子供の日

あるのんびりした、春の日。

独特の文化が根付く観光都市でありながら、
嘗ての神羅に次ぐ戦力、忍と呼ばれる集団を保有するウータイ。

楓や松の緑、風に靡く藤の紫に、苔蒸す石の灯篭が佇む。
遠くに見えるのは、朱色の御堂に、青銅の鐘。
時折、澄んだ鳥の声と、涼しげな鹿脅しが音を添える。

リーブは一人、新緑の映える庭園を眺め、ほう、とお茶を脇においた。

「素晴らしい・・・」
「・・・元神羅のお主に誉められるとはな」
「おや。意外ですか?」

リーブは穏やかな笑顔で振り返る。

「お邪魔していますよ、ゴドーさん」

屋敷に戻った頭領であるゴドーは苦笑していた。

「構わんが・・・。・・・お主、動きすぎではないか?」
「いえいえ、まだまだですよ。
本当は他にも訪れるべき場所があるんですが・・・」
「お主のことだ、部下に止められでもしたんだろう」
「おや。ばれましたか」

どかり、とゴドーはリーブの隣に胡坐をかく。

「護衛殿が嘆いていたぞ?
護衛を巻こうとする最高責任者がいる、とな」
「別に巻こうとしているわけではないんですけどねえ」
「お主のような護衛対象だと、護衛も苦労するのだろうな」
「ふふふ。彼はそうやわではありませんし、鍛えているとでも思っていただければ」

何処からか、ふざけんなー!!!と怒声が聞こえたのは、どうやら幻聴ではないらしい。
暫し天井を見上げたゴドーは、ふう、と隣の男に視線を戻した。

「お主・・・。相変わらずいい性格しておるな」
「ありがとうございます」

にっこり笑顔を合図に、交渉は開始された。

新しい交通網の調整。
WROではウータイの自然破壊を最小限にくい止め、
且つ観光都市の一面を最大限に生かす飛空艇の発着場の建設を予定していた。
彼らは熱心にしかし短時間で条件をすり合わせ、
さらさらと手帳に要点を書き留めたリーブは、ふと顔を上げた。

「そうそう。ゴドーさんに、お聞きしたいことが」
「なんだ?」
「軒先に、色とりどりの巨大な鯉を象った吹き流しが飾られているのですが、あれは何ですか?」
「・・・お主、みるのは初めてか」
「ええ。何です?」
「あれは、子供の成長を願う、この時期特有の飾りよ」
「この時期限定ですか?」
「ああ。なんせ、子供の日、というものが、このウータイでは決められておってな」
「・・・子供の日・・・!!!」

常に沈着な男が、珍しく妙な反応を示した。

「・・・どうした?」

ずいっとリーブはゴドーに詰め寄った。
その目は真剣そのもので。

「詳しく教えていただけませんか?」
「あ、ああ構わんが・・・」
 
   *   *

「ありがとうございます。早速準備しなくては!」

詳細を聞き終えたリーブは、悪戯を企む子供のようで。
珍しく興奮を隠さない嘗ての宿敵に、ゴドーは笑った。

「お主がそれほど気に入るとはな。どうせなら世界中に広めておいてくれ」
「勿論ですよ」

当然のように頷いた男に、ゴドーはしみじみと呟く。

「・・・全く。つくづく変わり者だな」
「そうでしょうか?」

   *   *

「明後日までに『鯉幟』、を作ります!」

WROの幹部定例ミーティング。
予定されていた議題を終えた幹部たちに、リーブは高らかに宣言した。
スライドには、午前中にゴドーから資料として預かった鯉のぼりの図面、
実際の飾られた写真などが映されており。

幹部たちは呻いた。

「・・・局長」
「またイベント引き連れて戻ったか」
「ふふふ、このWROの叡智を集結すればこの数くらい楽勝でしょう・・・!!」

リーブは一人、燃えていた。
断っておくが、WROはイベント開催の集団ではない。
『星に害をなすあらゆる敵と戦う』ための組織である。
シャルアは冷静にコメントした。

「阿呆め」

シャルアの抗議もなんのその、リーブはにっこりと話を続けた。

「と、いうことで材料は本日3時半に到着します。
分担は任せますが、足りない分は報告してください」
「・・・あの、局長」
「なんですか?」
「材料は兎も角、他の者は日頃の業務で手が空いておりません」
「・・・全く、ですか?」
「全く、ではありませんが、この数を裁く余裕はありません」

すぱっと返されてしまう。
局長が突拍子もないこと(幸い組織崩壊につながりそうなものはないのだが)
をいうことには慣れている幹部たちであった。
リーブはあっさりと頷いた。

「分かりました。ならば、残りは局長室に」
「・・・それって、まさか」

嫌な予感ほど、当たるものだと幹部たちは身構えた。
ええ、と巨大組織のトップは頷いた。

「後は私が作ります」

予想通りの言葉に、幹部たちが思わず立ち上がった。

「このど阿呆!!!!」
「何をお考えですか!!!」
「一番手が空いてないのは、貴方ですよ局長!!!」

怒濤のような抗議に、リーブは若干引くものの、反論を試みた。

「ですが、そのくらいでしたら、」

いいかけた組織の長を、別の幹部がきっぱりと遮る。

「睡眠時間を削るのは却下です!!!」

封じられたリーブはきょとん、と幹部を見返した。

「え・・・駄目ですか?」
「「「当たり前です!!!」」」

見事に幹部の返事が重なった。
幾分傍観者的に眺めていた幹部の一人がのんびりと質問を放った。

「・・・それにしても・・・何故急に『鯉幟』を作ろうと思われたんですか?」

はた、とリーブは気づく。
鯉のぼり作りに熱中するあまり、背景を見事にすっ飛ばしていた。

「あ・・・。そうでしたね、すみません。
ウータイでゴドーさんに教わったのですが、
明後日はこどもの日、というものが制定されているそうです。
その日は、子供の成長を願って、こうした『鯉のぼり』や
兜、と呼ばれる防具を飾り、ご馳走を用意したりするそうです。
・・・子供たちが主役になれる日なんですよ」

楽しそうに語る局長。
自然な笑顔は、誰かをはめるものではなく、誰かを慈しむもの。
命を何よりも重んじる男が、特に子供を大切にしているということも周知の事実だったりするため。
幹部たちは、一斉にため息をついた。

「・・・あの?」

不思議そうにリーブは首を傾げた。

「・・・全く。貴方という人は」
「どうしていつもいつも」

抗議のため立ち上がっていた幹部たちも、やれやれ、と席に着く。
呆れたような言葉ばかりだが、彼らにも笑顔が浮かんでいた。

「俺、うっかり軍隊組織だということを忘れそうになりました」
「軍隊ですよ?」

当たり前じゃないですか、と続ける局長に、シャルアは眉を寄せた。

「あんたが言うと、説得力がないな」
「・・・シャルアさん、酷くないですか?」
「軍隊だったんですか?」

さくっと冷静な少女が止めを刺す。

「・・・シェルクさん・・・!」

がっくりと局長が肩を落としたところで、会議室は遠慮のない明るい笑い声に包まれた。
そして、世界中の工房やボランティアたちの手を借りることを条件に、議案は無事可決した。

   *   *

「子供の日、が作られるんだってよ」
「子供の日・・・?何をするの?」
「何でも、でっかい魚を飾るんだと」
「何故魚・・・?」
「知らないが、子供の成長を願う日になるんだと」
「・・・あの人らしいなあ」

こうして。
リーブが非常に精力的に動いたために、各地に無料で鯉のぼりが配られ、
青空を泳ぐ雄大な姿に、人々は眩しそうに目を眇めていた。
子供たちには折り紙の兜の作り方が配布され、
チラシの兜を被って燥ぐ子供たちの姿が至る所で見られた。

勿論、WRO本部にも、正門付近に巨大な鯉のぼりが設置されていた。
雲一つない晴天に、ウータイの御堂をイメージした朱色が見事に映える。
朱色の下には、青銅色や、新緑色、藤色の立派な鯉のぼりが優雅に泳いでいた。

「・・・いいですねえ・・・」
「まさか、本当にやるとは思わなかったぞ」
「おや、お早いお着きで。ゴドーさん」
「ウータイの文化を広めてくれたことには礼を言う」
「いえいえ、こちらも素敵な祝い事を教えてくださってありがとうございました」

礼をいい、また嬉しそうに鯉幟を見上げる暢気な男に、ゴドーは苦笑する。

「お主が神羅幹部だったのか、疑わしいくらいだな」
「・・・まだまだ世界は不安定ですからね。
少しでも、こうして平和を感じていただくイベントは必要不可欠です。
それに、世界の宝である子供たちが主役なら、やらない理由はないでしょう?」

行きましょうか、とWRO内部へと案内する男へ、ゴドーは呆れたように呟く。

「・・・成程。抜け目ないんだか、ただの阿呆だか分からんな」

くすり、とWRO局長は意味深に笑ってみせた。

「さあ・・・どちらでしょうね?」

fin.