アステラ祭

3月の中頃だった。

『新大陸でアステラ祭なる祭を実施する予定である。拠点構築に尽力いただいた貴殿にも是非参加いただきたい。4月上旬から下旬に船で迎えを寄越すため、もし貴殿の都合が付くのであれば、是非新大陸にお越し願いたい』

というギルド本部から伝書、祭の招待状を受け取った。

研究所長兼G級ハンターのシャルアが新大陸へ渡ってはや2ヶ月。大陸渡りの謎も解明したものの、新種モンスターの生態を調査すべく、多くのハンター達が引き続き新大陸に残った。シャルアも勿論その一人で、報告を兼ねた伝書は交易船がドンドルマ街に寄る度に受け取っていたけれど。

彼女のことがずっと心配だった。

いっそ、交易船に乗り込んで新大陸へ渡ってしまおうかと幾度思ったことか。
だが自分は曲がりなりにもドンドルマの町長で、この街がモンスター侵略の最後の砦となることは少なくないから、私用で離れるのは憚られた。

しかし今回は私用ではなく公的な企画への参加となれば日程調整も遠慮なく行える。
漸くシャルアのいる新大陸へ行くことができる。

幸い、直近で脅威となる古龍などのモンスターは発見されておらず、もし発見されたとしてもゴグマジオス程度なら今のG級ハンターたちと街の撃龍槍があればなんとかなると踏んでいる。街の窮地に町長が不在はよろしくない事態だが、自分も出張などで街を空けることは少なくない。自分抜きの部下達だけでの襲撃対応訓練としてもいい機会だと踏んで、今か今かと迎えの船を待っていたのだった。

そうして迎えの船がやってきたのが4月初旬。
奇跡的にほぼ予定通り港に現れた船は、対ゾラ・マグダラオス戦に提供した撃龍槍装備のものだった。いやいや人の迎えに対古龍船はどうだろうと苦笑しながら、荒波を力強く越えていく船旅に気分は否応なしに昂揚していく。

偉大なる大海原の地平線にうっすらと現れた大陸をみて、不覚にも泣きそうになった。

話には聞いていた。伝書という報告書も全て目を通してきた。けれど。

「あれが・・・新大陸」

*   *

拠点に船を寄せ、一歩新大陸に降りたった。周りを見渡す間もなく、勢いよく抱きついてきたのは。

「リーブっ!!!!」
「・・・シャルアさん・・・!」

最愛の妻だった。
ぎゅうっと力強く抱き締められ、自分は愛想尽かされてなかったようだとちょっと、いや心底ほっとした。いつも細身の彼女は、ハンターとしてどこからその活力がくるのか不思議だったりする。彼女の背中に腕を回し、そっと抱き返して優しいぬくもりを感じる。幸せだなあ、と暫し現実を忘れてしまっていたら。

突如拍手が沸き上がった。

「・・・えっ!?」

ぎょっとして彼女から離れたら、いつの間にやら何重にも人に囲まれていた。装備からすると皆ハンターだろうか。いや、中には学者らしき人たちも。ただ一様に笑顔・・・というか冷やかすような、にやにやした笑いを浮かべている。

「っ、その、すみません・・・!」

よりによって群衆の前で抱き合っていた事実にかっと熱くなる。
顔が朱いのは分かっているけれども、逃げ場がなかった。三方人の群れ、一方が海。どうしようもない。

「いいねえ、ラブラブ夫婦じゃねえか!」
「ほほう、この人が例の『リーブ』町長さんか!」
「導きの星を手に入れた幸運な男はこいつかあ。羨ましい!」
「俺もこんな奥さんほしいぜ・・・!」
「はいはい、あんたはさっさとHR上げて腕を磨きな!」
「いやだってテオ・テスカトルの爆発どうやって避けろっていうんだよ!?」
「装備でなんとかしろよ」
「装備ってその装備にテオの素材がいるじゃねえか!」
「まあ兎も角、これでシャルアを狙ってた男はみながっくりしただろうよ」
「ここまで相思相愛だと割り込む隙がねえよなあ・・・」
「そりゃあプーギーに夫の名前をつけるくらいだしな」

なんだかよく分からないが好き放題言われている。内容の凄さに固まっていたら、見慣れた猫と一匹のプーギーが近寄ってきた。私はちょっとプーギーからは目線を外した。

「いやー相変わらずラブラブやね」
「キュイキュイ♪」
「ケット・・・。あの、まあ、その、シャルアさんとのハントご苦労様です」
「全くやで。シャルアはんときたら、勝手にほいほい新種モンスターやら古龍やら発見して即クエストやさかい、驚く暇もあらへんかったで」
「その勢いで大陸渡りの謎を解いたんですねえ・・・」
「ふん。向こうからあたしに寄ってきたんだ。狩ってやって当然だろう」

相変わらず強気な彼女を見る。
頭にゴーグルをはめ、黄色のベストに肩から辞書さえ入りそうな大きめのショルダーバッグ提げていた。太いベルトには導蟲の籠と小さなアンプルが沢山並んでいる。黒のパンツと動きやすそうな厚手のブーツに手袋。多少の悪路も問題なさそうな装備である。

「・・・何だか、ハンターというよりも冒険者らしい格好ですね」
「シーカー装備だ。全属性耐性が10あってな、割と便利なんだ。それに・・・」
「相棒ーーー!!!置いてかないでくださいよーーー!!!」

突如割り込んできた声。
人の波をかき分けかき分け、ようやっと這い出てきたのは、活発そうな一人の女性だった。
彼女とシャルアの装備を見比べて、私は一つ頷く。

「・・・同じ装備ですね」
「そうだ。この彼女があたしの相棒、受付嬢だ」

私の視線を受けて、受付嬢がぴっと背筋を伸ばして敬礼してくれた。

「はっ!これは初めまして!リーブ町長さんですね!私はシャルアさんの相棒、受付嬢です!」
「あたしの紹介そのまんまじゃないか」
「だって!!相棒が私の台詞をとるのがいけないんですよ!!!」
「そうかい」

いつもどおりの掛け合いらしく、周りにいたハンター達も「またあとでなー」といいながら解散していく。
くすりと笑う。

「これはこれはご挨拶ありがとうございます。シャルアさんの夫でドンドルマ町長のリーブです。いつも妻がお世話になっております」
「いえいえ!こちらこそ、相棒には新大陸の謎解明に多大なる貢献をしてもらい、相棒として鼻が高いというか!」
「おい、文法的におかしいぞ」
「ええーーー!?合ってるじゃないですか-!」
「そういうわけで、新大陸へようこそ、リーブ」
「ええ、来ることができて本当に嬉しいですよ」
「ここのやつらは堅いことが嫌いでな。あんたが町長といえど、めんどくさい挨拶やらは午後からでいいっていってたから、あたしが案内してやる」
「はい。よろしく御願いします」
「そのまえに一休みするか?」
「いえ、大丈夫ですよ。寧ろ拠点の全貌をみたくてうずうずしてますから」
「うずうずってお前・・・」

くっと顔を背けたシャルアに私は首を傾ける。

「どうしました?」
「くそう、相変わらず可愛いなお前は!」
「・・・は?」

*   *

設計図では見ていたが、実際にこの目でみるのとは矢張り異なる。
流通エリアといわれる1階には、市場を彷彿させる店が並んでおり、各々の装備をしたハンター達と物資のやりとりをしている。奥には蔵書を積み上げた研究者たちが熱心に議論を繰り広げている。
見上げれば4階の集会所として改装された大船が設置されており、よくもまあ巧く作り上げたものだと感心した。
そこから工房エリアや食事場など見回り、やれ歓迎の飲みだなんやら諸々含めて、祭会場である集会所に連れてこられた。

*   *

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モンスターハンター:ワールド_20180412

4階へのリフトから降りれば、そこはハンター達の熱気と色取り取りの花で溢れていた。

パンジーにダリア、マーガレットなどなど。カウンターの下にも、食事テーブルの上にも、棚の中にも至る所に花、花、花。

仲間のハンター達と狩りの様子を熱心に語り合う者達、テーブルで食事するものたち、配膳するアイルーたち。テーブルの中央には花で作られた巨大なプーギー像があり、そのまん丸な造形がとても和む。花プーギーの頭の上に、蝶々の羽を背中につけたアイルーがいて、花びらをばらまいている。台座にも色とりどりの花が植えられ、空からは花吹雪が舞い、夜空にはひっきりなしに鮮やかな花火が打ち上げられている。カウンターのクエスト受付嬢達も花や蝶々をあしらった愛らしい衣装を身に纏って、祭を盛り上げている。

正に春、アステラ祭、に相応しい光景だ。

集まったハンター達の前で簡単な挨拶を行い、乾杯の音頭を取ればあとは無礼講となった。料理が次々に運ばれ、花で飾られた一品に舌鼓をうつ。どれも絶品だ。

「どうだ?新大陸の祭は!」

隣にいるシャルアが楽しげに笑う。その笑顔だけで十分幸せだった。

「ええ、活気があっていいですね。春に相応しい艶やかな祭りです」
「よし、あたしも着替えるか!」
「え?」
「アステラ祭限定のチケットで作れる防具があってな。折角だから、祭仕様の集会所に来てから着替えて驚かせようと思ったんだ!じゃあ待ってろ!」
「え、あの・・・」

ハンター達の合間を縫って、シャルアは慣れたように奥へ進んで姿が見えなくなってしまった。

「・・・私が迷子になりそうですけどね」

くすりと笑う。私はもう一度アステラ祭に湧く集会所を見渡した。
ここに集うハンター達は年齢も経歴もばらばらだが、皆とても陽気に騒いでいる。

「よう!町長さん、飲んでるか!?」
「ええ、いただいていますよ」
「町長さんもクエスト行って来たらどうだ?今なら連続狩猟イベントクエストで、モンスターの最大やら最小サイズがごろごろでるぞ!」
「あ、いえ、私はハンターではありませんので・・・」
「んじゃあ闘技大会はどうだ!?今ならネルギガンテとガチで闘えるぞ!?」
「は?」
「いんやーあいつは単騎ではきついだろう!」
「ですから、私はハンターではないので・・・」

気のいいハンター達と語らいつつ、中央のテーブルで待つこと暫し。

「待たせたな!」

覇気のある声に振り返って、その姿勢のまま私は固まった。

「・・・シャルア、さん?」
「そうだが・・・どうだ?ブロッサムα装備なんだが」

ぽかんと見返して、自分の顔がまたみるみるうちに朱くなるのが分かった。

春らしいワンピースだった。
茶色の革をベースに、蝶の羽を思わせるデザインのふんわりと広がるスカート。胸元には白いブラウスの上に大きなピンクの花と小さな黄色の花が実に華やかだ。頭には清楚なレース仕様のホワイトブリムで、右側にワンポイントでピンクの大輪の花が咲いている。ワンピースとお揃いの革のブーツ。

・・・可愛い。

ばっと顔をテーブルに伏せて誤魔化す。
なんかもう、顔を上げるのも恥ずかしいくらい参っている自分がいる。

「ど、どうしたんだ?似合わないか?」
「ち、違いますよ!似合いすぎて・・・!!!」
「・・・へ?」
「ああもう!!!・・・これはもう、春の妖精ですよね・・・!」

元々シャルアは美人なうえに、勇ましいハンター装備ではなく春めいた女性らしい格好になっていまうと、どうしていいのか分からなくなる。ただでさえ惚れ抜いていて勝てそうもないのに。

「そ、そうか。その、気に入ってもらえたなら、うん、いいんだ」
「ええ、もう大のお気に入りですよ・・・!!」
「ふ、ふん。因みにケットはこれだ」
「え」

ひょいと足下に視線を向ければ、同じく春仕様でにやりと笑うケット・シーがいた。
頭にはほわほわな白い毛の帽子に触覚が2本生えている。ゴーグルはカラフルな昆虫の目だろうか。ほわほわな白い毛の襟に、黄色のベスト、背中には黄色にピンクな縁取りの蝶々の羽。

「・・・これはこれは。可愛い蝶々ですね」
「まあー花嫁よりましやろ」
「あ、花嫁もみたいです」
「断固拒否や!」

ケット・シーが腕を組んでふいっと視線を外す。よっぽど嫌らしい。コミカルな彼に笑っていたら、シャルアが私の腕を取った。

「な、リーブ。あたしのマイハウスに来ないか?」
「え?そんなところがあるんですか?」
「ああ。あんたに見てほしいんだ」

*   *

拠点には各ハンター専用のマイハウスがある。

ハンターの装備を替えるアイテムボックスや休むためのベッド、ルームサービスを受けてくれるアイルー。
扉を開けて、一歩中に入れば完全に別世界が広がっていた。

「・・・新大陸へ来た当初は簡易的で狭い、一部屋だったんだがな」
「これは・・・豪奢ですね・・・」

シャンデリアが備わる王族が居住するような広い広い部屋。
深紅の絨緞に大理石のタイル。赤々と燃える暖炉と天幕のついたシングルベッド。流れる音楽はなんとアイルーが奏でるハープの生演奏だ。

部屋をゆったりと飛んでいるのは、キッチョウヤンマという滅多に会えないトンボの一種だ。また、本棚の隙間にいて、可愛らしい鳴き声を放つ小さな白い鳥はフワフワクイナ。アイテムボックスの上に陣取る大きな鳥はゴワゴワクイナ。どちらも希少種である。部屋に続く庭に出れば鮮やかな新緑と宝石のような青い羽根を持つコバルトモルファという蝶々が飛び交い、池には古代の生きた化石と言われる幻のカセキカンスが悠々と泳いでいる。

「なんと言いますか・・・この部屋と環境生物たちだけで希少価値が高すぎて、もはや永久保護対象ですよね」
「凄いだろう。環境生物は全てあたしが捕獲した」
「さ、流石ですね・・・もはやモンスターだけでなく環境生物マスターじゃないですか」
「ふふん、それほどでもあるがな!」
「ええ、凄いですよ」

庭に出て、ベンチに二人並んで座る。
シャルアが池に餌を撒けば、カセキカンスが巨体をくねらせて飛び跳ねた。まさに奇跡の遭遇だ。まさかこの目で生きた姿を観られるなんて、と感動していたらシャルアがぽつりと呟いた。

「だが・・・ずっと、物足りなかった」
「シャルアさん?」

振り向けば、春のワンピースを着こなす彼女が肩を竦めていた。いつもの覇気も消え、小さく見える。

「どう、しました?」
「確かにこの部屋は最高だし、豪華だ。でも、欲しいのはそんなんじゃない」
「・・・?」
「ずっと思っていた。この部屋にあんたが居てくれたら、と」
「・・・シャルアさん」
「この部屋じゃなくてもいい、どんな場所でもあんたがいれば、そこがあたしの家で帰る場所なんだ」
「・・・」
「やっとあんたが来てくれた」

そういって、顔を上げた彼女があまりにも無防備に微笑むから。
いとおしくて、私は彼女を優しく抱き締めた。
寄り添うように抱き締め返してくれた彼女が囁く。

「・・・本当はもう帰したくないんだが」
「あ、あの、その台詞はその女性がいう台詞ではないような」
「単なるあたしの本音だ」
「はは・・・」

苦笑しながら、私は彼女に告げるべき言葉がやっと分かった。
そっと彼女にキスをして。

「・・・おかえりなさい、シャルアさん」
「ああ。ただいま、リーブ」

kaikasai2

モンスターハンター:ワールド_20180413

fin.

後書き。

リーブさんの誕生月を勝手に4月にしたので、お祝いがてら一つ。何気にハンスも史実として4月ですよね。春生まれな彼らおめでとー!(リーブさんは勝手に設定しただけですが(笑))。
丁度モンハンがアステラ祭やってたので、リーブさん新大陸へ乗り込むの巻にしてみました。が、予想以上にラブラブしたよこの人ら(笑)。WRO仕様だとリーブさんが遠慮しちゃうのでこれはこれで書いていて楽しいです。堂々と夫婦出来ますからね!