ループ1

※流血表現があります。苦手な方は回れ右でお願いします。
そして、非常に暗いです。

「最期に、言い残すことはないか?」
「・・・いえ、ありません」

リーブはただ微笑む。

「今までありがとうございました」

途端に傍聴席から沸き上がるリーブへの罵倒と憎悪が呪詛のように場を支配し、
リーブは上手くいったようですね、と安堵した。

これで11回目だっただろうか。
無限のループの中で、自分の死は結構厄介だと思い知った。

何しろうっかり撃ち殺されたときは
WROの混乱をついて、世界を巻き込む戦役となってしまった。
焼け野原と、親を失った子の鳴き声と、地面を埋め尽くす人だったものの一部が、死んだはずの心を抉った。

・・・どうして。こんなことに。

と思った瞬間に、時間が急速に巻き戻った。
次はぽっくり病死・・・恐らく心臓発作だった。
それでも引継がれた局長がまだ器ではなく、世界に混乱をもたらした。やはり、破壊し尽くされた街と死骸が残った。

次はWRO以外の有力な組織に任せようとしたら、WROとの対立が激しく、また混乱に陥った。
ならば、WROを解体するしかない、としてみたが小規模の組織がやがて対立してしまった。

そこで、11回目でWROの局長、神羅の都市開発部門統括として今まで殺してしまった罪を少しずつ公開し、
注意深くWROと己の罪を引き剥がした。
その上で有力組織の裁判を受けることで、局長を裁くことにした。
これでWROが混乱に巻き込まれることなく自分の幕引きができ、WRO自体は自然に解体する筈だ、と。

自分の罪というなら幾らでも証拠があった。
簡単なことだ、自分の全ての仕事をあげればいいだけのこと。

そして、最期の判決が下された。
死刑判決。

民衆の死刑への歓喜と、リーブへの憎悪が渦巻いて、これでよかったとリーブは思う。
これで、ループは終了だろう。

死刑の手段は皮肉なことに、ガス室だった。
嘗てジュノンで都市開発部門が突貫工事で作り出し、
もう少しでティファが処刑されそうになった、あのガス室。
自分の部門が作ったもので自分が死ぬなら他の誰かの心を痛めることもないだろう。

ガス室の椅子に手足が固定され、一人残された部屋の錠が閉まる音が重々しく響いた。
そして、シューシューと何かが吹き込まれていく音。
確認しなくても分かる、毒ガス。

ああ、しもたなあ、とリーブは思う。

誰もあのあと手を加えていないのなら、ガスの濃度は薄いはず。つまり、即死はできない。
まあでも最期に己の罪と向き合うというなら、時間をかける方が効果は期待できるのかもしれない。

・・・誰もたしかめられへんけど。

激しく咳き込みながら、鼓動がまるで耳元に心臓があるようにやけに響く。
目眩に意識が飛びそうになるが、殴られ続けるような頭痛がそれを許さない。
手足が固定されているため、頭を押さえることもできず、ただ苦痛を耐える涙が流れる。

・・・いつまで続くんやろうな・・・。

あのスカーレットの趣味だと考えれば、数分で済むとは思えなかった。

・・・最期の最期まで悪趣味やな・・・。

喉元からせり上がってくるものを押さえきれずに吐き出せば、死刑囚の褪せた着衣が真っ赤に染まる。

・・・これ、体力が尽きる方が早いんちゃうか・・・?

再びせり上がるものを吐き出す体力がもはやなく、
ひゅーひゅーと酸素を求める音さえ遠ざかっていく。
頭に響いていた激痛さえ、もはや感じない。

・・・ああ、死ぬんやな。

そうした思考でさえ、曖昧になっていく。

そのときだった。
爆音が、ガス室に響いた。

・・・何や・・・?

疑問に思う前に、最後の意識が途切れた。

   *   *

ーっ!

・・・ブ!!

「・・・?」

ゆっくりと目を開けると、眩しい程白い天井があった。

「気がついたか・・・!」

鋭く、しかし何処か弱々しい声の持ち主へと何とか焦点を合わせる。
寝かされているベッドの側に、長髪で白衣を羽織った女性が心配そうに立っていた。

もう二度と会えないと覚悟していた筈の相手。

応えようと口を開こうとしたが、声はでず、ヒューヒューと渇いた音しか鳴らなかった。

「暫く声をだそうとするな。死ぬところだったんだぞ・・・」

いつもなら気の強いアルトが、僅かに震えている。
リーブは内心おや?と首を傾げた。

死ぬ筈やったんやけど・・・?

少なくとも10回目まではあっさりと死んでいた。
そして、世界の終わりに近い惨劇を、死んだはずなのに目の当たりにした。
けれど11回目は、どうやら助けられたらしい。

その場合はどうなる?
死ぬはずだった代表が生きていたなら。

リーブはざっと戦慄した。
戦乱になるどころか、下手をすれば、助けてくれた彼女たちが

・・・殺されてしまう。

「リーブ!?動くな!!」

起きあがろうともがいたが、体力は空で、みっともなく掠れた声で呻くだけ。

「あんたは死にかけたんだぞ!?おとなしくしろ!!」

リーブの体を押さえる彼女の鬼気迫る瞳を見返し、何とか首をふるう。

・・・このループは自分が死ななければ終わらない。
なのに、生きていれば、・・・最悪だ。

こんなはずではなかった。
彼女たちを巻き添えにするわけにはいかない!

リーブは霞かかった意識で必死に考える。
このままでは、彼女たちは死刑囚である自分を助けた罪で殺されてしまう。なら?

・・・さっさと死ねばいい。

どうやって?

リーブは一瞬で覚悟を決めた。
ただ・・・流石に彼女の前でやるのははばかれた。
そんなところを、彼女に見せるのは酷だろうと。

躊躇するリーブに何かを悟ったのか、彼女ははっと目を見開く。

「まさか、あんた・・・」

そして、彼女はきっと睨む。

「・・・そんなことはさせない!」
「・・・」
「いいか!神羅の罪はあんただけの罪じゃない!
あんたはずっと護ってきたんじゃないか!」

違う、と声を上げようとしたが、音にならない。
顔を歪めるリーブに、彼女は畳みかける。

「あんたが一人で背負い込んで犠牲になるなんて、あたしは許さない!!」

リーブは必死で首を振るう。
・・・声が出ない。
伝えたいことは山ほどあるのに、何も伝えられない。

彼女と押し問答をする時間はないのだ。
早く、彼女たちを解放しなければ・・・彼女たちの命に関わる。

せめて、彼女がここを離れてくれれば。
後は、一瞬で、終わる。

「死なせない・・・!!!」
「・・・」

真摯な瞳が胸を衝く。

・・・ああ、失敗してしもた。

最後の最後の、落とし穴。
彼女たちにも心底軽蔑し、憎まれるように
根回ししておけばよかった。
いや、十分した筈だった、のに。

信じてくれたことが嬉しく、そして悲しかった。

声は出ない。
手も動かない。けれど。
ああ、そうや、とリーブは微笑む。

「・・・リーブ・・・?」

口を動かす。彼女ならきっと伝わる。
声は出ないけれど、彼女なら、きっと。

「み・・・ず・・・?
分かった!すぐに持ってきてやる!!!」

翻す背に、聞こえないと分かっていて
口を開く。

おおきに。それから・・・

・・・さようなら。

   *   *

ふわり、と風が吹く。
自ら命を絶ったものは、どうやらライフストリームに還れないらしい。

自分の遺体の前に、あの日以来一度も見たことのない、彼女の泣き崩れる姿。
その後ろには呆然と立ちすくむ護衛と、手伝ってくれただろう隊員たち。

・・・やっぱり、僕には無理やったんやな・・・。

泣かせてしまった。
けれどこれで相応しい人を捜してくれるだろう。

さて、これからどうしようか。
世界の混乱は、なんとか防げたらしい。
最期が亡霊とは、流石に思いもしなかった。
ならば、亡霊らしく・・・

ミッドガルで零番魔晄炉でも見守ろうか。

「それで、いいの?」

え?

「駄目だよ、大切な人を泣かせちゃ・・・ね?」

この、声。
目の前の聖なる命の流れから、一人の女性が形作る。
長い三つ編み、緑色の瞳。

「大丈夫。こんなことにはならないよ」

でも、僕は、沢山の人を、

「これは貴方の悪夢。貴方が恐れている最悪のシナリオ。
本当は、戦乱を好むひとばかりじゃないでしょ?」

でも、WROは軍隊組織で、一歩間違えば

「間違えない!ですよね、部長?」

え?
振り返ると、後ろに黒髪のソルジャーが立っていた。

「全く。一人で抱え込みすぎるんですよ、部長は」

・・・もう部長やないけど。

「大丈夫。リーブには、沢山、支えてくれる人がいるでしょ?」
「みんなに相談してくださいよ、きっと道は幾らでもあります!」
「だからまずは」
「「暫く、こっちに来ないこと!!」」

二人が声を合わせると、眩しい光が満ちた。

・・・まあ、努力はするけどなあ・・・。

   *   *

「・・・?」
「気がついたか!」

白い天井、白い壁、白いベッド。
側にいてくれたのは、個性的な服の上に白衣を着た女性。
先と変わらない情景に、リーブはただ彼女を見返す。

・・・またループしたんやろか。

覗き込む女性はふう、と息をつく。
それが安堵に見えて、リーブは内心首を捻る。

「・・・どうしました・・・?」
「どうしました、じゃない。
あんた、死にかけたんだぞ?丸2日間意識不明だったんだからな」
「・・・死にかけた・・・?」
「覚えてないのか?
あんた、車の前に飛び出した子供を庇ったんだぞ?」
「・・・子供・・・?」

リーブはぼんやりと記憶を辿る。
そういえば、脳裏に小さな男の子がボールを追いかける姿が残っていた。
それは確かに、あのループよりも前の記憶。

・・・どうやらループを抜けたらしい。
抜けさせてくれたのは、きっとあの二人のおかげ。

「・・・あの子は・・・どうなりました・・・?」
「かすり傷だけだ。だがな。あんた、まず自分のことを把握しろ」
「・・・生きてるなら、いいじゃないですか・・・」
「よくない。またレギオンが鬱陶しいほど落ち込んでいたぞ?
なんでああいう場面は目敏いんだ、ってな」
「・・・と、言われましても・・・」
「あたしも呆れたぞ。
敵対組織に殺されかけるんじゃなくて、よりによって自ら死にかけるとはな。
あんた、何考えてるんだ?」
「・・・と、言われましても・・・」
「何も考えてなかったんだろう?」

リーブははた、と思い返してみた。

「・・・そう、ですね・・・」
「そうですね、じゃない。
あんた、自分が組織のトップだと分かっているのか?」
「・・・分かっていますよ・・・」
「分かってない」

すぱっと否定されてしまった。
その勝気な表情に、リーブは思わず微笑む。

「・・・何を笑っている?」
「・・・いえ。貴女らしいと思いまして・・・」

あのループで最期に見た彼女は悲痛な泣き顔だったから。
やはり彼女はこうでないと。
けれど、とリーブはぼんやりと思う。
あのループが見せた最期は、可能性としては0ではない。

「・・・ガス室は・・・まだありましたっけ・・・?」
「ガス室・・・だと?」
「あ・・・、いえ、何でもありません・・・」

うっかり声に出していたことに気づき、慌ててごまかす。

もしも、あのループがいつか、来るべき未来となるなら。
せめてガス室であっさり即死できるように。

・・・ガスを速攻性のものに変えておくべきでしょうか。
でももし別の誰かに使われたら厄介ですよね・・・。

リーブが少々ずれた思考で最期を考えていたとき、
力強いアルトが現実へと引き戻した。

「・・・死なせない」
「・・・え?」
「絶対に、死なせんからな」

宝石のような碧の隻眼で、シャルアは笑った。

fin.