動植物園

ゴンガガエリアのとある集落にて。
ふらりと遊びにきていたケット・シーは、黒の着流し姿の男性に開口一番、尋ねられた。

「すみません。・・・動物園は、何処ですか?」
「・・・。ドウブツエンって、なんや???」

   *   *

WRO本部、会議室。
幹部達の一斉召集ということでずらりと責任者が円卓状に集い
議長席には局長であるリーブ、そしてその隣に・・・あの着流しの男性が座っていた。
男性はすくっと立ち上がり、さらりと告げた。

「初めまして。動物園、の建設に協力することになりました臨時顧問の鬼灯、と申します」

丁寧な口調、品のある物腰とは裏腹に、地の底から響くのではないかと思わせる重低音。
ギラリと光る眼は、異様な迫力があった。

・・・ただ者ではない。

幹部たちは、突如現れた不審人物にごくりと息を呑む。

そもそも、外見からして普通ではない。
細身で長身、白い肌に切れ長の目。
黒に朱というシンプルな着物をさらりと着こなす、なかなかの美青年ではあるが。

両耳が尖っているのはまあ見過ごせるとしても、最も怪しいのは、額ににょきりと生えた一本の異形。

「あの・・・貴方、その、額の角は、一体・・・?」
「・・・私、鬼神ですから」
「キジン???」
「鬼、ですよ」
「・・・オニ???」

訳が分からない幹部たちへ、上司は一応説明を加えた。

「鬼灯さんは、ニホンという国の死後の地、地獄というところで
閻魔大王という偉い方の第一補佐官をなさっているそうですよ」

とても理解できない説明に、この世界のあらゆるトラブルを解決してきた筈の幹部たちはぽかんとするしかなかった。

「・・・はあああ???」
「局長、一体何処で見つけてきたんですか、この人・・・ではなくて、オニ???」
「ゴンガガエリアですよ。この世界の実地調査に来られたそうです」
「・・・ええ。地獄の経費で」

・・・何のこっちゃ。

幹部たちは内心で突っ込んだ。
そんな中で冷静な思考を失っていなかったシェルクはさっさと本題を尋ねた。

「ドウブツエンとは何ですか?」

一ミリも表情を変えず鋭い眼光のまま、鬼灯は淡々と答えた。

「動物の園、で動物園です。
こちらの現世、日本での娯楽施設です。
様々な動物達の生態を、短時間で見学できる施設でまあ、癒し・・・ですかね」

説明を加えた鬼灯へと、にっこりとリーブは笑う。

「鬼灯さん、ありがとうございます。と、いうことで、動物園を作ります!!!」

局長の宣言に、幹部達は、例によって例の如く・・・脱力した。
シャルアは呆れ顔で呟く。

「また娯楽を捕まえてきたか」
「・・・あー」
「局長らしいですね」

局長の背後に控えていた護衛のレギオンがぽりぽりと頬をかく。

「あんた、こういうことは特に素早いよなあ・・・」

うんうん、と幹部の一人が頷く。

「これが軍隊のトップですからねー。平和になったものです」
「あのスカーレットとハイデッガーのときなんか如何に効率よく抹殺するかにしか頭になかったですしねえ」
「それが、娯楽施設の提案ときましたか」
「・・・この前は鯉幟普及大作戦、でしたっけ」
「局長の鯉幟、見事な刺繍でしたね」
「局長、無駄に器用ですから」
「・・・戦争、起きそうにないですよねえ」

リーブは最後の幹部の言葉に重々しく頷いた。

「ええ、この動物園でみなさんが癒されれば、争いの起こる可能性を下げることができます!!!
平和に近づく世界に!!!!」

熱く語る局長の傍ら、鬼灯はこそっと逆隣の幹部にひそひそした。

「・・・お宅の上司。都知事選前の候補者演説、みたいなノリ・・・ですね」
「あの、何です?トチジセンって」
「とある地区の代表者を決める選挙、のことですよ」
「センキョ?」
「選び挙げる、で選挙。
その地区の住民が代表者にしたい人に票を入れます。
この票が最も多い人が選ばれる、その仕組みのことをいいます」

そんなひそひそ話が聞こえていたらしい。ぴくっとリーブが反応する。

「・・・選挙、ですか」

意味ありげに考え込む局長に、幹部たちが不思議そうに声をかけた。

「局長?」
「どうしました?」
「・・・それ、やりましょうか」

最高責任者がぽつりと呟く。

「「「「「・・・は?」」」」」
「WRO局長の選挙、ですよ。成り行きで今まで私が局長してましたけど
・・・よく考えますと、ずうっとトップが変わらないのもおかしな話ですし」

ふむ、と一人納得する局長。科学部門統括は冷静に分析した。

「・・・またずれてるな、こいつは」
「あんた何いってんですか・・・」

背後の護衛は、だはあ、とため息を吐き出す。

「いい機会ですから、やりましょう!あ、その前に候補者を募らないといけませんね」

勝手に話を進める局長へと、護衛がさくっと突込んだ。

「・・・局長。今あんた以外に誰が局長できるんですか」
「え?いるでしょう」
「「「「「いません」」」」」

リーブを除く幹部全員の声が見事に重なった。

「ならば局長選挙は却下ですね」

止めとばかりに、さらりとシェルクが纏める。
一人不満そうなのは、リーブだけだった。

「ええええ!?」

そんな局長を放って、幹部たちはさっさと話題を戻した。

「それでは、動物園の話に戻りますか」
「ええー?」
「局長。貴方が局長選挙をすると仰るなら、動物園の案は却下です」
「・・・あ。」

うっかり見落としていた点を指摘され、リーブがはたと止まった。

「いいですね?」
「・・・それは・・・」

どうしようかと悩むリーブへ、シャルアは鋭く口を挟む。

「そもそもあんた、まだ果たすべき役割が沢山あるって自分で言ってなかったか?」
「・・・それはそうなんですが、でもやっぱりトップは相応しい人物の方が・・・」

選挙の実施を諦めきれない、といった様子の局長。
幹部の一人がさらりと提案した。

「・・・寧ろ選挙やります?」

にやり、と笑う幹部の意図が伝わったのか、急に残りの幹部たちも賛同する。

「あ。そうですね」
「そうそう、やりましょうか」
「ただ、選挙期間を挟むせいで、動物園の案が実行される時期が大幅にずれ込みますけど」
「仕方ないですよね」

先程とは一転した幹部たちの態度に、リーブは不思議そうに首を傾げた。

「・・・はい?」
「で、どうします?」
「遅らせていいんですか、動物園」

幹部たちの視線を集める中、それでも局長は首を傾げるばかりだった。

「・・・?ですが、次のトップが動物園の案を推すかどうかは分からないのではないですか?」

新しいトップは、動植物園など知らない可能性が高い。となれば、遅れるどころか自然消滅となりかねないのだが。
幹部たちは、確信に満ちた顔で断言した。

「分かりますよ」
「ええ、そうですね」
「いの一番に提案するに決まっています」
「・・・????」

どうやら自分以外の幹部たちはリーブには分からない何かを悟っている。
しかし全く分からないリーブとしては、やはり疑問符を浮かべることしかできなかった。

「どうしますか?リーブ局長」
「う・・・」

言葉に詰まった局長へと臨時動物園顧問は、さらりと止めを刺した。

「・・・貴方がたが選挙をする期間なんて待ってられませんよ。私は地獄に帰らせていただきます」
「えええ!?困りますよ、顧問の鬼灯さん!!!」
「どうするんです、局長」
「う・・・。仕方ありません。今回は局長選挙を見送ります・・・」

しょぼん、とリーブは肩を落とした。

「そうそう。結果の見えている選挙なんて時間の無駄ですから」
「はい?」
「ただ・・・世界中の動物を捕獲するのは時間がかかりますよね」
「生態もまだ把握できていないものも多いですし」
「うっかり生態のバランスを壊さないようにしないと」

幹部たちの意見に、リーブは顎に手を当て、唸った。

「うーん。生態の把握ですか・・・。・・・あ。」

何か閃いたらしい局長は、隣の臨時顧問へと振り向く。

「鬼灯さん。動物園の動物は、多種多様、であればいいんですね?」
「ええ。まあ」
「それは、ある特定の動物に限定しても、問題ないですよね?」

尚畳みかける局長へ、臨時顧問はこっくりと無表情に頷いた。

「・・・そうですね。数で勝負する動物園が多いですが、敢えて限定し
種類の豊富さを売りにするのもありだと、思いますよ」
「そうですか。ありがとうございます」

ふふふ、と悪戯を思いついた子供のように楽しそうな局長。
幹部たちは口を挟んだ。

「何を企んでるんですか、局長」

組織のトップは自信たっぷりに問いかけた。

「皆さん。私たちに最も身近で、ですが、余り種類の知られてない動物がいるじゃないですか」
「・・・え?」
「騎乗用として、ですよ?」

付け足されたヒントに、その場にいたWRO関係者が同じものを思い浮かべた。

「あ・・・ああ!」

満足げに、リーブは頷いた。

「ええ。チョコボですよ」

鬼灯は相変わらず吊り目のまま、リーブへと尋ねる。

「・・・チョコボ、とはどんな動物なのですか?」
「主に騎乗用に飼育されている大型の鳥ですよ」

そういって、リーブはぱちぱちとPCを操作し、テーブル中央に立体ホログラムを映し出す。
つぶらな瞳の黄色い鳥が、クエッと愛らしく一声鳴いた。

鬼灯はカッと瞠目した。
重低音で呟く。

「・・・めっちゃ抱きたい」

鬼灯の表情と内容のギャップに幹部たちは戦慄し、ただ一人楽しそうな上司は、のんびりと言った。

「・・・抱くにはちょっと大きいかもしれませんねえ」
「・・・そんなに、大きいのですか」
「ええ。3mはありますから」
「・・・それは、残念です」
「ですが、生まれたばかりのチョコボは本当に小さくて可愛いですよ」
「・・・いいですね」

にこにこ、と穏やかな笑みを絶やさない局長と、愛想が全て抜け落ちたような形相の臨時顧問。
対照的な筈の二人の、何処かほのぼのした雰囲気に幹部が恐る恐る口を挟む。

「あのー。局長、チョコボに種類ってあるんですか?」
「ええ。確認されているだけでも一般のチョコボ、山チョコボ、川チョコボ、山川チョコボ、そして海チョコボの5種があるんですよ」

因みにこの5種は

・一般チョコボ=黄色
・山チョコボ =黄緑色
・川チョコボ =水色
・山川チョコボ=黒色
・海チョコボ =金色

と色で区別することができる。
FF7のチョコボ育成に燃えた人ならよくご存じだろう。

「し、知らなかったです・・・」

ぽかんとする幹部。

「それに加え、ゴールドソーサーの歴代チョコボレースチャンピオンをお招きする、というのもありですし」
「・・・成程」
「でもチョコボをメインとするにしても、もう一捻り欲しいところですねえ」

考え込む局長の隣で、暫く静観していた臨時顧問が提案した。

「でしたら、日本の現世には、植物園・・・というのもありますが」
「ショクブツエン?・・・まさか」
「ええ。植物の園。同様に多種多様な植物を集めて入園者が癒される施設ですよ」

ぱっとリーブの表情が晴れた。

「・・・それ、いいですね。チョコボと植物に癒される場所。いっそ『動植物園』、とかどうです?」

ぴくり、と鬼灯が反応する。

「・・・『動植物』、・・・ですか」

「チョコボの生態に関してはチョコボファームのグリンさんたちにお願いしましょう。
歴代のチョコボレースのチャンピオンはゴールドソーサーのデュオにお任せですね。
チョコボの稀少種は、クラウドさんと交渉しましょう」

次々と協力者を挙げていく局長。
幹部が不思議そうに見た。

「え?ジェノバ戦役の英雄のリーダーがチョコボの稀少種をお持ちなんですか?」

最強の剣士と名高い、ジェノバ戦役の英雄クラウド・ストライフ。
そんな彼がチョコボを保有、しかも希少種というのが意外だったらしい。
局長はにっこり笑って説明を加えた。

「クラウドさんは一時期チョコボレースのオーナー側で稼いでいましたし、
飛空艇が発着出来ない場所は、海チョコボが活躍したんですよ」
「へえ・・・」

マップにない島にいけるのは海チョコボだけだったわけだが
一番熱くなったのはやはりチョコボレースだろう。

「植物に関しては、研究所のカールさん、ロッソさんたちにご相談ですね」

幹部の一人が心得た、とばかりに頷く。

「と、なると我々WROは施設建設と資金集め、ですね、局長?」

局長は優秀な幹部たちに頷く。

「ええ。施設内の移動は徒歩、あるいは別途追加料金でチョコボの騎乗もいいですよね」
「成程・・・!」
「この施設が完成すれば運営に人手がいりますから、雇用不足も解消できます。
観光客が増えれば、ますますの経済発展も可能ですね・・・!!!」

リーブは最初の勢い以上に盛り上がる。
漆黒の瞳がきらきらと輝いていた。

「うっわー局長、燃えてますねー」
「でもこれがWROですよね」
「そうですよねー」

何だかんだと言いつつ局長につられて盛り上がるWRO関係者を余所に、
相変わらずテンションなどとは無縁そうな鬼灯が低く、代表者を呼んだ。

「・・・リーブ局長」
「鬼灯さん。どうしました?」
「・・・『動植物』、を入れてもいいですか」

呼ばれた局長はきょとんと首を傾げた。

「・・・?動物も植物も入れますよ?」
「そうではなくて・・・『動植物』、という品種ですが」
「・・・はい?」

   *   *

数ヶ月後。

ゴンガガ地方の少し北に、とある娯楽施設がオープンした。

入園料を支払えば広大な施設を全て見回ることができるが、追加料金を払えば、チョコボに乗って回ることも出来る。

施設はざっくりとチョコボエリアと植物エリアに分かれており、チョコボエリアではチョコボに触れたり、餌をやったり、歴代の貴重なレースにでたチョコボを見学することもできる。チョコボレース解説の臨時顧問には、クラウドが就任したという。

一方の植物エリアは、稀少な植物の多彩な生態をみることができる。
特に人気なのが、見渡す限りの花畑。純白に一筋金色の入った百合のような花が一斉に風にさわさわと揺れ、幻想的な風景であった。

その隣の区画では、
一面に2mの高さの金魚草(地獄産・動植物)が、ふよふよと自主的に揺れている。
茎の先端に咲いた、生きのいい赤い金魚達がぱくぱくと口を動かしており、なかなかにシュールで面白い光景であった。運が良ければ、金魚たちの絶妙に気持ち悪い鳴き声が聞けるという。

ゴールドソーサーとは毛色の異なる施設は、
カップルから子供連れの家族まで大勢の観光客の訪れる、癒し系人気スポットになりつつあった。

   *   *

早朝、開園前の施設を立派な海チョコボが2匹、軽快に駆けていく。

先頭のチョコボには、動植物園の造営および主に金魚草の飼育に関して顧問を担当した鬼灯が騎乗していた。
彼は一面の金魚草の前でゆっくりとチョコボを止め、すっと降り立った。僅かに目を見開く。

「・・・これはこれは、見事ですね」
「そうでしょう?」

彼の後ろのチョコボに騎乗していたのは、視察で訪れていたリーブである。
同じくチョコボからよいしょ、と降り、鬼灯の隣に並んだ。満足そうに微笑む。

「ロッソさんは優秀な植物学者の卵ですからねえ。・・・どうでしょう?鬼灯さん」
「・・・貴方。なかなか決断力と実行力がありますね。どうです?地獄で阿呆な管理職と交代しませんか?」

鬼灯は相変わらずの眼光で、さらりと勧誘した。

「そうですね、と言いたいところですが・・・私、まだまだ、この世でしたいことがありますから」
「それは残念です。でも、貴方があの世に来られるときに、もう一度勧誘させて貰いますよ」
「・・・その前に、私は私の罪で盛大におもてなしされてそうですけどねえ・・・」
「・・・何をやらかしたんです、貴方」
「数え切れないほどですよ・・・」

くすり、とリーブは笑った。

   *  *

金魚草をバックに語り合う二人を局長の護衛たちが暢気に見守っていた。

「なーんかあの二人、気が合うというか」
「仲いいですよねー」
「もし鬼灯というオニ?が本当にあの世の使いなら、局長と二人で現世もあの世も支配できそうですよねー」

何気ない部下の一言に護衛隊長は一瞬想像し・・・。

「・・・怖ええええええええ!!!!」

恐怖の余り絶叫した。
それは施設中響きわたるほどの大絶叫。
つられた金魚草たちが一斉に、聞いたことのない濁声で、おぎゃあと鳴いたそうな。

「あ。鳴きましたね」
「・・・ここまでの数となると、絶妙に迫力がありますね」

金魚草の前にいた二人は、のほほんとそんな会話を交わしたとか。

   *   *

「そうそう、鬼灯さん。これを」

リーブはごそごそと荷物を探り、白くて丸いものを、鬼灯に手渡した。

「これは・・・もしかして、卵・・・ですか」
「ええ。チョコボの卵、ですよ。顧問をしていただいたお礼です。温めれば1週間ほどで孵化しますよ」
「・・・餌は、何ですか」
「ええ、シルキスの野菜をお渡しします」
「・・・。流石に地獄には、なさそうですね」
「ええ、ですから」
「・・・ですから?」

リーブは悪戯っぽく笑った。

「餌がなくなった頃、どうかまた、遊びに来て下さいね」

鬼灯は虚を突かれた様に暫し沈黙し・・・。
やがて、重々しく頷いた。

「・・・成程。その時には、品種改良した金魚草をお渡ししましょう」
「・・・それはそれは。楽しみにしていますよ」

こうして。

地獄に卵を持ち帰った鬼灯は無事に卵を孵化させ・・・

その後、さくさく歩く鬼灯の後ろをてけてけと何処までもついていく、
金色の可愛らしい鳥が目撃されたという。

一方の局長室では。

「・・・あの、局長・・・。その鉢、なんなんですか・・?」
「これですか?」

心なしか顔の引き攣った部下へと、リーブはにっこりと笑った。

「地獄の友人がくれた、金魚草ですよ」
「・・・は?」

局長デスクの上で、茎も葉もある金色の金魚が一匹、ふよふよと揺れていた、という。

fin.