ヘッドハンティング

「ーですから、我が社では画期的な材料としまして・・・」

熱弁を軽く流しながら、シャルアは手元の資料を無造作に捲る。
つ、と視線を上げる。
ソファの向かいには、会社の代表と名乗った男。
眼鏡をかけた銀髪の男が説明を続けている。

・・・おかしい。

最近業績を上げ始めたとある会社を、シャルアは訪問していた。
独自の技術を売り込みたいということらしく、護衛すら社長室の外で待機させるほどの徹底ぶりだった。

しかし、新薬の製造法について議論するも、底が浅い。
かといって、技術開発に回す金は決して少なくない。
まるで別の方面に力を入れているような・・・。

・・・裏が、ありそうだな。

シャルアは説明の切れた男を無言で見据える。

「・・・何ですか?」
「さっさと本題を言え。時間の無駄だ」
「・・・流石はWROきっての天才科学者殿。いいでしょう」

眼鏡の男が切り出した。

「・・・率直に申し上げます。我々は、貴女を我が社の一員としてお迎えしたいのです」
「・・・どういう意味だ?」

シャルアは顔を顰める。

「WROは確かに巨大な組織でしょう。
しかし、あまりにも多部門に手を伸ばしすぎ、利益率が頗る低い。
・・・貴女のように優秀な科学者に、見合う賞与が与えられていません」

嘆かわしい、と大げさに首を振るう。

「ですが、我々は違います」

レンズの奥で、鋭利な目が細められる。

「事業のうち、利益のあるものだけを残し、資金を投入します。
特にバイオテクノロジーはこれから大きく成長が見込まれますので、
効率よく分配することができます」
「効率、ね・・・」
「WROよりも効率よく、ですよ」

笑顔の割に、目が笑っていない。氷のような視線。

「・・・貴女も、もっと潤沢な予算で研究を進めたいとは思いませんか?」
「・・・」

じっと男を見返した後、シャルアは軽く首を振る。

「・・・どうやら私には縁がないようだ。帰らせてもらうよ」
「・・・それはできません」

ソファから立ち上がるものの、銀髪の男が素早く立ちふさがった。
眼前に突きつけられた銃。
反射的に抜いた銃は、しかし背後からの複数の殺気に牽制される。

・・・やはり、罠か。

シャルアは男を睨む。
男は銃を構えたまま、余裕のある笑みで優雅に手を伸べた。

「・・・我が社に来ていただけますね?シャルア・ルーイ博士」

シャルアは・・・しかし、ふっと口元を緩ませる。

「・・・?」

怪訝そうな相手の反応に、余計に止められなくなった。
シャルアは体を折り、くくっと笑いだした。

「・・・何がおかしいのです?」
「あはは、これが、笑わずに、いられるか・・・!」

シャルアは一頻り笑い、涙の溜まった目尻をすっと拭った。

「・・・あんた、健康そうだな」
「・・・なんのことです」
「あたしは生体科学が専攻だ。見りゃ体調くらいはわかる。それに」

にやりと笑ってやる。

「あんた、いいもの食ってるな」
「っ!?」

銃を構えた手下たちの視線が一斉に男に集まる。
思わずたじろぐ男。

「な。何を・・・」
「理想的な食事と睡眠取ってなきゃ、そんな顔色にはならんさ。専門家がいうんだから間違いない」

手下たちの動揺が背中越しに伝わる。
シャルアはますます愉快になる。

・・・やわな組織だ。

簡単に動揺するリーダーが口走る。

「そ、そんなこと、トップなら当たり前でしょう!?」
「へえ、あんた、そんな風に思ってるのか?」

ああおかしい、とシャルアはいう。
ふっと視線を男から外す。
まるで、ここでない遠くを見るような。

「・・・いつも目の下の隈が消えてないんだ。
旨く化粧でごまかしたつもりだろうけど、あたしからみりゃバレバレだ」
「・・・?」

眉を寄せる男。

「食事は職員と同じ物。
いつだったか・・・局員が部屋に行ったらあいつ、
隊員が戦場で取るようなインスタントを食ってたらしい。
局員が血相変えて食堂に連れ出したらしいが」

先ほどまでとは異なる笑みが浮かぶ。
シャルアは意識していなかったが、どこか暖かい笑み。
対する男は激高する。

「・・・リーブ・トゥエスティのことか!」
「睡眠時間は一週間で10時間足りるか否か。
それでもしょっちゅう出張で世界中を駆け回ってる。
・・・それが、うちの局長だ」

ふん、と鼻で笑ってやる。

「あんたは、ここからろくに出たこともないだろう?
指示するだけ指示して、あんたは動かない。
だから、視野も狭けりゃ、これからのビジョンの具体性もない」
「なっ・・・!」
「効率?金の分配?
あんた、うちの組織の意義がまるで分かっていない。
うちは星に害をなすあらゆるものと戦うのが理念だ。利益は二の次なんだよ」
「し、しかしっ・・・!」

反論しようとする男を遮り、更に畳みかける。

「序でにいうと、あたしは別に、科学者としての名誉やら富がほしくて研究してるわけじゃない。
そもそも、あたしがWROに入ったのは・・・WROをぶっ潰すためだったからな」
「な、何・・・!?」

神羅に奪われた大切なものを取り戻すため。
神羅に関わる全てをを壊すためにWROに入った・・・筈だった。

「あたしだけじゃない。あの頃はいろんな反乱因子が交じってただろうよ。けど」
「・・・あいつは、全部知っててあたしたちを受け入れた。
今も様々な思想やら思惑が入り交じってる。だけど、あいつはそれを矯正したことはない。
ただ、あいつは・・・力を貸して欲しい、とだけ言った」

ーもう一度星を再生させるために、皆さんの力を、貸していただけませんか?

元神羅として多くの憎悪を背負い込み、
批判も呪詛も全て受け入れて、ただ星のために、人々のために出きることを次々に打ち出し、実行に移す。
その真摯な姿勢に、いつしか、認めざるを得なくなっていた。
いや、引き込まれていたのかもしれない。

「・・・あいつが武力であたしらの意見をねじ伏せたことは一度もない」

隻眼が、ひた、と男を射抜く。

「それが、あんたはどうだ?
あたしみたいな女一人、説得もできずにこんな大勢で力づくか?」
「っ・・!!!」
「器の小ささを自ら露呈したようなもんじゃないか。
これが笑わずにいられるか!」
「このっ・・・!!!」

引き金に力を込めようとする男にシャルアは素早く蹴りを食らわせる。
一気に動き出した手下どもに取り囲まれるのを視界に入れつつも、
苦悶する男を愉快そうに眺めた。

・・・ちっさい男だ。

シャルアは手にした銃を構える。
向けられる複数の銃身。

・・・さて、どうしようか?

絶体絶命の場面で、シャルアは不敵に笑った。

*   *

自動扉を抜け、いつものように部屋に乗り込む。
黒髪の男がのんびりと声を掛けた。

「ああ、お帰りなさいシャルアさん」
「局長、出張の土産だ」

ばさっとデスクに書類の束を降らせる。
リーブは拾い上げて素早く目を通し、顔を歪ませる。

「生物兵器、ですか・・・」
「ろくでもない会社だな。さっさと潰せ」
「はあ・・・全く処理しづらいじゃないですか。
ん?これは・・・」

最後の書類にリーブは目を見開く。
ああ、とシャルアはソファに腰を下ろした。

「不老不死、の研究らしいな」
「・・・不老不死・・・ですか。
あまりいいものとは思えないんですがね・・・」

シャルアは星の英雄と呼ばれる友人の一人を連想する。
目の前の男も同じ人物を思い浮かべているのだろう。
彼は物憂げな表情で書類を捲る。

「この研究は何処まで進んでるんですか?」
「このままの方向だと、アメーバになるしかないんじゃないか」

アメーバ。
水中や地中にすむ0.1mmほどの単細胞動物。
増殖は分裂による。

一気に場の空気が緩んだ。

「・・・うーん。それは確かに不老不死かもしれませんね」

とぼけた感想を呟く男は不完全なレポートを目で追っていた。
シャルアはふと尋ねる。

「局長。あんたが不老不死になったら、どうするんだ?」
「・・・へ?」

リーブは書類から顔を上げる。

「不老不死」

もう一度いってやる。彼はきょとんと目を瞬いた。

「アメーバですか?」
「・・・原生動物から離れろ」
「そうですね・・・」

ふと考え込むように左手を顎髭にやった男は思いつくままプランを立てたらしい。

「・・・まず私の護衛は解除ですね。その分の人員は地域警備に回ってもらうでしょうね。ああ、ゴールド・ソーサーの警備員とか配置しましょうか。それからミッドガルや神羅ビルももう一度捜索したいですし、アイシクルエリアの古の森も調査したいですし、」
「待て」
「あ、はい」
「あんたのいつもの行動とどう違うんだ」
「いえ、大きく異なりますよ?護衛の分の費用が浮くだけでかなり復興の資金に回せますからね」
「・・・そうかい」

シャルアは投げやりに返事をした。

「ああ、そうだ、もう一つあんたに聞きたいことがある」
「何でしょう?」
「・・・何故、あの会社が危険だと分かった?」
「・・・どういう意味でしょうか?」
「相変わらずとぼけた男だな。ヴィンセントを寄越したのはあんただろう」
「結局戦闘になったそうですね」
「ああ。・・・で?なんでわかった」

のらりくらりとかわそうとする男に切り込む。
何しろこの巨大組織を纏める男だ。
情報部門のシェルクの働きがあるとはいえ、それ以上にこの男自身の情報網は得体が知れない。

彼はにっこりと笑った。

「占いに出てましたからね」
「・・・は?」

今度はこちらが呆気に取られる番だったらしい。
局長と呼ばれる男はデスクの引き出しを開けて、カードを取り出す。
手慣れた手つきでデスクにカードを広げる。

「簡単なものをお見せしましょうか?一枚抜いてください」

飽くまで笑顔を崩そうとしない男に、シャルアは深くため息をついた。
すくっと立ち上がる。

「・・・職務に戻らせてもらう」
「そうですか」

残念がるわけでもなく、男はさらりと返した。

「が。助かったのは事実だ。ありがとう」
「・・・いいえ。無事で、何よりです」

先ほどまでの巫山戯た遣り取りとは異なる深い声音。
シャルアは思わず顔を上げる。
男は・・・リーブは優しい笑顔を浮かべていた。

・・・こういう男だから、あたしはここにいるのかもしれない。

言葉を返すのが何となく癪で、シャルアは無言で踵を返した。

*   *

「本当に・・・」

シャルアが出ていった後、リーブは密かに呟く。
デスクに広げたままのカードは53枚しかなかった。

左手に隠し持っていた最後の一枚を開く。

目を細める。

あの会社の完璧すぎる収支が気になっていたのも事実だが。
朝彼女が出ていった後に感じた嫌な予感、と言うべきか。
直感に従って占った結果は何度やっても、このカードになった。

カードの示す意味は、別れ。

彼女の意志による別れならば仕方のないことだが、
それが反するものなら。
いや。
もしも、『永遠の別れ』、ならば・・・。

「・・・ヴィンセントに頼んで正解でしたね」

呼び出したヴィンセントに、彼女に気付かれないような護衛を頼んだ。
杞憂であれば、と思っていたことがどうやら現実に起こりかねなかったらしい。

ふう、と詰めていた息を吐き出す。

無事に戻ってきてくれてよかったと、思う。
彼女が抜ければ、WROへのダメージは計り知れない。
そして、別の意味でも。

深くため息をもう一つ。

「・・・さて。私も職務に戻りましょうか」

カードを手早く纏め、引き出しに戻した。

fin.