帰郷

それは、新年に入って各方面への挨拶回りが一通り終わった頃。
俺を含め、その日勤務していた護衛が全て局長室に呼び出された。
局長はいつものデスクにつき、俺たちをじっと凝視していた。

「何ですか、局長ー。もう今日は出張ないですよね?」

局長は存外真面目な顔でデスクの前に並ぶ俺たち一人一人を見る。
シリアスそうに切り出した。

「・・・今日は、皆さんに決めていただきたいことがあります」
「んあ?」
「これは、権利であって義務ではありません。
よって私から命じることは出来ませんが、かといって見過ごすことは出来ません」
「はああ??」
「どういうことですか、局長」

局長は目を伏せた。

「つまり、行使すべき権利をほぼ放棄している隊員がいる、ということですよ。
このままでは、他の隊員に示しがつきません」
「だ、誰ですか!?」

局長は目を開けた。
そして、よりによって、俺を見据えた。

「レギオン」
「・・・えっ!?俺ですか!?」
「ええ、貴方のこと、ですよ」

局長の宣言で、局長のみならず隊員たちの全ての視線が俺に集まった。

「あ、あの、ナンノコトデショウカ・・・??」

冷や汗がだらだらと背中を伝っていく。
目の前の上司は、一ミリたりとも表情を変えないまま、答えた。

「20日です」

俺の思考が止まった。

「・・・はあ?」

・・・20日って何、それ。
俺の部下たちも首を捻っているが、ただ一人理解したものがいた。
新入りとしてやってきた俺の親友は冷静に確認した。

「局長。それは有給休暇のことですか」
「ええ」
「・・・ゆうきゅうきゅうかあーーーー!???」

思いがけない単語に、漢字が崩壊した。
大混乱の俺を余所に、部下たちは納得したように騒ぎ出す。

「そういや、隊長が休んだとこってみたことないです!」
「マジで休んでなかったんですか、隊長」
「じゃあ権利って、有休取得ってことですか?」
「その通りです。3月末までに取得しなければ、20日の有休が消滅します」

深刻そうに、局長が重々しく頷く。
一通り叫んだ俺は、ぜいぜいと息を整えた。

「そんなことですか・・・。お、脅かさないでくださいよ局長・・・」
「いえ、これは極めて深刻な事態ですよ、レギオン」
「何でですか」
「隊長が有休をとらなければ、部下も取りづらい。
ですから、護衛の皆さんは極めて有休取得率が低い状況にあります」

局長の現状報告が効いたのか。
部下たちが一斉に俺を攻撃しだした。

「え。じゃあやっぱり隊長のせいじゃないですか」
「便乗するな!!!って、ええ!?俺のせい!?」
「お前のせいだな」
「ミトラス!お前まで!!!」

軽く揉めだした俺たちへ、局長は命じた。

「ということで、定時までに皆さんの有給休暇計画を提出してください」
「いや、あんたさっき命令できないって言ってたよな?」
「取れ、とは命令できませんが、計画を出せ、くらいは命令できますよ」

しれっと言い放つ食えない局長は、通常運転だ。
俺はだん、とデスクに両手をつき、局長に迫った。

「詭弁だーー!!!!
大体、俺はあんたの護衛なんだから、俺が有休取ってないのはあんたのせいでもあるだろ!?
あんたこそ有休取ってねえだろうが!!!」

そうだ。
俺はこれでも局長専属護衛隊長。
俺が働いているっていうことは、ほぼイコール局長が働きづめだったということだ。
だが、局長は座ったまま、悠々と笑って見せた。

「今期は10日取ってますよ」
「ええ!?マジで!?」

俺は焦りつつ、今までの局長の行動を思い返す。
・・・こいつが有休を宣言したことがあったか!?
いんや、ない。
ない、けど・・・。待てよ。
こいつが強制的に休みを取らされていたのは、一回や二回の話じゃない。

「・・・あんた、それ、ぶっ倒れて休んでた日数じゃねえだろうな・・・?」
「職務を離れていた日数です」
「病欠だろうがーーー!!!!」
「有休として消化しています」
「きったねえええ!!!職権乱用だーーー!!!!」
「事務手続き上、何の問題もありませんよ」

俺の抗議もさらっと流し、局長はにっこりと笑った。

「では有休中の引き継ぎがあると思いますので、
皆さんで話し合い、計画を決めてきてくださいね。
特にレギオンの有休は時間がありませんので、優先でお願いします」
「勝手に進めるなああああああ!!!!!」

*   *

結局。
俺は強制的に本日より10日間の連続有休を消化することになった。
それも、緊急でない限り、WRO本部および支部には来ないこと、との命令付きだ。
WRO本部を追い出された俺は、取り敢えずセブンスヘブンに逃げ込んだ。

「はああああー」

カウンターで盛大にため息をつくと、ティファさんが優しい笑顔でアイスコーヒーを出してくれた。

「ふふふ。折角のお休みなのに、ため息ついたら勿体ないわ。レギオン」
「そうなんですけどねえ・・・」

からんからん、とグラスの氷を無意味に鳴らす。

「・・・俺、特に行きたい場所がないっつーか。落ち着かないといいますか・・・」
「部下たちが気になるの?」

彼女が小首を傾げると、艶やかな黒髪が流れる。
・・・あー美人店主って癒しだよなあー。
うっかり見惚れつつ、俺は肘をついた。

「その、べつに部下たちの力量を疑ってるわけじゃないんです。
あいつら、何か俺よりしっかりしてるし、実力は折り紙付きなんですよ。
なんですけどね・・・いつあいつが暴走するかと思うと・・・」
「あいつって・・・もしかして、リーブ?」
「・・・ご明察の通りです・・・」

がっくりと項垂れた。
部下達は心配ない。
問題は、護衛対象であり、WROトップの局長のことだ。

「あいつ、普段おっとりしてるっていうか、
俺やら部下たちが騒ごうが、さらっと流してどっしり構えてるんですけど・・・。
いざってときの判断力、行動力が半端ない上に、保身する気がまるでないやつだから・・・」

それが、イベント実行みたいに平和的な事柄なら、
俺達部下はギャーギャー騒ぎながら、一緒に創り上げれば問題ない。
けれど。

「・・・危険なことでも、躊躇なく飛び込むやつなんですよねえ・・・。
全く護衛の身にもなってほしいっていうか・・・」
「ありがとう、レギオン」
「・・・へ?」
「リーブのこと、心配してくれて」
「えっ!?いや、俺、護衛が仕事ですし・・・」

俺は誤魔化すようにくいっとアイスコーヒーを流し込む。
そして、その味に唸った。
・・・流石は名店セブンスヘブン。

「いい豆っすねー。これ、何処のやつです?」
「ゴンガガのちょっと北ね」
「ぐえっ!」

動揺の余り、俺は妙な声と共に噎せた。
久々に聞いた地名。

「・・・どうしたの?」
「いや、何でもナイデス・・・」

力一杯首を振って、俺は全力で否定した。
そう、何のことはない。

「そう・・・?」

ティファさんは麗しい瞳で俺をじっと見つめて。
不意ににっこりと笑った。
俺の思考など見破ったと言わんばかりの、女性特有の鋭さを秘めた怪しい笑顔。

・・・何処となーく、嫌な予感がした。

「ねえ、レギオン。特に行きたい場所がない、のよね?」
「そうですけど・・・?」
「じゃあ、休みの間にゴンガガで、豆を仕入れてきてくれないかしら?」
「え・・・ええっ!?な、なんで!?」

俺が狼狽えようとも、ティファさんの魅惑的な笑みは崩れなかった。

「ふふ。ちゃんとお礼はするから♪」
「じゃ、なくって、何で、俺なんです!?」
「私はお店を休むわけにもいかないし、クラウドも忙しすぎて、頼めないの」
「う・・・」
「因みにさっきレギオンが飲んじゃったのが最後のストックよ♪」
「ううっ・・・!!!」

窮地に追いやられた俺は、ただガタガタと空のグラスを鳴らすだけしかできなかった。
というか、この畳みかけ方・・・。

・・・やべえ、局長にやり込められたみたいに逃げ場がない・・・!!!

「お願いね♪」
「は・・・はい・・・」

こうして俺は・・・
最強の女店主にも、完敗した。

*   *

ゴンガガ村。
ジャングルに埋もれるように存在する村。
熱帯気候で、蒸し暑いけれど・・・。

俺は、入り口近くのヤシの木に隠れつつ、がたがたと震えていたりする。

ティファさんのメモどおり、村人が家の前に御座を広げて露店を開いている。
そこに駈け込んで豆を買ってしまえば任務完了、何だが。

・・・あいっかわらず見通しが良すぎる・・・。

元々が小さい村で、道も主となる1本が伸びていているくらいで
それぞれの家の窓から外の様子は丸見えだったりする。
つまり、俺が豆を買う姿がばれてしまう、かもしれない。

・・・やべえよな・・・。

じっと様子を伺っていると、鋭い怒声が飛んできた。

「ここで何をしてるんだい!?」
「ぐえっ!!!」

反射的に振り返って、
・・・というか全く背後に気付かなった時点で護衛としてどうなんだ俺!?
と動揺しながら声の主を確認して、飛び上がった。

武器代わりに箒の柄をこちらに突き付けたのは、中年の女性。
記憶の姿よりは少し皺が増えた気もするが、
あのころからちっとも変わらないその気迫は。

「お、お袋!?」
「はあ!?何言ってるんだい、この不審者め!!!」

びしっと柄を更に顎の下まで突き付けてくる。
俺は両手を挙げて降参を示しつつ、必死に訴えた。

「いや、だから俺、レギオンだって!!!!」
「レギオンだって!?・・・新手の詐欺かい!?」
「実の息子を信じろーーー!!!!!」

*   *

何とか息子だと信じてもらえた俺は、
お袋に文字通り引きずられて、家まで連行された。

座りな!!と昔説教されていたときのように怒鳴られ、
仕方なくテーブルにつく。
コポコポとお茶を注ぐ後ろ姿は、思ったよりも小さく見えた。

「聞いたよ、あんた」
「何が?」
「結構やばい仕事してるって」

お袋は湯呑をどん、とテーブルに乱暴に置いた。
反動でお茶の飛沫が飛び、俺は反射的に手を引っ込めた。

「熱っ!!!って・・・な、何のこと?」
「命に関わる仕事なんだろう?
しかもよりによってWROなんだって?」

向かいに座ったお袋がぎろっと睨んでくる。
懐かしい迫力に、俺は引き気味に笑った。

「・・・ま、まあ、そうだけどさ」

肯定しながら、そういやお袋には何も言ってなかったなーと暢気に回想した。
何しろ、ソルジャーになってやるーーー!!!とお袋と大喧嘩して家を飛び出して
・・・それから、一度も帰ってなかった。
お袋が反対した理由は、神羅などろくでもない会社で戦士なんて馬鹿げているからの一点張りだったのだが。

「好きで殺し合いする連中なんざ、やめちまいな!」
「いや、ちょっとそりゃ誤解・・・」
「WROなんて神羅と同じさ!
どうせ世界を意のままに動かしたいだけさ!」
「あー、えっとお・・・」

お袋の勢いに押されて、逃げるように窓の外へ視線を投げた。
くっきりと晴れた空の下、一本道を囲むように家々が並ぶ小さな村。
その道の真ん中に、一本の竿が立っていた。

・・・あれは、間違いなく。

ミトラスさえも呆れさせた、例のイベントを象徴するもの。

「・・・あの竿さ」
「何だい」

俺はくいっと親指で窓の外を指した。

「あれ、鯉幟の竿だろ?」
「まあ、そうだね。それが何さ」

俺の指を先を辿ったお袋は、眉間の皺を深めた。
急に話題を変えられたせいか、ぶっきらぼうに返してきた。
俺はにやりと笑った。

「どうだった?子供達の反応」
「え、まあ、喜んでいたさ。でっかい魚が空飛んでるって」
「うん。だよな」
「それが、」

不機嫌そうにぶった切ろうとするお袋に、俺は続けた。

「あれ、元々ウータイの習慣らしい。だけど、全国には知られてなかったんだ」
「は?」
「ウータイは、神羅を心底憎んでいる」

今は独特の風土から観光地としての知名度が高くなっているが、
元はウータイ独自の戦士ともいえる「忍」を持つ地域だ。
その高い兵力故に神羅と争い、破れてしまった過去を持つ。
ウータイにとって神羅は大切なものを奪った憎むべき相手だった。

だから、元神羅幹部などウータイにとって敵だった。
・・・けれど。

「俺はその場にいなかったけど、
あいつ、ウータイと和解するためにウータイに乗り込んだ。
そしてウータイがあいつを認めて、あいつに鯉幟を教えた。
・・・それを、あいつは嬉々として広めた」

テーブルに置かれたままの湯呑を両手で持つ。
まだ仄かに暖かかった。
お袋は静かに問いかけてきた。

「あいつ、が、あんたの上司かい」
「・・・ああ。俺の、護衛対象だ」
「護衛?」
「あいつを護るのが、俺の仕事だ」
「・・・命懸けかい」
「・・・ああ」

肯定すると、お袋は小さくため息をついた。
俺はお茶の水面を見ながら、そういやと思い出す。

「小豆を貰ったときなんか、
あいつ、夜中に大量に草餅つくって部下に配ってたんだ」
「草餅をつくったのかい?」
「そうだ。変な奴だろ?」
「料理好きな女性なんだねえ」
「いんや、男」
「・・・男?珍しいねえ」
「だろ?」

にやっと笑って、俺はお茶を煽った。
そして、瞬時に笑みを消す。

「それから・・・
あいつ、あのメテオショックの日・・・逃げなかったんだ」
「メテオショック・・・」

お袋も真摯な目で見返してきた。
神羅どころか世界さえ滅亡の危機を迎えた日。
生き残った者で、あの日を忘れられるものはいないだろう。

「メテオが落ちてくる都市ミッドカルから、一度も離れようとしなかった。
ただ、住民の避難のために全力を尽くしていた。
俺や他の奴らが止めようとしたのにな」

ミッドガルから連れ出そうとした俺を蛙にしても、
あいつ自身はミッドガルに残った。

・・・ミッドガルを、住民たちを見捨てることは一度もなかった。

「・・・俺の護衛対象は、そういうやつなんだよ」
「・・・信頼、してるんだね?」
「ああ。あいつじゃなきゃ、俺が護衛なんてありえないね」

きっぱり言い切った俺に、お袋はやれやれと首を振るった。

「はあ・・・。仕方ないね。
あんたがそこまでいうなら、気が済むまでやればいいさ。
但し、半端者は許さないからね」
「わかってるって」

敢えて軽く返すと、
ぎん、とお袋の目が再び鋭く光った。

「で?その上司の名前は?」
「へ?」
「うちの息子を盾にしてる上司の名前だよ」
「盾にって・・・いやいや、そうじゃ、」
「何ていうんだい?」

否定する前に、有無を言わせぬ迫力に遮られた。
俺はこほん、と咳払いをしてみる。
まあ、あいつに比べたら威厳も何もないけれど。

「・・・『リーブ』だよ、お袋」
「・・・え?」
「リーブ・トゥエスティ。・・・WRO局長が、俺の護衛対象だ」

*   *

10日後。
無事・・・というにはまあ、特大の説教を序でに喰らってから、俺は戻ってきた。
ティファさんにはコーヒーを仕入れてきたお礼として手作りクッキーを貰えたことだし、有意義な休みだったと思う。
久し振りに、WRO本部の主の部屋を訪れる。

「只今戻りましたー」

自動扉をくぐると、いつも通りの護衛対象がデスクで書類を捌いていて、
彼は顔を上げた。

「お帰りなさい、レギオン。有休は如何でしたか?」
「んー。まあ、そこそこ楽しかったです」
「そうですか」

俺はデスクを挟んで、局長の真正面を陣取る。
じいっと、上司を凝視する。
彼は不思議そうに首を傾げた。

「・・・レギオン?」
「局長。お袋に、俺がWROにいることを伝えたの、あんたでしょ」
「何のことでしょう?」

全く心当たりはない、と言いたげな局長。
こうやってはぐらかすのが、いつものスタイルだ。

「ネタは上がってるんですから。俺故郷のこと誰にも言ってませんよー。
面接のときに、あんた以外には」
「私ではありませんよ?」
「んじゃ、俺のお袋にWROのことを伝えるよう指示したの、あんたでしょ」

にやっと畳みかけてやると、局長が僅かに顔を歪めた。

「・・・。レギオンも小賢しくなりましたねえ・・・。」
「そりゃ、あんたの下であんたや世界の猛者たちの遣り取りみてたら、少しは勉強しますって」
「・・・残念ですねえ」

局長は、はあ、とこれ見よがしにため息をついてみせる。
本当に残念がっているのか、まあ単に大袈裟に見せているのか。
相変わらず食えない上司に、俺は帰って来たんだなと実感した。

「・・・ありがとうございました。
あんたの御蔭で、久し振りにお袋と真面目な話が出来ました」

頭を下げると、局長の顔は見えないけれどちょっと驚いたような気配がした。
そして、滅多に聞けない声音が降ってきた。

・・・こいつ本来の、深く人を慈しむ優しい声。

「・・・お母様はお元気でしたか?」
「そりゃあもう、俺説教されっぱなしでしたよ」
「よかったですね」
「んじゃ、今日からまた復帰しますから」

ぱっと顔を上げて宣言すると、局長はうーんと顎に手を当てた。

「あと10日ありますよね?」
「また有休かよ!働かせろ!!」
「だって護衛なんていりませんし」
「またその話か!!!ちょっとは護衛の必要性を自覚しろ!!!」
「あ。テレビ局の司会とかどうです?」
「話を聞け!!!そんで護衛対象が転職の斡旋するなーーー!!!!!」

相変わらずずれた男に、俺は本職を全うしようと誓った。

fin.