WRO本部、治安維持部門。
とある隊員が、酷くゆっくりな歩調で自分の持ち場に戻ってきたが。
恍惚とした表情で、一つため息をついた。
「ほう・・・♪」
そんな彼に周りの隊員が素早く反応した。
「おい、お前!!本日のお茶汲み担当だろ!!?」
「何いっ!おい、局長にお会いできたのか!?」
隊員二人に詰め寄られた彼は、はっと現実に戻ってきたのか、
急に勢い込んだ。
「聞いてくださいよ!!!、実は・・・」
* *
WRO局長室にて。
お茶を持ってきた隊員は、運よく局長室で執務中だったWRO局長、リーブ・トゥエスティとのんびりと休憩していた。
本日のお茶請けは、ベリーのタルト。
さくっとしたタルト生地の上に、赤く透明のゼリーが綺麗で、上にはうっとりするような甘い果実。
最初は酷く緊張していた隊員も、極上のデザートと温和な局長の人柄に次第に安心感を抱くようになっていた。
そんな平和なティータイムに、来訪を告げるインターフォンが鳴った。
相手を確認したリーブは意外そうな表情でロックを解除した。
隊員が振り返ると、扉の向こうに立っていたのは、赤い目の元タークス。
オメガ戦役の英雄、ヴィンセント・ヴァレンタインだった。
* *
「ってことです・・・!!!」
「おい、局長だけでなく、あのヴィンセント様にも会っただとおお!!?」
「なんにいい!?」
「なんたる幸運めええ!!!」
* *
やってきたヴィンセントに、リーブはソファに戻っておっとりと声をかけた。
「おや、ヴィンセントじゃないですか。どうしたんです、急に」
「非常事態だ」
「はい?」
「携帯が壊れた」
「・・・は?」
「電源が入らない」
「それって充電が切れたわけでは・・・」
「いや、充電器とやらに置いても反応しない」
「おやおや」
「このままだとまたWRO隊員に追いかけ回されかねん。何とかしろ」
リーブと隊員は思わず噴き出した。
「・・・もしかして、前回の『逃走中』が嫌だったんですか?」
以前、ヴィンセントがすっかり充電を忘れ久方ぶりに電源を入れた際に、
リーブがWRO本隊に命じて、ヴィンセントを捕獲する訓練を実施したことがあったのだ。
勿論、暫く連絡が取れなかったヴィンセントに対する嫌がらせである。
「生憎、追いかけ回されて喜ぶ趣味はない」
「まあ、・・・そうでしょうねえ」
リーブはヴィンセントにも座るように勧め、
まあ、とにかく見せてください、とヴィンセントの携帯を取ろうとしたが。
またしても局長室のインターフォンが鳴った。
おやおや、とリーブが扉のロックを解除した途端。
「よう、リーブ。ん?ヴィンセントもいるじゃねえか!久しぶりだな!!」
煙草を吹かせ、にかっと笑いながら入ってきたのは、飛空艇団の艦長。
ジェノバ戦役の英雄の一人、シド・ハイウィンドだった。
* *
「ってことですよ・・・!!」
「おいおいおい!!!局長、ヴィンセント様に更にシド様にも会っただと!?」
「贅沢すぎるぜ・・・!!!」
「マジで!?くっそお、俺またお茶くみの籤外れたっていうのに・・・こいつめ!!!」
「で、で、どうだった!?英雄たちは、やっぱり凄いのか!?」
「それが、」
* *
「シドか」
「お疲れさまです、シド」
やってきたシドはどかっとリーブの隣に座った。そして経緯をリーブから聞き、軽く呆れた。
「なんでい、おめえ、まーた携帯壊したのか!」
「・・・壊してはいない。動かないだけだ」
憮然としながら何気に隊員の隣に座っていたヴィンセントが訂正する。
因みに隊員は感激のあまりほぼ硬直していた。
「まあ、どちらにせよ、このままは困りますねえ」
困った、といいながら何処か楽しそうな局長が突然の訪問者たちにコーヒーを振る舞う。
ぐいっとシドはコーヒーを煽った。
「俺様に預けろよ、ヴィン。どうせだからネジ一本まで解体して作り直してやるぜ!」
「ああシド、それならヴィンセントの居場所がいつでも分かるような発信機を付けてくださいよ」
さらりとリーブが提案し、
「お!その手があったか!」
シドは手を叩いて賛同したが。
「断る」
間髪入れずにヴィンセントが拒絶した。
「ですがヴィンセント、このままだと『逃走中』第二弾のカウントダウンを開始しますよ?」
リーブは完全に成り行きを面白がっている。
「や、やめろ」
「ならば大人しくシドに預けてみては如何でしょう」
にこにこにこ。
上機嫌のリーブを、ヴィンセントが殺気を込めて睨み付けた。
「リーブ。予備の携帯くらい持っているだろう。さっさと寄越せ」
「ありますけど、シドがいるなら必要ないですよね」
ヴィンセントの睨みなどあっさり流し、リーブはさり気なく退路を断った。
シドに発信機を付けてもらうという選択肢しか残そうとしない仲間達にヴィンセントは立ち上がった。
「おや、どうしました?」
「・・・お前に頼もうとした私が間違っていた。電話屋に行く」
「構いませんが・・・。ヴィンセント、貴方のまともな身分証明書ってまだありませんよ?」
ヴィンセントは神羅時代の諸事情で、一度死亡したことになっている。
よって亡霊が携帯電話を購入することは不可能だった。
戦闘能力は最強でも日常生活においての盲点を指摘されたヴィンセントはたじろぐ。
「・・・うっ」
凍りついたヴィンセントを放置して、シドはリーブに振り返る。
「ん?この携帯はどうやって購入したんだ?」
「私が2台目として購入したんですよ」
「あー成程なあ。と、なると他で携帯を調達するのも難しいじゃねえか?」
シドがさくっと鋭いところを突く。
「・・・」
ヴィンセントは固まったまま困り果てていた。
彼にとっては、携帯がなくても構わないのだ。
しかし、このまま連絡手段が断たれたままでは、リーブがまた嫌がらせを発動するのは目に見えている。
かといってシドに任せては常に自分の居場所を知らせる発信機を付けられてしまう。
「・・・」
真剣に苦悩しているらしいヴィンセント。
隣ではらはらしながら見守っていた隊員は、つい、遠慮がちに声をかけた。
「あのー」
「・・・なんだ」
「その、携帯なんですが・・・
一度、電池パックをはずして、入れ直してみては如何でしょうか」
「おや」
「電池パック、とはなんだ」
隊員の提案に、リーブはひょいと眉を上げ、ヴィンセントが空かさず食いついた。
「あの、携帯の裏蓋を開けたら入っている平たい電池です」
「・・・データが消えるのではないか」
「大丈夫ですよ!データはカードに入ってますから、電池パックを外しても消えませんから!」
「・・・成程」
ヴィンセントはぱかっと裏蓋を開けて、ぽこっと薄い電池パックを取り出す。
耐水性のシールの表示は問題なし。そして、徐に電池パックを入れ直す。
電源を押し、待つこと暫し。
「お」
「入りましたね」
「よかったですね!!!」
「・・・礼を言う」
ヴィンセントの礼に隊員は至極恐縮した。
「えっ!そ、そんな、も、勿体ないです!!」
そんな和やかな雰囲気の中、リーブはさり気なくヴィンセントを呼んだ。
「そうそうヴィンセント、これを」
手渡されたものは、先ほど入れ直したものにそっくりだった。
「・・・。電池パックか?」
「ええ。予備にでもしてください」
にっこりと笑顔で言われ、ヴィンセントはため息をついた。
「・・・リーブ。持っているなら最初から寄越せ」
「え。だってつまらないじゃないですか」
リーブはきょとんと首を傾げ、
「ヴィン、次壊れたら俺様に渡せ!」
シドは相変わらず改良しようと待ち構えている。
ヴィンセントはきっぱりと宣言した。
「断る!!!!」
* *
「という感じだったんですよ!!!
局長はお優しいし、シド様は格好いいし、
あのヴィンセント様には礼を言われるしで、もう俺感激でっ・・・!!!」
「・・・ヴィンセント様の意外な素顔・・・!」
「局長、楽しそうですね」
「俺、シド様に携帯解体されてえっ・・・!!!」
「英雄のみなさん仲良しですよね!!!」
その場にいた隊員たちがはあ、と一斉にため息をついた。
「「「「あーーあ、羨ましい!!!」」」」
fin.