対面

おぞましい断末魔が響く。
文字通り化け物となり果てた宝条が、今消滅した。

ヴィンセントが戻ってくるのと同時にケット・シーが駆け出す。

ケット・シーは慌ててパネルに飛び乗り、モニターと数値を睨みながら忙しなくパネルを叩いていた。
やがてブン、という音とともに振動が止み、パネルの電源が落ちた。

   *   *

神羅ビル内。
魔晄キャノンの停止を確認したリーブは、ずるずると壁に凭れて座り込んだ。
無機質な壁の冷たさが背中から伝わり、気力を奪っていく。

間に合った。
少なくとも、キャノンは。

だが・・・。
今いる場所と同じように、いやそれ以上に薄暗い空には禍禍しい凶星がじわじわと迫ってきていた。

ここからでは、神羅ビルの様子は分からない。
だが少なくとも、ウェポンの光線後は混乱の極みだった。
社長がフロアごと消滅し、スカーレットとハイデッガーは破壊された兵器と共に散り。最後の宝条も文字通り倒された。
パルマーは・・・どうなったかわからないが。

神羅は崩壊した。

そして、このままではこの星も・・・崩壊する。

クラウドたちはセフィロスに挑むことになるだろう。
勝てるのか、・・・間に合うかはわからないが、
ケット・シーはこの旅の最後まで彼らと行動を共にする。

・・・では、自分は?

『リーブはん』
「・・・ケット・シー?」

思わず声に出していた。
念ずるだけで会話できるとわかっているのに。

『あんさん、今何処におるんや』
「・・・神羅ビルです」
『の、何処や』
「・・・何処だっていいじゃないですか」

何を苛立っているのだろう。
自分でもはっきり理由が掴めない。
ただ、自分が生涯かけていた何かがごっそりと消えたような気がしていた。

『あんさん、今動けへんのやろ』
「・・・」
『リーブはんが自由に動けるんやったら、
少なくとも神羅のひとはまだ落ち着く筈や。
やけど、右往左往してはる。
・・・指揮系統が完全に麻痺しとるんや』
「社長も含め幹部全員消えてしまいましたからね」
『まだあんさんがおるやないか』
「私がいたところで・・・」

続けようとした言葉は途切れた。
自分たちを呼ぶ仲間たちによって。

「ケット・シー」

宝条の最期を見届けたリーダーがパネルまで歩み寄ってきた。

「・・・クラウドはん」

金髪の青年は無表情に言った。

「リーブは何処にいる?」
「「・・・へ?」」

まさに今二人がもめていた点を訊かれ、
ケット・シーもリーブも暫し硬直した。

「俺たちとつながってるとはっきりばれたんだろう?
あんた、捕まってるんじゃないのか」
「「・・・」」

そういえば、とリーブは思い出す。
魔晄キャノンに気を取られていたためにすっかり忘れていたが・・・。

仲間たちに、自分の正体がばれたらしい。
・・・不可抗力だったが。

ケット・シーの本体が神羅カンパニーの都市開発部門統括リーブ・トゥエスティであること。
自分とスカーレット、ハイデッガーの会話も筒抜けだった。
そして、自分がここいいるのは、今までしてきたことの結果。

「問題ありませ「地下牢でっせ」」

一体しかないロボットの筈が、同じ口から遮るような発言。

「・・・?」

クラウドが怪訝そうに顔をしかめる。
リーブはケット・シーにだけ分かるように叫んだ。

『ケット!!!』
『やっぱりそうでっか』
『っ・・・!!』

間髪入れず叫んだのが、結果としてケット・シーの予想を肯定することになっていたと漸く気づく。
そんな彼らのやり取りを知らないリーダーが改めて問う。

「あんたが捕まったままでは、寝覚めが悪い。案内してくれ」

結構です、と
否定する言葉を言わせる筈が。

「了解や」

リーブは思わず低い天井を見上げた。

『ケット・・・。貴方、リンク切りましたね』

ケット・シーとリーブのリンク。
このリンクは操作を指す。
普段は繋げているが、実はケット・シー側から切ることも可能・・・になったらしい。
こうなると、ケット・シーは自身の意志で言動する。
リーブにそれを止めることはできない。

『あんさんに繋げたままやと話が進まへん』

   *   *

ケット・シーの案内により、クラウドたちが神羅ビルの地下へ移動する。

自分のいるところへ。

ぼんやりとした灯りの元、
リーブは床に座り込んだまま俯く。

何故か、出来ることなら逃げ出したい衝動にかられていた。
それはケット・シーをクラウドたちから抜けさせたい、ということではなく。

ただリーブ自身が彼らに会いたくなかった。
いや、会う資格がない、と思っていることを自覚する。

ケット・シーは、実際に彼らと旅をし、苦楽を共にし、戦ってきた。
前半はスパイだったが、今は歴とした彼らの仲間といえる。

しかし自分はどうだろう。

結局宝条一人止めることも出来ずに巻き込んだだけ。
そんな自分が彼らと会ってもいいのだろうか。

「ここが地下牢か」

ケット・シーから聞こえた声にはっと顔を上げる。
鉄格子越しからはまだ誰の姿も確認できないが、
ケット・シーからの視界では灰色のフロアがはっきりと映っていた。

低い天井に申し訳程度につけられた明かりがぼんやりと辺りを照らし、
中央の通路を挟んで両側に同じ作りの牢が延々と連なる。

「うっわ陰気だね~」
「陽気な牢屋があるわけねえだろ」
「でも、神羅ビルに地下牢があるって・・・なんか怖いね」

リーブは思わず苦笑した。
ミッドガル、そして神羅ビルを設計したのは自分だ。
・・・この地下牢も含めて、全て。
プレジデント神羅の要望ではあったが。

当時のやり取りを思い出していたら、
真横から聞き慣れた声がした。

「リーブはん」

首だけ動かし、現れた相棒を見遣る。

「ケット・・・。勝手にリンク切らないでください」
「勝手に切らんと話が進まんゆうたやろ」
「・・・ここか」

相棒とは別の声が割り込む。
見上げると・・・いつもケット・シーを通じて見ていた彼らが格子を隔てた向こうにいた。

「よお。ひでえ有様だな、本体さんよ」

最初にのぞき込むようにして声をかけてきたのは
元神羅のパイロットだった。

「・・・シドさん」

酷い有様、とは何のことだろう。
皺になったスーツやよれよれのシャツのことだろうか。
それとも牢に座り込んだ今の自分の表情だろうか。
・・・きっと、両方だろう、とリーブは見当をつける。

「『約束』、ぎりぎり守れたようだな」
「・・・約束?」

リーブは眉を顰めた。
シドとの約束、といえそうなことと言えば。

ーセフィロスを後回しにしたくなかったら、てめえもなんとか生き延びろ

「・・・そう、ですね」

今度こそはっきりと苦笑が浮かんだ。
リーブが生き延びられたのは、単なる偶然。
もしスカーレットやハイデッガーが生きていれば
すぐに処刑でもやってのけただろうから。

クラウドがクールに眉を上げる。

「シド、あんたリーブと何か決めていたのか?」
「あ?ああ、生き延びとけ、ってな」
「うん。重要なことだね」

レッドが重々しく頷いた。

「・・・そういえば結局乗り込んできたんですね」

ーもしおめえに何かあったら、セフィロス後回しにして乗り込んでやるからな!

「てめえが先に言わねえからだろ」

ー本当にやばくなったら、ちゃんと言え。

「・・・そうですね」

くすりと笑う。
この展開を予め見抜いてたかのようなシドの発言に完敗だった。

いつまでたっても鉄格子越しに会話をしている彼らにティファが憤ったらしい。

「もう、みんなリーブを助けに来たんでしょ!?
鍵を取ってこなきゃ!」

極めて常識的な発言をしたものの、クラウドが一言の元に却下した。

「必要ない」
「え」

聞き返そうとしたティファの隣で、バレットが右手を構えた。

「うおおおおおお!!!!」
「・・・あの、まさか・・・」

バレットのマシンガンが吼える。
数多くの強敵を葬ってきた武器は、
鉄格子の扉など呆気なく吹き飛ばしてしまった。
爆風で辺りの埃が舞い、視界が悪くなる。

「・・・あっぶねえな!!」
「わ、わりい。でも開いたからいいじゃねえか」
「やるなら先に言って!!!」
「煙たいーー!!!」

砂埃が舞う中で派手に壊れた鉄格子をぼんやりと眺めていたら、
歩み寄る気配と共にすっと右手が差し出された。

その手の持ち主を辿る。

灯りの乏しい地下でも一際目立つ金髪の青年は
黙って小さく頷いた。
リーブは力なく笑う。

そして、自らの右手を重ねると引っ張られるようにして立ち上がった。

・・・会ってしまったからには仕方ない。

クラウドの後に従い、リーブは漸く牢の外へ出た。
牢の前には残りのメンバー全員が集まっていた。

わざわざここまで来てくれた仲間たち。
こうして、生身で会う日が来るなんて夢にも思わなかった。

「・・・初めまして、ですね。
ケット・シーの本体、リーブ・トゥエスティと申します。
・・・助けてくださって、ありがとうございます」
「・・・怪我は」

ぼそっと聞こえた声を辿ると、
長身の元タークスがいた。

「え?はい、大丈夫です」
「おっちゃん、疲れすぎー!」
「はは・・・」
「でも、間にあってよかった」
「うん。よろしくね、リーブ」
「・・・よろしくお願いします、みなさん」

神羅の人間だというのに暖かい言葉をかけてくれることが本当に嬉しかった。
しかし、ただ一人、大きな背中を向けている男がいるのに気付いた。

「・・・バレットさん」

呼びかけると、びくっと男の肩が跳ねるが、
こちらを見ようとはしなかった。

元アバランチのリーダーで、
嘗ての都市開発部門にとっては宿敵。
・・・だったけれど、今は彼の過去を鑑みれば
こうして背を向けられても仕方ない。

ティファが呆れたように手を腰に当て、男を呼んだ。

「バレット!
リーブに言いたいことあるんでしょ?」
「・・・」
「もう。バレットったら。
リーブが捕まってるって聞いて一番心配してたくせに」
「・・・え?」

ティファ見ると、彼女は肯定するように
ぱちんとウインクを決めた。
大きな背中の男が体ごと振り返って怒鳴った。

「ばっ!!馬鹿野郎!!!心配なんかするか!!
ただ、助けられっぱなしは癪だからよっ!!」
「・・・助け・・・?」

心当たりがなく、リーブは首を傾げた。
寧ろ、助けられてばかりなのは、自分の方ではないか。

「うん。私もバレットも、神羅に捕まったところをケット・シーに助けられたね」
「あれは・・・」
「だ、だからよ、単なる貸しだ!!!」

バレットは顔を真っ赤にして叫んだが、
冷静なリーダーに突っ込まれた。

「バレット。そこは『借りを返す』が正しいんじゃないのか」
「ぐっ・・・!だ、大体よお・・・!!」

バレットはその大きな左腕でリーブとケット・シーを指さした。

「お前ら、違和感ありすぎんだよ!!!」
「・・・違和感、ですか?」
「ま、ケット・シーからおっちゃんは想像できないよねー」

リーブはケット・シーと顔を見合わせた。

「・・・そんなに変ですか?」

例外なく仲間たちが一斉に頷く。
うんうん、と足下の猫も頷いていた。

「そりゃ、ボクみたいなキュートな猫を、
あんさんみたいなむさいおっさんが操っとったら、普通ひくやろ」
「・・・ケット。貴方にだけは言われたくありませんね」

操っている筈のロボットに言い返すのが不思議に思ったのか、クラウドが首を捻った。

「・・・さっきから気になっていたんだが、
ケット・シーとあんたは別ものなのか?」
「え?ああ・・・。
ケット・シーは自律型のロボットですから、
彼の判断で行動できます。
勿論、データは全て私に送られますし、
私が遠隔操作でケット・シーを操ることもできます」
「へえー!!凄いんだねー!!!」
「・・・それだけか?」

鋭い元タークスに、リーブは内面を見せない見事な笑みで答えた。

「ええ」

ちら、とケット・シーがリーブを見る。

『嘘はゆうてへんな』
『十分でしょう?』

今ここで異能力について話す必要はない。

「ま、なんにせよ、これで全員だな!!!」

一瞬流れた微妙な空気を変えるように、
飛空艇乗りがにっと笑った。

「そうね。これでやっと揃ったのね」

頷くのは長い黒髪の美しい格闘家。

「いよいよってことか!うおおおおお!!!」

右手の武器を掲げて、元アバランチのリーダーが叫ぶ。

「・・・セフィロス、か」

静かに目標を呟くのは、赤い目の元タークス。

「あたしにかかったら、セフィロスなんで軽い軽い!!」

ウータイ一のくの一がシュシュシュっと軽やかに拳をふるってみせる。

「うん。行こう!」

聖なる獣が澄んだ声で答える。
しかし。

「・・・その前に、話がある」

彼らのリーダーがあっさりと彼らの意気を遮った。

「だああ!!!これからってときに
何なんだクラウド!!!」
「兎に角飛空艇に戻ろう。そこで話す」

身を翻す金髪の青年に向けて、
リーブは一言、告げた。

「私はここに残ります」
「・・・は?」
「何言ってんだ、リーブ」
「そうよ、すぐセフィロスを止めないと、」
「それはケット・シーに任せます。
私は今の神羅の状況を把握しなければいけません。
そして、住民の避難も先導しなければ」

住民のみならず、神羅の社員まで統制が取れていないとすれば、
自分がなすべきことは決まっている。

リーブは仲間たちを送り出す為に、
神羅ビルの入り口ゲートまで先導した。

途中でクラウドたちに気付く職員もいたが、
対処しようとするものはいなかった。
それどころではないのだろう。
神羅という組織は、もう機能していない。

   *   *
嘗て噴水が見えた入り口ゲート前で、リーブは振り返った。

「では、私はここで失礼します」
「ああ」
「頑張って!」
「次に何かあったら、先に言え!」
「リーブも気をつけてね」
「おっちゃん、ファイトオー!!」
「てめえ、マリンを頼んだぜ」

呼応するように次々とかけられる言葉たち。
顔を合わせたのは先程が初めてだったが、
どれもが信頼に満ちたものだった。

「・・・分かっています」

リーブの横を通り過ぎたクラウドがふと立ち止まり、
振り返った。

「リーブ」
「はい」
「ここは任せた」

簡潔な一言。
しかしそれは、神羅のみならず、恐らくミッドガル全体を指す言葉。
リーブは重々しく頷いた。

「・・・はい」

fin.