占いロボットと科学者

WRO本部のラボで、科学者は隻眼を鋭く光らせていた。
視線の先は、やけに小さい鉄格子の中の実験体である。
実験体は先ほどからがしゃがしゃと檻を揺らしたり、助けを求めて叫んでみたりしているのだが、科学者は一向に反応せず、ただ観察している。

科学者が本気だと悟った実験体は、がっくりと小さな肩を落とした。
おとなしくなった実験体をみて好機と判断したのか、科学者は檻からのコードで繋がっているパソコンへと向かった。
科学者の行動が余りよい方向ではないと気付いたのか、実験体はぴょんぴょんと飛び跳ね、更に科学者の名前を呼んで必死に止めようとする。
科学者は気にもとめず、キーボードに手を伸ばしとき、背後でラボの扉が開いた。

「・・・あれ?何やってるの?」
「ルクレツィアか。実験だ」

科学部門の同僚である女性の問いかけに、隻眼の科学者は素っ気なく答えた。
ラボの中央に無造作に置かれた小さな檻。
ルクレツィアは不思議そうに檻に近づいた。

そこには、猫がいた。

猫・・・といっても、縫いぐるみ。
白と黒の縫いぐるみは、頭に小さな王冠を乗せて二本足で立ち、白い手袋を填めた両手は檻を掴んでいた。
まるで人間のような仕草をする縫いぐるみ。
新たな人物を認めた『彼』は、救いを求めた。

「ルクレツィアさん!
後生ですから、ここからボクを出してやってくださいー!
なんや、捕まってしもうたんや!!」

特徴のあるアクセントを操り、喋って動く縫いぐるみ。
世界広しと雖も、ここまで精巧な動きができる縫いぐるみは他にない。

見覚えのありすぎるその名称を、ルクレツィアは呆然と呟いた。

「・・・ケット・シー?」
「そうだ」

さっくり答えた隻眼の科学者ーシャルアは一旦パネルから離れ、ルクレツィアの隣にやってきた。

「廊下で歩いているところを捕獲した」
「捕獲って・・・」

端的な物言いにルクレツィアは苦笑した。
ソファに座り、テーブルの上に捕獲された縫いぐるみを観察する。

この縫いぐるみは、精巧なロボットである。
しかも操作は無線ではなく、ある人物の能力によってのみ、動いているのだ。
逆にいえば、このロボットの経験はすべて操縦者に伝わっている。

WROの職員のみならず、今や世界中で知らぬ者はないと言っても過言ではない操縦者を浮かべ、
ルクレツィアは首を傾げた。

「でも、これって・・・局長もご存じでしょう?」

WRO局長こと、リーブ・トゥエスティ。
ケット・シーを操る能力、インスパイアの持ち主である。

「そうだな」

あっさりと認めた科学者は、しかし知的好奇心に負けた、と続けた。
呆れ顔半分、そっとため息をこぼして、ルクレツィアは囚われの縫いぐるみに声をかけた。

「ねえケット、本体はどうしてるの?」

檻の中でうなだれていたケット・シーがひょこっと顔を上げた。

「『本体』でっか?まだまだ会議中ですわ・・・」

答えた声に力はない。
つまり、リーブ自らここへ助けにくることはできない、ということである。
勿論捕獲した相手が敵であれば容赦なく本拠地を叩くか、それともこの縫いぐるみを見捨てるかするだろうが・・・
相手は気心のしれた仲間である。
どう対処するべきか迷っている間にルクレツィアが登場した、ということらしい。

・・・最も、それだけでもなさそうだけど、とルクレツィアは困ったように笑った。

「・・・ねえ、離してあげたら?
ケットが動いていたなら、何かご用があったんじゃない?」
「そ、そうでっせ!」

ルクレツィアの援護に、ケットが勢いよく立ち上がった。
だが。

「ん?・・・ああ、ケットが持っていた土産なら、ちゃんとシドに渡したぞ」

なかなか手に入らない高級酒らしいな、とシャルアが頷く。
視線の先では、用事を果たされてしまった猫がしょんぼりと座り込んでいた。

「・・・ボクの仕事取り上げんといてください・・・」
「これで気兼ねなく実験に貢献できるではないか」
「そやけどボクを実験したところで、でる結果はロボットやった、くらいでっせ?」
「・・・作りは変わらないのか」
「変わりまへんな」
「アンテナとかないの?」
「ありまへん」
「「・・・う~ん」」

まるで人間のように滑らかに会話するロボットに、二人の科学者は改めて唸った。

片方は、真理を解き明かしたいと願い。
もう片方は、勿論知りたいけれど、それ以上に

・・・折角二人きりなんだから、暫く放置してもいいかも。

と考えていた。
何しろ、彼女と本体ときたら、互いに認めあっているくせに大人すぎて、関係はドライなまま。
少しくらい距離を縮めてもいいんじゃないかと傍目に思ってしまう。

確かに彼女は天才的な科学者で、探求心は人一倍強い。
しかし、この占いロボットに対しては・・・破壊するようなことは出来るはずがない。

ルクレツィアは一頻り思考を巡らせた後、自身を納得させるように頷いた。

よし。

「シャルア。私資料室に行ってくるわ」
「わかった」
「ええ!?」

余りにも唐突な発言に、シャルアは追求もせずに軽く答え、ケット・シーは焦ったように両手をばたつかせた。

「では、再開しようか」

何を、と問うまでもない。

「・・・どうせやったところで、結果はロボットやったって、変わらへんけどな」

ルクレツィアに逃げられてしまい、救助の望みが絶たれたケット・シーは諦めたように呟く。
ぴくり、とシャルアが反応する。
シャルアは無言で檻を開けた。
そして、うわわっと驚いているケット・シーの首根っこを片手に掴み、問答無用で持ち上げた。
目の前まで上げたロボットを凝視する。

「・・・あ、あのー」

科学者はひたとロボットのカメラアイを見据えたまま。
徐に右手を上下に揺らした。
つまり、ロボットを掴んだ手を。

「うわわわわーーー!!!」

な、何するんでっか!!!と怒鳴りつけるも緊張感に欠ける。
シャルアはさらに振り回した。

「なんでやーなんでふりまわすんやー!!!」

ケット・シーはへろへろだった。

「隠し武器はないのか?」

シャルアはひとまず振り回すのを止め、簡潔に尋ねた。
まだケット・シーを右手にぶら下げたままだったが。

「武器でっか?」
「そうだ」

ケット・シーはきょとんと見返す。
どうやらこの破天荒な振る舞いは、武器を探していたらしい。

「メガホンもってまっせ。これでデブモーグリに命令するんですわ」

ほれほれ、と何処からか取り出したマーベラスチアーと呼ばれるメガホンは、何処からどうみても武器には見えなかった。

「もっとまともな武器はないのか。銃でも、短剣でも幾らでもあるだろう」
「まともって、酷いですなあ。ちゃんとした武器やないですか」
「潜入任務で見つかったときに身を守る気はないのか」
「いや?ボクは単なる占いロボットでっせ?そないな無粋なもの持てへんわ」

それに、とケット・シーは糸目を細めて笑った。

「武器なんて持ってたら、子供らに笑顔を届けられられへんやないですか」
「・・・!」

シャルアは微かに目を見開く。

無機物を自在に操り、命を吹き込む能力。

それがどんな無機物でもいいのか、それともケット・シー限定なのかはわからない。
もしケット・シー限定だったとしても、このロボットに殺傷能力を搭載し、改良することも可能な筈である。
・・・恐らく防ぐことも不可能なほどの精巧な殺人マシンへと。

しかし。

シャルアはケット・シーが、あるいはデブモーグリが人を殺すところをみたことがない。
やもなく応戦することはあっても、進んで戦闘に加わることはない。
そして、シャルアはケット・シーとデブモーグリ以外が動くところをみたことがない。

リーブがインスパイアの持ち主である限り、その能力が世界を脅かすと怯える者などいないのかもしれない。

科学者でありながら目的のために長く戦いに身を置いていたためか、それとも本来の性格のためか。
殺伐とした思考になりがちな自分は、恐らく自分以上に過酷な現実を見据えている男にいつも光を示されている。

全ての命を暖かく見守る慈愛の心。

・・・成る程、これが巨大な組織の上に立つ者の包容力、か。

「・・・シャルアはん?」

どないしました?と首を傾げる愛らしい仕草に、シャルアはふっと笑みを浮かべた。
ぶら下げていたケット・シーを、そっと床に放してやる。

「・・・仕方ない。実験は諦めよう」
「ほんまでっか!!!いやあ-助かりましたわ-」

素直に喜びを表し満面の笑顔のケット・シー。
この燥ぎようは、あの食えない操縦者では絶対見られんだろうな、と内心呟く。
そうしてシャルアは、ふと以前操縦者から聞かされた言葉を思い出す。

ーケット・シーは、生きているのですよ。
ただの遠隔操作ではなく、心を、命を宿すことが出来る、と。

・・・命?

シャルアははっと表情を変えた。

「シャルアはん?」

自分を見上げる、小さな縫いぐるみを再度凝視する。

「・・・そのかわり、一つ聞きたい」

思いの外、堅い表情になっていたらしい。
視線の先で、常に笑っているはずのケットが僅かに身構えたようだった。

「・・・なんでしょう」

訛が消えたのは、ケットの緊張の現れか、それとも。
ケットに重なる真意の見えない男に対して、シャルアは言い放った。

「ケット・シーの『命』は、何処からきている?」

そうだ。
シャルアは自分の中でずっと引っかかっていた疑念の正体をはっきりと自覚した。

インスパイアが単なる遠隔操作であれば、ここまで強引にケット・シーを拉致することもなかった。
しかし、操作された無機物は命を持つという。
命を与えることは神の領域であり、
操縦者が神でなく人間である限り、人工的に命を創造することは・・・不可能だ。

なれば。

彼らの『命』は、新たに創られたものではない、ことになる。
しかし彼らは現に生きている。
操縦者の意志に反した行動が出来る時点で、それは、確定していた。

では、創られたものでなければ?
そう、あの男はこう表現していたのではないか?

『命を吹き込む』、と。

つまり、新たに創り出すことが不可能でも、今ある命を使っているならば、
この一見矛盾した彼らの存在を説明できるのではないか。

・・・操縦者、リーブ自身の命を。

「・・・」

シャルアの問いに隠された意図に気付いたのか。
ケットは物言わぬ物体に戻ったようにただ沈黙を保つ。
先ほどまでの騒ぎようが嘘のように、静寂が空間を支配する。
反応のないケットに痺れを切らしたシャルアが重ねて言及した。

「・・・どうなんだ」

感情を抑えた低いアルトの声が重くのし掛かる。
その先にいる『彼』を逃がさない。

ふう、と詰めていた息を吐き出す仕草は、もはやケットのものではなかった。

「・・・貸しているだけですよ」
「その仮説はおかしい」
「何故ですか?」
「貸しているなら、ケット・シーが生きている時間に経験を共有すること自体がおかしい。
ケット・シーの経験も、局長の経験も同時並行だ。
これは・・・同時に命を使っているとしか考えられない」

でなければ、先の・・・ジェノバ戦役での彼のスパイ活動など不可能だ。

「・・・」

鮮やかな反論に、彼は再び黙り込む。
科学者に指摘されたことなど、最初から気付いていたのだろう。
もはやごまかせないと観念したのだろうか。

「・・・わかりません」
「は?」
「・・・私自身、この能力については理解できてないところがあるんですよ」

ぽつりと呟かれたのは、恐らく珍しい彼の本音。

「なら、今すぐこいつらを停止しろ」

命を使う、つまり寿命を縮める可能性があるのなら。

「出来ません」
「おい!」

文字通り出来ないのですよ、とケットを介して彼は笑った。

「一度命を吹き込んだものを止めるということは、殺すということです」

淡々と。
事務的な口調で告げられた内容に、シャルアは眉を潜めた。

「・・・わかっていてやっているのか」

それは問いではなく、彼の意志に対する確認。

「・・・貴女は嘗て、目的のために戦いに身を置いていました。
その結果、体の半分が人工物に変わり、今も拒絶反応に苦しめられている」

例え、その為に己の寿命が縮んだとしても、妹を捜すために。
探して、今度こそ助けるために。
その苛烈なまでの決意は。

「・・・私も同じです」
「っ・・・!!」

ぐっと言葉に詰まった彼女に、彼は穏やかな声を重ねる。

「私の目的のために、ケット・シーは必要不可欠なのですよ」

その代償が、己の命でも。
そう、聞こえたように思えた。いや、この男ならばー
WROを立ち上げた時点で、既に己の命を懸けているのだろう。

「・・・もし、貴女が仰るとおりだとしても、それを立証することは不可能です」
「・・・」

今度はシャルアが沈黙する番だった。
寿命が縮んでいるかどうかなんて、生来の寿命の長さを知らなければわからない。
そして、人がそれを知ることなど永久に不可能だ。

「・・・リーブはん。それは、ほんまでっか?」

はっと息を呑んだのは、二人同時だった。
そして、そうだ、と彼らは悟った。

この会話を聞ける者は、もう一人いたのだと。

「・・・ケット・シー」
「ボクの命は、本来はあんたが使うべき命なんでっか?」
「・・・先ほど言ったとおりですよ。私にも、わかりません」
「ならシャルアはんに同意や。今すぐボクを止めなあかん」
「いえ、もし私の命を使っているとしても・・・
恐らく、一度吹き込んだ命を回収することは不可能でしょうね」
「なんでや」
「その命は、もうケット、貴方だけの命ですから。
もし私の命が元になっていて、貴方がその命を放棄したとしたら、
私の命とケットの命、二つが無駄になってしまいます」
「・・・」

二人・・・正確には一人と一体の会話は、
当然のことながら一体のロボットが一人二役で喋っているようにしか見えない。
世にも珍しい会話を、シャルアはじっと聞いていた。

「運命共同体、なんですよ。私たちは。
ですから、ケットが生きていることは私が生きていることと同義です」

だからほら、と彼は穏やかに笑う。

「私が出来ない、仲間にお土産を渡すという、大切な仕事をしてもらうことだって出来るんですよ」

勿論、他人に任せることも出来るが、それではリーブが仲間と話すことは出来ない。
ケット・シーだからこそ、本体がそこにいなくても、仲間の様子を直に知ることができる。

まあ、今回はシャルアにその仕事をとられたわけだが。

「・・・しゃーないな。ちゃんとおっさんのために働くしかないやないか」

はあーあ、と大げさにため息をつく姿は、いつものケット・シーだった。

「ええ、よろしくお願いします」

答える声も、いつもの彼だった。

「・・・おい」

頃合いと見て、シャルアは腕を組んだまま、
見下ろした縫いぐるみに声をかける。

「なんでっか?」
「勝手に自己完結するな」
「自己完結なんて酷いですね。話し合いの結果ではないですか」
「知るか」

ふん、とシャルアは鼻をならす。
踵を返すと、デスクの引き出しから目的のものを取り出し、無造作に投げた。

「わわっ!」

王冠に当たりそうになったそれを、ケット・シーは器用に両手でキャッチした。

「もーいきなり投げんとってーな」

愚痴りながらケット・シーは両手にあるものを確認した。
丸くて掌に収まる、緑色の石。
あの旅の中で散々お世話になり、そして魔晄炉が止まった今、存在すら珍しいそれは。

「・・・マテリア?」
「おまえが死ぬと厄介だ。武器を持たんなら、せめてそれくらい標準装備しろ」
「あ・・・」

マテリアの種類は、ウォールだった。
相手を倒す攻撃魔法ではなく、味方を守る防御魔法。

「・・・ありがとうございます」

心から嬉しそうな声は、誰のものか考えるまでもない。
シャルアはふいと視線を外した。

「でもよく見つけましたね、これ」

マテリアの存在も稀であるが、ウォールはあの旅でも希少価値の高いマテリアであった。

「見つけた、というよりは創ったというほうが正しいか」
「どういうことですか?」
「合成した」

さくっと告げられた内容が理解できるまでケット・シーは石像のように固まっていた。

「・・・なんですって?」
「マテリア合成だ。10年程前からある技術らしいぞ」

昔の研究所の記録を興味本位で探っていたら見つけたもの。
分解されていた部品を組み立てると、その奇妙な機械には、球体を2つ填める穴があった。

「部品の近くで転がっていたマテリアを填めたら、それができた」

原理は調査中だ、と事も無げに告げた天才科学者をケット・シーは呆気にとられたように見上げた。

「そういえば昔、マテリア研究所なんてありましたけど・・・。
凄いですね・・・」
「ケット・シーほどではないがな」
「そうですか?」

一人と一体はくすりと笑った。

「ほな、そろそろお暇しますわ」

ぴょんぴょんと扉へと飛び跳ねるケット・シーは、科学者である彼女にとってはやはり興味の尽きない対象である。
だが、今後自分がケット・シーで実験することはないだろうことも、はっきりと自覚していた。

「あ、それからシャルアはん」

ぴょんとケット・シーが体ごとシャルアに振り返る。

「なんだ」
「これ、おおきに」

ひらひらと、緑色の石を持った手を振る。
そしてにやりと悪戯っぽく笑った。

「お礼は、デート一回でどうでっか?本体がお茶ごちそうしまっせ」

な、何を言ってるんですかケット!?
と同じ猫から聞こえている気がするが、そこは無視を決め込む。
シャルアは重々しく頷いた。

「成程。受けてたとう」
「よっしゃ、約束でっせ!」
「ああ待て。私も言いたいことがあった」
「なんでっしゃろ?」
「・・・またラボに遊びに来い」

このロボット、いや
この男といる空間が心地いいと認めてしまったのだから仕方あるまい。

扉に背を向けたケットが一瞬驚き、目を細めた。
幸せそうに微笑む。

「・・・はい。必ず」

fin.