回収

『・・・何よ。貴女から電話なんて初めてね』
『はい』
『で?用件は何?これでもあたしは忙しいのよ』
『・・・貴女にDGに破棄された物品を回収していただきたいのです』
『ふーん。DGの解析に必要なものなの?』
『いえ、違います』
『どういうことよ?あの男からの命令じゃないの?』
『今回の電話は、私の独断です。
それから、これは命令ではなく、依頼、です』
『依頼、ですって?』
『・・・貴女に、お願いしたいのです』
『・・・へえ。貴女、変わったわね。
氷のように凍り付いていたのに・・・
そうね、柔らかくなったんじゃない?』
『貴女もです』
『そうかしら?まあ、花なんて扱うようになったのは確かに変化でしょうね。
で、何を回収すればいいのよ?』
『ーー、です』
『・・・何ですって?』
『詳細は、貴女が回収してくだされば、お話します。
位置は絞り込みましたので、すぐに転送します』

少し考えるように間が空いた。

『・・・それでは、頼みましたよ』
『ちょ、ちょっと・・・!!!』

   *   *

WRO本部、正門前。
突然現れた人物に、WROは騒然となった。

少々癖のある、ワインレッドの髪。
鋭すぎる赤い瞳、口紅。
無駄な脂肪の一切ない体躯は、戦闘能力の高さを物語る。
嘗て、全隊員が戦慄と共にマークした、DGSツヴィエートの一人。

朱のロッソ。

一応彼女のその後もWRO内では報告されていたため、慌てて戦意を示すものはいなかったが、
それでも困惑は避けられなかった。

漸く通された扉。ロッソはふん、と鼻を鳴らす。
硬質なブーツで通路の中央を不敵な笑みで歩む。
目のあったWRO隊員が思わず、ひい、と声をあげそうになって、近くにいた上官に小突かれた。

中央ロビーにて、その歩みが止まる。
真正面に、茶色の髪の少女が立っていたからだ。

かつて、無式のシェルクと呼ばれた少女。

訪問者はあと3歩の距離で止まり、対峙する。
周りのWRO隊員が息を飲んで見守る。
沈黙を破ったのは、訪問者だった。

「久しぶりね」
「・・・はい」
「例の物を届けに来たんだけど」
「・・・わかっています」

静かに、しかし水面下に含みを持たせた空気に、周囲が緊張する。
女性はふーん、と探るように少女を見て、一歩、近づいた。

あわや戦闘か!?と周囲が身構えるよりも先に、
ロッソは言い放った。

「で。・・・貴女、まだその身長なの?」

がくっと、ギャラリーが脱力した。
そして、まじまじと二人を見比べてしまった。

ロッソは、鋭利な雰囲気をもつが、
整った顔立ちと魅惑的なボディの女性。
身長は163センチ。

一方のシェルクは、ショートカットの茶髪に
口調と滅多に崩れない表情から落ち着きすぎる感があるが、可愛らしい顔立ちの少女である。
因みに、身長は・・・137センチ。

優に30センチ弱の身長差があるため、
見比べた隊員たちはうっかり確かに・・・と
納得してしまった。

「煩いです」

常に沈着な少女の声音が、いつもよりトーンが低い。
どうやら怒っているらしい。

「ふっ。もう伸びないわね」
「余計なお世話です」
「何て言ったっけ?カルシウム、とやらが足りないんじゃないの?
というか、貴女、ちゃんと食べてるの?」
「貴女に、私の食生活をとやかく言われる筋合いはありません」
「ふーん。でももう数年経ってこの身長なんだから、
食生活改善した方がいいんじゃない?」
「食生活と身長から離れてください」
「あら、健康は重要じゃないのかしら」
「私は健康そのものです」

間髪入れずに返すシェルクは、別の意味で敵意を示していた。
その、何処か姉妹のような微笑ましいやり取りに。
隊員たちは、そっと持ち場に戻っていった。

   *   *

ここで言い合っても仕方ない、とため息をついたシェルクはロッソを統括室に案内した。
ロッソはソファに悠々と腰掛け、向かいにシェルクがちょこんと座る。

「・・・へえ。貴女、WROで幹部やってるのね」

言葉は短いが軽く驚いている様子に、シェルクは僅かに表情を緩めた。

「情報収集という点で、私の能力を活用しています」
「そう。よかったじゃない」
「で。これで、いいのね?」

ポケットから取り出した銀の輪・・・指輪だった。
シェルクはそれを手に乗せて、くるりと裏側までさっと観察し、頷く。

「はい。ありがとうございました」
「・・・貴女に礼を言われる日が来るなんて、ね」
「で、それは何なの?説明してくれるんでしょ?」
「・・・これは、局長が破棄したものです」
「あの男が?なんでわざわざDGに?それに、なんでとってこさせたのよ?」
「局長・・・リーブ・トゥエスティは、ある女性の好意を拒絶しています」
「・・・は?」
「その結果が、指輪の破棄だと、私は推測しています」
「・・・よくわからないけど、あの男、女を振ったのね?」
「はい。ですが、完全に拒否したわけでは・・・ないと思います」
「どういうことよ?」
「本当に拒絶するなら、相手に宣言して返却すればいい。それをせず、秘密裏に破棄するということは」
「・・・成程。別の理由で、受け入れられないってことね?」
「・・・はい」
「・・・でも待って。
この指輪、あの男が贈ろうとしたものではなく・・・女から贈られた、ってこと?」
「はい」
「つまり、あの食えない男に・・・
一度は指輪を受け取らせただけの、剛胆な人物がいるってことよね」

凄いわ、と珍しく素直に感心しているロッソに
シェルクは、くすっと小さく笑った。

「何を笑っているのよ?」
「・・・贈り主は、シャルア・ルーイ」
「・・・ルーイ?」
「私の、実の姉です」

ロッソは軽く紅茶を吹き出しそうになった。

「ごほっ!ちょっと、それ、本当!?」
「間違いありません」
「あはははは!!これは傑作ね!
そうか、貴女の姉・・・。
・・・そう、貴女、家族を取り戻せたのね」

シェルクははっと息を呑む。
ロッソはふっと表情を改め、少し穏やかな表情で微笑んでいた。

「家族のため、か。いいんじゃない。報酬はいらないわ。色々と楽しめたから」
「いえ。報酬は受け取っていただきます」
「お金かしら?」
「いえ。きっと気に入っていただけます」

   *   *

食堂にて。
ロッソは目の前に現れた巨大な物体に、目を見張る。

「これ、何なのよ?」
「どうぞ」

ビールジョッキの3倍はあるガラス容器の底にしかれた、コーンフレーク。
その上にはふわふわのホイップと、散りばめられた透明の赤いゼリー。その上にピンクのアイスとバニラアイスが交互に重なり、頂点には葉の形のビスケットと、赤い果実と、紫の小粒の果実が彩るそれは。
スプーンを渡され、恐る恐る掬い、口に運ぶ。

「・・・!!!」
「どうです。美味しいでしょう。WRO本部名物、巨大ストロベリーパフェです。
最も、一人で完食できた者は少ないそうですが」
「貴女、こんなの食べてるの!?ずるいわ、もっと寄越しなさい!!!」
「あっと言う間に完食しないでください。ですが、いいでしょう。幾らでも奢ります」

モデルかと思えるほどの美女と、可愛らしい美少女が
一つのテーブルを挟んでパフェを食べている姿。
彼女達の正体に気づかない隊員たちではなかったが、
一心不乱に巨大パフェに挑む女性と、小さなパフェをちょっとずつアイスを掬う小さな少女が微笑ましく。

「いいなーあのテーブル」
「しっかし、よく食べますねー」
「・・・平和ですねえ」

不意に割り込んだ声が、やけに聞き覚えがあるけど
・・・あれ?と振り向いた隊員たちは硬直した。

ベージュの隊服の中でただ一人、インディゴブルーの長衣を纏う人物。

「「きょ、局長!?」」
「どうやら仲良しになったようですね」

にこにこ、と彼は満足そうに笑った。

「でも、どうしてロッソさんがこちらに?」
「シェ、シェルク統括がお呼びになったそうです!」
「何か用でもあったんでしょうか?」

はて、と首を傾げた。

「いいじゃないですか。見目麗しい姉妹みたいで」
「そういえば、シャルアさんはいらっしゃらないようですが」
「言われてみれば・・・。ま、いいじゃないですか」
「そうですよ、いいじゃないですか!」
「・・・そうですね」

   *   *

「ふう。まあまあね」
「5つも完食して、その感想ですか」

満足げなロッソに、空の容器を片付けたシェルクは多少呆れた顔だった。

「ま、報酬は受け取ったわ」
「そうですか」

ロッソはテーブルに頬杖をついた。
そして、少し考えるように目を伏せた。

「それから、一つ、あの男に伝言してちょうだい」
「伝言、ですか」
「『面倒なところに捨てないでちょうだい!
採取するのは花だけで十分よ!
人にばかり与えてないで、自分の分を受け取ったらどうなの!?』
って」

思わぬ言葉に、シェルクはほんの少し、目を見開く。

「・・・ロッソ」

驚く彼女の前で、ロッソは艶やかに笑ってみせた。

「また何かあれば呼びなさい。そのときは、別の報酬を用意しなさいよ」
「・・・分かりました。季節のデザートを用意します」
「そう。楽しみにしてるわ」

ロッソはテーブルから立ち上がり、食堂の出口へと早足で向う。
彼女の姿を認めた隊員たちが道を開け、ロッソは真っ直ぐに進んでいく。
立ち去ろうとするその背中に、珍しくシェルクは叫んだ。

「ロッソ!!」
「・・・何?」

振り返るロッソに、嘗ての残忍な影は見当たらなかった。
シェルクはじっと赤い瞳を見据えた。

「ありがとう」
「・・・また、来るわ」
「待っています」

ふっと笑い、彼女は風のように去っていった。

fin.