依頼

あの運命の日、メテオが消滅した日から20日ほどたった頃。
ミッドガルを離れる前に、どうしても会っておかなければならない人物がいた。

「こいつ!!!」
「何者だ!?」
「あー・・・、その、リーブはいるのか?」
「局長に会いたいなら、武器をこちらに渡せ!!!」
「あっ!!そっか、すまねえ、気付かなかった」

いうなり、右腕に装着していたマシンガンを取り外す。

「これでいいのか?」
「預からせてもらう!!」

*   *

案内された部屋の扉が開くと、こじんまりとした部屋の奥にいた男が顔を上げた。

「・・・おや。バレットさん、その腕はどうされました?」
「お前の部下に取られた」
「そうですか」

さらりと流して、部屋の主・・・リーブはどうぞ、とソファを指した。
バレットはおそるおそる腰を下ろす。
ちらりと視線を向けると、リーブはデスク脇に無造作に置かれていたポットからお湯を注いでいる。
ふわりとコーヒーの香りが漂った。

「・・・よくそんなものあったな」
「掘り起こしましたから」

何処を、とは聞くまでもない。

「それにしても・・・お久しぶりですね」
「・・・おう」

バレットはそわそわと部屋を見回し、妙な既視感と違和感を覚えていた。

元とはいえ、神羅幹部の部屋に乗り込む。
それはバレットがアバランチのリーダーになる前からずっと鬼気迫るほど希っていた場面であった。

ただ、あの頃のイメージでは、
広すぎる部屋で目も眩むような高価な調度品がずらりと並んでいて、悠々と革張りのチェアに腰掛けていた幹部に、
自分は自慢の機関銃を突きつけ、アバランチの勝利を高らかに宣言するもの・・・だったのだが。

今バレットが乗り込んだのは
スチールデスクと、その前に接客用のソファ二つとテーブルが一つのみという、
実用的というよりも飾り気のない部屋であり、悠々と座っている筈の元幹部はごく自然にコーヒーを入れ、自分は妙に畏まってそれを受けている。

そういえば、と更に思い出す。

この幹部と初めて顔を合わせたのは地下牢であり、しかも牢にいれられていたのはアバランチの自分ではなく、
・・・何故か、目の前の幹部だった。
どうも、こいつは自分の描いていた神羅幹部のイメージから最初からずれていたらしい。

「・・あー、その、お前は何してんだ?」

向かいに座った男に、取り敢えず無難そうな質問をぶつけてみる。

「そうですねえ。食糧供給と住居確保、瓦礫撤去といったところでしょうか」
「そ、そうか」

リーブは今、神羅ではなく新しい組織を作っているらしい。
軽く答えてはいるが、それがどれほど困難なことかは、デスクに山積みにされている書類から伺えた。

「バレットさんは、このままマリンちゃんと暮らすのですか?」
「そっ、それは・・・」

いきなり核心を突かれて狼狽える。
リーブは不思議そうに首を傾げた。

「・・・何か、気がかりでもあるのですか?」
「うっ・・・」

バレットは言葉に詰まる。
元々話が巧い方ではないのだが、目の前の男は遙かに自分より弁が立ち、切れ者だ。
長い間憎んでいた経緯もあり、バレットはリーブが苦手だった。
それでも意を決してここまで来たのは、勿論訳があった。

「・・・俺は、その、旅に出るつもりだ」
「旅・・・ですか。そのご様子だと、お一人でいくつもりのようですね」
「あ、ああ」
「マリンちゃんは、クラウドさんたちに預けていくのですか?」
「そ、そうだ。で、その、つまり」

顔を上げる。

「・・・時々でいいんだ、そのよう、マリンや・・・クラウドたちを気にかけてくれないか?」

思いがけない依頼だったらしく、リーブの反応が遅れた。

「・・・え?」
「俺は世界中をもう一度旅して、今度こそマリンのためになることをしてえ。
が、マリンと・・・一緒にいてやれなくなる」
「クラウドさんたちがいるじゃないですか」

リーブはやれやれ、と首を振る。深いため息をついた。

「それに。忘れたんですか?
私は、マリンちゃんにとって誘拐犯で、貴方にとっては宿敵なんですよ?
・・・貴方の大切なものを頼むには一番相応しくない相手だと分かっていますか?」
「まあ、そんなときもあったけどよ」
「今もそうじゃないですか」
「・・・違う」

きっぱりと断言すると、リーブはぱちぱちと目を瞬く。

「マリンにお前のことを聞いた」
「・・・」
「あいつは、お前がいいひとだといっていた」
「・・・え?」
「その、一生懸命悪い人を装っていたけど、いつも美味しいものを届けてくれるし、時々様子を見に来てくれたって」
「・・・」

聞いているはずの男からの返答はない。
それどころか無表情にも見えた。

「メテオが落ちてくると分かったときも、すぐに避難場所に誘導してくれたってな」
「・・・まあ、大切な人質でしたしね」
「マリンはお前を怖がったことはないぜ」
「・・・」

「話を戻すけどよ。メテオはなくなったが、
まだどうもクラウドもティファも新しい暮らしでいっぱいいっぱいだ。
店は繁盛してるが、まだ危なっかしいぜ。
こっちが忙しいのは分かってるけどよ、
近くにいるんだから、ちょっとばかり支えてやってくれ」
「そう一歩的に言われましても」
「お前、結構な世話好きじゃねえか」
「・・・・・・は?」

虚を突かれたらしいリーブの表情は
なかなかみれるもんじゃねえな、とバレットは内心愉快だった。

「色々、マリンたちに送ってくれたんだろ?親でもねえのに」
「それは必要なものを送っていただけで、」
「マリンやエアリスのかあちゃんを気遣ってくれたんだろ?単なる人質なら放っておけばいいのによ」

彼はふるっと首を振るう。

「・・・バレットさん。それは誤解です」
「誤解?」
「・・・人質は、無事でないと意味がないのですよ」

そういって、リーブは静かに笑った。

「・・・」

バレットは、自分がいつになく冷静にリーブに対峙できていることに気付いた。
昔の自分なら、すぐに胸ぐらを掴んでいるか、
殴り倒してもおかしくない。

しかし。

ー逃げるのか?
ーボクはスパイやで?
逃げもするし、こそこそ画策もしますわ

嘗ての会話が思い出される。
あのときも・・・確か、こいつの本音を聞き出そうとしたら、はぐらかすように挑発してきた。

「・・・お前、やっぱりケット・シーの本体なんだな」
「何です、いきなり」
「自分を悪者にするというか、なんていうか、ひねくれてるところがそのまんまだな」
「・・・」
「もう俺には通用しねえ」
「・・・真実を告げたつもりなんですけどね」

バレットの前で苦笑する男は、もう宿敵には見えなかった。
自分とは正反対な性格の男。
苦手意識は変わらないが、こうして直接会うことで確信を持つことが出来た。

「マリンを頼む」
「・・・」
「じゃあな」

*   *

「・・・ですから、一方的に言われても困るんですけどね・・・」

リーブは苦笑して山積みの書類を見遣る。
そこには新しくできたエッジと呼ばれる町の報告書が集まってきていた。
勿論、クラウドたちのいるセブンスヘブンについても。

「そういえば、クラウドさんはどうされるんでしょう?」

首を捻る。
ティファはセブンスヘブンの店主として働くのだろう。
しかし、クラウドが店を手伝う姿、例えばウェイターなど・・・。

「・・・想像できませんね」

かといって、何もせず家に籠もっているとも思えない。
バレットの話だと、彼らは彼らの新しい暮らしにまだ手一杯だという。不便なことも多いだろう。
それを知る上でも、確かにマリンたちの状況を把握しておくのは決して無駄なことではないのだが・・・。

「・・・直接出向くわけにもいきませんし・・・」

無意識に俯いていた。
マリンがリーブを怖がっていない、とバレットは言ったが
自分が彼女を誘拐したことは最早動かせない事実であり、
それを考えると、余計な恐怖を植え付けてしまうのではないか。
かといって、バレットの依頼を無碍にはできない。

「・・・結局気にしとるやないか」

はっと顔を上げると、いつの間にかケット・シーがひょっこりとデスクの裏から現れた。
彼の記憶を辿り、リーブは顔を顰めた。

「・・・盗み聞きとは関心しませんね、ケット」
「それ用に創ったくせに、今更何をゆうてるんや」
「まあ、そうなんですけど」
「顔を合わせたないんやな」
「・・・」

核心を突かれて返す言葉がなかった。
元より、ケット・シーは自分の分身なのだから見抜かれて当然なのだが。

「なら、合わせんかったらええやんか」
「・・・遠くから監視しろと?」
「ちゃうて。手紙出したらどうや」
「・・・手紙?」
「顔を合わせんでもええ。尚且つ、様子も分かるやろ。
相手が嫌がるなら返事が戻ってこうへんことが返事になるしな」
「・・・そう、ですね・・・」
「逆にマリンちゃんが気にしいへんかったら、手紙で色々教えてくれるやろ?」
「・・・確かに、そうなんですが・・・。
・・・でも、私の名前は、見ますよね・・・?」
「どんだけびびっとるんや。
そんなに弱い子ちゃうやろ、マリンちゃんは」
「・・・というか、寧ろ私より強い女の子でしたね」
「監視なんかして後で怒られるよりよっぽどましや」
「・・・」
*   *
「クラウド?何持ってるの?」
「手紙だ」
「手紙?誰から?」
「リーブだ」
「リーブ?どうしたの?」
「分からない」
「分からないって・・・読んでないの?」
「・・・俺宛じゃない」
「え?じゃあ私?」
「いや」
「え?じゃあ・・・」
「マリン宛だ」
「マリン!?」
『マリンちゃん

こんにちは。リーブです。
もし不快に思われたなら、すぐに捨ててくださって構いません。』

ふと顔を上げる。
真剣にのぞき込んでいる少女が少し不思議そうな顔をした。

『マリンちゃん。
もし、よろしければそちらの様子を知らせてもらえませんか?
お手伝いできることがあるかもしれません。

私宛に手紙をくださるのなら、町にいるWROの隊員に『ケット・シーに渡してください』と言ってください。
それで、私に届きますので。

緊急時にはこちらに電話してくださいね。

追伸

クラウドさん、ティファさん
何かあれば、上記の番号に電話してください。

リーブ・トゥエスティ』

ティファはふふっと笑う。

「・・・リーブらしいわ」
「バレットが出ていったことを知ってるらしいな」
「そうね・・・。マリン、どうする?捨てちゃってもいいって言ってるけど?」

悪戯っぽく少女をみると、彼女は力一杯首を振った。

「ううん、ちゃんとお返事書くよ!」

リーブとマリンが文通友達となるのに、そう時間はかからなかった。

fin.