ある朝、局長室にシャルアが乗り込んできた。
「局長!」
「シャルアさん?どうしました?」
シャルアはそのままヒールを鳴らしてリーブのいるデスクの真正面に陣取った。
ばんっと両手をつく。
「・・・あの?」
「あんたが忘れてたせいで、こっちはとんだとばっちりだ。全職員今日は仕事にならん。
こっちは後でいいから、さっさと謝ってこい」
早口でまくし立てられ、リーブはきょとんと見返した。
「・・・ええっと。何の話ですか?」
「・・・本気で言ってるのか」
「私は勿論本気ですが」
「・・・益々厄介だ。早く行ってこい」
「ど、何処へでしょう?」
「セブンスヘブンに決まってるだろう!」
再びばんっと乱暴にデスクを叩いたシャルアは、強引に局長を執務室から追い出した。
* *
「・・・?」
追い出されたリーブは廊下に立ち尽くし、首を捻る。
忘れる?
謝る?
一体なんのことやら分からない。
兎に角セブンスヘブンに行け、というからには
ジェノバ戦役の仲間に関係することに違いない。
・・・誰かの約束でも忘れているんでしょうか?
リーブは脳内に今日の予定を広げた。
社内の会議と、出張と、査察と、ええと。
そういえば、随分仲間たちと会っていない。
しかし、会う約束をした覚えはない。
仮に、誰かの約束を忘れていたとして。
・・・どうしてそれが、WRO職員全員が仕事にならない、ことになるんでしょう?
激怒した仲間たちが仕事の妨害をしたのか、と一瞬考え、そんな考えの仲間ではない、と一蹴する。
信頼する仲間たちは、リーブ個人に関することでWROの妨害をするとは考えられない。
「・・・????」
リーブの頭の中は疑問符で埋め尽くされる。
そんなリーブに追い打ちをかけるように、廊下に出てきた職員が叫ぶ。
「局長!!まだ、こちらにいらっしゃったんですか!?
早く行かれた方がいいですよ!!!」
「皆さん激怒されてますよ!!!」
「私たちは後でいいですから!!!」
「ですが会議が・・・」
「会議どころじゃないです!!!」
「お早く!!!」
「・・・は?」
* *
ふう、と吐き出された煙草の煙がゆっくりと天井へ上っていく。
「じゃあよお、まずは、言い分を聞いてやろうぜ」
妙に勿体ぶったシドが口火を切った。
セブンスヘブンに来てみれば、何故か仲間達がカウンターに並んで掛けていた。
いつもはカウンターにいないナナキやバレットも、である。
他の客は軒並み追い出されたのか・・・完全に貸し切り状態であった。
そして、仲間は皆何処かリーブを責めるような視線を送っている。
カウンターに並ぶ勇気もなく、
所在なさげに入り口に立ち尽くし、リーブは眉を顰めた。
「・・・言い分って、何のことですか」
「まあ、リーブ。全く覚えがないのね?」
「えー!!!おっちゃん、もうぼけちゃったの!?」
店主であるティファがカウンターに寄りかかって大袈裟に嘆いてみせれば、ユフィは全力で非難する。
さくっと痛いところを突かれたが、悲しいことにさっぱり覚えがない。
「・・・ふっ。私のことばかり言えた義理か」
カウンターの一番奥にいたヴィンセントが鼻で笑う。
「ヴィンセント、格好つけてないで教えてくださいよ」
「本当に、思い当たることねえのかよ?」
片肘をついていたバレットは完全に呆れているようだ。リーブは首をふるった。
「ありません」
「おめでとう!!!」
唐突にナナキが駆け寄り、リーブに飛びついた。
「うわっ!」
受け止め切れずに尻餅をつく。が、当惑させたのは寧ろ、彼の言葉。
「・・・『おめでとう』・・・?」
「ちぇっ、先にばらすなよ、レッド」
「だって、みんながなかなか言わないんだもの」
「・・・へ?」
「まーだ、分かってねえのか」
リーブはこれまでのことを整理した。
忘れていたこと。
激怒されること。
そして、自分が祝われそうなこと、と、言えば。
「・・・あ。」
もしかして。
そういえば、今日の数字の並びは・・・
「・・・誕生日、ですか?」
「おっちゃん、おっそーい!!!」
「リーブが悪いのよ。ちゃんと教えてくれないんだもの」
「私ばかり責められないだろう、リーブ」
「貴方は所在すら掴めなくなるじゃないですか」
優位に立てたとばかり嬉しそうなヴィンセントにはきっちり反論した後に、
ため息をついて、序でにナナキを優しく撫でて立ち上がる。
でも、とリーブは思う。
「・・・どうして私の誕生日なんて分かったんですか?」
仲間たちに言ったことは無い筈だった。
嘗て旅の途中で聞かれたときはケット・シーだったから。そして、仮初めの仲間だったから。
「それは・・・」
「・・・僕です」
リーブは驚いて声の主を振り返った。
いつの間に階段を下りてきたのか、少年が真っ直ぐにリーブを見上げていた。
「・・・デンゼル?」
WROに入りたいと言った子供。
そしてその話でリーブは子供はWROに入れないことに決めた。
セブンスヘブンでその後も会うことはあったが、彼に自分の誕生日を話したことはない。
戸惑うリーブから視線を外さず、少年ははっきりと答えた。
「・・・教えてもらったんです。ルヴィさんに」
リーブの顔色が変わる。
背後からティファが尋ねた。
「ルヴィさんって、確かデンゼルのこと助けてくれた人よね?」
ティファはデンゼルがセブンスヘブンに連れてこられたときに、経緯を聞いていた。
七番街のプレート落下で両親を亡くしたこと、一人ぼっちの彼をルヴィという女性が家に招き、暫く一緒に住んでいたことを。デンゼルの徹底した掃除の師匠でもある。
「でも、どうしてその人がリーブの誕生日を・・・」
言いながらティファははっと口を噤んだ。
デンゼルは小さく続けた。
「・・・リーブさんの、お母さんです」
「えっ!?」
ほかの仲間たちは一斉にデンゼルを見、そしてリーブに視線が集まった。
リーブは静かに目を閉じていた。
「・・・ルヴィさんが言ってました。
息子は神羅に入ってから忙しくて、自分の誕生日も忘れてしまうから、私が思い出させてやるんだって」
「・・・」
「部屋におかれていたどのカレンダーにも、たった一つの日付だけ、赤い丸がついていました。
それが、今日です」
「でよ、その、ルヴィって人は・・・」
今の今までリーブの母親の話など全く聞いたことなど無かったバレットが遠慮がちに口を挟んだ。
咎めるようなティファの視線の前に、デンゼルが答えた。
「・・・僕を庇って、ライフストリームを浴びて・・・亡くなりました」
しん、と沈黙が落ちる。
「・・・だから、もし息子さんが誰か分かったら、
絶対に『今日誕生日ですよね』、っていうってきめてたんです。
でも、全然誰か分からなくて、もしかしたら息子さんも亡くなっているかもしれないって諦めてたんです。でも」
デンゼルがWROに入りたいと面接を受けたとき、リーブはデンゼルの経歴を尋ねた。
話をすべて聞いた後、彼の入隊を拒否し。
去り際にこう言った。
ー母によくしてくれて、ありがとう。
「・・・あの日、貴方だと、分かったんです。だから」
「・・・」
ーリーブ。あんた、また忘れてたやろ。
ー誕生日くらい、ちゃんと休みにしたらどうや。
留守電に残されたメッセージ。
ミッドガルを最後まで離れようとしなかった母の。
懐かしい姿を浮かべ、そして目を開ける。
あの日、母の最期を看取ってくれた少年が、以前よりも逞しくなっていた。
「・・・ありがとうございます」
それまで静観していたクラウドが、デンゼルの頭にぽんと手を乗せる。
「・・・よくやったな」
「・・・うん」
デンゼルがはにかんでクラウドを見上げる。
それが血の繋がった親子のように思えて、リーブは微笑んだ。
「・・・じゃ、辛気くせえのはここまでで、ぱあーっと飲もうぜ!!!」
「シド・・・あのね、今日は祝いにきてるって分かってるの?」
「わかってるぜ!!ティファ、ちゃっちゃと始めようぜ!!」
「必要ありません」
落ち着き払った声が、静かに響いた。
* *
「・・・リーブ?」
驚き戸惑う仲間たちに、リーブは心からの笑みを浮かべた。
「集まってくださってありがとうございます。では」
「お、おい!」
引き留めようと立ち上がったバレットを無視して、リーブは背中を向け、ノブに手をかけた。
「・・・リーブよお」
重々しい声が、ドアを開く手を止めさせる。
気づかれないくらい、小さなため息をつく。
「・・・なんでしょう?」
もう一度向き直れば、
真剣な表情の飛空艇乗りが仁王立ちで待ちかまえていた。
「・・・誕生日って何の日か、おめえ分かってるか?」
「その人が生まれた日でしょう?」
さらりと答える。
リーブにとって、自身の誕生日はそれ以上でも、それ以下でもない。
「それは飽くまで当の本人にとって、だ。
周りにとっては、その人が生まれてきてくれたことに感謝する日だろ?」
「私は感謝されるに値しませんから」
「お前なあ・・・」
「どうして?」
じっと傍らから見上げる聖獣の純粋な眼差しをすっと外す。
「・・・私は、」
「加害者とかいうんじゃねえだろうな?」
吐き捨てるような口調に続きを奪われる。
「・・・」
「もう、面倒くさいなあー。さっさと祝われればいいじゃん」
「・・・ユフィさん。私は神羅側の人間ですよ。それに、」
「ぐだぐだいってんじゃねえ!!!」
言い募ろうとした言葉は、今度は突然の騒音と怒声でかき消される。
怒りのオーラをそのままカウンターにぶつけた仲間をリーブは呆然と見返す。
「・・・バレットさん?」
「お前がどう考えてるか、なんて関係ねえ!!!」
「・・・は?」
「そうよ。バレットの言うとおり」
「・・・ティファさん・・・?」
まるでわけが分からない、といったリーブに
シドがゆっくりと諭すように口を開いた。
「・・・感謝ってえのはよ。
感謝してえ、と思った奴の問題だ。
おめえがどうでもいいと思っている些細なことが、誰かにとって掛け替えのない出来事になってるかもしれねえ。
・・・要は、祝うのも、感謝するのも、やりてえと思った俺様たちの問題であって、
おめえがどう捉えているかなんて関係ねえ」
「・・・で、ですが」
「リーブ。諦めろ。こいつらのことだ、お前が観念するまで逃がさんだろう」
所在さえ掴めなくなるのに結局連行される男の説得力は、
リーブの反論を封じるだけの威力があった。
「・・・。・・・分かりました・・・」
* *
準備されていた豪華な手料理が並べられ、
大人たちは各酒を持ち出し、子供たちはジュースをてにして談笑していた。
既に何杯もあけ、店主に注意されているおやじたちがいるのはご愛敬。
リーブは自分のための席に座らされて、僅かに苦笑していた。
セブンスヘブンでの誕生日パーティーに参加するのは勿論初めてではない。
しかし、並べられたテーブルの中央にセッティングされた席に座るのは、
流石に気恥ずかしい。
「・・・ヴィンセントが逃亡する気持ちが漸く分かった気がします・・・」
「・・・分かったら、以後私を捜索しないことだな」
音もなく背後に忍び寄った男に、リーブは見事な笑みで答える。
「いえ、今年は私が捕まったので、尚更10月13日は気合いを入れないと」
「・・・おい」
「まだごちゃごちゃいってるのかあ?」
既にできあがっている親父たちがビールで満たしたジョッキをもって割り込む。
「とっとと祝われとけってんだ」
ごんごん、と少々乱暴にぶつけられたジョッキが派手な音を立てる。
「・・・何だか呪われてるみたいですね」
* *
「おめでとさん」
聞き慣れた訛に視線を下ろせば、
テーブルの脚の陰から、デフォルトの笑顔のまま、しかし何処かにやにやしている分身が現れた。
「・・・ケット」
「おお、おめえも来たか!!」
同じくケット・シーに気づいたシドが上機嫌でジョッキを掲げた。
ケットはひらひらと手を振る。
「そりゃ、今まで逃げ回ってたリーブはんが年貢の納め時やゆうから、その面拝んでおかんと」
「ケット。どういう意味ですか」
むっと言い返してみるも、相手は何処吹く風といった変わらない笑顔でうんうんと頷いている。
そこへ、ぴょんと身軽な仲間が両手に沢山の料理を乗せた皿と共に見事なバランス感覚で着地する。
「ケットー!!ケットは知ってたのー?」
「何をでっか」
「リーブの誕生日!!!」
「知るわけないやんか。
このおっさん、こと自分に関することは絶対に口割らんしな」
「えー!!!ケットにも内緒だったの!?」
信じられない!と叫ぶ彼女の飲み物に、リーブは眉を顰めた。
「ユフィさん、それ、ジュースじゃないですよね・・?」
「あたしはもう大人だってば!!!」
* *
「リーブさん」
「・・・デンゼル?」
彼は隣の椅子に上ってちょこんと腰掛けた。
「ルヴィさんは、ずっと貴方のことを心配していました」
「・・・」
真摯な眼差しは、反らせないほど強かった。
「僕は、大人になったらまた面接受けて、今度こそWROに入ります」
「ですが、」
「絶対に、入ります」
「・・・」
最後まで強い目で言い切ったデンゼルは、そのまま椅子を下りて行ってしまった。
かける言葉が見つからず、ただ去っていく背中を見送る。
「ふふ。リーブ、観念したら?」
声の主を辿れば、色鮮やかなカクテルを片手にした店主がテーブルの向かいから、ぱちんとウインクを決めた。
リーブははあ、とため息をついて見せた。
「・・・ティファさん。デンゼル君が軍隊に入るのを止めないんですか?」
「軍隊じゃなくて、W・R・O、でしょ?」
「似たようなものでしょう・・・」
「全然違うわ。ね?クラウド」
気配も感じさせず現れた金髪の元リーダーは無表情のまま頷く。
「WROは守るための力だろう」
「・・・だと、いいんですけどね・・・」
* *
「リーブさん」
デンゼルとは反対方向からの声に振り返れば、文通相手である少女が立っていた。
「マリンちゃん・・・。お久しぶりです」
「お久しぶりです。いつもお手紙ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。いつも楽しみにしていますよ」
二人はそう言って笑いあう。
しかしマリンは精一杯のしかめっ面に変わる。
「でも、折角みんながお祝いしようというのに断ったらいけないと思います」
「・・・すみません」
正論で責められ、リーブはただ謝るしかなかった。
「もっといってやってや、マリンちゃん」
頭を下げたリーブの足下からケット・シーが囃し立てる。
「ケット。貴方は関係ないでしょう」
「関係なくないで?」
な?とケット・シーが見上げると、心得たようにマリンが笑った。
「ケット・シーもお友達なんです」
「・・・いつの間に・・・」
* *
ユフィとは異なる身軽さで楽しげにやって来た仲間に
リーブは話しかける。
「ナナキさん」
「ナナキでいいよ。おいら、またリーブに会えて嬉しいよ」
純粋に再会を喜ぶ言葉に、リーブも自然に笑みが浮かんだ。
「・・・ありがとうございます」
「エアリスがいってたとおりだったね」
「・・・え?」
「ほら、あの旅の途中で、みんなの誕生日、聞いてたでしょ?」
「そういえば・・・」
懐かしい旅の途中の、小高い丘の上。
穏やかな陽気につられ、休憩していたケットに彼女は聞いた。
ーケット・シーは、誕生日いつ?
ーボクはロボットでっせ。そんなもんあるわけないでっしゃろ。
ーじゃあ、決めてあげる!
ーへ?
ーケットはね、今日!!
ーなんでやねん。
ーいいじゃない、似合うと思うんだ。こんな暖かい日!
優しい笑顔の背後に、何処までも高く澄んだ青空が広がっていた。
彼女が決めてくれた誕生日。
いつだったか、改めて思い返してみると・・・。
「・・・おや?」
「間違いなく今日やったな」
ひょい、とナナキの上に乗り込んだ分身が即答した。
ナナキはうん、と頷いた。
「エアリスには分かってたんだよ、リーブの誕生日」
「・・・彼女にはかないませんね・・・」
* *
宴も酣、にはまだ足りない時間。
突然ティファが叫んだ。
「あっ!!!もうこんな時間!!!」
「時間?」
リーブは首を傾げる。
今日は解放されないと諦めていたのだが、何か用事でもあるのだろうか?
「しまった、あと10分で8時じゃねえか!!!」
隣でバレットが大げさに同じく叫び出す。
「・・・8時?」
「ああ、8時になったらおめえをWROに引き渡して、
今度はあいつらに叱られ・・・いや、祝われるんだとよ」
「・・・シド、あの、今怖いこと言いませんでした?」
「あ?気のせいじゃねえか?」
「・・・」
* *
「来たか」
「局長ー!!!ひどいじゃないですか、我々にも内緒だったなんて!!!」
シドに強制連行されてWROの食堂に入ってみれば、
あっという間に職員に囲まれてしまった。
迫り来る彼らに押されつつ、リーブは何とか口を開いた。
「いえ、別に内緒、というわけではないんですけど」
「じゃあ何ですかっ!!!」
「忘れていただけです」
「尚更悪いです!!!」
「私たちだって祝いたいのに!!!」
「そうですよ、ただでさえ局長は働きすぎなんですから、今日くらい休日にしないと!!!」
「っていうか、もう休日になりますけど!!!」
「・・・えっ!?」
「先程、幹部会議で決定しました。後は貴方の判だけです」
淡々と告げるシェルクに、リーブは思わずよろめいた。
「そんな・・・、たかが誕生日で大事になってませんか・・・?」
「大事ですよ!!!」
「・・・」
大真面目に肯定されてしまった。
「神羅でもあったじゃないですか!」
「え?」
「ルーファス記念日って、プレジデントが勝手に祝日つくったじゃないですか」
「・・・あー・・・。ありましたね、そういえば」
休日祝日関係なく働いていたため殆ど記憶になかったが、言われてみればそんなものもあった気がする。
「と、いうことで今日は全職員休みだ」
背後で重々しく頷くシャルアに、リーブは振り返った。
「・・・それってまずくないですか」
「何故だ」
「WROの機能が止まってしまいます」
「誰のせいだ」
鋭い隻眼がリーブを射抜く。
「え?私のせいですか・・・?」
「当たり前だ」
「ええっとどうすればいいんでしょうか。
謝る・・・といっても、忘れていてすみませんでした、ですか・・・?」
「今更何をいう」
「そうですよ、局長♪」
「飲みましょう!!」
何処からか持ち出されたジョッキがリーブに押し付けられる。
どうやら長い夜になりそうだった。
* *
永遠に続きそうだった人だかりから抜けて、リーブはふう、と息をつく。
壁に寄りかかり見渡せば、料理を楽しむ者、お喋りに興じる者、
どの顔にも笑顔があることに、リーブは知らず微笑む。
「少しは懲りたか」
ゆっくりと振り返ると、ワイングラスを手にしたシャルアがいた。
「・・・懲りましたよ・・・」
リーブは苦笑する。
数え切れないほど飲まされ、酒に強い筈のリーブも流石にへろへろだった。
「・・・ふん。仲間の誕生日には嬉々として出かける癖に」
「それは、祝うべき人たちですからね」
「・・・あんたは違うとでも?」
「そうでしょう?」
即座に答えてみれば、相手はため息をついたらしい。
「・・・どうやら、説教が足りないようだな」
「・・・勘弁してください・・・。
セブンスヘブンでも散々だったんですから」
降参、とばかりに両手を挙げてみせた。
「リーブ」
不意に肩書きでなく名前を呼ばれ、酔いが吹き飛んだ。
「・・・!は、はい、何でしょう?」
頓着しない彼女は一ミリも表情変えない。
「グラスを出せ」
「グラス、ですか?」
首を傾げながら、近くのテーブルに置いていたワイングラスを手に取る。
シャルアは自分のワイングラスを僅かに掲げ、
目元をふっと和らげた。
「・・・あんたの生まれた日に、乾杯」
「・・・ありがとう、ございます」
二つのグラスが重なり、澄んだ音が鳴った。
fin.