報告書

「ああ・・・今度は貴方でしたか」
「ザックスです。えっと、よろしくお願いします、リーブ部長?」
「そのことですが・・・ちょっといいですか?」

神羅カンパニー、都市開発部門の統括部屋。
ソファに腰かけるように勧められ、俺はちょっと戸惑いながら座る。
ソルジャーなんて体の頑丈さだけが取り柄な体力馬鹿ばっかりだから、
大抵こちらは立ったまま、相手は座ったままの状態で話が進められるのが普通だったのだが。
テーブルを挟んで向かい側に座った部長が、生真面目そうな顔つきで淡々と告げた。

「来週の護衛ですが。・・・必要ありません」
「・・・。は?」
「といっても、神羅の命令ということでしたら、まるきり無視という訳にも行きませんよね?
護衛任務が遂行されたという報告書は作れるように、後ほど下書きをお送りします。それを見て報告書は作ってくださいね。
では、当日は休みにされて結構ですよ」
「え?ええと、部長?」
「では」

話は終わりとばかり、俺はさっさと追い出されてしまった。

*   *

・・・ええと?

俺はちょっと廊下で立ち尽くして回想する。
ソルジャー仲間でまことしやかに流れていた「都市開発部門統括部長の護衛任務=休み」という噂は本当だったらしい。
てっきり他の幹部よりは地味な護衛になるから、派手な戦闘も無茶振りもない護衛内容になって、実質的には休みみたいなもの、という意味だと思っていたのだが・・・。
あろうことか当のご本人から護衛任務自体を断られるとはなあ・・・。

「然も報告書のフォロー付き。そりゃ噂にもなるわけだ」

うんうん、と一人頷く。

「・・・こりゃあますます気になるってもんじゃない?」

にやり、と笑う。
都市開発部門統括部長といえば、我が神羅カンパニーを取り仕切る幹部の一人で、まあ発言権の冴えないろくでなしという陰口が立っているけれど、初対面の印象としては他の幹部よりはよっぽどましな感じがする。・・・まあ護衛を断られただけだけど。
リーブ部長はどんな幹部なのか。何故護衛を断るのか。
逆に気になってしょうがない。

「幻の護衛任務、やってやろうじゃないですか、部長?」

*   *

・・・広い。

護衛任務の当日、俺は兎角広大な視察現場に足を踏み入れていた。

海上を埋め立てて作ったらしい土地は見渡す限り建築途中の鉄筋の群が立ち並んでいる。新たな鉄筋を持ち上げる重機が行き交い、ドリルで穴をあける破壊音や、鉄を溶接する音やら入り交じる。
設計図を片手に指示をする者、道具を腰にぶら下げて現場へ向かう者、鉄筋の傍に設けられた足場をするすると上っていく者。沢山のスタッフが従事するまさに都市開発に相応しい大規模な工事現場、なのだが。

「・・・どうやって見つけろっていうんですか・・・」

がっくりと肩を落とす。
そう、問題は護衛対象者がさっぱりと見つからない、ということだった。
護衛は必要ありませんと言われてはいるけれど、逆に興味が沸いた。だから、当日は真面目に護衛をするつもりだったのだが。
部長が前日のスケジュールを変更して神羅ビルに戻ってきていなかったものだから、俺は護衛対象者を追っかける羽目になったのだ。

「これはまずいかな・・・」

ぽりぽりと頬を書いてみても状況は変わらなかった。
何せ天下の神羅カンパニーの統括部長様だ。さぞかし最高級のスーツで高見の見物でもしているだろうと思っていたから、すぐに見つかると思っていたのに。

安全地帯だろう臨時の会議室やら控え室やらに乗り込んでも、当の統括部長は不在。
部長の部下から返ってくる答えは「部長は現場を見に行かれましたよ」の一言のみ。
然も厄介なことに、部長は現場を見るためにヘルメット被るわ上着を脱いで静電気防止の工事現場スタッフが着るようなジャケットを羽織ったという。

そんなもの、遠目に見分けつくわけがない。

「かといって帰るわけにもいかないしなー」

護衛なんぞ、部長様からみたら不審者がいなければ便利な荷物持ちか雑用係くらいの認識で、せいぜいこき使う人材が増えてお得、ぐらいの認識だろうに。それを完全に断るなんてやっぱり理由が気になる。
気になるので今更何もなかったことにして休みにするのも癪だった。
どうせここ最近のお決まりのモンスター討伐任務にも飽きてきたところだ。
こうなったら意地でも都市開発部門統括を見つけ出して、どう断られても護衛任務を全うしてやるしかない!

てなわけで、俺は会議室を出て工事現場に戻ってきたのだが・・・さて、どう当たりをつけていくか。

赤茶色の土が舞う中、一際巨大なクレーン車が鉄鋼を持ち上げている。
ありゃあ落ちてきたら確実に死にそうだなーと思いつつ、赤い鉄鋼の行方をなんとなしに眺めてみる。

「たっかいなー」

ぐんぐん高度を上げて鋼鉄が骨組みの一番上に搬送されていく。
クレーン車やブルドーザーなど、ああいった工事現場の専用車というのは運転したらちょっと楽しそうだ。是非とも動かしてみたい。といってもザックスにはこういった特殊な車の免許があるわけでもなく。
もし万が一神羅を首になったら・・・その場合は命の保証もないだろうから命がけの逃亡になるだろうから、保険として免許を取っておくのもいいかもしれない。

それは兎も角として。

あれだけの高さだ。
幾ら工事にいる人たちが皆ヘルメットをしていて見分けがつきにくいとはいえ、高度のある場所から見下ろせば一帯の状況が把握できるだろうし、あわよくば一般社員とは異なる動きをする人物が見つかるかもしれない。

ちょっくら足場にお邪魔するかな、と歩き出したときに気付いた。
一際大きいクレーン車の扉が開いて、操縦者が慣れたように降り立つのを。
背の高い男はヘルメットに現場のジャケットを羽織ってはいたが、そのズボンは明らかに品のいいスーツだったものだから。

「だああああああああ!!!!」

俺はその男に猛ダッシュすることにした。
向かう先にいた男は俺をみるなり一瞬身構えたが、俺だと気付いたらしい。
男の前で急停止したら、相手はふむ、と腕を組んだ。

「・・・ザックス。危険区域ではヘルメット着用が規則ですよ?」
「ぐは!!!開口一番がそれですか部長!!!」

やはりクレーン車から降りてきた男は、俺が散々探していた都市開発部門の統括部長だったのだが。
のっけから、がくっとずっこけそうになった。
序でに突っ込みをいれたのだが、部長は華麗にスルーし、説教を始めた。

「危険予知という言葉を知っていますか?いくらソルジャー1stでも工事現場では何が起こるかわかりませんからね。現場責任者として容認できません。ああ、現場主任、申し訳ありませんが彼にヘルメットを」

呼ばれた現場主任らしき男がわかりました、とヘルメットを持って側にやってきた。そして主任はにやりと笑った。

「部長。貴方、またクレーン車を乗っ取りましたよね?」
「え。ばれました?」
「ばればれです。あ、これどうぞ」
「あ、どうも・・・」

恐縮して現場主任からヘルメットを受け取ったが。問題はそこじゃあない。
いや確かに工事現場は危険だろうからヘルメットはするべきだろう。
ありがたく頭に被って、それからやっぱりどう考えても今の会話、部長と現場主任の会話としてはおかしい。

神羅幹部の一人が、現場であくせく働くスタッフに紛れてクレーン車を乗っ取る?
しかもどうやら過去にもやらかしているらしい。
それに。都市開発の最高責任者に対する現場主任の態度は、なかなかに気安いものだった。
普通は失言しないよう緊張して形式的な会話になるだろうに。
何せ世界屈指の企業、神羅カンパニー都市開発部門の一番上の上司。彼の一言で簡単にクビになるのだから。

しかし対する部長も現場主任の態度を咎めることもなく、寧ろ悪戯がばれて開き直っている子供のような・・・。
どうなんだ、これ。
俺は取り敢えず諸々文句を言うために意を決して口を開けたが・・・

「ところでザックス、何故ここにいるんです?」

さくっと当の本人に先を越された。

「・・・。あのう、それ、俺の台詞ですけど」

もはや何処からつっこんでいいのやら。

「私は見ての通り現場の視察ですが」
「いや部長。視察だったらクレーン車乗っ取りなんてしませんよ」
「大丈夫です。大型特殊免許も移動式クレーン運転士免許も取得してますよ」
「いやそうじゃないですから。俺、部長の護衛にきたんですけど」
「ええ、お断りしましたが」
「でーすーかーらー!!!」

だーかーらー!!!と部長相手に口調が砕けそうになるのを一応抑えて畳みかけようとする。
何だろう、この部長の親しみやすさというか、突っ込みどころのありすぎる返答というか。
この部長なら、現場主任の態度も納得だ。
その現場主任には、青筋が浮かんでいた。

「部長・・・。また護衛を断っていたんですか・・・!?」
「・・・あ。」
「そうですよ。聞いてください主任さん!」

ここぞとばかりに俺は味方になりそうな現場主任を捕まえた。
因みに傍らで聞いている部長がなんとなしに逃げ腰になっているけれども、自業自得!!!
ってなわけで、俺は部長が護衛を断り、あまつさえ護衛の任を命じられたものが任務を遂行しないように報告書の下書きまで予め渡されていたことまで語った。
聞き終えた現場主任がふふふ、と笑う。が、しかし、目が笑っていない。
うん、部長、ご愁傷さまです!

「・・・部長。先週も、先々週もいいましたよね?護衛はちゃんとつけてくださいと」

温厚そうな現場主任の背後から、ゴゴゴと何か黒いオーラが蠢いているように見えた。
一歩主任が詰めよれば、一歩部長が後ずさる。

「あの、ですがほら、ソルジャーもタークスの皆さんもお忙しいでしょうから、無意味な仕事は削除したほうがいいかと」
「貴方はこの都市開発部門の最高責任者ですよ!?貴方に何かあったら私たちが困ります!」
「しがない都市開発の部長など、狙われても金銭くらいですからね。大丈夫ですよ、一応護身術は心得ていますし」
「万が一にも何かあったら困りますと何度言ったら分かっていただけるのですか!!!」
「神羅の移動手段を用いてますから、警備は万全ですよ?」
「そういう問題ではありません!!!」

何やらいつまでも続きそうな会話をぽかんと聞きつつ、俺は気付いた。
この部長、単に護衛を付けられるのが面倒だったんだろうなあと。
そして面倒な護衛をわざわざさせるのも気が引けたのか、俺達を断っていたのだと。

終始押されっぱなしの部長が何かに気付いたように腕時計を確認する。

「主任。そろそろ会議の時間ですから移動しましょう」
「・・・ええ。そこで護衛の重要性について協議の上、つるし上げればよろしいですね、部長」
「え、ちょっとそれは・・・」

*   *

部長と主任は会議室へ連れ立っていった。
俺はといえば会議室の外、扉前で護衛中というわけで。

「暇だなー」

ぽつんと呟く。
何というか、早く会議終わってしまえー。という気分で。
他の幹部連中の護衛ではあり得ない心境だ。何せ、他の奴らときたら俺を完全に雑用係というかパシリとしか思っていなかった。大抵会議に入れば、俺はやっと一息つけるとため息をついたものだ。そしてせいぜい会議が長引くことを祈ったものだが・・・。それがまあ、この部長の特殊なこと。

護衛を断る。・・・いや、あり得ねえ!!!
視察現場で重機を乗っ取る。・・・いや、初耳だ!!!
現場主任に怒られる。・・・いや、どんな幹部だよ!!!

部下のメンタル強度半端ねえ、というのもあるけどどうも部長ののんびりさのせいだろ。そして何よりも。

・・・やべ、すっげえ面白れえ。

くくっと笑いが漏れる。
他に見ている奴はいないけれども、もしいたらばさぞかし怪しい奴にみえたことだろう。
他の幹部なら会議からずっと戻ってくるなと願うところだけど、リーブ部長には是非とも色々聞いてみたい、だからさっさと会議を終えて欲しい。

そういや、主任が言ってたように、
あの部長は護衛問題で今頃つるし上げられてたりするのだろうか?

是非とも詳細を聞きたいものだ、と思っていたら漸く扉が開いて、会議関係者がぞくぞくと出てくる。どうやら終わったらしい。
お目当ての部長が出てこないので、俺はひょいと会議室をのぞき込む。

・・・いた。

流石に長テーブルの議長席に座っていて、傍らには現場主任がいてなにやら話し込んでいる。
会議は終わっているけれども細かな打ち合わせ中といったところか。

主任が、俺に気付いたのか、ちょいちょいと手招きしている。
俺ですか?と自分を指さすと、こっくりと深く頷かれた。お呼びらしい。
呼ばれるまま、主任の隣まで移動する。

「ええと、何のご用ですか主任さん?」
「ザックスさんと言いましたね。ええ、我々の要望は一つです。・・・この『護衛を全力で断る都市開発部門統括部長』の護衛を、引き続きお願いします」

目がいっちゃっている現場主任の隣で、部長がそっぽを向いている。どうみても拗ねている。・・・子供ですか、貴方は。
分かりやすすぎる部長の態度にカチンときたのか、主任が声を荒げた。

「部長!!!いつまでいじけているんですか!!!会議で決定したのですから従っていただきますよ!!!」
「いじけていませんよ。釈然としないだけです」
「もう何でもいいですから!!!ザックスさん、うちの部長をよろしくお願いします・・・!!!」
「ははは・・・」

現場主任に本気で頭を下げられてしまった。彼がまるで出来の悪い息子の世話を頼む保護者のようで、俺は苦笑する。
弱肉強食が当たり前な神羅組織の一部と思えない上司と部下の関係を垣間見て、悪い印象ではなく寧ろほっとした。
・・・何だかんだいって主任は心底部長を信頼しているからこそ、心配なんだろうなと。
勿論、俺に異議はなかった。
神羅幹部の護衛という本来なら面白くもなんともない任務がこれほど楽しめるとは思っていなかったし、折角一日この部長に張り付く権利を貰ったのだから有効活用したい。
ぱちんとウインクを決める。

「承りましたよ、主任さん!全力で護衛させてもらいますからね、リーブ部長?」
「ええー・・・?」
「ありがとうございます!!!」
「あの、任務ですから受けるのは当然ですし、頭上げてください主任さん。それから俺がいうのも何ですけど、部長はそろそろ諦めてくださいよ」
「・・・ザックスまで主任の味方なんですか?折角仕事を減らしたというのに・・・」

ぶつぶつ愚痴っている部長はまるで反省の色が見えない。
俺は全力で突込みを入れた。

「いや減らす内容が間違ってますから!!!」

*   *

俺と部長は次の会合先へと移動するためヘリに乗り込む。部長が当たり前のように操縦席によろしくお願いしますね、と声をかけていたのが印象に残った。まあ操縦者は無言でヘルメットごしに頭をほんの少し下げただけだったが。無口な社員らしい。
後部座席でシートベルトを締めれば、ヘリがふわりと浮き上がり、目的地へと向かう。
部長は座った途端黒鞄から書類を取り出し、仕事モードに入っていた。

「・・・部長。ちょっといいですか?」
「何です?」

返される言葉は端的だが冷たいものでもない。どうやら仕事をしつつ返答することに慣れているらしい。拒絶ではないのでOKとみた。

「敢えて聞きますけど・・・どうしてそんなに護衛を拒むんですか?」
「護衛などつけたら、肩が凝るじゃないですか」
「・・・へ?」

さくっと返された言葉を反芻する前に。
前方から豪快な笑い声が響いた。

「だっはははははは!!!」

声の主は今も安全運転中の操縦者だった。こちらの会話など無関心かと思いきや、しっかり聞いていたらしい。
部長が書類から顔を上げて操縦席を伺う。少々不満そうだ。

「・・・そんなに笑うところですか?」
「いや、すまねえ、気にせず続けてくれ!」

清々しいほど言い切った操縦者はまた口を閉ざして操縦に専念した。だが上機嫌らしいことは俺にも解った。

「えーっと、部長?」
「何ですか」
「肩が凝るって、堅苦しいとかそんな意味ですよね?」
「そうですが、何か?」

即答する部長の視線はまた手元の書類に戻っている。さらさらとサインされた書類が別のフォルダにいれられ、それが終わったら鞄から今度はノートパソコンを取り出してなにやら打ち込んでいる。仕事人間ここに極まれり!という典型的なワークホリックな気がする。

「・・・幹部の時点で既に堅苦しいことには慣れてそうだと思うんですけど?」

形式的な会食やら儀式やら、秘密裏な会合やらそれはもう幹部なら数え切れないほどこなしていて当然だろう。
ひょいと肩を竦めて尋ねれば、パソコンからこちらに視線を移した生真面目な部長が困ったように苦笑した。

「私は単なる技術者ですからね。正直単独の方が移動しやすいのですよ」
「さっき散々怒られてましたけどね」
「うっ・・・」

たじろぐ部長に対し、また前方で開けっぴろげな爆笑が聞こえたのは気のせいとしておこう。案外操縦者は笑い上戸らしい。

「で、今も肩凝ります?」
「・・・正直に言いますと、ザックスが護衛ならそうでもないですね」
「ですよねー」

よし。
俺は一応堅苦しくない護衛として認識されたらしい。
俺としても他の幹部ならともかく、この何処か抜けている部長相手に形式ばった遣り取りはしたくない。
部長がああ、忘れていましたね、と紙袋を渡してきた。

「何ですか、これ?」
「お弁当ですよ」

そういや部長を追いかけることに専念していて、自分の昼食を何も手配してなかったことに気付いた。
どうも、と受け取って中身を取り出す。一段仕様の幕の内弁当。

「残念ながら向こうで昼食をとる時間はなさそうですので、今のうちに食べてくださいね。まあ護衛などせずにお帰りでしたらいつでも結構ですが」
「まだ言いますか部長」

ぱかりと開けて、中身を確認する。
白いご飯にゴマ、おかずは卵焼きに焼き魚、チョコボの照り焼き、サラダにゴマ団子。
豪華絢爛!とは行かないが中々に健康的なメニューだ。

「ん?そういえば部長は?」
「私の分はありますから、お先にどうぞ」
「どうも」

いただきます!と手を合わせてからは、暫し無言でお弁当に舌鼓をうつ。
シンプルなメニューながら一つ一つ素材が生かされていて、量はちょっと少ないながらも質は満足いくものだった。
ごちそうさまでした、と思う存分堪能した俺が箸を置き、ふと部長の方を見て、固まった。

「ぶ、部長・・・?」
「何です?」
「・・・あんた、一体何食べてるんですかーーー!!!」

驚きすぎて一部敬語がすっ飛んだけれどもそれに気にかける余裕がなかった。
部長はノートパソコンで書類かメールか読んでいるのだろうけれど、その合間に片手に持った「昼食」を取っているのだが。

どうみても、ブロック型の携帯食料で。

「ザックスと同じく昼食を取っていますが、何か?」
「何処が同じなんですかーーー!!!」

絶叫した俺は何も悪くない。何をしているんだこの部長は!!!
護衛に弁当を渡しておいて自分はどこぞの兵士が食べれるような携帯食料はないでしょう!!!

「勿論、これだけではないですよ?」
「へえー、何ですか部長?」

蟀谷がぴくぴくと脈打っているのが自分でも解る。
護衛を断ることと言い、自分の昼食を携帯食料で済まそうとすることといい。この部長、他人は兎も角自身に対する扱いが酷すぎる。必要最低限で終わらせようとしている、いいや、最低限も足りていない気がする。となれば、この先の展開は。

「神羅ジム特製ドリンクと缶コーヒーですが」
「アウトおおおお!!!」

予想通りのアイテムに全力で却下すれば、部長が心底不思議そうにドリンクを取り出した。ドリンクの栄養素表を眺めつつ。

「うーん、栄養的には十分ですけどねえ」
「いや、俺はそれを食事とは認めませんから!!!」
「そりゃあ、どう聞いても食事じゃねえぞ?」

突如割り込んだ声は先程から大爆笑していた操縦者だ。部長は俺たちに真っ向から否定されたという事実を完全にスルーして、瓶の蓋を開けて一気に飲み干した。ふう、と一息ついて。

「・・・私にとっては立派な昼食ですよ」
「「何処がですか(だ)!!!」」

俺と操縦者が見事にはもった。俺は今日一日しか部長の行動は知らないわけだが、色々と突っ込みどころが多すぎる。俺でこれだから、現場主任を含め部下たちの心労も窺い知れるものだとため息をついた。・・・残念ながらこの場にいるのは俺と操縦者だけ。ここは俺が彼らを代表して説教するべき、と決意したものの、操縦者がすまなそうに口を挟む。

「あー、あと5分程度で目的地だ。とっとと降りる準備をしてくれや」
「あ、はい」
「ったく、この話の続きは後ですよ、部長!!!」
「他に話すことがありましたか?」
「だー!!あります、おおありです、ないとは言わせませんけどもう後です後!!!」

相変わらず何処かずれている会話をしつつ、部長はごそごそと昼食もどきの殻やら書類やらPCやらを鞄に仕舞い、俺は空になった弁当を紙袋に詰め直した。

*   *

が。

その後は全くもって時間がなかった。
ヘリの中で部長が言っていた通り、昼食を食べる時間どころか部長と直に話す時間すらない。何せ会議に次ぐ会議だ。工事の進捗報告、新規公共事業の打合せ、埖処理施設の住民を交えた説明会、などなどなどなど!!!俺はその度に部長の隣やら会議室の扉の前やらでただ無言で控えているしかなく。

俺はとんでもないスケジュールに今更ながら顔が引き攣りそうだった。

別に俺が疲れ果てるからというわけじゃあない。これでも神羅兵士の最強、ソルジャー1stの一人だ。一日中モンスター相手に戦闘しようが力尽きない体力を持っていると自負しているし、ましてや襲撃がなければ立っているだけの護衛など朝飯前だ。けれど、会議に出ている部長はそうはいかない筈。ソルジャーでもなく頑強な体格でもない部長が疲労をためないわけがなく。

隣町に移動する時間も惜しいのか、ヘリに乗り込んだ部長にやっと話しかけることができた。

「リーブ部長。いくら何でも会議詰め込み過ぎじゃないですか?」
「え?ですが出張など分けるだけ移動時間が無駄に発生しますからね。短期間で纏めて移動した方が効率的なんですよ。ヘリも一機で済みますしね」
「いやどうみても部長の顔色悪いですよ?」
「そうですか?いつも通りですけど」
「鏡見てください、かーがーみー!!!」
「あ、もう着きますね」
「早!!!」

*   *

最早数えるのも無駄なほどの会議が終わるころには、夕方を通り越して夜になっていた。
会議室から足早に出てきた部長が次の打合せへ行こうとするのを、仁王立ちして通せんぼする。序でににかっと笑えば、部長は訝し気に眉を寄せた。

「ザックス?」
「ちょーっと待ってください部長。次の打合せ、30分後に延期です」
「・・・はい?」

ぽかんと停止した部長を引っ張り、用意してもらった隣室の会議室に連れ込む。収容人数5人程度の小さな部屋には、テーブルの上に弁当箱とお箸が置かれていた。部長が不思議そうに振り返る。

「・・・これは、どういうことです?」
「一応確認しますけど。部長。夕食どうされるつもりでした?」
「昼食と同じですが」
「やっぱりか!!!」
「あ、ザックスの分は用意してもらっていますが・・・」
「そういう問題じゃありませんから!!!」

俺はあちゃあと予想通り過ぎる返答に頭を抱えた。
昼食と同じってことは、この人はまた携帯食料と栄養ドリンクで済ます気だったということで。つくづく自身に対する扱いがぞんざいな人だと呆れてしまう。
幹部権限で何処に行くにも最高級の食事を要求する奴らも多いというのに。

「・・・そんなことだろうと思いまして、ちょこーっと部長の予定の調整と、弁当、用意してもらいました!」
「・・・ええ?」
「ま、座ってください。食べながら聞いてくださいよ?」
「え?ええ?」

未だに混乱している部長を弁当の前に座らせて、はい、お箸!と持たせる。暫く固まっていた部長も俺の強引さと笑みに押されて、しぶしぶ弁当を開ける。中は新鮮な魚介類の丼。まあ俺のチョイスじゃないんだけど、そんなに胃もたれもしない筈。
部長がぽかんと中身を眺めて。

「・・・美味しそうですね」
「でしょ!?ほらほら食べてください!折角30分作ってもらったんですから!」
「どういうことです?」
「簡単ですよ。本社の都市開発部門の皆さんに事情を話して、時間、調整してもらったんです」
「・・・え、ちょっと待ってください、誰に・・・」

疲労のためだけでなく若干青ざめた部長に、さあ?と俺は首を捻る。
都市開発部門の電話番号に出た社員に依頼しただけで、相手の名前までは聞けていなかったからだ。しかしこの様子だと、さては本社の部下にも叱られるパターンらしい。いい機会だ、こってり説教されればいいんじゃない?とこっそり笑う。

「ザーックス・・・」
「そんな恨めし気な目で見られても、部長の自業自得ですよ?」

ぱちんとウインクを決めれば、部長がうっと呻いた。うん、こればっかりは仕方ない!
調子に乗った俺は、引き続きお弁当の説明を始める。

「弁当は、ヘリのパイロットに依頼しました!二つ返事、というか『仕事優先でうめえもんを食えない何ぞ、本末転倒だ!うめえもんを食うために稼ぐんじゃねえのか!よっしゃ、俺様がいっちょおすすめを買ってきてやる!』って言ってました」
「・・・い、いつの間にそんなに仲良しさんになったんですか、貴方たち」
「つい1時間前??」
「はは・・・」

部長がお箸を持ったまま乾いた笑いを零す。それがはっきりと苦笑に変わり、傍らに立つ俺を見上げた。

「・・・ありがとうございます。ですが、一つ条件が」
「ん?何ですか部長」
「ザックスのお弁当もあるのですから、一緒に食べませんか?」
「・・・了解!!!」

小会議室のテーブルに向かい合って、俺は部長とお弁当タイムとしゃれこんだ。

序でだから部長に「食事を疎かにするな、護衛を断るな」と説教するつもりが、いつの間にやら俺が故郷のゴンガガと両親のこと、そしてソルジャーになった経緯を話す羽目になっていた。まあそれに気付いたのは後だったけれども、随分と調子に乗って話していたようで。俺が元々話好きというのもあるが、部長の聞き手上手も相まっていたに違いない。鮮やかに話題を変える手腕と言い、聞いてほしいところに合いの手のように挟まれる質問と言い、流石統括部長にまで上り詰めた人は違うのだなと納得した。・・・他の幹部は知らないが。

*   *

あっという間に30分は過ぎて、部長は打合せへと向かい、俺は扉前の護衛に戻る。幾つもの会議を経て、漸く本日のスケジュールを熟した頃には深夜にかかっていた。・・・どういうスケジュールしてるんだと俺は頭を抱える。

「部長、何処か泊まります?宿くらい手配しますよ?」
「ありがとうございます。ですが、本社に戻ります」
「了ー解」
「ああ、何でしたらザックスだけでも泊まっていきますか?今日のスケジュールは無事終了しましたし、先に休んでいただいて結構ですよ。・・・それとも先に帰りますか?別途ヘリの手配が必要でしたら調整しますよ」
「いやあの、それじゃ護衛になりませんって何度言えばわかるんですか、部長」

相変わらずの部長に脱力しながらヘリへと乗り込む。ふわりと浮き上がる機体の中、俺はよいしょっと水筒を取り出した。隣でまたしても書類を取り出している部長の目の前にずい、と注いだコップを突き出した。

因みにヘリのくせに全く揺れがないので、コップの中身が零れる心配はない。何故ならこのヘリの操縦者の腕がとんでもないレベルに達しているからだ。一方俺がいつも乗っているようなソルジャー専用ヘリ何ぞ、強風がなくても揺れっぱなしだった。今回の操縦者にそんな話をすると、頑丈すぎるソルジャーの送迎何ぞ、新人か腕の悪い奴らが練習代わりにやっているかららしい。聞きたくなかった事実だが、悲しいことにソルジャーは確かに人間離れした肉体をもつ奴らだ。万が一ヘリが操縦ミスで落ちたりしても、死人はいないだろう。・・・操縦者はどうか知らないが。

それは兎も角、部長はきょとんと目の前に出されたコップを眺めている。

「ザックス?」
「さっきの街で、特産品にお茶があったので入れてもらいましたー!!!ってことで、熱いうちにどうぞ」
「・・・ザックスは一人っ子でしたよね?」
「そうですけど?」
「・・・貴方に弟が居そうなくらいの面倒見の良さですね・・・」
「お?じゃあ部長が弟ってことで!!!」
「年齢的にアウトですよ」
「いいじゃないですか、ささ、どうぞ!!!」

俺はまたしても満面の笑みでお茶を勧める。先程からこの部長は、何だかんだ言って好意は素直に受け取ってくれる。今回も部長は苦笑しながらも書類を鞄に戻し、コップを受け取ってくれた。

*   *

部長が大人しくお茶を飲んでから数分後。
隣からは静かな寝息が聞こえていて、俺は狙い通りの結果によっしゃと無言でガッツポーズを決めた。

「・・・おめえ、何か入れてたんだろ?」

部長を起こさない程度の声量で、前方の操縦者がにやりと笑った。
俺も負けずににやりと笑い返す。こちらも勿論小声になるのだが。

「何だ気付いてたんですかー。ってまあ、入れたというよりも、元々安眠を誘う効能があるお茶なんですけどね」
「その部長がえらく気に入ったんだな、おめえはよ」
「そうみたいですねー」

こそこそと言葉を交わすのも、悪戯がばれないように親に隠れて作戦を決行する子供のようで心が躍る。
こんなに楽しい護衛になるとは思わなかった。まあ、部長が自分の疲労を度外視したスケジュールを組んでいた時点で、絶対に帰りのヘリは強制的に眠らせようと企んでいたんだけれども。

普通、任務は言われるがまま、機械のように遂行するのが暗黙のルールといってもいいのだが、今回の護衛にはいい意味で全く持って当てはまらなかった。そもそも部長が護衛を断っている時点で、ルール自体を破壊している。

くくっとこっそり笑っていると、操縦者の静かな声に遮られた。

「・・・ありがとよ」
「へ?」

きょとんと前方の席に視線を移す。

「幹部の送迎何ぞくだらないと思ってたんだがな。おめえの御蔭で、俺様まで楽しませてもらったぜ」
「え?ええっと、別に俺はなーんもしてませんけど?」
「いんや、おめえの御蔭だな」
「それじゃあ、ありがとうございます。えと、名前、聞いていいですか?」
「俺様の?そうだな、名乗ってもいいが・・・。俺様はこんなちゃちなヘリではなく、もっとどでかいもんのパイロットになるんだからな!そのときに堂々と名乗ってやるぜ!」
「おおお!なんか凄そう!それじゃ、そのときまで待ってますから!」
「おう、おめえさんの期待以上の乗りもん、そのうちに見せてやるぜ!」
「アイアイサー!」

ひそひそ声のまま、俺と操縦者のテンションだけマックスにして、ヘリは神羅ビル屋上へと向かっていった。

*   *

無事に神羅ビルに到着した俺たちは、何とか日付が変わる前に都市開発部門統括室に戻ってきていた。

部長は少し疲れた顔で執務机につき、俺は机を挟んで部長の前に立つ。
こうして気軽に話ができるのもあと少しかと思うと、正直寂しかった。幹部相手になんだけど、折角仲良くなれたのに。

部長が穏やかに笑う。

「お疲れ様でした、ザックス。これで本日の護衛任務は終了ですね」
「そうですねー。部長が事あるごとに護衛を外そうとしてましたけど、無事完了しました!」
「都市開発部門統括部長の護衛なんて、意味がありませんからね。ザックスも疲れるだけだったでしょう?」
「何処がですか。意味はありますし、俺としては非常に楽しめました!!!」

どきっぱりと宣言してやると、何故か部長が意味深な笑みを浮かべた。

「・・・特製のお茶までいただきましたしねえ」
「って部長、気づいてたんですか!?」
「あの香りに覚えがありましてね。不眠症改善の効果があるとか」
「うわーばっちりばれてる!!!」

ぎゃあああ!!!と思わず叫ぶ。俺の仕業だとバレバレ。
一般社員(といってもソルジャーだが)が、幹部相手に薬(というよりお茶)を使って眠らせたのだ。他の幹部なら俺の首が飛ぶくらいの狼藉だと言われそうだが、この部長はあっさりと流して見せた。

「まあ、お世話になったのは確かですから、礼をしなければなりませんね。何かご希望はありますか?」
「へ?れ、礼なんて、別に・・・」

思わぬ方向に話が飛んで、俺は思考が追い付かない。そういやさっきもヘリの操縦者に礼を言われたっけ。任務中に礼をいわれるなんて、襲い掛かるモンスターを討伐したときくらいで、それも襲われかけた市民がたまたまいたとき限定だったのに。どういうわけか今回の任務はイレギュラーばかりだ。それも、ほんわかと心があったまるようなことばかりで。

だからこそ、この任務が終わってしまうのが、この部長と関われる機会がなくなってしまうかと思うと残念で。

「・・・あ。」

いいことを思いついた。

「何でしょう?」

不思議そうに答えを待つ部長に、にんまりと笑った。
機会がなくなってしまうなら、今度は作ってしまえばいい。

「だったら、今度は遊びにきていいですか?」
「え?」
「部長が忙しいのは今日でよおっく分かりましたけど、偶には息抜きに来てもいいですか?」
「・・・息抜き、ですか?余計に肩が凝りませんか?」
「いんや、今日で俺脱力しまくりでしたし、今度は部長の話も聞かないと」

どうですかね?とぱちんとウインクを決めれば、部長は口元を緩めた。

「仕方ないですね。いつでもいいですよ」
「やりい!!!ありがとうございます!!!」
「・・・こんなことで喜ぶなんて、ザックスは変わっていますね・・・」
「貴方に言われたくないですよ、リーブ部長!」

よっしゃ、と今度は憚ることなくガッツポーズを決めていると、茶目っ気のある部長が爆弾を落としてくれた。

「あ。ちゃんと報告書は仕上げてくださいね?」
「うおおお!!!忘れてました!!!」

fin.