商談

DGとの戦いより、既に3年が経過していた。

あの戦いを経て、軍事を強化し始めたWROを警戒する者も多いが、
それを商売として歓迎する人種も、勿論存在した。

彼女は、WROに直接商談を持ちかけることを許可された稀有な一人。
プラチナブロンドに薄い碧眼の、20代半ばの白人女性である。
白いスーツを着込み颯爽と歩く姿は、すれ違った人が思わず振り返る美しさ。
意志の強い瞳はいつも底知れない笑みを湛えている。

彼女の名は、ココ・ヘクマティアル。
世界的に有名な武器商人である。

   *   *

今日も彼女は呼び出され、WRO本部の一室で客と向かい合っていた。
ココの隣に座っていたヨナは、子供らしくオレンジジュースを黙々と飲んでいる。
相手には名前しか紹介しなかったが、ヨナはれっきとした少年兵である。
弟、という設定で一緒にいるが、実は護衛も兼ねている。

そんな二人へと、のっけからWROの最高責任者は単刀直入に切り出した。

「半額にしていただけませんか?」
「・・・はあああ???」

ココはあっさりと笑みを崩して呆れ返る。

・・・今度は何考えてるんだ、このオヤジ。

武器商人であるココが売る商品は、勿論武器である。
そう簡単に値引きできるものだはなく、ましてや半額など可能性は非常に低い。

「勿論、こちらからの提案を受けていただいた上で、の話ですが」
「・・・提案?」

ココが顔を顰める。
ええ、と答える相手は、にこにこと笑顔のままで、胡散臭い。

「これです」
「・・・」

最高責任者が取り出したそれを、ココはただ睨みつけた。
ヨナはちらっと視線を投げたが、また興味なさそうにジュースを飲んでいる。

「使用済みですが、金属ですから再加工は容易なはずです」
「・・・」
「金属の配合が異なるということもありますので、種類に分けていますよ。
そして、これを使えば材料費は大きく下がることになりますよね?」
「・・・あのーリーブ局長?」

畳みかけるような相手に、ココは漸く口を挟む。

「アルミ缶じゃああるまいし。何だと思っているのですか」
「弾丸ですよ?」
「・・・」

あっさり返されてしまった。
ココは真意を探るように漆黒の瞳を見返す。
局長の笑顔は崩れないまま。
これ以上黙っていても仕方ない、とココはソファに凭れ掛かる。

「・・・確かに仰る通り、再利用は可能かもしれません。
ですが!うちは売る専門です。回収して再利用など、」
「CCAT社のカリー社長に見積もりを出していただきました」
「ぶはっ!」

間髪入れずに挟まれた内容に、ココは派手に呻いた。
ヨナがちらとココを無表情に見上げる。

カリー社長とは、主に小型兵器の売買に従事している同じく武器商人である。
恰幅のよい壮年男性で、ライバルであり、互いの客を奪い合う仲だ。
戦場で何度も顔を合わせては、互いに相手を嵌めようとするものの、未だにどちらも生存しているくらい悪運が強い。

つまり、あまり話題に出されたくない相手である。

「ざっと計算したところによると、やはり半額は狙える、
そして売る側も材料費を削っているために利益は変わらない筈だと」

にっこり笑う客の背後にいつもの相手が被り、ココはちっと舌打ちをした。

「・・・あのじじいめ」
「何か?」
「い、いえ、なんでも」
「それで、是非HCLI社にも見積もりを出していただきたいと」

ココは一応考える振りをしてみせた。

「・・・。面白い案ではありますが、これでうちがはねたら?」
「カリー社長にお願いするしかなさそうですね」

矢張り、さらりと返されてしまう。

「むうっ・・・。ですが、動く金額が下がるとなると、うちは損です」
「と、いいますと?」
「かといってWROをイングランド社にもっていかれても・・・うーん。
分かりました。話だけでも持ちかけてみますが、知りませんよ?」
「ええ、お願いします」

食えない笑みが癪で、ココは堂々と宣言した。

「それで私がクビにされそうになったら、却下ですからね!」

客はきょとんと驚いた風を見せ、そしておっとりと微笑んだ。

「・・・そのときは、どうでしょう。うちに来ませんか?ココさん。そして、ヨナ君」
「・・・え?」

思いがけず名前を呼ばれたヨナは、局長と呼ばれる相手を見上げ、

「・・・はいいい?」

ココは盛大に顔を引き攣らせた。

「貴女方なら歓迎しますよ」

にこにこと、穏やかな笑みで尚も勧誘し、ココはぴくぴくと蟀谷が動くのを自覚した。

・・・このオヤジ、もう呆けたか?

「・・・リーブ局長。貴方、武器商人を引き入れてどうするんですか」
「無職でしょう?問題ありませんよ」
「無理です!!!!無理なものは無理!!!第一、給料が安すぎます!」

動かす組織の規模と金額は半端ないWROだが、
利益を追求する会社ではない民間組織であるため、薄給でも知られている。
そのトップは軽やかに笑った。

「それは無職の貴女を雇うのですから、諦めてください」
「結構です!!!」

   *   *

「はあー。全く予想外のことをいうねえ、あの狸。
ま、でも言ってみるだけ言ってやるか」

会談後、ココはヨナを連れて発着場へと向かっていた。
WRO本部自体が山奥にあるため、移動は主にヘリとなる。

「ん?ヨナ?どうしたの、ぼーっとして」
「・・・さっき、ココを雇うって言ってた」
「フフーン。あれは多分、半分冗談だ」

ココは内心を見せない、彼女独特の笑みを浮かべる。
ヨナは無表情に見上げたまま、確認した。

「・・・じゃあ、半分は本気ってことだね」
「そこが、あの男の食えないところだね。
あの男は軍人じゃない。元建築士だ。けれど軍隊のトップをやっている。
何故だと思う?」

ヨナは先生に指名された生徒のように、素直に答える。

「・・・必要だからかな」
「そうだね。あの男は確かに武力を必要としている。
だが、あの男の一番の武器は、私が売る類のものじゃない」
「え?」
「・・・あの男は、人を乗せるのがうまいんだ。
いや・・・相手の本質を看破し、瞬時に居場所を作ってしまう。
だから、戦闘力の欠片もない男に、人が集まる」

冷静に分析するココに、ヨナは僅かに首を傾げた。

「・・・ココも、そうなのかな」

ココは護衛として私兵を雇っている。
ヨナの他にも8人いるが彼らは皆凄腕である上に結束が硬く、ヨナも彼らを大切な仲間だと認識している。
そして、そんな彼らを見出したのは、他でもないココである。

「ん?ああ、私は違う。能力を買っているだけだよ。
・・・それよりヨナ。リーブが君をみたときの反応、覚えてる?」

ココはうっすらと笑みを浮かべ、ヨナは少し視線を落とし、回想する。

ココがヨナを紹介したとき、リーブはほんの一瞬、穏やかな笑みを消した。
それは弟、という言葉をそのまま信じた反応ではなく。

「・・・何だか悲しそうに見えた」
「そ。この地域で最も武器を所有しているのはWROだ。
だが、その使用率はさほど高くない。どういうことか、分かる?」
「・・・使いたくないのかな」
「流石だヨナ。
WROは確かに武器を購入している。
だが、あの男は武器の意義を使用ではなく、装備に置いた」
「・・・持っているだけってこと?」
「そうだ。一見安定して見える地域だが、水面下ではいつでも争っている。
勢力争い、というが、生憎ほかの連中はそこまで武器を所有していない。
戦闘したところですぐに制圧されるのが落ちだ。
だから、今は動かない」

きい、と扉を開けると、屋上ヘリポートだった。
眩しい晴天の下、強い風に煽られながら、ヨナは少し声を張り上げた。

「・・・彼らが武器を持ったら?」
「即座に開戦だ。しかも最悪の結果を生む。ここら一帯は焼け野原になるだろうな。
だからWROは武器を望む。だが、一つ」

ココは空を仰いだ。
彼方に見える黒い点が近づいてくる。

「・・・あの男は、武器を望んでいない」
「それって」
「ヨナに似ているのかもしれない。
だけどあれでも死線を何度も潜り抜けてきた男だ。
ヨナが少年兵だということも見抜いただろう。だから」

ヘリが轟音と共に降りてくる。
その間隙を塗って、静かな声がヨナに届いた。

「・・・君が武器で人を殺すことを、あれは悲しいと、思ったのだろうな」

   *   *

ヘリが飛び立った頃。
WROの最高責任者はいつものように書類整理に戻っていた。
背後の護衛隊長がのんびりと呟く。

「相変わらず、びっじんな商人でしたねー」
「彼女は生まれてすぐ、父親から武器商人として叩き込まれた凄腕ですよ」
「・・・で、しょうね。気配が一介の武器商人を超えてます。
まーるで化けもんだ」
「・・・そうかもしれませんが・・・」

含みのある言い方に、護衛がちらとトップを見下ろす。

「ん?何かひっかかるわけ?」
「・・・彼女は何処か、私たちに近い気がするんですよね」
「はあ?」

トップは手を休めることなく、さらりと口にした。

「彼女はきっと、武器を憎んでいます」
「・・・嬉々として売ってるようにしか見えませんでしたけど」

腑に落ちないといった護衛に、トップは処理済みの書類を積み重ねた。

「あれは恐らく仮面です。文字通り一歩間違えばすぐに殺される世界でしょう」
「・・・ま、あんたもね」
「ええ、だから分かるんです」

護衛は苦笑した。

「・・・成程、似たもの同士ってやつですか」

fin.