瓦礫の中で泣きわめいているのは幼い自分。
果てしなく続く破壊された灰色の街と、数え切れないほどの変色した血痕と亡骸と。
そして、それは。
自分が殺したものだと知っていたから。

こんなつもりやない、と叫ぶ。

こんなつもりやなかった、
みんなを守りたかったのに、なんで。

「なんでや・・・」

片足を喪い、焦点の合わない瞳と目が合い、咄嗟に反らす。
けれど隣のビルに挟まれ、恐怖に見開かれたままの瞳にかち合う。

「・・・ひっ・・・!!」

血溜まりは既に薄黒く地面を染めあげて。

「なんで・・・」
「これは酷いな」

びくっと肩が跳ねる。
誰も生存していないはずの世界に、自分以外の声。

「・・・これがあんたの悪夢か?」

こわごわと後ろを振り返る。
見上げてみると、見覚えのない白衣の女性が立っていた。

「・・・誰・・・?」
「誰でもいいだろう。とっとと起きろ」
「・・・起きる?」

反応の鈍い自分に業を煮やしたのか。
女性は自分の左腕を掴もうとしたから、慌てて身を引いた。

「・・・何故逃げる?」
「お姉ちゃんも、殺される・・・」
「はあ?あたしが?誰に?」
「・・・僕」
「馬鹿も休み休み言え。あたしがあんたに殺されるわけないだろう」
「でも!!みんな、みんな死んでもうたんや!!」
「ん?」
「僕がちゃんとDGのこと知っとったら、カームに部隊を派遣することもなかったのに・・・!」
「・・・あんた」
「本部もそうや、ちゃんとDGSを見張っとったら、壊滅せえへんかった!!!」

ぎゅっと両手を握り締める。

「・・・僕が殺したんや・・・」

胃の中のものは既に空っぽに吐き尽くしたはずなのに吐き気がした。
搾り尽くした筈の涙が視界を揺らした。

『死の匂いがする』
・・・そのとおりや、と思った。

急に体が揺れた。
肩を捕まれたのだと、吃驚して目を開けた。
驚くほど間近に、綺麗な隻眼があった。
彼女は膝をついて、僕をのぞき込んでいた。

「・・・よく見ろ。あたしは死んでないだろう?」
「で、でも!!!」
「あたしは死なないさ。あんたに殺せるわけがない」
「殺したんや!!!」
「殺してない。
あいつらも、殺されに行ったわけじゃない。
あいつらは、人を助けに行った。そうだろう?」
「でも、殺されてしもた・・・」
「あいつらは守りにいったんだ。
襲われている街の人々を守るために。
ただあんたの命に従ったわけじゃないさ。
あいつらの意志さ」
「でも!」
「リーブ!!!」

鋭い一喝に、僕は黙り込んだ。
なんで僕の名前しっとるんや?

「・・・あたしは死なない。強いからな」
「でも」
「でもはなしだ。
それともあたしはそんなに弱いか?」

ふるるる、と首を振るった。

「あたしは幾らでも強くなれる。条件さえ、満たせばな」
「・・・条件?」

おずおず、と目の前の女性を見上げる。
彼女はにやりと笑った。

「・・・あんたが生きていること。それが必須条件だ」
「え?」
「ほかの奴らも強くなるさ。あんたがいればな」
「・・・なんで?」
「あんたがみんなを守ってるからだ」
「・・・え?」
「あんたがいつもあたしや、あいつらや、一般人や、全てを守るために尽くしているだろう?
だから、あたしらは強くなれる。あんたと共に、守るために」
「そんなこと・・・できへん・・・」
「とっくにやっている。だから、もう泣くな」

ぎゅっと抱きしめられた。
僕は吃驚して身動きがとれなくなった。
でも、腕の中は、とても暖かかった。
生きているからこそ持つ、誰かの体温。
耳元に優しい声が届く。

「・・・あんたはあたしの『命』を守ってくれた。
だからあたしはあんたの『心』を守ってやる。
その狸っぷりも、策士も、頑固さも、実直さも、繊細さも、底ぬけのお人好しも。
だから、あんたはあんたのままでいろ。
あたしは・・・」

何故か、とても安心して。

僕はふっと目を閉じた。

   *   *

「・・・おや・・・?」

明かりの落とした局長室。
モニターだけが眩しく、やりかけの書類を写しだしていた。

「いつのまに・・・眠っていたんでしょうね・・・」

軽く頭を振る。
極限まで体力を使うと、闇に引きずり込まれるように
眠りに落ちていることがある。

そういったときは、必ず底なしの悪夢を見ていた。
七番街のプレート落下だったり、カームの街だったり、廃墟となったミッドガルだったり。
場所は変わるが、地面を埋め尽くす死骸と、その原因が自分だったことは変わらない。
のに。

微かに耳に残る、気の強い綺麗なアルト。

「あれは、・・・シャルアさんですよね・・・」

夢の冒頭はいつもどおり。
なのに、途中から酷く朧気で、掴めない。
ただ、白衣の女性がいたことはぼんやりと残っていた。
いつもなら気だるさと共に目が覚めるのだが、今回は、体が軽い。

「お守りのお陰でしょうか・・・」

名刺入れの隠しポケットに入れている銀の輪。
何も返せない自分に彼女がくれた唯一形となるもの。

「・・・ありがとうございます」

   *   *

WRO本部の会議室。
定例の幹部会議を終えた幹部達は軽く一礼し、会議室からばらばらと出ていった。
リーブは議長席にてテーブルに広げられた資料を集めていたが、ふと顔を上げる。

「局長」

いつの間にやってきていたのか、目の前に隻眼の科学者が立っていた。
しかも、堂々たる仁王立ち。
彼女らしい立ち姿にリーブは思わず微笑む。

「・・・どうしました、シャルアさん」
「言い損ねたことがある」
「・・・何でしょう?」

今回の議題で報告されていない問題でもあったのか、と
束ねた書類をテーブルに置き、シャルアを見上げる。

「あんたが最後まで聞かずに起きてしまったからな」
「・・・起きる?」

リーブは僅かに眉を寄せる。
はて、彼女は何の話をしているのか。
さっぱり心当たりがない、筈だったのだが。

「『あんたはあんたのままでいろ』」
「・・・!それは・・・!」

がたん、と椅子が揺れる。
何処で聞いたのか思い出せない。
けれど、頭で理解する前に、心が狼狽えていた。

「やっぱりあの子供はあんたか。じゃあ続きだ」
「あ、あの、」

何を自分は焦っているのか・・・それさえ掴めない。
けれど彼女はもう全て知っている、と戦わずして負けているような気になってしまう。
結局リーブが何も言えないうちに、彼女はさらりと口にした。

「『あたしは、ずっとここにいてやる』」

fin.