存在

日付がそろそろ変わるだろう深夜。
キーボードを叩いていた手を止め、リーブは目の周りを揉み解した。
ふう、と息を吐き出し、両肩を回す。
凝った肩は、思いの外ぽきぽきと音を立てた。

さて、もう一頑張りしましょうか。

リーブが再びモニターに目を遣ったとき、
自動扉が開いた。
やってきたのは、個性的な服の上に白衣を纏った女性。
彼女がここに来るのは特に問題ではなかったが、
若干据わった目と、右手にぶら下げている物がどうやらいつも通りとはいかないらしい。

大きなビールジョッキ。
どう考えても局長室に持ってくるものではない。

「・・・シャルアさん?」

どうしましたか、と続ける前に、
彼女はデスク越しに空のジョッキをずいっと突き出した。

「酒をくれ」
「・・・は?」
「あの、シャルアさん・・・?」
「酒が切れた」
「いや、ですから、ここにはお酒は・・・」
「客用に置いてるのは知っている」
「はは・・・」

完全に目の据わった相手に、何を言っても無駄らしい。
このまま断っていても、彼女は頑として引かないだろう。

「・・・分かりました。
でも、一杯だけですよ。体によくありませんから」
「ふん。知るか」
「全く・・・」

根負けしたリーブは、席を立った。

   *  *

置いてあった酒の中から
少しでもアルコール度数の控えめなものを選び出す。
突き出されたジョッキではなく
小さなガラスコップに注いで戻ってきてみれば、
騒ぎの主はソファに寝そべっていた。

「・・・おやすみですか?」
「酒」

単語のみで返答する相手に苦笑しながら、
ソファ横に膝をついて、コップを手渡す。

「・・・どうぞ」

彼女は寝そべったままコップを受け取り、顔を顰めた。

「グラスが小さい」
「文句を付けるなら飲まないでください」
「飲む」

いうが早いか、一気飲みしてしまう。
そして。

「次」
「ありません」
「嘘をつけ」
「貴女に飲ませるお酒はもうありませんよ。
ほら、部屋に戻ってください」
「いやだね」
「そんなこと言わないで。
疲れているんでしょう?」
「飲ませろ」
「シャルアさん、ほら、一人で歩けないなら、人を呼んで、」

埒が明かないとばかりに立ち上がろうとしたが、
くん、と服が何かにつっかえる。
見下ろすと、ジャケットの端を、彼女が捕まえていた。

「・・・シャルア、さん?」

顔を覗き込めば、怖いくらいに真剣な眼差し。

「・・・行くな」

「え?」
「ここにいろ」
「・・・どう、したんですか?」
「あたしは、もう、奪われたくないんだ・・・」
「・・・?」

奪われる?
瞬時に連想できたのは、
嘗て神羅に奪われた、彼女の『命』と呼べる存在。

「シェルクさんに、何かあったんですか?」
「・・・いや」
「では一体・・・」

ふむ、と顎に手を置いて考え込む。
奪われたくない、とは何のことだろう?
最愛の妹以外に、何かあったのだろうか?
彼女には妹以外家族は居ない筈。

「って・・・シャルアさん?」

ふと見下ろすと、彼女は服を掴んだまま眠っていた。

「あ、あの?シャルアさん?」

必死に呼びかけるも返事がない。
完全に眠ってしまったらしい。

「・・・。ど、どうしましょう」

立ち上がろうにも服は捕まれたまま。
携帯電話は今はデスクの上で、手を伸ばしても届かない。

「あ。」

リーブは彼女を起こさないようにジャケットを脱ぎ、
そのまま彼女の上にかけてやる。
そっと彼女の頭を撫でる。

「・・・何があったんでしょう・・・」

強気な人の、必死な瞳。
縋るというよりは、引き留めるという感じだったように思う。

「私に伝えたいことでもあったんでしょうか・・・?」

首を傾げてみるものの、さっぱり思い当たらない。

「・・・それより、まずは風邪を引かないように部屋に戻さないと」

改めて人を呼ぶために立ち上がった。
けれど。

『・・・行くな』

あの声が、どうしても耳から離れない。

振り返ると、目を閉じて眠ってしまった人が居る。
その手は、まだジャケットを掴んだままだった。

「・・・」

少し考えて、そしてふっと微笑む。

「・・・分かりましたよ、シャルアさん」

待ってて下さいね、と
聞いているはずもない相手に断り、隣室からよいしょ、と掛け布団を持ってきてかけてやる。

「・・・うーん。やっぱり明かりは消した方がいいですよね」

と、なると・・・。
今日は仕事を諦めるしかない、か。

リーブはくすりと笑って自分も毛布を羽織って、シャルアの居るソファに凭れ掛かるように座り込む。

「・・・ここにいますから」

静かに明かりを消した。

   *  *

静まり返った部屋。
夜明けの近い、薄明かり。
微かな身じろぎとともに、シャルアはふと目を覚ました。

「・・・?」

ソファ。
しかもかなり高級な、でも何故か慣れているような。
ふと顔を上げて、息をのんだ。

「っ!?」

床に座って眠っていたのは、いつも軽口をたたき合う、この組織の最高責任者。
間違いなく、ここは局長室だ。
シャルアは混乱する頭で状況を整理しようとした。
局長室に局長がいる、ことは別に、問題ない。
普通のことだ。
問題は・・・何故、あたしがここで寝てたんだ?

・・・ま、待て。
あたしはいつここにきたんだ!?

がばっと起きあがって、そして漸く自分が何か掴んでいることに気付いた。

「・・・ジャケット・・・?」

男物の、ジャケット。
視線の先には、シャツの上から毛布を被って眠る男が一人。
と、なると。
かっと顔が赤くなる。

・・・何をしたんだ、あたしは!!!

子供みたいに服を離さずに寝てしまった、としか考えられない。

「・・・参ったな・・・」

そんなことがしたくてここにきたのか、あたしは。
でも。

そういえば、酷く不安定だったような気がする。
拒絶反応の薬を多量に摂取しているせいか、時たま訪れる精神の揺らぎ、谷・・・というべきか。
いつもはシェルクに会えば収まるものだったのに。

見てしまった、のだ、偶然。
局長室へ向かう途中で襲撃された、いつもの背中を。

幸いなことに護衛が優秀だったために、事なきを得たものの。
この男は。

いつも穏やかに笑って居るものだから。
あたしの皮肉にも軽やかに流してみせるものだから。
ずっとずっとそこにいるのが当たり前だって思ってたけど。

本当は。

いつ呆気なく死んでもおかしくないんだ。
そのくらい危険な道を、誰よりも先頭で歩き、
組織を率いていたんだ。

もしもこの男が消えてしまったら。
WROの根底から揺るぎかねない・・・。
仮に誰かが引き継いでも、もうそれは今までのWROではないんだ。

要。

急に全てが恐ろしくなった。
盤石な組織の筈が、その要が消えてしまったら?

部屋にあった全ての酒でも足りず、
半ば自棄になって局長室に乗り込んだ・・・そう、そうだった。

多分、本当はこの男がちゃんとここにいるのか、確かめたかったんだ。

「・・・はは・・・このあたしが、・・・」

乾いた笑い。

でも。

ソファ横でくるまって寝ている男がいて。
間違いなくこの男が持ってきただろう布団にくるまれている自分が居て。
それに安心してしまっていることは、認めざるを得ないらしい。

きっと。
あたしにとってWROは、家みたいなもので。
大切な妹や、信頼できる仲間たちがいて。
好きな研究ができて。
その中心にこの男がいて。

「だから、もう、奪われたくないんだ・・・」

もう少し。
まだ、朝まで時間があるから。

「・・・もう少し、寝させてもらう」

布団とジャケットを序でにかぶり直し、シャルアは目を閉じた。

   *  *

カーテンから漏れる光に、リーブは目を覚ました。
元々リーブは目覚めがよい方だ。

「・・・朝ですね」

んっと軽く腕を伸ばす。
ふとソファを見ると、昨夜乗り込んできたシャルアがそのまま眠っていた。

「・・・お疲れだったんでしょうね・・・」

健やかな寝顔が可愛らしい。
リーブはくすりと笑う。
普段宵っぱりな彼女の寝顔をみれるのは貴重なことだと思う。
それに。

最近つい寝不足だったのが、仕事を切り上げたお陰で体が軽い。

「貴女のお陰ですね、シャルアさん」

それは、いいのだけど。

「・・・流石に、女性の朝帰り、は不味いですよね・・・」

一応自分は生物学上男だし。
・・・誓って何もしていないが。

「うーん・・・」

   *  *

「うーん・・・」
「お目覚めでっか」

独特の言葉遣いに目を開けると、
予想通りの黒猫がソファの横から見上げていた。

「・・・ん?」

まだぼけっとした頭でふと腕時計で時間を確認する。
8:50。
始業時間まであと10分。

シャルアは瞬時に立ち上がり、自動扉へと早足で向かった。ケット・シーは慌てて後を追う。

「わわ、シャルアさん、待ってえな!!」
「仕事に戻る」
「まだ戻れへんって」
「お前には関係ない」
「話聞いてえな!」
「聞くまでもない」

かつかつかつ、と規則的に鳴り響いていたヒールの音が
急にぴたりと止む。
シャルアの顔面まで数糎と迫った自動扉。
それが全く開く気配を見せない。

「・・・やからゆうたのに」

呆れたような声に振り返れば、
猫ロボットはやれやれと首を振っていた。

「・・・お前の仕業か」
「まあ、そうでんな」
「開けろ」
「ちゃんと開けますから、話聞いてえな」
「・・・。なんだ」

ケット・シーはぴっと人差し指を立てた。

「今日シャルアはんは、午前中出張してはることになってるんですわ」
「出張?何故だ」
「シャルアはんが朝帰りになってまうやないでっか」
「・・・朝帰り?」
「一応あれでもリーブはんは男で、あんさんは女や。
朝早うから同じ部屋から出てきたら、色々面倒でっしゃろ?」
「・・・成程」

シャルアは一つ頷く。

「やから、シャルアはんは午前中取り敢えず出張ってことでここでおとなしゅうしてもらって、
午後に適当に戻ってくださいな」

「・・・それまでは、あたしはここに監禁か」

動扉に凭れて、シャルアは軽くため息をつく。
まあ夜中に男の部屋に乗り込んだ自分も悪いのだが。

「人聞きの悪いこと言わんといてえな。
謹慎やと思ってください」
「・・・謹慎?」
「毎回お酒強請られたら困るさかい」

シャルアはふと思い出す。
今回は酒の質など考えずに乗り込んだが、
なんせ世界に影響を及ぼすことのできるWROの局長に届けられる物。
局長室には最高級の酒が集まっている筈だ。
先手を打たれたことになる。

「・・・ちっ」
「あのー、シャルアはん?」

疑いの目を向けているだろう猫の横を通り過ぎ、
シャルアはどかっとソファに座る。

「・・・。で。これは何だ」
「これ?」
「テーブルの上のものだ」

接客用のテーブルにはパンとサラダ、ハムエッグのセットがトレーに乗せられていた。
その隣にはガラスコップに透明な液体。
恐らく水だろう。

「見ての通り朝食ですけど?」
「何故ここにある?」
「シャルアはん、お腹空きますやろ」
「そういうことじゃない」
「出所でっか?食堂の朝食Aセットでっから
変なもんは入ってへん」
「・・・そういうことでもないんだ・・・」
「じゃあ適当に食べてといてください。
ボクは布団片づけますさかい」

よいしょ、とソファの掛け布団を抱え込み、
猫ロボットは隣室に消えていった。

「・・・ホテルじゃあるまいし」

謹慎ならば閉じこめておくだけでいいはずなのだが、
無駄に細かい心配りはこんなときでも健在らしい。

かといって腹が減ってきたのも事実で、
シャルアはフォークを取り上げた。

   *  *

朝食をほぼ平らげたところで、隣室に行っていた猫がひょいと顔を出した。

「あ、シャルアさん、食後にこれ飲んでな」

テーブルに置かれたのは新たなトレイで、コップ一杯の水と、嫌になるくらい見慣れた物体。
認めた途端、シャルアは猫を呼び止めた。

「・・・おい」
「ん?なんでっか」
「何故こんなところに一式あるんだ」

シャルアはフォークで指さしたのは、沢山の錠剤とカプセル。
全て拒絶反応を抑えるため、シャルアが常備しているもの。
勿論今も白衣の下に携帯しているが、
ケット・シーが持ってきたのは、明らかに局長室から出したもの。
彼はちっちっと指を振って見せた。

「一式やないで。十式くらいあるんちゃうか」

十式。
つまりシャルアに何か有った場合の十分な薬のストックを置いてあったことになる。
WRO職員の持病に応じた薬を。

「・・・まさか、全員分あるのか?」
「まーこういう場所やから、色々取り揃えているみたいやけど?」
「・・・」

そういうことは科学部門や医務室に任せておけばいいんじゃないかと思いつつ、
しかし何時戦場になってもおかしくないWROの本部という位置づけを考えると、強ち無駄な配慮ではないかもしれない。

・・・今回のような使用は稀だろうが。

   *  *

皿に残った最後のハムに取りかかると、
黒猫が伸び上がって顔をのぞき込んできた。

「そや。言い忘れてましたわ。
出張やから、ちゃあんと報告書出してください、やて」

シャルアはフォークを置き、拒絶反応の薬を纏めて口に放り込む。
態とゆっくりと水を飲み干す。
ふう、と一息入れる。

「・・・行ってもいないのに何を書けと?」
「行ったのに書いていないことが残っていますよね?」

シャルアは瞬時に猫を睨み付ける。

改まった口調は、ケット・シーのものではない。
いつもと変わらぬ表情を浮かべたロボットの筈が、
食えない男の笑みに重なった。

「何のことだ」
「『アメーバ』の解読、まだ報告いただけていません」

アメーバ。
言葉そのままの原生動物ではなく・・・
以前WROが監査に入った会社の、裏の研究を指す。
彼らが目指していたのは不老不死らしい。

彼らの技術では不老不死からはほど遠く、
せいぜいアメーバになるしかないだろうと
シャルアは重要視していなかった。

「・・・コピーは渡しただろう」
「ええ。
ですが、私は彼らの研究が
何処まで信憑性があるのかわかりません。
それがわかるのは、
専門家である貴女たちだけでしょう?」
「・・・あんたには必要ない知識だろう」

不老不死のような夢物語ではなく
刻一刻と変わる現実を見据えたこの男には。
しかし。

「私に、必要のない知識などありませんよ」

殊更静かな声に気圧される。

「もしまた同じようなことがあったときに
気付かなかった、では済まされませんから」

穏やかな口調だが、この男が背負う覚悟を垣間見たように感じた。
緊張感から逃れるように、シャルアは肩を竦めた。

「・・・あんたも大変だな。
一介のサラリーマンなら
知らなくてもよかった知識ばかり増えてるんじゃないか」

少なくとも、都市開発部門統括時代よりも
深い闇をこの男は背負い込む羽目に陥っている。
・・・全てがこの男のせいでもないだろうに。

「そうですね。
ですが、知らなかった、では済まされないことに
後から気付くのは、もう許されませんから」

だから常人なら狂いかねないほどの闇も引き受けるというのだろうか。
全く何処までこの男の精神はタフなのか。
それとも・・・タフに見せかけているのか。

いずれにせよ、シャルアにそれを止める権利などない。

「・・・わかった。あたしの負けだな」
「よろしくお願いします」

にっこりと笑った猫は、
ごそごそと局長室のデスクから何やら取り出した。

「よっしゃ、パソコンはここにあるさかい」
「・・・それはうちのラボから取ってきたのか」
「そうやけど?」
「・・・お前は何処でもフリーパスだったな」

WROの中でも特に厳重なセキュリティーが敷かれている箇所のひとつである科学研究所。
一般職員では立ち入ることの出来ない場所に有るはずのノートパソコンだが・・・

このロボットは数少ない例外の一つ。
なんせ局長の分身なのだから、立ち入れない場所などないのだ。

シャルアはため息をついてロボットからPCを取り上げ、
広いデスクの上に腰を下ろした。
朝食のトレイを下げようとしたケット・シーが口を挟む。

「あのーそこは座るとこちゃうで」
「そうかい」

興味なさそうに返事をすれば、
ロボットは諦めてトレイを持っていったらしい。

*  *

シャルアは足を組んだ膝の上にPCを置く。
ログインし、文書ソフトを立ち上げる。
報告書の日付は、今日だ。

データを呼び出し、キーボードを叩く。
暫く集中していると、
ひょい、と斜め後ろの死角からコーヒーが現れた。

「ちょい休憩しませんかー」
「・・・まだいたのか」
「ボク、監視役でっから」
「監視役というより・・・」
「ん?何かいいましたー?」
「いいや」

カタカタ、と無視して報告書を書き続ける。
ちら、と目を遣ると、コーヒーを置いた黒猫が
ひらひらと手を振った。

どうやら謹慎の監視役を気取っているらしいロボットは
ずっとここにいるのだろう。

いや、いてくれるのだろう。

それなら。

「・・・いっそ出てやろうか」
「はい?」

にやりと笑って、ソファの背もたれに掛けられたものを確認する。

「そこのジャケットを羽織ってここを出たら、
どうなるだろうな?」

局長室から女性職員が
男物のジャケットを羽織って現れる。
それがどういった類の噂を生み出すか、
考えるまでもない。

びくっと反応したロボットは、狼狽えたように一歩下がった。

「・・・ちょ、それ、不味いんちゃいますか」
「面白そうだ」
「シャルアはん!!!」
「冗談だ。どうせ出られんのだろう?」

言い捨てて、PCをデスク横に置く。

「・・・怖いわあ・・・。
ってなんでジャケットとってますん」
「気にするな」
「いや気にしますって」
「ふん。お前じゃ取れないだろう」

ひょい、と手を挙げてみる。

ロボットはぴょんこぴょんことジャンプしたが、如何せんケット・シーの身長では届かない。
やがてがっくりと項垂れた。

「ううー。シャルアはん、ご機嫌斜めでっか」
「・・・そうでもないな」
「へ?」

きょとんとしたロボットをじっと見返す。

   *  *

不意に扉が開く。
閉じられた局長室を開けられる人物はただひとり。

「お疲れさまです、シャルアさん」

予想通りの低音に振り返ると、
柔和な笑みの男がいた。
ジャケットを担いだまま問いかける。

「監禁は終了か?局長」
「・・・ですから、謹慎ですって」

苦笑した男はさっとジャケットを取り上げた。
シャルアは内心ちっと舌打ちする。

「酒をくれ」
「謹慎、延ばしましょうか?」

試しに言ってみるものの、
さらりと笑顔で返されてしまった。

「つまらん」
「・・・もう、大丈夫ですか?」
「まあ。な」

つい、と視線を外す。
酔った勢いとはいえ、普段の自分らしくない様子を見せてしまったことが気恥ずかしい。

「そういえば、」
「ん?」

言い掛けた男に向き直る。
生真面目な男が真剣な表情に変わっていた。

「あの夜、何かいいたいことがあったんじゃないですか?」
「・・・そうだな」
「何ですか?」

全く気付いてないだろう相手。
シャルアは徐に腕を組む。
そろそろ自分も腹を括らなければならないだろう。
自分らしくないこの感情に名前を添えて。

淡く微笑む。

「・・・シャルア、さん?」
「あたしらしい言葉で纏まったら、言ってやるよ」

   *  *

結局彼女はそれ以上言わずに、職場に戻っていった。
局長の椅子に座ると、デスクには飲みかけのコーヒーが残されていた。

「・・・ふう。でもまあ、お元気でよかったです」
「そやなあー。シャルアはんがしゅんとなってたら
リーブはんも気になって仕事どころちゃうやろ」

ぴょん、と跳んだロボットがデスクに着地する。

「・・・ケット」

目の前に陣取った分身をじろりと睨んでやる。

「ええやんか。もう誰もおらんさかい」
「そのうち口を滑らせそうですね、貴方は。
今のうちに制限するプログラムでも追加しましょうか」
「そんなことする前にシャルアはんにばらすで?」
「っ!!!」

ケット・シーは元々偵察用ロボット。
それにリーブのインスパイアが加わることによって
ケット・シー自身の意志を持っている。

即ち、リーブがケット・シーを捕獲するより断然速く
情報を転送することが可能なのである。

絶句したマスターのことなど気にせず、
ケット・シーは更に続けた。

「それになあ。多分シャルアはん、ただでは謹慎してくれてへんで?」

嫌な予感がしたが、問わずにはいられなかった。

「・・・どういうことです?ずっと貴方がいたんでしょう?」
「ボクはおったけど、ずうっと横におったわけちゃうしなあ」

さっと室内を見渡す。
一見問題ないようだが・・・。

「・・・」

リーブは神妙な顔で立ち上がり、クローゼットを開いた。

   *  *

一方。
姉の自室を訪れたシェルクは、
いつになく上機嫌な姉が見慣れないものを持っていることに気づいた。

「お姉ちゃん、それ・・・」
「ん?ああ。戦利品だ」
「???」

首を傾げた妹の前で、シャルアは楽しそうにネクタイを振り回した。

fin.