ミドルネーム

「なあリーブ」
「何でしょう?」

WRO寮のリビングで、シャルアが唐突に私を呼んだ。
向かいに座ったシャルアは、本日の夕飯のだし巻き卵をぱくっと口に入れて、じっくりと味わっている。今日の昼にシャルアからリクエストされ、久しぶりに作ったのだがどうやら気に入って貰えたらしい。フライパンから少しずつ卵を撒いていく様子を目を輝かせて見ていた様子はまるで子供のようでとても可愛らしかった。彼女の隣では妹のシェルクがだし巻き卵を箸で小さく切り分けている。ハンスは淡々と食べているし、ケットは和やかにみんなを見守っている。

「美味い」
「ありがとうございます」
「じゃなくってな。いや、だし巻き卵が美味いのは間違いないのだが・・・」
「はい?」

どうやらだし巻き卵は本題ではなかったらしい。首を傾げていると、シャルアは鋭い眼光で私を射貫いた。

「おまえ。
『リーブ・ルーイ・トゥエスティ』か『リーブ・トゥエスティ・ルーイ』、どちらか選べ」
「・・・。・・・はい?」

ぽかんと見返したが、真剣な妻の様子は変わらない。黙っていても説明して貰えないようなので、大人しく聞き返すことにした。

「ええと、どういう意味でしょうか?名前・・・ですか?」
「ああ」

シャルアは頷いて、まただし巻き卵を口に放り込んだ。

「あたしはあんたを合法的に手に入れたわけだが」
「ごほっ」
「リーブはん、噎せとるわ」
「いい加減慣れろ」
「で、ですが、げほっ」
「ただ、名前が変わらないのはどうも納得がいかん。かといってあんたのことだ、あたしが『シャルア・トゥエスティ』と名乗るのは断固拒否するだろう」
「っ、ま、まあ・・・はい」

『シャルア・トゥエスティ』という名前のインパクトにしどろもどろになりながらなんとか返答する。結婚すると主に妻が夫の姓に変わるのだが、自分の『トゥエスティ』姓は他にきいたことがなく、その姓を名乗っただけでWRO局長の妻だと分かってしまう。そうなれば結婚を対外的に公表していなくとも、シャルアが私のせいで命を狙われる可能性が高くなる。よってなんと言われようがそこは譲る気はなかった。

「そこで、だ。ハンスのように姓と名の間に新しく名前を作ってしまえばいいと思いついた。普段はそれを省略していると思えばいい」
「ええと、ハンスのように、ということは・・・」

我関せずと味噌汁を啜っていた少年をちらりと見る。
彼の名前はハンス・クリスチャン・アンデルセン。確かに名『ハンス』と姓『アンデルセン』の間に『クリスチャン』が入っている。
私の視線に彼はふんと鼻を鳴らした。

「つまりはミドルネームを作るいうことか!俺の世界では、ミドルネームは宗教に関連する名や、先祖の名前を入れることが多い。その他には結婚後、妻が元の姓を残すためにいれることもあるというから、シャルアのミドルネーム作成は本来の使い方だな」
「ミドルネームをつけることは、よくあることなのですか?」
「俺の世界では改名は割と容易だ。ミドルネームなどつけ放題、1つどころか20ものミドルネームをいれた阿呆もいるくらいだからな!」
「な、名乗るのに時間がかかりそうですね・・・」
「本人は納得済みでも周囲は迷惑ですね」
「シェルクさん・・・」
「というわけだ。
『リーブ・ルーイ・トゥエスティ』か『リーブ・トゥエスティ・ルーイ』、どちらか好きな方を選べ」

どん、と湯飲みをテーブルに置いたシャルアにまた凄まれてしまった。ぎらりと隻眼が光っている。怖い。思わず及び腰になってしまった。

「え、選べ、と言われましても・・・」
「あんたに希望がないなら、あたしが勝手に決めてやる。あんたがあたしのものになったのだから個人的には『リーブ・トゥエスティ・ルーイ』、つまりルーイ家のリーブとしたいが」
「ごほっ」
「リーブはん、相変わらず負けとるな」
「勝敗は戦いの前に決まっているというわけか!」
「あ、貴方たち・・・」

好き勝手に騒ぐ分身と使い魔を窘める前に、シャルアは腕を組んだ。

「だが。『リーブ・ルーイ・トゥエスティ』の方が、悔しいが語呂が圧倒的にいい。リズム感というべきか?」
「いえ、そういうことではなくてですね、」
「ほほう。『リーブ・ルーイ・トゥエスティ』か!成る程確かに『リーブ・トゥエスティ・ルーイ』よりは語感がよかろう!」
「なんやこうして聞くと、シャルアはんがリーブはんをゲットして当然みたいな名前やなー」
「ちょっと二人とも・・・」

相変わらずシャルアはよくわからないことに拘りがあるらしく、分身たちは面白がっているだけだ。そんな中、黙って会話を聞いていた義理の妹が小首を傾げた。

「・・・お姉ちゃんは、『シャルア・ルーイ・トゥエスティ』になるの?」
「いえ、そうでは、」
「そうだ」

私が否定する前にシャルアが重々しく頷いた。まるで重要な儀式のように無駄に厳かだ。
・・・あの。いい加減私を置いて行っていることに気付いてほしいのですが。
仲睦まじい姉妹は何か通じ合ったらしく、シェルクは小さく笑った。

「なら、私は『シェルク・ルーイ・トゥエスティ』だね」
「・・・えっ!?」
「『シェルク・ルーイ・トゥエスティ』か・・・。いいな、それでいこう」
「ま、待ってくださ・・・!」

まさか妹までミドルネームに乗っかるとは思わず、思わず立ち上がったものの。周りは私の反応など何処吹く風らしく、マイペースだった。ハンスはひょいと漬物をつまんでいる。

「俺は変えんぞ」
「あんたはリーブの使い魔だから別に構わない」
「あの、そういう問題では・・!!」

私の抗議などスルーだ。おまけに、ケット・シーまで無駄に悩みだした。

「ほなボクはどうなるんやろ。『ケット』と『シー』の間にいれるべきやろか?」
「貴方の名前はそもそも姓と名という概念でつけてませんよ!?」

fin.