ラブレター

朝一で職場に入ると、そこには猫がいた。
ラボの椅子に陣取った猫は、開口一番

「なあーそろそろ返したってえなー」

と、言った。
しかし。

「・・・の、割にはどうでもよさそうだな」

猫はシャルアを見ずに、デスクの上の報告書を堂々と盗み読んでいる。
注意してやろうかとも思ったが、この猫は上司の分身。
読んでもなんら問題はなかった。

「そりゃ、リーブはんは返してもらいたいみたいやけど、ボクはどっちでもええしな」
「相変わらず変な関係だな、おまえ達は」
「んー元々ボクは操り人形やったんやけどなあ。
気い付いたら色々考えられるようになったんや」
「そんな適当でいいのか」
「まあ人生楽しんだものの勝ちやしな」
「お前は人じゃないだろう」
「細かいことは気にせんといてー」
「・・・ほんとにあいつの分身なのか?」
「そや。んー感じ方がおんなじや、くらいかいな」
「・・・成程、な」

感じ方。
恐らく、感情・・・、心のことだろう。
ならば、分身に違いない。

シャルアはラボに届いた郵便物を無造作に開けていく。
書類や小包を開け、最後に一通の白い封筒が残った。
シャルアをそれをつまみ上げ、中の便箋を取り出し・・・。

投げた。

「わわっ!ちょ、シャルアはん、ちゃんとゴミはゴミ箱に・・・」

言い掛けて、偶然目に飛び込んできた文面に、ケット・シーは全ての動作を停止した。

「・・・どうした」
「シャルア、さん。これ」
「悪戯だろう」
「悪戯ではないかもしれませんよ」
「は?」

文面には、3行だけ。

シャルア・ルーイ様。
貴女が好きです。
明後日17時に、屋上でお待ちしています。

至ってシンプルなラブレター。
シャルアは一つ、頷いた。

「罠だな」
「って、ちょっ、待ってください。これは間違いなくWROの社内便で届けられたものですよ?」
「それがどうした」
「ここのセキュリティーレベルはご存じでしょう?
まして統括宛の手紙はチェックが入るはずです」
「だから単に呼び出してからかってるんだろう」
「まだ決めつけないでください!」
「・・・何を熱くなっている?」
「それは・・・、兎に角、もしこの文面がそのままの意味だったとしたら、
貴女への真摯な想いが認められているんですよ」
「・・・」
「この想いに応えられるのは、貴女だけです」

   *   *

「リーブはん、ほんまに阿呆やな」
「なんですか、いきなり」
「恋敵の手助けしてどないするんや」
「・・・ま、まだそうとは限りませんけど」
「動揺するなら、握りつぶしたらよかったんや」
「でも、あれは・・・純粋に、シャルアさんへの手紙でしたし・・・」
「あんさんがそういう暖かい気持ちを大事にしとるのは知っとけどな。
わざわざ不利になるようにし向けてどないするんや」
「・・・でも、あの送り主は、私の出来ないことをやってのけた人物ですよ」
「・・・」
「シャルアさんさえ良ければ、きっと、幸せにしてくれる人だと、思うんです」
「今からでも遅ないけど」
「・・・いいえ。私には、出来ませんから」
「ほんまに面倒くさい性格しとるな」
「何とでもいいなさい」
「・・・で。ネクタイはどうするんや」
「もう、いいですよ・・・」

例えもう彼女がそれに興味を無くしていたとしても、持っていてくれれば。
そこに、微かにでも、残っていればいい。

あの夜、ほんの少しでも、彼女が自分に助けを求めてくれたこと。

   *   *

次の日から一週間、リーブは出張のため本部には戻らなかった。
元々予定していたとはいえ、本部に残らずにすんでよかったと内心思う。
そして戻ってきてみれば、科学部門統括の年下の恋人の噂が広まっていた。
カフェや食堂で、二人きりの姿がよく目撃されているらしい。

「うまくいったようですね」
「他人事みたいにいうなや」
「ケット。人の恋路を邪魔しちゃいけません」
「あんたも当事者やろ」
「いえ、私は・・・同じ舞台に上がれませんから、同じです」
「・・・それで、ええんやな?」
「・・・皆さんが、幸せなら。それが、私の願いですよ」

   *   *

モニター画面の示す時刻は、既に午前0時を過ぎていた。

ふう、とため息をつきながらリーブは局長室の席を立つ。
インスタントコーヒーを入れながら、あの日偶然見てしまったラブレターが脳裏を掠める。
そして、二人で目撃されているとの噂。
仕事をしているときは無理矢理思考の外へと追いやっていたのに、どうしてこうも気になるのか。

・・・うまく、いったんでしょうね・・・。

何もしなかった自分は最初から関係のないこと。
そう割り切っていたはずなのに。
寧ろ、望んだ結果になった筈なのに。

そんなことをつらつらと考えていたため、急にドアが開く音に飛び上がった。
そして入ってきた人物に二度驚いた。

「うわっ!!って、シャ、シャルアさん!?」
「局長。驚きすぎだ」

   *   *

突然のシャルアの訪問に、リーブは愚痴りながらも彼女の分のコーヒーを手渡す。

「全く。今何時だと思っているんですか?
貴女は懲りないんですか?また謹慎にしますよ」

幹部である彼女が局長室を訪れるのは問題ないのだが、
時間帯や前回のことを併せると、あまり感心しない。
ため息をつきながらデスクに戻れば、思いがけない言葉が降ってきた。

「・・・ありがとう」
「へっ?」
「あんたのお陰で、大事な部下からの信頼を裏切らずにすんだ」
「・・・信頼?」

彼女が何を指しているのか分からず、リーブは首を傾げた。

「ああ。あの送り主は、あたしが来なかったとしても一日中屋上にいるつもりだったらしい。
それが時間ぴったりに現れたものだから、感動して泣き出した」
「・・・」

漸く彼女の指す内容に思い当たり、リーブは沈黙した。
一番聞きたい話で、そして一番聞きたくない内容だった。

「そいつは、あたしの相談にも乗ってくれたしな」
「・・・相談、ですか?貴女が?」

独りで戦い続けた彼女が、誰かに相談するとは妹以外では珍しいことだった。
同時にそれが、彼女の心を射止めた証拠でもあると思った。

「恋愛相談だ」

驚きのあまり、吐き出す筈の息を飲み込んでしまい・・・
数拍後、リーブは思い切り咳き込んだ。

「・・・なんだその反応は」
「すっ、げほ、すみま、げほ、せんっ、げほげほっ」
「謝るか咳き込むかどっちかにしろ」

はあはあ、と息を整える。

「・・・ど、どうして恋人に恋愛相談するんですか・・・」
「は?」
「は?って何ですか。受け入れたんでしょう?」
「何を」
「送り主の気持ちを、ですよ」
「いや、断った」
「そうですか。って・・・。ええ!?こ、断ってたんですか!?」

リーブにとっては驚愕の事実だったのだが、対するシャルアの表情は1ミリも変わらなかった。

「いちいち驚くな」
「いえ、その、すみません」
「・・・全く。どっちが上司か分からんな」
「プレイベートな話に上司も部下もないでしょうに・・・。
それで、・・・どうしてこちらに?」
「ん?ああ、そうだったな。あんたに言いたいことがあった」
「何でしょう?」

きょとんと見返すと、
一片の曇りもない、澄んだ隻眼で彼女は答えた。

「あたしは、あんたが好きだ」

fin.