彼の戦い、

ミッドガルにウェポンが現れる。
その情報を元に、ハイウィンドの進路は大きく方向転換することになった。

後数刻で、ウェポンとの決戦の地に到着する。
仲間たちは戦いに備えて、一時解散となっていた。
シドは頼りになる操縦士にハイウィンドの舵を任せて、ブリッジの端に一人残っているやつに目を向ける。

ケット・シー。

ウェポンの情報をリークした、神羅の逆スパイだ。

彼はじっと眼下に流れる風景を見据えていた。
シドは背後から声をかけた。

「ケット・シー。おめえに聞きてえことがある」

「・・・なんでっしゃろ?
ミッドガルの侵入路ならさっき確認したとこやろ?」

「あーもちっと込み入った話だ。場所変えるぜ」

「・・・?」

怪訝そうにケット・シーが彼に付いていく。

*   *
「・・・なんでシドはんの部屋まで移動すんねん」
「あーワリイ。が、どうにも気になっちまってな」
「せやから、なんやねん」

まあ待て、とシドは煙草を懐から取り出し、火をつける。
ふうっと煙草の火をくゆらせ、一息付いて。
改めて黒猫に向き直る。

「・・・おまえ、やべえんじゃねえのか?」
「・・・そりゃミッドガルはやべえ、ですけど?」

今更何を聞いているのか、といった態度のケット・シーにシドは首を振る。

「そうだろうけどよ、俺様がいいてえのは、それじゃねえ」
「・・・じゃあなんですねん。
神羅に近づくから緊張してはるんですか?」

「あーまあ、それもまあ、ないわけじゃあねえけどよ」

そうじゃねんだ、とシドは頭をがりがりと掻いた。
はっきりした確証はない。
ないが、気になって仕方ないことがあった。

「ミッドガルにウェポンが来る。
これが分かったのは、ついさっき、なんだな?」
「せや」

間髪入れず、返事が返る。

「おめえが俺たちに教えたのは、避難勧告と同時か?」

「正確にゆうたら、避難勧告が先でっせ。
でもまあ、あんまり変わらんかな・・・」

これもまた、予想通り。
シドの声は更に低くなる。

「だから、やべえんじゃねえか」
「は?」

猫型ロボットはとぼけているのか、本当に分かっていないのか区別しにくい。
シドは畳みかける。

「ウェポンがミッドガルに来る。
それをミッドガルの奴らでさえ、知ったのはついさっきだ。
なのに、ミッドガルから遠く離れてた筈の俺たちがタイミング良く来てみろ。
なんで俺たちがウェポンのことを知ったか、探るんじゃねえのか?」
「・・・」

猫が黙り込む。

「そりゃ、今はウェポンの出現に神羅も集中してるだろうけどよ。
俺たちが現れたら、あまりのタイミングの良さを疑う奴がいねえとは思えねえ。どこから情報が漏れたか、・・・わかっちまうんじゃねえのか」

猫は動かない。
いつもは煩いくらいに大げさなジェスチャーするやつがこうも静かになるということは、きっと最初からわかってたんだろう。

ケット・シーは遠隔操作のロボット。
その正体が誰か、シドは誰よりも先に感づいていた。

「・・・どうなんだ?『リーブ』さんよ」

はっと息を呑む気配が伝わる。
神羅の社長の動きまで知ることの出来る立場で、尚且つ俺たちの行動に賛同してくれ得る者。

・・・今の神羅でまともな幹部って、あんたしかいねえじゃねえか。

「逃げ回れる俺たちはいいけどよ、あんた神羅の統括やってんだろ?
そうでなくても、前におめえ、『会議に呼ばれなくなった』って言ってたじゃねえか。
今回のことで決定的になっちまったら・・・それこそ抹殺されてもおかしくねえんじゃねのか?」
作りものの細い目を凝視する。
表情は変わらない。
暫くすると微かだが、くすりと笑ったような気配がした。

「・・・シドさんは、以前から魔法を使えたんですよね?」
「・・・へ?」

訛の消えた言葉に面食らう。
それが『ケット・シー』ではなく、『リーブ』の言葉だと
理解するのに少しかかった。
そして改めてリーブの問いに答える。

「魔法か?まあそうだが・・・。って今そんな話じゃ、」

話を戻そうとする前に、リーブが遮る。

「私は使えませんでした。ケット・シーがスパイとして潜り込んだときは、魔法なんて使えることも知らなかった」
「・・・そうなのか?」

近距離攻撃は確かにデブモーグリが多いが、
遠距離攻撃としてケット・シーの魔法は頼りにしていた。
作りものの猫のくせに意外と魔力が強く、
何より周りを冷静にみているため、援護が的確だった。
その魔法が、最初は使えなかったとは。

「ええ。ケット・シーとしてここに潜り込んだとき、私はデブモーグリによる攻撃しか出来なかったです。そして彼らもそれしか出来ないと思っていました。
・・・当然です。ロボットですからね。
でも、エアリスさんは違いました」

喪った大切な仲間の名前にぴくりと反応する。
確かめるように、シドは呟いた。

「エアリス、か」

ケット・シーが頷く。

「はい。ケット・シーは魔法を使えると・・・
ケット・シーに魔法を教えてくださったんです」

少し間が空く。恐らくリーブがそのときのことを思い出しているのだろう。

「ロボットであるケット・シーにファイアを教えて。それから彼女はこう言ったです」
「・・・『貴方も戦える』、と」
「そりゃあ・・・」
「ええ、エアリスさんはきっと、デブモーグリだけでなく、ケット・シー自身も魔法という手段で戦うことができると、といういう意味で仰ったんだと思います。
でも私には、もう一つ意味が隠されているように思えました。」
「ケット・シーだけでなく、私も戦える、と」
「それはどうせ自分は戦うことなど出来ない、と言い訳して何もしてこなかった私の心に酷く響いたんです。
本当は、私なりに戦うことができるんじゃないかと。
・・・それを、エアリスさんは指摘してくださった」

ですから、と彼は続けた。

「・・・これは私の戦いなんです。
今まで何もしてこなかったことに対する、けじめでもある・・・。
ですから、貴方たちは、ミッドガルの人たちを守ることだけを考えてください」

落ち着いた口調。
ケット・シーではない本体リーブ自身の言葉が船内に凛と響いた。
「・・・わあったよ、リーブさんよ。
でもよ、本当にやばくなったら、ちゃんと言え。
お前も俺たちの仲間、なんだからな」
「・・・ありがとうございます」

礼儀正しい言葉に、シドは僅かに眉を顰めた。
一見受け入れられてそうだが・・・

「てめえ、本当に、わかってんだろうな?」
「は?」

惚けた様子に、こいつは分かってなさそうだ、とシドは見当をつける。

シドは神羅にいた頃、幹部たちの噂を多少聞いていた。
そして、その中での都市開発部門統括は。

生真面目で実直。
更にこれにケット・シーの今までの言動を加えると・・・。

・・・何やらやらかしそうなタイプだ。しかも、相当頑固とみた。

「・・・一人で格好つけんじゃねえ。
もしおめえに何かあったら、セフィロス後回しにして乗り込んでやるからな!」

宣言してやると、明らかに黒猫が慌て出す。

「ちょっ・・・!セフィロス後回しはまずいですよ!!
貴方たちの目的は、セフィロスを止めてメテオを防ぐことじゃないですか!!」

・・・この慌てぶりに、『貴方たちの目的』と、きたか。
シドは自分の懸念が的を射ていたことを確認し、
語気を強める。

「貴方たち、じゃねえ。おめえも、だろ」
「そ、そうですが」
「俺たち全員が揃わなきゃ、セフィロスにかなわねえだろうよ。
つまり、てめえが一人で格好つけてる場合じゃねえってことだ」

証拠も何もないが、シドは確信していた。
あのセフィロスを止めるには、仲間全員の力でなければ無理だと。
ケット・シーが欠けては、勝つことは出来ない。

「・・・あの、論点ずれてませんか?」
「ずれてねえし、俺様は正しい」
「・・・はあ」
「セフィロスを後回しにしたくなかったら、てめえもなんとか生き延びろ」
「・・・」
「返事はどうした」
「・・・。・・・はい」
「よし。じゃ、ウェポンをとっととしとめて、セフィロスも止めて、メテオも防ぐ」
「簡単に言ってくれますね・・・」
「そりゃ、俺様がやるっつったら、やるんだからよ!」

にっと黒猫に笑いかけると、彼は苦笑したようだった。

「なんや、シドはんにはかなわんなあ・・・」
「あたりめえだろ!約束、忘れるなよ」

シドは豪快に笑った。

fin.