「待って!!!」

長い廊下を、男たちから引き剥がされながらも、あたしは手を伸ばした。
別の男に担がれ、泣き叫ぶ大切な『命』。

「シェルク!!!!」

押さえようとするやつらから身を捩り、必死に後を追う。

「シェルク!!何処だ!?」

消えてしまった。
絶対に手を離してはいけなかったのに。
あたしは施設を抜け出して、走り回った。
薄暗い街を、路地裏を、公園を、すべて。

ただただ、シェルクを探し続けた。

けど、あの怪しい車は影も形も見あたらなくて、瓦礫に躓いた。

「くそっ・・・!!!」
「・・・大丈夫ですか」

毒ついたあたしの前に、
いつの間にか長身の男が膝をつき、手を差し出していた。
きっちりと紺のスーツを着た大人。

そんなやつは、あの組織のやつに決まっている。

「あんた誰だ!?神羅か!?」
「ええ。そうです」

あっさりと頷いた男に喚く。

「なら、妹を返せ!!!さもなくば、殺す!!!」

気付けば右手に拳銃が握られていた。
これが何処から出てきたかなど関係ない。
地面に座り込みながらも、男へと銃口を向けた。

あたしが引き金を引けば死ぬ、と分かっていないのか、
男は穏やかに笑った。

「・・・大丈夫ですよ」
「何が!?」
「シェルクさんは、貴女の側にいますよ」
「嘘を吐くな!!あんたが連れ去ったんだろ!?」
「・・・そうでしょうね。
ですが、貴女は取り戻した。その手で」
「何を言っている!?」
「彼女は無事ですよ。但し、『ここ』にはいません」
「なっ・・・!?どういうことだ!?
あんた、何処にいるのか知っているのか!?」
「・・・こんなに貴女が呼んでもいらっしゃらない、
であれば貴女が彼女のところへ行くしかないでしょう?」
「何処だ!?連れていけ!さもなくば、殺す!!!」
「ええ。構いませんよ」
「早く!!!」

何度も噛みつく。
シェルクの情報を少しでも集めなければ。

「ええ。ですが、貴女の協力が必要です」
「な、何?」

連れ去ったのはこいつだろうに、何故あたしの協力がいるんだ???
そんなあたしの内心を読んだのか、彼はくすりと笑った。
妙に腹が立ったから、今度はしっかりと男の額を狙う。

なのに、男は銃口などまるでないかのように・・・
一切恐れる様子もなく、真っ直ぐにこちらを見つめる。

「ここは、貴女の精神世界・・・恐らく、悪夢。ですよ」
「・・・はあ?」
「ですから、この空間から脱出して、今の貴女に戻らなければ、今のシェルクさんにも会えません」
「意味が分からん!!」

イライラする。この男の妙な余裕が気に食わない。

「落ち着いて。
強く、強く願ってください。この空間から抜け出すことを。
簡単に言いますと、起きたい、ですかね?」
「そんなこととっくに、」

ずっとずっと、シェルクに会いたいと願っていたのに!

「混乱していたでしょう?
シェルクさんが見つからなかったから・・・」
「・・・」

あたしは口を噤んだ。
図星だった。頭の中はずっとぐちゃぐちゃだったから。
そこへ、男の静かな・・・真摯な声が響く。

「ですから、今度は他のことは考えず、ただ集中して祈ってください。戻ることだけを」

何一つ反論できないことが悔しくて、銃を更に握りしめる。
でも、何か言ってやりたかった。

「・・・。そんな、都合のいいことをいって
あんたは死にたくないだけだろ」

睨んだ相手は、静かに微笑んだ。

「悪夢で殺されるのは慣れてますから」
「・・・なっ・・・!?」

さらりと、とんでもないことを言い放つ男に、うっかり銃を落としそうになった。

「私が信じられないなら、いますぐ撃ち殺しなさい。
その後で、試してみてくださるなら」

自分が子供だからと侮るわけでもなく。
淡々と言い放つ男が本気だと分かって、あたしは観念した。

「・・・。いいさ、やってみて、何にも起こらなかったら、あんたを殺す」
「ええ、そうしてください」

あたしはもう一度男を睨み、目を閉じた。

シェルクの姿を思い浮かべる。
自分より一回り小さい、大切な妹。
強く、強く、願う。

会いたい。
そのために、ここからなんとしても出てやる!!!!

ぱりん、と薄いガラスが割れるような音が響く。

はっとシャルアが目を開けると
暗い空間の彼方が割れて、眩しい光が射し込む。
空間の崩壊は進み、ひび割れがどんどん広がっていく。

荒廃した街に、暖かい日差しが注ぎ、
注がれた箇所から緑が広がっていく。

その向こうに、人影。
まだはっきりとは見えないけれど、それが誰なのか、
あたしにはすぐ分かった。

「・・・あ・・・」
「・・・貴女を呼んでいますよ。いってらっしゃい」

神羅の者だといった男をじっと見る。
彼は、変わらず笑顔のままだった。
あたしはくるりと反転して、ただただ人影へと駆けていく。
眩しい、光の先。
大切な『命』のところへ!

走り続けて、後ろから来るはずの気配がないことに気づいて、ふと振り返る。

あたしは少し光の射し込むところにいたが、
男は、まだ薄暗い荒廃した街に突っ立っていた。

「あんたは、来ないのか?」

随分遠く、小さく見える男は静かに答えた。

「私は、相応しくないですから」
「何が・・・」

あたしは聞き返そうとして、はっと表情を変える。
男のいる暗い世界が、光とは反対方向から崩れていく。
崩れた後には、無という闇が残るだけ。
もう少しで、男を飲み込むほどにまで迫っていた。

あたしは思わず叫んでいた。

「早く来い!!」

男はゆっくりと首を振る。

「・・・必要ありませんよ。
早く、シェルクさんのところへいってあげてください。
道が、消えてしまいますよ?」

そう言い放った男は、反転して一歩踏み出す。
崩壊して深淵と変わっていく空間の先へと。

「おい!!!」

あたしが戻ろうとするまえに、男の姿は
闇へと吸い込まれてしまった。

「・・・嘘、だろ?」

あたしは呆然と崩壊した先を見つめた。
崩壊は、こちらにも進んできている。
あたしは、反対側の光を見つめる。

人影は、変わらずにいた。

あたしは自分でもよく分からず叫びながら、
光へと、走っていった。

   *   *

「お姉ちゃん!」
「・・・シェルク?」

滅多に叫んだりしない『命』が、傍らで心配そうにのぞき込んでいた。
WRO科学部門、統括室。
どうやらデスクに突っ伏して寝てしまっていたらしい。

「なかなか帰ってこないから心配で・・・」
「・・・」
「お姉ちゃん?」

あたしはシェルクをじっと見つめて。
だんだん、こっちが現実だと認識できたから。

「そっか。ありがとう、シェルク」
「うん。でもお姉ちゃん、根を詰めすぎだよ?ちゃんと休んでる?」
「それはお前もだろう?」
「私は、大丈夫だから」
「強情なやつめ」
「お姉ちゃんに似たんだよ」
「ふふ。そうか」
「そうだよ」

あたしは妹と笑った。
ここ最近、妹はよく笑うようになったな、とあたしは思う。
体調も、普通の人と同じくらいには回復している。

あたしは立ち上がって、妹をそっと抱きしめてみる。

「お姉ちゃん?」
「・・・ちゃんと、ここにいるな」
「そうだよ?」
「・・・よし」

にやりと笑って、あたしは妹をそっと放す。

「さて・・・」
「お姉ちゃん?」
「どうやら、説教しないといけない奴がいるようだ。シェルクも来るか?」

あたしの不敵な表情に、シェルクはあたしが何処へいこうとしているのか悟ったらしい。
にっこりと笑った。

「それは、多分お姉ちゃん一人で乗り込んだ方がいいと思うよ?」
「そうか。じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい、お姉ちゃん」

   *   *

目的地のインターフォンを押す。
時刻は、午前2時過ぎか。
怒鳴り込むにはうってつけだ。邪魔もないだろう。

『・・・はい』
「さっさと開けろ」

名乗らず、用件だけをずばっと切り込む。

『・・・あの、シャルアさん。流石にこの時間はちょっと・・・』

言い淀む相手に、ドスを利かせる。

「いいから開けろ」
『・・・。・・・。・・・はい』

あたしは真っ直ぐに男のいるデスクへと向かう。
ばん、と両手をデスクにつき、ずいっと身を乗りだす。
デスクを挟んで座っていた男・・・
リーブは、余りに近い距離に・・・若干引き気味になっていた。

「あの、シャルアさん、近すぎるんですが・・・」

あたしは無視して、じっと男を凝視する。

「・・・シャルアさん?」
「あんたに、闇は似合わない」
「・・・は?」

ぽかんとする相手に、あたしは言い募る。

「勝手に落ちるな。WRO全職員で拾いに行くには手間がかかる」
「あの、何をいって・・・」
「救うだけ救って、勝手に消えるな。救われたやつらはどうすればいいんだ?」
「・・・?よく分かりませんが、
職の支援や都市の整備は引き続きWROの課題ですよ?」
「そうじゃない。あんたの話だ」

あたしには光の道を示したくせに、自分は光を拒み、闇へ消えようとする。身勝手な男だ。

「・・・私?」

分かっていないらしい。
あたしの夢の中の話だから、確かに現実のこいつには、関係ないのかもしれない。
けれど、夢の中のこいつの行動は、

・・・あたしの知る限り、現実のこいつと同じ。

だから。

「現実だろうが夢の中だろうが、あんたが勝手に消えることは許さない」
「は・・・?」
「いいな?」

目を細めて言い聞かせる。

「はあ・・・」
「返事は?」
「・・・。分かりました・・・」

漸く受け入れたらしい男へと、あたしはため息をつく。
もう一つ、懸念事項があった。

「・・・それから」
「はい?」

首を傾げる男へと、あたしはしっかりと目を合わせた。

「あんたが悪夢の中で何度も殺されてるのは本当か?」
「・・・えっ!?」

こいつにしては、珍しく大きな反応を見せた。
どうやら、動揺したらしい。

と、いうことは、
夢の中でこいつが言ったことは、事実。
腹が立った。

「何故あたしを呼ばない?」
「あ、あの、意味が、ちょっと・・・」

仰け反るように、逃げるような男へと
あたしはずいっと更に顔を近づける。

「必ず呼べ。救われっぱなしは癪だ」
「シャルアさん、意味が分かりませんよ・・・」
「呼べ」

有無を言わせない口調で、詰め寄る。

「・・・。よく分かりませんが・・・
・・・ありがとうございます」
「・・・ふん」

あたしは漸く、身を引いた。

   *   *

あたしはその足で、寮へと戻る。
隣の部屋に住んでいるシェルクが、じっと待ってくれていた。

「シェルク・・・。先に寝ていればよかったのに」
「待っていたから」
「そうか、ありがとう」

あたしは鍵を開けて、中へと入る。
あたしの後ろから、シェルクが入ってくる。
一組のテーブルと椅子。
あたしたちは自然と向かい合って座った。

ちょこんと座った妹が切り出してくれた。

「・・・何があったの?」

あたしは少し躊躇い、率直に答えた。

「・・・シェルクが連れ去られたときの、夢をみた」

シェルクの目が僅かに見開く。
妹が嫌な記憶を思い起こす前に、素早く続ける。

「ただ、過去そのままではなく・・・夢の中にあいつがやってきた」

あいつ、とだけ。
けれど妹は分かってくれたらしい。

「・・・局長、だね」
「ああ。
それで、あいつはあたしの悪夢を破っておきながら・・・自分は勝手に消えようとした。
だから、むかついて説教しにいった」

夢の中で、深淵に消えた背中を思い出す。
その行動に何の躊躇もみられなかった。

「・・・局長は、なんていったの?」
「訳が分からない、といった風でな。
まあ、あいつにとってみれば、
関係ないことでいちゃもんつけられたようなものだから
当然だろうが・・・」

ふっと目を伏せる。
闇に消える前に、あいつがさらりと告げた言葉。

ー悪夢で殺されるのは慣れてますから。

「・・・どうも、あいつは
あいつの夢の中で、何度も殺されている・・・らしい」
「っ・・・!?」
「あいつの神羅時代からの負い目のせいか分からんが・・・」
「・・・お姉ちゃん」
「・・・全く。
現実世界でも四六時中狙われているのに
夢の中まで、とはな・・・」

WROのお陰で治安という意味で人々の生活は安定してきている。
しかし、その安定を作り上げた当の本人は
常に命の危険に晒されている・・・。
そして本来安息となるはずの眠りでさえ、
夢で命を狙われることがあるとは。

・・・そんな馬鹿な話があるか。

「・・・それもあいつのことだ。
現実は殺されるわけにはいかない、と覚悟しているが
夢の中なら仕方ない、と・・・考えそうだ」

それが、恐ろしい。

「精神世界で殺され続けるなど、
いつか、あいつの心が保たなくなるんじゃないか・・・?」

普段あいつは図太く、全く死にそうもないほどふてぶてしい。
その芯は強く、けれど繊細なこともよく分かっている。
不感症ではなく、寧ろ誰よりも傷ついているだろうに。

普通なら、とっくの昔に気が狂っている。
けれど、一切表に出さない。
当然のこととして、受け入れている。

あいつは、そういう奴だ。

「・・・大丈夫だよ」

優しい声が、あたしの物思いに沈んだ思考を引き上げてくれた。
顔を上げると、冷静な蒼い瞳があった。

「・・・シェルク?」
「私のSNDなら、局長の精神にだって潜り込める」
「い、いや、その能力はあまり使うな!」

あたしは慌てて遮った。
後天的に植えつけられたシェルクの能力。
体に負担がかかるのは目に見えている。

「落ち着いて、お姉ちゃん。
SNDはあくまで、最終手段。
そうならないように、・・・私も、協力するから」
「・・・シェルク」
「局長を・・・
リーブ・トゥエスティを大切に思う人は、私たちだけじゃないよ」

淡々と、それでいて気遣う声音にあたしは漸く落ち着いた。

「・・・そうだな」

そして、序でに大きくため息をついた。

「・・・ちゃんと呼べばいいんだがな・・・」
「お姉ちゃん?」
「あいつは、・・・いつだって、助けを呼ばない。
それが、・・・むかつくんだろうな」

人のことは、相手が敵視していようがお構いなしに救いに行くというのに
自分のことは最初からその範疇にない。
それが苛立つ。

「だから、無理矢理でも助けに行くんでしょう?」

あっさりと向かいから答えが返ってきて。
あたしは一瞬驚き、そして力強く破顔した。

「・・・当然だ」

「私も、助けに行くから。
あの人に救われた人は、きっと
あの人が思うよりずっとずっと沢山いるから」

妹の言う通りだと、あたしは思う。
助けを呼ばないなら勝手に行けばいい。

・・・あいつがいつも問答無用で救いに行くように。

「・・・ああ。
また何かやらかそうとしたら、怒鳴り込んでやる」
「そのときは、私も行くから」
「心強いな」
「そうでしょ?」

ふふ、とあたしたちは笑った。

fin.