてくるのを堪えて、役目を終えた自分は引き下がる。

全員起立して、聖歌を歌うのをぼんやりと聞き流していた。
ただ新郎と新婦を眺めていたような気がする。

神父が彼らの名前を読み上げ、宣誓を促す。
緊張した初々しい二人がそれに応え。

花嫁の細い指に、銀色のリングがはめられる。
そして、花婿が彼女の白いベールをゆっくりと上げ、
誓いのキスを交わす。

二人は、永久の愛を誓った。

*   *

「はあ・・・」

局長室のデスクで、リーブは大きなため息をついた。
背後に控えていたレギオンが呆れ気味に突っ込む。

「何ため息ついてるんですか」
「いえ、その・・・」
「ん?」
「先日の結婚式ですが・・・」
「ああ、あんたが父親役やったやつでしょ?」
「ええ。式場の方が大変気に入ってくださって、『これ、うちのPRビデオに使っていいですか?』との申し出がありまして・・・」
「なんか問題でも?」
「ちょっと・・・その・・・」
「ん?」

レギオンの視線を躱し、頬杖を突く。

「私、ちょっとばかり目が潤んでいたらしくて・・・」

思い返せば確かに視界が揺れたことがあった気はしていた。
それが、式場のPR用に編集されたVTRを再生したら、ばっちりと映っていたのだ。
式場側も狙ってはいたのだろうが、まんまと撮られてしまった感がある。

レギオンがぽんと手を叩いた。

「・・・あー確かに涙ぐんでましたね、あんた」

あっさりと頷かれ、リーブは思わず背後を振り返る。

「げっ、ちょっとレギオン気づいてたんですか!?」
「俺だけじゃないですよー。参加者みんな気付いていたんじゃないですか?」
「は・・・恥ずかしい・・・!」

顔を両手で覆ってみたが、今更な気がする。
あの場で気付かれていたのならば、ここで恥かしがっても意味がない。

あーとかうーとか唸っているリーブへ、レギオンがにやっと笑った。

「いーじゃないですか。局長にそんなに感動してもらって羨ましいとかいってた奴もいましたし」
「うう・・・」

レギオンに駄目押しされ、ますます顔を上げられずに呻いていると。

「ほう?」

楽しそうな第三者が割り込んだ。

「げっ・・・!シャ、シャルアさん!?」

いつの間にかデスクの真正面に陣取っていたのは白衣の科学部門統括だった。
今日も絶好調に仁王立ちである。

「げ、とはなんだ。勝手に扉を開けておいて」
「開けたのは私じゃないです・・・」
「ええやんか、グットタイミングやし」
「ケット・シーって本当に自由ですよねー」
「私に同意を求めないでください・・・」

ああもう、と色々と振り切ろうとしたら、レギオンが暢気に蒸し返した。

「この前の結婚式。局長が感動してたのが良かったらしく、式場のPRに使われるんだそうですよー」
「ちょっとレギオン!!!」
「ああ、あんたが泣いてた結婚式か」
「泣いてませんから!!!」
「いいんじゃないか?別に減るもんじゃなし」
「い、いえ、何か色々と減りそうですよ!!!
それに彼女の時でこれだと、っつ!」

動揺しすぎて思わず余計なことを言いそうになり、両手で口を塞ぐ。
シャルアが僅かに眉を寄せる。

「・・・何の話だ?」
「い、いいえ!!!ななな、何でもありませんから!!!」
「局長ーどもりまくってますー」
「黙りなさい!!!」
「へーい!」

無理矢理誤魔化しながら、リーブはやれやれと内心で呟く。

・・・もしも、あれがシャルアさんだったら、
涙ぐむでは済まないだろうし・・・なんてことは死んでもいえませんよね。

fin.