ホワイトデー

「・・・リーブよう。なんで俺たちなんだ?」
「おや?分かりませんか?」

にこにこにこ。
楽しそうに笑う男は、いつも以上に胡散臭い。
こういったとき、こいつは何か企んで巻き込もうとしている。
で、残念ながら逃げ切れたことは、ない。
一人がふーっと煙草の煙を吐き出す。

「おめえ、このメンバーだけでどうやって分かれってんだ」
「そーですよ、何ですかこのメンバー」
「おいらも分からないよ」
「・・・リーブ。さっさと本題を言え」

局長室に集まったメンバーは以下の通り。
冒頭からの発言順にバレット、リーブ、シド、レギオン、ナナキ、ヴィンセント。
序でにケット・シーがいたりするが、彼はマスターと同じくにやにや笑っているだけ。

実に微妙な人選だった。

英雄の男性陣だけと思いきや、リーダーであるクラウドがいない上に、
レギオンというWRO隊員が入っていたりする。
リーブはにっこりと笑った。

「もうすぐホワイトデーじゃないですか」
「はあああ?どういうことだ?」

バレットが大げさに聞き返す。
リーブはまあまあ、と取り敢えずその場のメンバーに席を勧め、
レギオンとケット・シー、ナナキを除く彼らはひとまずソファに座り込んだ。早速シドが続ける。

「男性だけっつう意味は分かるけどよ。おめえ、何でクラウドを呼ばねえんだ?」

「クラウドさんをお呼びすることも考えたんですが・・・必然的にティファさんにもばれるでしょう」

ああ、成程、とリーブの背後に立っていたレギオンが頷く。

「でしょうねー。なんせ鴛鴦夫婦ですし」
「まだ結婚はしてませんよ、レギオン」
「似たようなもんでしょ」
「まあそうですが」
「要はホワイトデーに何かやろうってことなんですよね?」
「ええ、その通りですが、何か?」
「局長、そーゆーことなら、英雄さん達だけでやってくださいよ」

そういって、実にマイペースな護衛は部屋を出ようとしたが、リーブは落ち着いて彼に声をかけた。

「いいじゃないですか、レギオン。私たちだけでない意見も採り入れたいんですよ」
「えー。いいじゃないですか、別に俺じゃなくても」

くるりと振り返って不満そうなレギオンに、リーブはさくっと告げた。

「貴方が一番暇そうでしたので」
「「「「おい」」」」

リーブの暴言に残りのメンバーの突っ込みが見事にはもった。
暇そうだと言われた隊員ははああ、とため息をついて項垂れた。

「・・・俺、一応あんたの護衛なんですけど」
「ええ。知っていますよ?」

レギオンはちらりと上司を見遣る。

「で、こんだけ英雄さん達が集まってるなら、俺は別に部屋の外で護衛しててもいいですよね?」

「それとこれとは話が別ですが・・・。いいですよ、抜けていただいても。・・・ただ」
「・・・ただ?」

不吉な予感に、レギオンが身構える。

「突然蛙になってもいいんですね?」
「うっ・・・!!!」

ぴたり、とレギオンの動きが止まる。
そして数秒後、怒濤のように叫んだ。

「ホ、ホワイトケープでも百八の数珠でもリボンでもカオスガントレでもダイヤの腕輪でも源氏の鎧でも源氏の盾でもカチューシャでも乙女のキッスでも装備しますから!!!」

ほう、とヴィンセントが僅かに目を見張る。

「・・・物知りだな」
「でも、カチューシャって女性限定だったよね?」
「乙女のキッスはアクセサリじゃねえよな?」

こそこそっとナナキとバレットが話す中、シドは怯えているようにしか見えない護衛に声をかけた。

「・・・おめえ、そんなに蛙が怖えのか?」
「黙秘します!!!」

間髪入れずにレギオンが切って捨てたが、そこへ、のんびりとした局長が割り込んだ。

「じゃあ今度こそ鶏でしょうか」
「・・・鶏?」

意味が分からず首を傾げる英雄達。
視線の先では。

「・・・うううっ!!!!」

今度こそレギオンが固まっていた。
だらだらと冷や汗が流れている。
どうみても演技ではなかった。
過去に何かあったらしい、と英雄達は推測したが恐ろしくて口には出せなかった。

「・・・リーブはん、あんまりレギオンはん虐めるのはやめなはれ」

やれやれ、と傍観していたケット・シーが首を振る。
あはは、とリーブは笑った。

「すみません。レギオンの反応が面白くて・・・つい」
「・・・ついって、あんたなあ・・・」

がっくりと肩を落としたレギオンは、とぼとぼとリーブの背後に戻る。
リーブは再度ソファを勧めたが、一応護衛ですから、と彼は座ろうとはしなかった。
仕切り直し、とばかりにシドは大きく腕を組んでふんぞり返る。

「にしてもおめえ、なんでまた、わざわざ何かやらかすんだ?」
「どういう意味でしょう?」

向かいに座るリーブは笑みを浮かべたまま、態とらしく首を傾げる。

「毎年ヴァレンタインもホワイトデーも菓子配ってるじゃねえか」

シドの指摘に、そういえば、と残りのメンバーは思う。
毎年ヴァレンタインデーには全職員に、ホワイトデーにはお返しに、とリーブは積極的に菓子を配っている。

・・・何か特別な理由でもあるのだろうか。

「ええ。ですから、偶には趣向を変えてみようと思いまして」

ずるっとシドはソファからずり落ちそうになった。

「それだけかよ・・・。なんでい、普通に配ってりゃいいじゃねえか」
「だって、つまらないじゃないですか」

「つまらないって、おめえ・・・。それだけで、俺様達を巻き込んだんじゃねえだろうな?」

形だけでもシドが睨んでみるものの、

「いけませんか?」

にこにこと楽しそうなリーブの笑みは崩れない。
その上。

「それにあなた方、特別な女性にまさか何もしない、というわけではないですよね・・・?」

リーブが殊更笑みを深くした先には。
頬をひきつらせた飛空挺乗りと、さっと視線を外した元タークスがいた。
2人は別に相手を軽んじているわけではないが、
改まって大切な女性に何かする、というのがどうも気恥ずかしいと思うタイプなのである。
その視線から外れていたもう一人のガンマンが首を捻る。

「でもよう、お前はどうなんだ?」

珍しく自分の隣に腰かけていた仲間に、リーブはきょとんと振り返った。

「バレットさん?」
「そうだよリーブ。リーブだって、ヴァレンタインデーにチョコ貰ったんでしょ?
その中に本命もあったんじゃないの?」

バレットの足元に蹲っていたナナキが冷静に畳みかける。

「え?」

リーブの戸惑っている様子に、先ほど押されていたシドが勢いを取り戻す。

「おうおう、どうなんだリーブ?」
「いえ、ありませんよ」

リーブは冷静に答えを返したのだが・・・。

「えーーー!?」

背後から思い切り叫ばれてしまった。リーブはため息を一つ。

「・・・何故貴方が不満そうなんですか、レギオン」
「だってあんだけチョコ貰っといて、あんたを狙った女性がいないわけないでしょ」

レギオンの暴露に、ナナキがきょとんと首を傾げる。

「そんなに貰ったの?」
「今年は1万飛んで458個貰っとるで」

いつの間にかナナキの隣にやって来たケット・シーがあっさりと答えた。
その返答にバレットが大きく仰け反る。

「げっ!1万!?」

リーブはもう一つため息をつく。

「・・・ケット、勝手にばらさないでください。
それから誤解されているようですが、半数以上が不審物ですから」
「不審って・・・」

ごくり、とバレットが息を呑む。
組織のトップに送りつけられた不審物。
リーブはなんでもないような顔をしているが、恐らく命に関わるものだろう。
爆薬や、毒や、そういった類。
ヴィンセントが静かにリーブを見る。

「・・・処理は」

リーブは穏やかに笑う。

「大丈夫ですよ。科学部門とケット・シーが手分けして調査および適切に処分してますから」
「でも、普通の贈り物もあったんだな?」

にやにや、と形勢逆転したようにシドが詰め寄る。

「ええ、有り難いことに」
「で、本命は」

ずいっと更に身を乗り出す。

「ですから、ありませんよ」

すぱん、とリーブは再び断言する。
その見事な断定っぷりに、シドは眉を潜めた。

「・・・なんで分かるんだ?」
「世の女性方が、私のような中年を相手にするわけないじゃないですか」

当然のようにさらりと告げるリーブに、仲間たちは絶句した。
シドが目を点にしたまま、呟く。

「・・・おめえ、鈍いって言われたことねえか?」
「はい?」

シドはそのままリーブの後ろに視線を移した。

「レギオン、どうなんだ?」

局長付の護衛は、ぽりぽりと頭を掻く。

「あー・・・皆さんのご想像の通りです」
「「「「・・・」」」」

彼らは一様に沈黙した。
一人残されたリーブは戸惑ったように仲間を見回す。

「・・・あの?」
「説明したろか、リーブはん」

てこてこ、と猫ロボットは歩いていき、本体を見上げた。

「ええ、是非」
「あんさんが気づいてないだけで本命は結構あったで?」

「・・・え?・・・本当、ですか?」
「お前、ほんっとうに気づいてなかったのかよ・・・」

リーブの隣でバレットが呆れ返っていた。

「・・・ありましたっけ・・・?」

局長はうーんと唸って天井を見上げ・・・
こりゃ駄目だ、と仲間たちは呆れた。
だはあ、と大きく息を吐き出したシドは、じと目で問い詰める。

「逆に、おめえの本命はねえのか?」
「え」
「そうそう、折角だから贈りたい人はいないの?」

ヴィンセントを除く仲間たちから心持詰め寄られ、リーブは僅かに苦笑する。

「・・・あの、何故先ほどから私の話になってるんですか」
「そりゃ、おめえに巻き込まれてやるための対価ってやつだな」

なんつったけ、等価交換だったよな?とシドは意地悪げに笑った。
胸ポケットから新しい煙草を取り出し、火を点ける。

「そういわれましても・・・」

一旦言葉を切ったリーブは、ふと微笑む。

「そうですね、いますよ」

あっさりと肯定した様に、仲間たちは更に身を乗り出した。

「おお!?」
「誰!?」
「・・・皆さん、どうしてそこで目が輝くんですか」

余りにもわかりやすい反応に、リーブは若干引き気味だが。
後ろのレギオンがにやにやと笑う。

「いやーだって、」
「あんさんが容易に口割らんからやろ」

分身が続きを口にする。
うんうん、と残りのメンバーも頷いている。

「で、誰よ?」

結局突込みをいれるのはシドだったりするのだが、対するリーブは見事な笑顔で返した。

「皆さんですが」
「・・・は?」

シドが咥えていた煙草がぽろりと落ちる。
隣でヴィンセントが素早くテーブルの灰皿に処理していたりするのだが、
それすら見えていない。
固まったシドに、リーブはもう一度答えた。

「ですから、私にとっては皆さん大切な人ですからね」
「・・・うわ」

ナナキが短く息をつき、

「逃げやがったな」

シドがちっと舌打ちをした。

「逃げるってそんな、事実ですよ」

リーブは余裕たっぷりの様子で可笑しそうに笑う。
そこへ静かな声が滑り込んだ。

「・・・でも、真実やないな」

一同の視線が小さな猫に集まった。

「ケット!?」
「・・・あんさん、そろそろ観念してもええんとちゃうか」

明らかに狼狽する主へと、分身は珍しく真面目そうに言った。シドはほうほう、と頷く。

「つまり・・・いるんだな?たった一人の特別が」
「いませんよ」

間髪入れず返答するものの、リーブは視線を外していた。

「今更とぼけてどうすんだ」
「ケット・シーはリーブの分身だもんね」
「それは、そうですが・・・」

ナナキの指摘は正しい。

「よし、じゃあ俺様たちが手伝ってやる。さっさと口を割りやがれ」

勢いに乗ったシドは止められないらしい。
リーブはため息をつく。

「シド、その口調は明らかに脅迫じゃないですか」
「でも、リーブ、どうして黙っているの?」
「あの、どうしていることは決定済みなんですか・・・」
「ケット・シーが言ったから」

ナナキにまで言われてしまい、リーブはがっくりと肩を落とす。
落ちた視線がそのまま分身へと移る。

「・・・ケット」
「なんや」
「黙ってください」

リーブは一応抗議してみるものの、

「無理やな」

分身は主人譲りの即答で返した。

「で。誰なんだ?」
「あの・・・」
「「「「誰なんだ?」」」」

はあ、とリーブは大きなため息を一つ。

「・・・言っておきますが。私は彼女を振っていますから、進展しようがありませんよ」
「・・・は?」
「どういうことでい?」

混乱する仲間に答えたのは、猫ロボットだった。

「リーブはんは彼女から告白されたけど、断ったんや」
「・・・ケット・シー。貴方さっきから喋りすぎてませんか」
「あんさんが勝手に振るのが悪いんやろ。彼女やなかったら、とっくの昔に逃げられとるで」
「ケット・・・」

分身の筈なのに制御不能な相手に、リーブはひとつ首を振る。

「だああ!意味が分からん!」

会話についてこられなかったらしいバレットは痺れを切らして叫ぶが、
一人会話を理解していた者がいた。

「・・・つまり、彼女とやらは
まだリーブを諦めていない、ということか」
「ええ!?」

一同の視線が静観していたように見えた寡黙な男に集まる。
リーブが観念したように苦笑する。

「・・・無関心なようでいてピンポイントでコメント入れるのはやめてください、ヴィンセント」
「どうして振ったの?」
「・・・」

見上げてくる真っ直ぐな視線に、リーブは答えられなかった。
しかし。

「ボクが言ったろか?」

一人絶好調なケット・シーが口を挟む。

「・・・どうして今日の貴方はそこまでばらすんですか」
「あんさんが勝手に不幸になるのはボクの本意やないしな」

やれやれ、とリーブは首を振る。
このまま黙っていても、分身がばらしてしまうのは目に見えている。

「・・・私では彼女を不幸にするのが目に見えてますからね」
「どういうこと・・・?」

心配そうな仲間に、リーブは自嘲気味に微笑んだ。

「誰も、死にたくはないでしょう?」
「え?」
「・・・そういうことか」
「ヴィンセント?」

彼は鋭くリーブを見遣る。

「お前は、その彼女とやらが自分のせいで命を狙われるのを恐れて振った。
・・・そうだな?」

はっと一同がリーブをみる。

「・・・ヴィンセント、はっきり言うのはやめてください・・・」

目の前で苦笑する男は、巨大組織の最高責任者。
特にリーブは口にしないが、年中ろくでもない連中に狙われている。
つまり、リーブを脅すためのネタとして、リーブの特別な人が狙われる可能性は極めて高い。

シドが目を見開く。

「リーブ、おめえ・・・」

バレットはくしゃりと表情を崩す。

「で、でもよう、それじゃあ・・・」

ナナキは項垂れた。

「折角好きなひとから告白されたのに・・・」

優しい仲間たちの反応に、リーブは諦めたような笑みを浮かべた。

「・・・いいんですよ。私でない方が彼女は幸せになれますからね」
「それは、どうですかね?」

きょとんとした声が割り込んだ。
リーブは護衛を勤める男を振り返る。

「・・・レギオン?」

背後の護衛は、存外真面目な顔をしていた。

「俺は、彼女とやらがあんた以外を選ぶことはないと思いますけど」
「え?」

きょとんとする上司に、部下は珍しく真顔で続けた。

「諦めてないんでしょ、あんたのことを。じゃあ、今でもあんたが好きってことですよね?」
「・・・」
「いいんじゃないですか。彼女が誰であれ、俺たちが纏めて護るくらいしますよ」
「レギオン・・・」

護衛隊長としての誠意ある言葉に、その場にいたリーブ以外の者たちがじいんと感激していたが。

「いえ、結構です」

すぱっとリーブは断った。

「こんの、分からず屋!!」
「頑固すぎだよ」
「大馬鹿野郎め」
「往生際が悪いとよく言われないか、リーブ」

仲間たちからの非難にも、リーブは顔色一つ変えなかった。

「・・・何とでもいいなさい。これは、譲れませんから」
「ほお、でもばれましたよね」

少々からかうような護衛の様子に、リーブはそちらを見ずに尋ねた。

「何がですか」
「あんたに特別がいるってことが」
「・・・うっ」

痛いところをつかれ、リーブの表情が僅かに崩れる。
楽しそうに、しかし何処か真剣な目で護衛は言い切った。

「誰かばれた時点で、俺たちは勝手に援護でも護衛でもしますから」
「・・・あ、あの」
「俺たちのことも忘れるんじゃねえよ」
「そうだよ、リーブ。その人はきっと、本当にリーブのことが好きなんだよ」
「・・・」

仲間たちに畳みかけられ、リーブは咄嗟に返す言葉が見つからなかった。

「けっ。おめえ、また勝手に決めて不幸になろうとしたな?
でもよ、俺様たちにばれた限りは、
おめえもその彼女も幸せにならねえなんて許さねえからな!!」
「・・・そう、言われましても・・・」

困ったように笑うマスターへと、分身が他人事のように野次を入れた。

「こりゃ、結構すぐにばれるんとちゃうかー」
「・・・名前以外散々ばらした貴方に言われたくないですね」

むっと言い返すが、分身はどこ吹く風といった顔でひょい、と首を傾げた。

「名前、言ってもええんか?」
「やめてください」
「ええーー!?」

再び背後からの抗議の叫びに、リーブはぴしゃりと命じた。

「レギオン、黙りなさい」
「はい、局長」

いやに大人しく部下が応じた。
リーブはどっと疲れたように特大のため息を零した。

「はあ・・・どうしてこうなったんでしょうね」
「俺様たちをからかおうとしたからだろうが」
「別にからかおうとしたわけでは・・・」
「まあ、でも特別な人に特別なことをするのはいいことだよね」
「おう、んで、どうすんだ?」
「・・・。まあ、いいでしょう、やっと本題に入れますね・・・」

そうして。
漸く本来の目的に戻った彼ら、
クラウドを除いた男の英雄たち+WROの護衛隊長による会議は
15分ほどで呆気なく決定し、お開きとなった。

   *   *

本日はありがとうございました、と
僅かに苦笑しながら、それでも丁寧に頭を下げる男に見送られ英雄たちはWROをあとにした。
飛空艇の発着場に向かう途中、バレットがぽつりと呟く。

「リーブのやつ、俺たちがつっこまなきゃ、ずっと好きな奴を振ったままだったんだな・・・」

シドは新しい煙草に火を点ける。

「けっ。馬鹿野郎だぜ。彼女が根性ある奴で助かったんじゃねえか。
でなきゃ、脈がねえって別の男を作ったかも知んねえ」
「・・・うん。でも、きっと、その人はリーブが振った理由さえ分かってるんじゃないかな」

何処か悟ったような仲間に、バレットが振り返る。

「ナナキ?」
「どうして自分の振ったのか、普通は聞くよね?」
「でもあいつ、はぐらかすんじゃんえか」
「おいらの推測だけど・・・。
リーブがはぐらかしても、それでも真実を聞こうとしてくれたんじゃないかな」
「なんでだよ?」
「リーブが振っても諦めないってことは、それだけ強い人だと思うんだ」
「・・・確かに」

シドがふむふむ、と頷く。

「・・・ということは、彼女とやらに何か特別なことでもされたか」

それまで黙っていた男が口を開いた。
寡黙なガンマンに、仲間の視線が一斉に集まった。

「え?」
「ヴィンセント?」
「毎年のイベント、対外的な効果ならいつもどおり対応すればいい。
それを今年に限って、変化を起こす。それだけのことがあったのだろう。
まして、彼女が諦めてないのなら、尚更だ」
「・・・あ」
「じゃあ・・・本命からチョコ貰ったのかな」
「さしずめ、断っても断り切れなかったんじゃねえか」
「リーブの好きな人だもんね」
「でもよう、それならチョコくれた全員に対するもんじゃなくても、
彼女だけにすればいいんじゃねえか?」

バレットの素朴な疑問に、残りの仲間がぴたりと歩みを止めた。
シドが呆れかえっていた。

「・・・おめえ、ちゃんと聞いてたのか?」
「どういうことだよ?」
「・・・リーブが彼女を振った理由はなんだ?」

組織のトップの特別は、命を狙われる可能性が高い。
つまり、彼女だけに何かをすれば、それが判明したときに。

「・・・あ・・・」
「したくでもできないんだろうよ。ったく、何処までも馬鹿野郎ってこった」
「・・・リーブ、だから『みんなに平等に特別なこと』をしたかったんじゃないかな」
「・・・不器用なやつだ」

仕方ない奴だ、という空気を、ナナキが静かに破る。

「でも、いつか」
「そうだな、いつか」
「彼女だって、このまま終わらせる気はないんじゃねえか?
なんせ、あのリーブ・トゥエスティを根性据えて好きになった奴だからな」

かかか、と豪快にシドが笑い飛ばす。

「・・・そうだな」

   *   *

3月14日、ホワイトデー当日。
エッジにあるセブンスヘブンで、クラウドが手にした郵便物をティファに渡していた。

「クラウド?」
「ティファと、それからこっちはマリン宛だな」

受け取った白い封筒を裏返し、差出人を確認したティファはにっこりと微笑む。

「リーブからね!なら、きっとホワイトデーのお返しよ」

ぴたりと、クラウドの動きが止まる。
無表情の中にも何処か焦りを含ませ、一言呻いた。

「ホワイトデー・・・」
「ふふ。クラウド、その顔。忘れてたんでしょ?」
「・・・!!い、いや」

あっさり見破った幼馴染に急いで否定したものの、

「クラウド、忘れてたんだ・・・」

息子同然の少年に止めを刺された。
沈黙するクラウドの反応も慣れたものなのか、
ティファはくすっと笑って見せた。

「デンゼル。いいのよ、クラウドだもの」
「う・・・」
「みせてみせて!!」
「マリン・・・」

彼らは一つのテーブルを囲み、白い封筒を開ける。
テーブルに置かれたのは、一枚のチケットと、一枚の便箋。
どちらの封筒にも、その2枚が入っていた。
ティファがチケットを拾い上げる。

「『ゴールドソーサー一日入場券』・・・!やだ、これゴールドソーサーの無料入場券よ!!」
「本当!?」
「やったあ!!」

次々に歓声を上げる子供たち。
クラウドがティファの券をのぞき込む。

「・・・同行は、大人1人までか。ん?小人は更に2人まで同行可能・・・」
「あれ?裏にも何か書いてあるよ?」
「え?」

マリンの指摘に、ティファはくるりとチケットを裏返した。

「裏は・・・デザート引換券。もしかして、どちらかってことかしら」
「・・・そう、手紙には書いてあるな」

いつの間にか便箋を摘み上げていたクラウドがコメントをいれる。
ティファは上機嫌でぱちんとウインクを決めた。

「ふふふ。じゃあ、私の券でゴールドソーサーに行って、マリンの券でデザートの引き替えはどう?」
「うん!!!」
「賛成!!」

   *   *

一方、WRO本部にて。
局長室にやってきたとある「権利」を行使した相手にリーブはくすりと笑った。

「・・・賭には、どうやら勝てたようですね」
「何のことだ?」
「いえ、こちらの話ですよ」

・・・ただ貴女がこの権利を行使してくれるかどうかはちょっと分からなかったですから。
リーブは心のなかで呟く。
その声が聞こえたのか、彼女はさくっと言ってのけた。

「ただで旨いものが食えるなら、あたしは行くが」
「・・・貴女らしいですね」

   *   *

数日前。
WRO局長室の作戦会議では、こんな会話が繰り広げられていた。

「んでよ、おめえはホワイトデーにどんなことがしてえんだ?」

でーんとソファに凭れ掛かり悠々と寛いでいるシドが余裕たっぷりにリーブへ問う。
・・・どうやらリーブの珍しい恋愛話が聞けたために満足したらしい。
リーブは僅かに苦笑して答えた。

「お菓子でもいいんですけど、もっとみなさんが楽しめるものはないか、と思いまして」
「じゃあ、貰った相手だけじゃなくて、周り、その相手の友人や家族も巻き込むものがいいってことか」

ほうほう、と大げさに相槌を打った飛空艇乗りは、意外にも真面目にアイデアを出し、

「家族なら、ゴールドソーサーとかいいんじゃねえか?みんなが楽しめるしよ」

家族、の一言に愛娘を浮かべたバレットが親子連れのスポットを提案すれば、

「じゃあ入場券とか。どうかな?」

ナナキがあっさりと意見を纏めていた。

「お、いいこというじゃねえか、ナナキ」
「・・・成程・・・」

とんとん拍子に話が進むことに、リーブは軽く驚き、
そしてやはり皆さんをお呼びして正解でしたね、と心の中で呟く。

「いいですね。早速ディオに電話してみましょう」

ディオとはゴールドソーサーの園長である。
リーブは胸ポケットから端末を取り出し、電話をかけた。

「リーブです。お久しぶりです。実は・・・。ええ。ええ。ですから、期間は・・・。
はい。是非無料で5000枚ほど。え?」

残された仲間たちはリーブの言葉に思わず突っ込む。

「・・・今無料っていったな」
「言ったね」
「・・・」

電話越しの軽やかな・・・但しリーブ側しかこちらは聞こえないのだが・・・
会話は続いている。

「はい、ですから入場だけですから、採算は・・・。そうですか、ケット?いいですよ」

唐突に名前を出された分身がじいっとマスターを睨む。

「リーブはん、何企んでるんや・・・?」
「・・・はい。では、また」

全ての外野を無視し、楽しげに電話をしていたリーブがぱちん、と端末を畳む。

「・・・交渉成立しました。無料で5千枚、発行してもらえるそうです」

電話をかけてから5分と立たない交渉術に、仲間たちは半ば感心し、半ば呆れた。

「うわあ・・・」
「すげえ」
「・・・で、なんでボクの名前がでとるんや」

ずっと睨んでいた猫ロボットに、主人はにっこりと笑ってた。

「ですから、ケット・シーがその期間、園内の何処かにいることが、無料券発行の条件ですよ」

つまり、ゴールドソーサーに英雄として知られているケット・シーを配置することで
無料券が未使用にされるのを防ぎ、かつ入場後に存分に園内を巡ってもらうことで
お金を落としてもらおう、というのが園長ディオの考えらしい。
勿論、リーブもそこに一枚噛んでいるのは疑いようもない。
勝手に決定された猫ロボットは、地の底を這うような低い低い声で呻いた。

「・・・リーブはん。後でどうなるか、分かっとるんやろな?」
「いえいえ。そんな。まだまだこれからじゃないですか」

ははは、とにこやかに笑う主人と、黒いオーラを背負った分身。
一人と一体の対決に、仲間たちは冷や汗ものだった。

「・・・おい」
「・・・リーブ、もしかして怒ってる?」
「ケット・シーにさんざんばらされたからじゃねえか」
「・・・何とも厄介な奴らだな」

ケット・シーは扨置き、とあっさり分身を人身御供にした主人は仲間に向き直る。

「こういう賑やかなところが苦手な方もいらっしゃるでしょうから、
裏面はまあ、いつもどおりですけどスイーツのお取り寄せにしようと思います」
「どっちか好きに選べってことか。考えたじゃねえか」
「ただ・・・」
「ん?」
「その、WRO隊員の中で送ってくださった方もいるんですよね・・・」

言い澱む仲間に、シドがすかさず突込みを入れた。

「それがなんでい」
「うーん、せめて隊員だけでも、直接お礼できないかな、と。まあ、希望があれば、ですが」
「直接って。おめえ、そんな暇ねえだろ」

シドが呆れたように腕を組む。
リーブが超多忙なのはもはや周知の事実であり、幾らWRO隊員のみとしても、彼らに一々礼をする時間が何処にあるというのか。

「うーん。そうなんですが・・・」

どうにかならないかな、と考え込む上司に、部下が口を挟んだ。

「・・・お茶汲みを特別バージョンにするっていうのはどうです?」
「お茶汲み?」

きょとんと首を傾げるナナキに、レギオンは飄々と説明した。

「局長の休憩にお茶やお菓子を持ってく当番があるんですよ。あれ、結構な人気で毎回抽選なんですよ」

実は今日の当番も近年稀にみる競争率だったんですよ、とのレギオンの言葉に
大半はへええ、極普通の反応だったのだが。

「ええっ!?」

一人、周りがぎょっとするほど反応した者がいた。

「・・・なんであんたが一番驚いてるんですか、局長」
「でもあれは・・・。・・・何故人気なんですか?」

振り返り、心底不思議そうなリーブにひょい、とレギオンは片眉を上げておどけた。

「そりゃ、英雄に会えますから」
「・・・成程・・・。確かに、なかなかヴィンセントやユフィさん達には会えませんからね」

”英雄”という理由に、リーブは納得したように頷く。

WROは星に害をなすあらゆるものと戦うための組織。
入隊者の多くは、星を救ったというジェノバ戦役の英雄たちに憧れている。
中でもオメガ戦役で救世主となったヴィンセントの人気は飛びぬけており、
お茶汲みが彼らに会える貴重な機会になっているのだろう、とリーブは理解したのだが。

「・・・あの、何故当然のようにご自分を外すんですか、局長」
「え?」
「お茶汲み人気の一番の理由はあんたですよ、局長」
「私、ですか?」

意外な返答にリーブは暫し考え込み・・・
目の前にいるレギオンの入隊理由に思い当たった。

「矢張り、文句を言うためですか?」
「・・・リーブ。おめえ、鈍いにもほどがあるんじゃねえか」
「え?」

シドの声に向き直れば、何処となくしらっとした空気になっていた。
リーブは慌てて口を開く。

「ま、まあそれは兎も角。特別バージョンというのは・・・?」
「ですから、直接お礼したいんなら、あんたがもてなしたらどうです。
一応特別ってことでお呼ばれする順番も優先させる、とか」
「その手がありましたか・・・。成程。
まあ、一日では無理でしょうけど、少しずつならお礼できそうですね」

   *   *

そして、今回のシャルアの訪問に至る。
WRO局長室のシンプルだが上品なソファにシャルアが陣取っていた。
その前にチーズケーキとティーポットが添えられ、
アンティークなティーカップへと絶妙な温度のアールグレイが注がれる。

「食うぞ」
「ええ。どうぞ」

リーブはにっこりと笑う。
自分の分も置いてからシャルアの向かいに腰かけ、満足そうに見守る。
黙々とケーキを頬ばるシャルアはとても可愛らしかった。

・・・本人に言えば、即座に殴られそうですけど。

こっそりそう思いながら、リーブは声をかける。

「如何ですか?」
「・・・旨い」
「それはよかったです」
「あんたは食わんのか?」

ちら、と顔を僅かに上げた彼女は、リーブの前に置かれたケーキをフォークで指す。

「あ、いえ、食べますが」
「さっさと食え」

言うなり、シャルアはリーブの前のケーキに自分のフォークをさくっと刺した。
突然の行動にリーブの目が丸くなる。

「・・・シャルアさん?」

何を、と問おうとしたリーブの口に、シャルアはケーキの欠片をフォークごと突っ込んだ。

「っ・・・!?」
「どうだ、旨いだろう」

愉快そうに笑い、シャルアはフォークを取り返し。
何事もなかったかのように自分のケーキを食べだした。

一方のリーブは暫く固まっていたが、流石に口の中のものをどうにかしようと咀嚼した。
のだが。

「・・・あ、あのですね・・・」

リーブは動揺していた。

・・・心臓に悪すぎる。
彼女は、自身が取った行動を本当に分かっているのだろうか。

「なんだ、不味かったのか?」
「いえ、そうではなく・・・」
「なら言うな」
「・・・」

正直、味など感じる余裕さえなかったのだが、シャルアはその弁解すら聞いてくれそうもなかった。
第一、先程のシャルアの行動も、リーブには拒否するタイミングも全くなかったのであるが。
そこまで考えたリーブは愕然とした。

・・・私、もしかしてシャルアさんに負けっぱなしだったりするんですか。

それって上司としてどうなんでしょうか・・・。

こっそりリーブが葛藤していることにも気づいていないシャルアは、
紅茶のカップを持ち上げて、ふと尋ねた。

「で。あんた、これを権利行使したやつ全てにやるつもりか」

まともな問いかけに、リーブははっと思考を切り替える。

「え、ええ。まあでも、送り主が判明しているものは少数ですし、
その中で権利を行使するものは更に稀でしょうね」
「・・・」

シャルアはじいっと紅茶の水面を睨みつけた。
その表情に、おや?とリーブは首を傾げる。

「・・・何か?」

シャルアは鋭い眼光のまま、視線を合わせた。

「権利を行使した奴のリストを作れ」
「・・・は?」

意味が分からず問い返すリーブに、シャルアはきっぱりと宣言した。

「浮気候補くらいチェックさせろ」
「はい!?」

fin.