モデル

「是非お受けください、局長!!!」
「そうですよ!!!局長もこの条件に満足なさっている筈です!!!」
「・・・そう、なんですけどねえ・・・」

*   *

「あんたがモデルやるって?」
「違いますよ。単なる取材です」

にやにやと楽しそうなレギオンに、リーブはさくっと否定した。

嘗ての大都市ミッドガルに寄り添うように作られたエッジは、今やミッドガルを追い越さんばかりの勢いで発展している。
特に商業の勢いは凄まじく、その中にミッドガル時代からスーツを手がける会社があった。

一般的なビジネススーツから、フォーマルな最高級ブランドまで扱うのだが、神羅時代に比べればまだまだスーツの売り上げは低い。

そこで、今一度スーツの魅力を知ってもらおうと
お堅いイメージを払拭できるようなスーツ用のアクセサリや、
そして富裕層にはここぞとばかりのデザイン・品質にこだわった超一流のスーツを宣伝する。

その為に選ばれたのが、
世界中に顔が知られ、かつスーツを着なれているWRO局長だったわけで。

「でもあれうちの隊員の制服買ってるとこじゃん」
「ええ。まあ」
「で?事前に体型計らせてくれって、
なんか高そうなスーツ着た連中が来てましたよねー?」
「・・・ええ、まあ」
「で、その本店まで行くと」
「・・・。そうです」

*   *

「これが次世代のネクタイですか・・・。確かに斬新ですね」

スーツブランド店、本社の一室にて。
リーブは渡された『ネクタイ』をしげしげと眺めた。
一見スカーフを細長くダイヤ型にカットしたような形状だった。

「そうでしょう?
こうしてネクタイと同じように首に巻き付けることで・・・」

スタッフが慣れた手つきでリーブの首に『ネクタイ』を巻き付ける。
茜地に白の幾何学模様がストライプのシャツに鮮やかだ。
それが首もとの結び目から2本に分かれ、まるでディナーテーブルに畳まれたナプキンのような上品さがある。

「このように、適度にカジュアルでぐんと華やかになるでしょう?」
「そうですね・・・」
「ではお次はジャケットですね。こちらを・・・」

*   *

「・・・うわあ」
「局長ーーー!!!!」
「感激です!!!」

着替えを終え、撮影場所にやってきたリーブだったが、
叫びだした護衛たちに、ちょっと引き気味に笑った。

「あの・・・そんなに似合いませんか?」
「逆ですよ、逆!!!」
「めっちゃくちゃ、似合ってます!!!」

上はミッドナイトブルーよりも黒に近い青黛色のジャケット、下は無地の白パンツ。
中は薄水色のストライプシャツを重ね、茜色の次世代ネクタイという小粋でリラックスした雰囲気。

「これ、女性隊員に見せたら卒倒ものですよね!!!」
「まあ・・・お世辞でもありがとうございます」
「お世辞じゃないですって!!!」

うーんと一人唸っていたレギオンがぽりぽりと頭を掻く。

「いやーあんたスーツ着なれてるけど、ここまでとはなあ」
「なんですか、レギオン。嫌みですか?」
「いんや、こいつらと同じ」

*   *

「やはり、私の見立てに間違いはありませんでしたね」
「そうですか?私が着ては勿体ないですよ」
「いえいえ。それでは始めましょうか」
「ええ・・・。よろしくお願いします」

撮影舞台の白い背景の前に、すらりと長身の局長がまずは正面から。
次は斜めに立ち、顎に手をやる目線は少し上目遣いで。
年季の入った木製のチェアに深く腰掛け、ゆったりを足を組み、手には新聞を。伊達めがねは少しずらして。

「次はこちらの女性モデルと・・・」
「よろしくお願いしますわ」

スタッフが連れてきたスタイル抜群の女性が妖艶に微笑む。
長い髪が緩やかにカールし、スレンダーな体型と黒い瞳が強い、強烈な存在感のある美女だった。

「・・・随分お綺麗な方ですねえ・・・。
相手が私では、流石に気が引けますよ」
「何を仰いますか」
「光栄ですわ、リーブ局長」

スーツを着替えて、今度は野外で。
本社近くの湖畔で、新緑の下でグレーのジャケットとパンツに身を包み、端末を耳に当てる。
無地のシャツと眩しいくらいの真っ白なベストが清潔感と高級感を醸し出す。そして今度はジャケットに合わせたグレーのネクタイ。

その隣にモデルがネイビーのドレスを纏って寄り添う。
ウエストを縛るレザーベルトがシンプルでモデル本来の素材を引き出す。
それらをカメラが絶えず撮影していく。

「いやー様になりますね、局長!」
「スタイルいいですしね!!!」
「モデルの依頼がくるのも分かります!」
「まー大分渋ってたけどなあー」

*   *

それから何度か衣装替えをして、漸く撮影は終了した。
本日はありがとうございました、と深く頭を下げるスタッフにリーブも礼を返した。

「いえ、こちらこそありがとうございました。
ですが、モデルの方って凄いんですねえ」
「いえいえ、リーブ局長もなかなかのものでしたよ」
「そうでしょうかねえ・・・?」
「ああ、言い忘れておりましたが、
本日着ていただきましたスーツは全て差し上げますので」
「え?ですが、こんな高価なもの・・・」
「是非、WROでも着用してください」
「はあ・・・」

リーブがぼんやりと己のスーツを見下ろせば、控えていた護衛の一人が反応した。

「えっ!!!持って帰っていいんですか!!!」
「おいおい、割り込むなよ」

レギオンは取り敢えず落ち着かせようとしたが、彼は興奮冷めやらぬ様子で護衛対象に進言した。

「だってだって、どうせでしたら、このまま本部に戻りませんか!?」
「・・・え?」

ぽかんと見返すリーブを横目に、
レギオンがぽんと手を打った。

「おお、つまり見せびらかすってことか!」
「女性隊員の反応が見たいです!!!」
「・・・冷やかされて終わりだと思いますけど」
「いやいや、どれだけ卒倒するか見物ですよ!!」

リーブは苦笑いだったが、護衛達のテンションは上がるばかりだった。

*   *

WRO本部。
いつも通り護衛に囲まれつつ、リーブは帰ってきたのだが。

「ちょっと、あれ!!!」
「リーブ局長!?」
「見てみて!!!」
「素敵・・・!!!」

ロビーに足を踏み入れた途端、隊員達からの黄色い声が一斉に上がった。
そして、護衛の外から囲まれ、その輪が何十にもなり、見事に動けなくなった。
お写真撮っていいですか!?との声がひっきりなしに上がっている。
リーブは予想外の反応に、首を傾げた。

「・・・おや?」
「おや、じゃないですよ局長」
「モテモテですね!!!」
「服の効果って凄いんですねえ」

感心しているリーブへ、護衛隊長はげんなりとしながら突込みを入れた。

「いや、それもあるけどそれだけじゃねーと思いますが」
「レギオンも着ます?」
「いやいや、俺じゃごつくて入りませんて」
「じゃあオーダーメイドします?」
「俺がスーツ着てどうするんですか」
「いいお相手を捜すのにはいいと思うんですが」
「あんた、人に振る前に自分はどうなんですか」
「私みたいな髭のおっさんは女性の方からお断りでしょう?」
「あんた、今こんだけモテてるくせに、何言ってんですか」
「これは最高級のスーツの効果ですからねえ」
「・・・相変わらずとぼけてるな、あんた」

分かっているようで何にも分かっちゃいない、とレギオンはため息を大袈裟についた。
そうしている間にも、囲んでいる隊員たちが端末を向けて、画像を撮っている。
普段以上にフラッシュを浴びている護衛対象に、レギオンはふと尋ねた。

「そういや、あんたがモデル引き受けた条件って何だったんです?」
「だからモデルじゃありませんって」
「まあ、それは置いといて。何だったんです?」

レギオンの問いかけに、リーブはふむ、と顎に手を当てた。

「まあ・・・来期の隊員の制服を全て3割引にするというものですよ。
余った予算で新しい病院ができそうなので・・・つい」
「・・・成程な。あんたが引き受けた理由がよおっく分かりましたよ」

*   *

やっとのことで局長室に戻ったリーブは
デスクにつくなり、はあと疲労のため息をつく。
本当はこんな高級なスーツなどすぐさま着替えたかったのだが、
部下たちから何故か「今日はこのままでいてください!!!」と懇願されてしまったのだ。

「・・・うーん。早く着替えないと汚れそうなんですけどねえ・・・」

首を傾げていると、訪問者を告げる電子音が鳴った。
扉を開ければ、何処か目の据わった科学部門統括が立っていて。

「どうしました?シャルアさん」

つかつか、とデスクに歩み寄ったシャルアは、
いつかの再来のようにずいっとリーブに迫った。

「・・・。リーブ」
「は、はい?」

肩書ではなく名前で呼ばれるとどうも調子が狂う、とリーブは密かに思う。

「・・・それらは、今後も人前で着る気だな?」
「それらって・・・。ああ、このスーツですか?
まあ・・・。折角いただいたので、使わないと勿体ないですからねえ」

じいっとリーブを凝視していたシャルアがぼそっと呟く。

「あたしに全部見せろ」
「・・・は?スーツですか?なら、ここに・・・」

リーブは背後のスーツケースを漁りだしたが、
違う、とシャルアがピシャリと遮った。

「シャルアさん?」
「服が見たいんじゃない。あんたが着ているところがみたい」
「・・・。はあ!?」
「他の奴らばかり、格好いいあんたを見せてたまるか」

彼女はデスク越しにぐいっと次世代なネクタイを引っ張る。

「ちょ、ちょっとシャルアさん!?」

焦るリーブなど気にせず、シャルアはそのまま唇を寄せる。
重なったと思った途端、リーブは飛び上がっていた。

「な、な、な・・・!!!」
「・・・相変わらず真っ赤だな」
「シャ、シャルアさん!!!」
「言っておくが・・・」

シャルアは蠱惑的な笑みを浮かべた。

「・・・あんたの先約は、あたしだからな」

fin.