ループ3

「あのっ!この子を助けてくださった方は・・!?」

事故直後の病院にて、WRO隊員に詰め寄る母親の姿があった。
その母親の足には小さな少年がきゅっと掴まっている。
彼らの対応に当たっていたWRO隊員は一言、簡潔に答えた。

「・・・まだ面会謝絶です」
「そ、そんな・・・」
「・・・命に別状はありませんから、ご心配なく」
「あ、あのっ・・・!」
「はい」
「その方の、せめて、お名前を・・・!
改めて、お礼とお見舞いに参ります・・・!」
「・・・」
「言えないような、方なのですか・・・?」
「・・・もう、ご存じでしょうから」
「え?」

*   *

結局何も聞き出せず家に戻ってみれば、
知らせを受けて急いで家に戻ってきた父親が待ち構えていた。

「無事だったか・・・!それで、相手の方は・・・」
「それが・・・面会謝絶で、お名前も教えてもらえなかったのよ・・・」
「・・・僕、知ってるよ」
「え?」
「みんな、キョクチョーって呼んでた」

二人を見上げて息子が放った無邪気な一言に両親は固まった。

「まさか、・・・局長か!」
「えっ!?じゃ、じゃあ・・・!」
「十中八九、WRO局長・・・
リーブ・トゥエスティだろうな・・・」
「だ、だから・・・」
「どうした?」
「私が名前を尋ねたとき、
隊員の方が、『もうご存じでしょうから』って・・・」
「・・・決まりだ・・・」
「貴方・・・」
「・・・他に、何か言っていたか」
「命に、別状はないって・・・」
「そうか・・・。助かった」
「えっ?」
「・・・今世界を牛耳っているのはWROだ。
そのトップに何かあったら・・・。
いや、命に別状はなくても、何らかの報復は覚悟した方がいいかもしれない・・・」
「そんなっ!!」
「・・・明日は俺も行こう」

   *   *

そうして、彼らが病院に通った、7日目。
毎日何処か悲壮な覚悟で病院にいたことが通じたのか。
彼らは、恩人に会うことになった。
まずは別室で身体検査を受け、WRO隊員に囲まれた中、
VIP専用のエレベーターで最上階へと向かう。
先導する隊員が、一際奥の扉をノックする。

「・・・どうぞ」

聞こえてきたのは、落ち着き払った低い声。
メディアで聞いた声と一致し、父親はやはり・・・と覚悟を決めた。

「失礼します。さ、中へ・・・」

隊員に導かれるまま、3人は恐る恐る室内へと踏み入れた。
広い病室の中央、白いベッドに一人の男性が上半身を起こしていた。
3人がベッドの側へたどり着くと、彼は苦笑したようだった。

「・・・大げさなことになってしまったようで・・・すみません」
「え?」
「改めまして。リーブ・トゥエスティと申します」

自ら名乗った男は、確かによく知られている顔だったが、何処かイメージとは違う。
父親は何処か気が抜けたように口を開いた。

「あ・・・、ケイン・バートンと申します」
「妻のカーラと申します。ほら、ディーン」
「・・・ディーン・バートンです」

母親が促せば、息子も倣うように名前を明かす。

「・・・どうやら、無事だったようですね」

ほっとしたように、ベッドの上の男は笑った。

「え・・・」
「局長ー。俺らが散々子供は無事でしたっていいましたよね?」

突然、然もかなりフランクな口調に、親子はぎょっと反対側に立っている護衛を見る。
先程まで微動だにせず彼らの遣り取りを聞いていた護衛は、黒髪に逞しい身体。
まともにやりあって勝てそうもない、強靭な戦士だろうことが一目でわかる。
その護衛に対し、ベッドの男は僅かに首を傾げた。

「ですがレギオン、やはり百聞は一見に如かず、ですから」
「そうかもしれませんけど。
大体、あんたが無謀な事しなかったら、大事にはならなかったんですよ」
「無謀って何ですか」
「車の前に飛び出すこと」
「仕方ないでしょう。見えたんですから」
「見えたなら、俺らに言ってくれれば助けますって」
「言う暇なんてなかったんですよ」
「全く、あんたって人は。
・・・そいういうことで、バートンさん。
気にしなくていいって」

WRO局長と護衛という物々しい肩書の人物たちの筈が
軽快に交わされる会話がまるで親友のそれのようで。
違和感が拭えず呆気にとられていたところ、
急に話を振られたせいで、父親は硬直した。

「えっ・・・!?」

咄嗟に反応できない父親に、ベッドの上の男が重ねた。

「そうですよ。勝手に飛び出したのは私ですから」

そういった男の表情は終始穏やかで。
どんな責任を取らされるのか覚悟の上やってきた筈の父親は
ようやっと、真っ先に伝えるべき言葉を思い出した。

「あ・・・いえ、
息子を助けていただき、本当に・・・ありがとうございました・・・!」
「ありがとうございました・・・!」
「ありがとう、おじちゃん」

「いえ、ディーン君は怪我はなかったんですね?」
「うん・・・。おじちゃんは、平気なの?」

少し緊張が解けたのか、ベッドを覗き込むように見上げる息子へ
ベッドの男が優しくその頭を撫でた。

「大丈夫ですよ。心配してくれてありがとう」
「あの、お体は・・・」

慌てて母親が気遣うように口を挟めは、男は母親へと視線を向けた。

「ええ、問題ありませんよ。
本当はいつでも退院できるんですけど
検査入院しろってうるさいんですよ・・・」

おっとりと答えた男は、最後はため息交じりになっていた。
どうしたのか、と父親が問う前に護衛がばらした。

「そりゃシャルア統括を怒らせたあんたが悪い」
「別に怒らせてなどいないんですが」
「ノートPC使ってたケット・シーが捕まったって聞いてますけど」
「うっ。ま、まあそれは置いておくとして・・・」
「おい」

護衛の指摘を取り敢えず流したらしい男は、再び親子へ向き直った。

「・・・わざわざ見舞いに来てくださって、ありがとうございました」
「いえ、息子が世話になりました」
「ありがとうございました」

終始温和な男へと、父親は深々と頭を下げる。
母親もそれに倣い、息子が親たちをみて、ちょこっと頭を下げた。

「・・・大切に、してあげてくださいね・・・」

ふわりと、ベッドの上の男が笑った。

   *   *

ぱたん、と扉を閉めて、親子3人は部屋を後にした。
少々、呆然とした風に。

「ねえ、ママ」
「どうしたの?ディーン」
「全然、怖い人じゃなかったよ」
「ディーン!」

くす、と前を案内をしていた隊員が笑う。

「ええ、初めて局長に会われた方は、
皆さんイメージとのギャップに驚かれるようですね」
「えっ・・・?」
「この星で最も武力を持つ我々です。
一般の方から恐れられていることは重々承知しています。
特に局長は、厳しい局面で前面にでる方ですから、
厳格な方だと・・・思われるようですね」

見透かされたような言葉に、親たちは黙り込む。

「ですが実際は、あなた方がお会いになったとおりです。
厳しい面も勿論ありますが・・・おっとりされているというか、とても穏和で、心の優しい方ですよ」
「・・・そう、ですね」

父親が頷く。

「皆さんが我々をどう思われても仕方ない面はあります。
ですが、ひとつだけ、覚えて置いていただきたい」
「何を、ですか?」

くるり、と先導していた隊員が親子へ振り返る。

「我々の活動を決定しているのが・・・あの方だということを。
あの方だから、我々は信じて戦うことができるんです」

そう、断言した隊員は頼もしく見えて。
そこまで信頼されているトップがさっきの男だと父親はすんなり受け入れられた。

「・・・ええ、今ならわかります」
「ありがとうございます」

嬉しそうに隊員は笑った。

   *   *

親子が去った後。
WRO局長の肩書を持つ男は、護衛に只管抗議していた。曰く。

「ですから!WROの財政だって余分なものを払う余裕はないんですから、・・・やっぱり検査入院やめません?」
「局長。その説得は、直接シャルア統括にお願いします」

一方の護衛は慣れたものか、さらりと決定権をとある人物に投げた。
明らかにWRO局長から余裕がなくなる。

「えっ!ちょっと逃げないでくださいよ、レギオン」
「だって、俺じゃ無理ですよ」
「私だって自信ないですよ!」
「胸張って言わないでくださいよ!あんたここの責任者でしょう」
「それとこれとは話が別です!」

「何が別だって?」

男二人を割るように、鋭いアルトが響く。
彼らが振り返れば、白衣姿の女性が立っていた。

「シャルアさん!」「シャルア統括!!」

二人が彼女の名を異口同音に叫んだあと、護衛はそそくさと扉へと向かった。

「じゃ、後頼みます、統括!!」
「ちょっと、レギオン!!」

鮮やかに退散した護衛を呼び止めるが、後の祭りで。
ベッドから逃げ損ねた局長は、近づいてきた女性に引き気味に笑う。

「あ、あの・・シャルア、さん?」
「採血の時間だ。とっとと腕を出せ」
「うわあ・・・やるんですか・・・?」
「勿論だ」

彼女の手の中で、きらりと注射針が光った。

fin.