上層部のぶっとんだ神羅ビル。
一階のホールは臨時の避難対策本部として、
一時は人で埋め尽くされていたが、
今は目前まで迫ったメテオの脅威から逃れるため、人はいなかった。
いや。
いなくなる、筈だった。
俺は閑散とした入り口のゲートを抜け、奥の元受付用に置かれていたカウンターに近づく。思った通り、一人の男がノートPC画面と格闘している。
気配に気付いたのか、男は顔を上げ・・・
呆気にとられた後、がたんと立ち上がった。
「・・・何故ここにいるのですか!!」
どうやら相当驚いているらしい。
そりゃあそうか、と俺は思う。
俺が最後に受けた命令は、伍番街から七番街の連中をスラムの端まで無事に誘導することだったからな。
普通にやってりゃこの時間に本部に戻ってくるなんて真似が出来るはずがない。
「それは、俺の台詞なんですけどね、部長」
部長、といっても俺の直属の上司ではない。
あの能なしの上司はとっくにクラウドたちにやられている。
目に濃い隈をつくっている壮年の男は、ソルジャー部門ではなく、都市開発部門の部長だ。
それも、今神羅で生存の確認できる、たった独りの幹部。
「都市開発部門の連中に言ってましたよね。この本部を畳んですぐに駆けつけると」
この幹部は前日まで多くの部下や地区リーダーと共に
住民をミッドガルから避難させるため全力を尽くしていた。
そして、ぎりぎりのリミットである今日は、
彼らと共にミッドガルを離れる・・・筈、だった。
「なのに、なんでまだここにいるんですか」
俺だけじゃない。
7日間、ここで避難活動に従事していた奴らが少しずつ、本部に戻らなくなっていた。
戻れないように、より遠くへ赴く指令が下るようになったからだ。
それは、つまり。
最初から、協力していた奴らが
最後には住民を守るという命令によって、自然にこのミッドガルから離れられるように計算されていたということ。
一人でも、多くの人を助けるために。
俺でさえ気付いたんだ。
昔から部下やってたあの連中が気付かないわけがない。
「まだ、私の仕事は残っていますから」
淡々とした口調。
まるでまだ神羅があった頃に残業を宣言するくらいの、当たり前のような。
「ミッドガルの全住人を、たった7日間で避難させることは不可能。そう言ったのは貴方ですよ」
「・・・ええ」
部下たちには離れるようにし向けておきながら、この男がミッドガルにいる訳は。
「貴方は最初から、ミッドガルに残るつもりだった。・・・違いますか?」
「・・・」
部長は静かに視線を外した。沈黙が肯定を示す。
全く。
神羅にいたころからこのおっさんはどうも神羅らしくないとは思っていたが。
スカーレットやハイデッガーなら、7日と言わずメテオの脅威が確定した時点であっさりミッドガルの反対側に逃げてるだろうに。
生真面目すぎる。
最もこのおっさんがいなかったら・・・ミッドガル住民の避難の指揮をとれるものは誰もいなかっただろう。
非難の的になることなど分かっていただろうに、妨害にあいながらも説得を続けた。
各地区のリーダーが納得するまで根気強く。
その一方で避難経路をはじき出した。
ーこのミッドガルに最も精通しているのは、私ですから。
そう言って、一歩も引かなかった。
俺の言及に観念したのか。部長は視線を俺に戻した。
「常に最悪の事態を想定し、対応に全力を尽くすのが私の仕事です。そして、」
疲労の濃い顔色で微笑む。
「・・・仲間を信じて最後まで戦うのが、彼の仕事です」
「・・・彼?」
穏やかな笑みの男は俺の疑問には答えなかった。
「貴方の仕事は、住民の護衛です。今からでも戻っていただけますね?」
丁寧な口調だが、有無を言わせぬ威圧感があった。
流石神羅幹部だと暢気に感心しながら俺はひらひらと手を振った。
「・・・残念でした、部長。その仕事はもう譲っちまいました」
「は?」
怪訝そうに見開かれる目。
「と、いうか奪われたんですけど。貴方の部下に」
「・・・どういうことです?」
「貴方は彼らが黙ってミッドガルを離れたと思われてるかもしれませんが。
・・・そうは問屋が卸さないんですよ」
にやり、と笑ってみせた。
「『リーブ部長があっさりとミッドガルを離れてくださるとは思えません。
連れ出してください!!』だ、そうですよ」
「っ・・・!!!」
暫く絶句したらしい部長は、はっとしてそれでも首を振る。
「なんと言われましても、ここは離れません」
「じゃ、力付くで」
「うっ」
ソルジャーに勝てるとは思えなかったらしい部長が呻いた。深くため息をついた部長はさくっと言った。
「・・・では、私も抵抗しましょうか」
「はあ?」
デスクワーク派の部長の抵抗など、ソルジャーからするととるに足りないものの筈だが・・・
妙に確信のある笑みに俺はいやな予感がした。
「・・・なにするおつもりですか」
にっこりと笑った男は懐から何かを取り出した。
やべえ!!!
「・・・スリプル」
完全に不意を付かれた俺は、あっさりと昏倒した。
* *
床に倒れているソルジャーを見下ろし、リーブは小さく呟く。
「すみません。それから、ありがとうございます」
PCから画面を呼び出し、細かくチェックしたのちに考え込む。
「・・・仕方ないですね・・・」
眠らせた男に対して軽くトードをかける。
現れた蛙を丁寧に箱に詰め、メモと共に手配した物資に紛れ込ませて最後の配送に回す。
「・・・わたしは、ここを離れてはいけないのですよ」
この都市から、目を反らしてはいけない。
それが、神羅カンパニー都市開発部門統括としての・・・最後の仕事だった。
fin.