廃棄

リーブは思う。

・・・これは、やはり私が持っていてはいけないものではないか。

彼女の側にいて、彼女を支え、幸せにできる者が手にすべきもの。
・・・何もできない、いや、寧ろ命の危険に晒しかねない私ではなく。

隠していた指輪を見つめる。

そして、ゴミ箱に捨てようとして・・・
はたと気づく。

極端に資源を節約することが義務づけられているWROでは、ゴミは非常に細かく分類され、再生できるものは全て再生される。
つまり、その時点で全てのゴミが検査されることになる。
指輪など、すぐに発見されてしまう。

「・・・ど、どうしましょう・・・」

彼女は売るなり捨てるなり好きにしろ、と言ったが
思いの外それは難しいことが発覚した。
何故なら。

・・・売るにしても・・・出所がばれると困りますし。

誰かに頼むにしても、その誰かにどう説明するものか。
ならばいっそ。
ここではないどこかに、誰もこない場所に捨てるしか、方法はない。

「・・・ケット。これを、捨ててください。誰も来ないような、永遠に見つからない場所へ」
「・・・ほんまにええんやな?」
「・・・私は、相応しくないですから。・・・ああ、そうだ・・・」
「なんや」
「・・・ミッドガルに、捨ててください。あそこなら、立ち入り禁止ですし」
「・・・それだけやないやろ」

人生の全てを賭けて造り上げ、そして廃墟と化した。
巨大な都市の墓場ならばきっと、自分の最後の想いを葬るに相応しい。

リーブは軽く首を振るう。

「・・・それだけですよ」

   *   *

幹部の定例会議を終え、幹部たちが局長に軽く礼をしながら立ち去っていく。
ノートパソコンを抱え、同じく部屋を出ようとしたシャルアを呼び止めた。

「シャルアさん」
「何だ」

リーブは議長席に座ったまま、こちらへやって来た科学者を見上げる。
相変わらず個性的な服の上に白衣を羽織った姿は何処か凛々しい。

「報告書、溜めてないで出してくださいね?」
「何のことだ」

ちっと言いたげな彼女に、ああ図星でしたか、とリーブはくすっと笑う。

「あの新薬、先日の学会では、閉会時のトピックスに選ばれたそうですね」
「・・・相変わらず抜け目ないな」
「優秀な部下の成果ですから」

彼女の苦虫を潰したような顔を見ながら、ふっと声を落とした。

「ああ、それから・・・」
「なんだ?」
「あれ、捨てましたから」
「何のことだ」

リーブはにこりと笑って、そしてシャルアの左手に視線を移す。
彼女の義手に嵌められた銀の輪。
リーブの視線を辿った彼女は、そっと目を伏せた。

「・・・そうか」
「ええ」

   *   *

シャルアが科学部門の統括室に戻ってきてみれば、
見覚えのありすぎる黒猫がデフォルメの笑顔を振りまきながら手を振っていた。
統括室といえば、それなりのセキュリティがあるわけだが、
この猫は例外中の例外で、彼がその気になれば何処もかしこもフリーパスらしい。

・・・まあ、こいつは局長室すら出入り自由だったか。

取り敢えず、シャルアは猫を無視してデスクについた。

「・・・何故お前がここにいる」
「そりゃあ、勿論嫌がらせや」
「嫌がらせ?・・・の割にはまだ何もしてなさそうだが」
「いんや、これが一番ききそうやったんや」

シャルアは意味深なケット・シーの台詞に腕を組む。
じろり、と猫を見下ろすが飄々とした態度は変わらない。

ケット・シーはただのロボットではない。
リーブと繋がっている、しかも本人曰く生きている機械。
少なくとも、何の意味もなく行動する奴ではない。

シャルアはケット・シーの侵入を特に不快には感じていなかった。
この機械のくせに生きている、という生体には興味が尽きないし、仕事の邪魔もされていない。
まあ、会話の分だけ仕事はしてない、とも言えるが。

しかしこの侮れない猫が「嫌がらせ」と言いきるのなら、それだけの根拠がある筈だった。
シャルアからしてみれば、何もされていない。よって特に嫌がらせと感じない。だが。
他に、嫌がらせだと感じる者がいるならば・・・

そこまで思考して、シャルアは一つ頷く。
そして、立ち上がり、ケット・シーの前にしゃがみ込んだ。

「・・・リーブに対する嫌がらせ、だな」

ケット・シーは満足そうに笑った。

「その通りや、流石やなー」

ケット・シーはリーブの分身。
ケット・シーの経験は全て、リーブに伝わっている。
逆に言えば。
リーブがみたくないものでも、ケット・シーが見ているものはそのままリーブに伝わってしまう。

「で。あたしの顔を見たくない、とあいつが考えているってことだな」
「んー正確に言うと、後ろめたいと思とるみたいやな」
「・・・指輪か」
「そや」
「そんなもの気にしてどうする」
「え?」
「言ったはずだが。売ろうが捨てようが構わないと」
「で、ですが・・・」

訛が消えている、ということは、リーブ本人がリンクしたということか。
シャルアは殊更意識して不敵な笑みを浮かべた。

「ざまあみろ」
「・・・は?」
「それだけあたしの行動を意識したということだからな」
「あの、シャルア、さん・・・?」

ケット・シーが間抜けな顔で見返すのが面白い。
屹度本体はぽかんと口でも開けていることだろう。
シャルアは更に切り込んだ。

「あたしの想いはあんたにとって迷惑か?」
「・・・」

気まずそうに視線を反らす猫へ、シャルアはさらりと宣言した。

「なら、もっと重荷になってやる」
「・・・へ?」
「覚悟しておけ、リーブ」

   *   *

数日後。
小会議室を出ようとしたリーブを、引き止める声があった。

「局長」

振り返れば、蒼い目をもつ少女が見上げていた。
今は情報部門を統括する幹部の一人。

「シェルクさん。どうされましたか?」
「5分、時間をください」
「構いませんが・・・」

ありがとうございます、と淡々と答えたシェルクは、無駄のない動きで扉を閉めてしまった。
二人きりになった会議室で、シェルクはじっとリーブを凝視した。

「右手を出してください」
「え、ええ・・・」

シェルクの意図が分からず、リーブは言われたとおり右手を差し出した。
彼女は何かを握り込んだ右手をその手に乗せ、開いた。
リーブは不思議に思いつつも、彼女からのものを受け取る。そして、右手を見て目を疑った。

「これは・・・!」

見間違えるはずのない、銀の輪が光っていた。
リーブの反応に、シェルクは一つ頷いた。

「貴方のものですね」
「・・・。ですが・・・」
「ミッドガル・・・DGに捨てた筈、ですか」
「・・・」
「私を誰だと思っているんですか。DGの情報を一番握っているのは私です」
「ですが、DGはもう立ち入り禁止で、」

言いかけたリーブを、シェルクが遮った。

「知り合いに、同じくDGに詳しい『花屋』がいるんです」

リーブの脳裏に、赤い髪の女性が思い浮かんだ。

「・・・まさか」
「彼女は言っていました。
『面倒なところに捨てないでちょうだい!採取するのは花だけで十分よ!
人にばかり与えてないで、自分の分を受け取ったらどうなの!?』と」

シェルクは、リーブの手の中にあるリングを見遣る。

「それは、姉がしているリングとお揃いですね」
「・・・」
「姉を振りましたか?」

リーブの真意さえ看破してしまうような、強い眼差し。
直接的な表現に、リーブは戸惑いながらもはっきりと肯定した。

「・・・ええ」
「嘘ですね」

尋ねておきながら、シェルクは即座に否定した。

「・・・何故、そう思うのですか」
「姉が、・・・綺麗になったから、です」
「・・・」

深い声音に、咄嗟にリーブは返す言葉が見つからなかった。

「根拠にならないと思いますか?
勿論姉は落ち込む性格ではないですが・・・
振られたのなら、いつもどおり淡々としているでしょう。
ですが、妹の私からみても、活力に満ちています。
まるで強敵との戦いを楽しむような。
それでいて・・・幸せに見えます」
「それは貴女がいるからでは・・・」
「私は姉にとって強敵になり得ません」
「・・・」

冷静に事実を述べるシェルクには、否定できないほど強い何かが籠っていた。

「貴方は姉の想いを受け入れた上で、拒絶している・・・違いますか?」
「・・・」

蒼く大きな瞳が、答えられないリーブを貫く。
その眼光の鋭さに、流石姉妹ですね、と感心してしまう。
シェルクはリーブの反応さえ見越したように、軽く首を振るった。

「ですが、無意味な抵抗はやめた方がいいです」
「・・・は?」
「姉の様子を見る限り、貴方を諦めたわけではなさそうです」

さくっと言い切られてしまった。

「それに、」
「・・・何ですか?」
「・・・私には姉を止める理由はありません。
いえ、寧ろこれからは積極的に姉に協力します」

畳みかけるシェルクに、リーブは慌てて声を上げた。

「え?ちょっと待って・・・」
「待ちません。私にとって貴方は恩義ある人物です。
その上、姉が貴方を選んだというなら、私が援護しない理由は何もありません」
「で、ですが」

焦るリーブとは対照的に、彼女は口元に微笑を湛えていた。

「覚悟してください、リーブ・トゥエスティ」

   *   *

局長室に戻ってきたリーブは、ふらふらとデスクにつき、そして、突っ伏した。

「宣戦布告されたみたいやな」

にやにや笑いながらリーブを見下ろすのは分身たるケット・シー。
デスクの上を陣取って、今日も彼は絶好調だ。
恨めしそうに分身を睨み、リーブは盛大にため息をついた。

「・・・勝てそうもない気がしてきました・・・」
「そりゃ勝てるわけないやろ」
「どうして姉妹で同じ台詞を仰るんでしょう・・・」
「そりゃ姉妹やからちゃうんか」
「・・・」

すぱっと言い切られ、リーブは撃沈する。
胸に仕舞ったリングが、やけに暖かいように感じた。

fin.