『汝の願いを一つだけ、叶えてやろう』

見渡す限りの荒野。
そして、目の前にそびえ立つ巨大な石像・・・それはウータイの岩壁に刻まれたダチャオ像に酷似していた。
空間を越えて、重々しく頭に直接語りかけてくる声。
余りの神々しさにひれ伏したくなりそうだったが。

リーブは石像を見上げ、にっこり笑って答えた。

「お断りします」

予想外の返答だったのか、
石像は分厚い眉を不快そうに歪めた。

『・・・なんだと?またとない機会を棒に振るつもりか』
「機会がどうという問題ではないのです」

リーブはぴしゃり、と言ってのける。

「私の願いは、私自身が、私とその仲間たちで叶えなければ意味がないのですよ」

それに。

「大体、あんな胡散臭い壷から本物の神がでてくるわけがないじゃないですか。
貴方は何者ですか?」
『・・・我を愚弄するか。望み通り消してくれるわ!!!』

石像はどうやら本性を現したらしく、地響きとともに棍棒を掲げた鬼へと変貌していく。

「・・・誰も消してくれなんて言ってませんよ。誰ですか?こんな中途半端な呪いを作った人は」

やれやれ、と首を振りながらリーブはふと考え込む。

恐らく、呪いの本尊はこの鬼。
鬼さえ倒せば呪いとこの空間は解けるのだろうが・・・
生憎、自分は戦闘が苦手。

「・・・うーん。困りましたね。ケット・シーがいてくれれば、なんとかなりそうなんですが・・・」
「お呼びでっか」
「うわあっ!!!」

突然掛けられた声に、リーブは体ごと振り返った。
目の前には、予想通りの黒猫がいた。

「ケット・シー?どうして此処に?」
「今あんさんが呼んださかい。この空間は精神世界みたいなもんや。
せやから、あんさんがイメージしたもんが現れる」
「イメージ、ですか」
「ま、手に取るくらいきっちりイメージせんと、
本物とはほど遠いものになるけどな」
「成程・・・」
「では、」

リーブは目を閉じて右手の掌を、何か受け取るように上に向ける。

目を開けて、現れたものを確認する。
2つの緑色の石。
戦いのための魔法マテリアである。

「ウォール」

手早く防御魔法を自分とケット・シーにかけ、
完全に変貌を遂げた鬼と対峙する。

「ケット、少し時間を稼いで貰えますか?」
「誰にゆうてるんや?」
「そうですね」

ケット・シーはいつも通りの笑顔で、操縦者の手元を見遣った。

「・・・ってえらい物騒なマテリア呼び出したなあ」
「これくらいじゃないと、効かないでしょうから」

鬼と化した石像が繰り出す棍棒を小さな猫が右へ左へとかわしていく。
その攻防を見ながら、2体から距離を取っていたリーブはマテリアを握りしめ、魔法を暗唱する。
頃合いを見計らい、ケット・シーが大きく跳ねて、鬼から離れる。

「アルテマ!!!」

鬼を中心に光が炸裂し、一面を土煙が舞う。
しかし敵の姿を再び確認する前に、視界の外から巨大な棍棒がリーブを薙払った。
呆気なく体が宙に飛ばされる。

「くっ・・・!!」
「リーブはん!!!」

背中から地面に叩きつけられ、リーブは顔をしかめながら起きあがった。
反対側にいたケット・シーが駆け寄り、
後ろから鬼が巨体で地面を揺らしながらゆっくりと近づく。

「リーブはん、下がりいや!!!」
「アルテマでは足りない、ということですか・・・」

リーブはゆっくりと立ち上がる。

「・・・でしたら、」

相棒の猫がちら、とマスターを振り返る。

「・・・なに企んではるんや」
「ふふふ・・・。イメージを形にするのは得意なんですよ。
なんせ、図面を引くのが本職ですから」

リーブは手を翳し新しくマテリアを呼び出す。
そのマテリアは、何故か限りなく透明に近い白色だった。
猫が明らかに慌て出す。

「っちょっ!!何呼び出してるねん!!!」
「・・・アルテマが効かないんですよ?じゃあこれしかないじゃないですか」

白マテリアを、リーブは両手で包み込む。

ーいい?魔法はね、イメージするのが大切なの。
心で使うんだよ

「・・・エアリスさん。力を貸していただけますか?」

長い三つ編みの女性。
彼女のピンクのリボンは、ジャケットの内ポケットにいつも忍ばせてあった。
恐らく、この精神世界でも変わらずにあることだろう。

マテリアが、淡いグリーンに、変わる。

「・・・ホーリー!!!」

聖なる光が、視界を塗りつぶした。

   *   *

「局長!!!」
「・・・?おや・・?」

気がつけば荒野ではなく、見慣れたWRO本部の科学研究所に戻っていた。
心配した局員たちが集まっていた。

「大丈夫ですか!?」
「ええ。まあ・・・」
「よかった・・!!!」
「てっきりあの壷の呪いを受けたかもしれないって心配しました!!!」
「壷?呪い・・・?」

よいしょ、と起きあがりながらそうだったと思い出す。

怪しげな壷が科学部門宛に届いていたらしい。
しかも内容は「呪いの壷」。

呪いを信じない局員が不用意にも中を開けようとしたのだ。
偶然その場に居合わせたリーブは不穏な気配を察知し、局員が開けた瞬間に、何とか突き飛ばしたのだが。

「・・・大丈夫ですよ。単なる脳震盪ですから」
「ほ、本当ですか?」
「ええ」

*   *

その日の夕方、WROに協力しているユフィがひょっこりと本部に現れた。

「あれ?この壷、お祓いしたの?」
「お祓い?何のことだ」

白衣を羽織ったシャルアが軽く眉を顰めた。

「これ、呪いの壷なんだよー!
危ないからシャルアに鑑定してもらおうと思って送ったんだけど・・・開いてるし」

ん?とシャルアも壷を覗き込んだ。

「私が来たときには開いていたぞ」

さっとユフィの顔色が変わった。

「・・・マジ!?やばいって!!」
「呪いとはなんだ」
「夢魔が取り憑いてんだよ!!うっかり開けちゃったら、一生目が覚めないって・・・!!!」
「・・・おや、ユフィさん。来ていたんですか?」

ひょっこりと顔を覗かせたのはリーブだった。
ユフィが素早く駆け寄る。

「おっちゃん!!!この壷、誰か開けたの!?」
「壷ですか?部下が開けようとして・・・」
「ええっ!?ちょ、大丈夫なの!?」
「・・・まあ、部下には何もなかったみたいですし」
「・・ほ、本当?」
「ええ」

リーブはにこりと微笑んだ。

報告と次の依頼を受けたユフィが軽い身のこなしで部屋を出ていく。
それをにこやかに見送っていた男に、シャルアはじいっと無言で問いかける。

「・・・なんですか?」
「『部下には』、何もなかった、んだな?」
「ええ、そうですが」
「あんたは?」
「え?」
「部下がこの壷を開けたその場にいたんだろう?黙ってみているたまか、あんたが」
「はは。まあ、問題ありませんよ」
「つまり、何か起こったが解決済み、ってことか」
「まあ、そうですね」

シャルアの隻眼が鋭く光った。

「・・・ほう。認めたな」
「何をです?」
「あんたが代わりに夢魔に取り憑かれた。そうだな?」
「もういいじゃないですか。解決したんですから」
「ふん。あんたは解決したかもしれんが・・・」

シャルアの含みのある言葉に、リーブは思わず身構えた。

「が?」
「夢魔とやらには興味がある」
「・・・へ?」
「序でだ。脳波の実験を始める」

科学者としてのシャルアの暴走を悟り、
リーブは慌てて遮った。

「ま、待ってください、私はまだ仕事がっ・・・」
「局長!会議のお時間ですが・・・」

いい終える前に部下が迎えにきたらしい。
リーブはほっと安心した。

「ほら、ね、シャルアさん。ということでまた今度・・・」
「あんたら。
局長は夢魔に取り憑かれた可能性がある。
検査をするから、会議は2時間後に延期しろと伝えろ」

普段から凄みのある美貌に部下達は心底震え上がった。

「ええ!!?」
「きょ、局長、大丈夫ですか!?」

怯えている彼らに、リーブは殊更穏やかな笑みを浮かべた。

「大丈夫です。会議は予定通り行いますよ」
「わかりました!延期の件、確かに伝えます!」
「えっ!?ま、待ちなさい!」
「シャルア統括!局長をお願いします!」

妙にはきはきと応対した彼らはあっという間に出ていってしまった。

   *   *

「ふっ・・・。あたしの勝ちだな」
「・・・あの、私一応局長なんですが・・・」

がっくりと肩を落とした最高責任者に、科学部門統括はふん、笑った。

「あんたの『大丈夫』が余程信用ならないってことだな」
「ええっ!?それは・・・。
・・・どういうことでしょう・・・?」
「自分の胸にきけ」
「うーん」

リーブは言われたとおり胸に手を当てて首を捻る。
シャルアはくくくと楽しそうに笑った。

「そういうことだな」
「・・・って、やっぱり、本気ですか・・・」
「当たり前だろう」
「会議が・・・」
「延期したといっただろう。さっさと実験台になれ」
「・・・やめませんか?」
「夢魔など滅多にない事例だからな。データを取っておく必要がある」
「ですが、もう消滅してますし」
「科学的な根拠を見せろ」
「根拠ですか・・・って、あの、それは・・・」
「まず寝ろ」

さくっと言い放つとシャルアは麻酔銃をぶっ放した。

fin.