根回し

「護衛を減らす?」
「ええ」

リーブはひょんなことから護衛隊長になったレギオンを局長室に呼び出していた。
彼はふーん、といつも通りのマイペースさで尋ねてきた。

「それは決定済みなんすか?」
「いえ、次の幹部会議の議題にあげます。
ただその前に貴方の承諾を得ておこうと思いまして」

レギオンはああ、と合点した。

「前に否決されたから根回しってところですか」
「根回しと言うほどでもないですが」

リーブは僅かに苦笑する。
依然お茶汲みを廃止しようとしたところ、あっさりと否決されたことがあったのだ。

「で、なんで減らすんですか」
「経費削減です」
「ふーん」
「承諾してもらえますね?」

畳みかけると、彼は腕を頭の上に組んだ。

「んーその場合、削られた奴はどーすんの?」
「地域警備ですね。まだ行き届いてない地域を中心に・・・
まあ、本人との面談の上で決定することになりますが」
「・・・。へー」

彼は素直に聞いているようで、何処か面白がっている・・・ようだった。目が笑っている。

「何か?」
「まー俺だけの承諾ってわけにはいかなさそうですからね。
んじゃ、ちょっくら試してみません?」
「試す?」
「10分で俺と、本日勤務担当の奴らを説得できれば
考えてもいいですけど」
「・・・分かりました」
「じゃ、ここに呼び出ししていいですよね?」

   *   *

「よーし、おまえ等そこに整ー列ー」

レギオンのやる気のない号令で、ぞろぞろと部下達が集まった。
リーブとデスクを挟んでレギオン、その背後に部下達という構図である。
総勢10名。
その数を数え、リーブはやんわりと目を細めた。

・・・やはり、多いですね。

自分一人に対して10名とは。
ルーファウス神羅はどうだったのだろう、と一瞬考え、
タークスがそれに当たるなら4名か、と弾き出す。

それに。

・・・日に10名も危険に晒すのは、考え物でしょう。

軍隊自体死と隣り合わせの職業だ。
まして、トップの護衛など危険極まりない。

「えー今から、局長が護衛を減らしていいものか、おまえ達の意見を聞きたいそうだ」
「減らすんですか!?」
「あー、局長と俺の会話を聞いて、10分後に答えてくれ。
今日のは飽くまで仮、だけどな」
「は、はあ・・・」
「じゃ、スタート」

レギオンはぽちっとタイマーをセットした。

「じゃあまず俺から質問させてもらいますよ」
「ええ。構いませんよ」

リーブは頷いた。

「じゃ、局長は今までに、誰かとの争いで
先に相手を殴ったことあります?」

予想外の質問に、やや面食らう。

「え?・・・いえ、ありませんが」
「じゃあ、相手が手を上げたことは?」
「ありますよ」

リーブはふと神羅時代を思い出す。

あの頃は他の幹部達と意見が合うことの方が珍しかった。
特に極めて短気な治安維持部門統括とは反りが悪く、
彼と最後に会ったあの緊急会議ですら、宝条を止めるためクラウド達の邪魔をするなと言った途端、殴られた。

「じゃ、一番最近のときでいいです。ちゃんと避けましたか?」
「えっ?」
「避けられたか、避けられなかったか。ニ択ですが」

一番最近。
局長になってからは一応トップだからか、それとも護衛の部下達のお陰か、
殴られたことはなかった。
・・・まあ、撃たれたことはあるけれど。
となると、最近はあの緊急会議のことになる。

「・・・避けられませんでしたが」
「で、そのまま殴られたと」
「・・・。そうですが」

気がつけば既に殴られたあとだった、というのが正しいのだが。

「で、反撃しました?」
「反撃?」

鸚鵡返し。

「殴りかかったかどうかですが」
「いえ・・・別に」

軽く首を振るう。
あの時。
キヤノン砲の発射を一刻一秒でも早く停止させることが最優先で。
ハイデッガーなど相手にしている場合ではなかったため、
反撃など全く頭に浮かばなかった。

「それで、どうなったんですか?」
「どうも、何も・・・」
「相手は激怒してあんたを殴った。それで?」

リーブは視線を天井に向けた。
ハイデッガーは新兵器を使うために・・・。

「・・・確か、他の幹部を連れて会議室を出ていきましたね」
「あんたは?」
「私ですか?」
「殴られたんですよね?で、あんたは出ていかなかったんですか?」
「出ていくも何も・・・」

言う必要もないか、と途切れた言葉。
レギオンは追及した。

「何です」
「・・・連行されてましたし」

あはは、と笑ってみせる。
レギオンは眉をピンと上げた。

「逃げなかったんですか」
「まあ・・・諸事情で」

曖昧に笑う。
クラウド達に情報を流しているとばれたための連行だった。

「で、どうなったんです?」
「・・・はっきりした末路はわかりませんが・・・」

ふっと目を伏せる。
ハイデッガー、そしてスカーレットの搭乗していた新兵器ブラウド・クラッドとやらは、
クラウド達に倒された。
彼らは、恐らく。

「じゃなくて、あんたのことですが」

え?っとレギオンを見上げる。
ハイデッガー達がクラウドと戦っていた頃、自分は何をしていたのか。

「地下牢にいましたが」

さらりと答える。
背後の部下達はええ!?と大げさに叫び、レギオンは頭を抱えていた。

「・・・何やってるんですか、あんた」
「え?」

どういう意味だろう、と首を傾げると、彼の部下達が思わず突っ込みをいれる。

「そこは逃げてくださいよー局長」
「ですが、それどころではありませんでしたし」
「それって、神羅時代、ですよね」
「ええ、まあ」
「そのときあんた、既に幹部だったんですよね?」
「ええ、一応」
「幹部が地下牢にいる時点で大事でしょうが」
「いえ、あのときはミッドガルの危機でしたし・・・」

レギオンは特大のため息をついた。

「・・・。それで、あんたはどうなったんです?」
「まあ・・・その、助けてもらいましたが」

すっと視線を外す。
そういえば、クラウドたちが助けに来てくれなかったら
自分は地下に囚われたままだったのだろうか。
それとも。

「・・・もしそのままだったらあんた、処罰されてたんだろ。いや、神羅なら処刑もありうる筈だ」
「まあ、そうですね」

軽く頷く。

「ですが、あれは会議であって、戦闘時ではありませんから。
護衛がどうのという問題とは関係ありません」

きっぱりと言い切ると、レギオンがにやりと笑った。

「ほー。じゃあ、戦闘時は対処できると?」
「ええ。銃くらい私にも扱えますよ」
「ああ、それは確かに俺も知ってます。
小型銃からバズーカまで一通り使えるんですよね?」
「勿論ですよ」

曲がりなりにも軍隊のトップ。
彼らの武器くらい使えなくてどうする、と
一通り習得した。
しかし、レギオンはさらりと続けた。

「とある情報によると。
『局長は戦闘態勢の敵の前で、ほぼ丸腰で説得を開始したことがある』、
だそうです」

説得、という言葉にリーブは思い起こす。
恐らくDGSだった頃のシェルクのことだろう。
姉シャルアが漸く見つけたたった一人の妹。
WROで再会した彼らをそのまま戦闘に入らせる訳にはいかず、思わず間に入ったのだが。

「・・・それは事情がありまして、」

リーブが説明を加える前に、レギオンはわざとらしくこほんと咳払いをした。

「で、こんな情報もある。
『一人の護衛と共に戦場に飛び出し、あまつさえ敵の本拠地まで乗り込んだ』」

何時のことだろう、と眉を顰めるも
ああ、WRO設立初期のことか、と思い当たる。
毎日のように襲撃に合っていた頃。
レギオンを巻き込んで本拠地に乗り込んだことが懐かしい。

と、回想していると、
護衛の任についている彼らがじいーっと冷たい視線を向けていた。

「・・・何か問題でも?」
「局長。無謀にも程があります」
「ですが、あの頃はまだWRO職員の数も少なかったですし、動ける者が動くのが自然じゃないですか」
「あんたが動いてどうするんですか」
「トップが動かなくてどうするんですか」

レギオンはじと目で詰め寄り、リーブは負けじと言い返す。

レギオンとリーブの対峙に
そういえば、と背後の部下の一人が割り込む。

「ウータイの協力を得るために、って理由で
ヴィンセントさんだけ連れて行ったこともあるそうですね」
「・・・それは、交渉のためですが」
「雨霰のように暗器が降ってきたそうですね」
「まあ、ヴィンセントとの戦闘が条件でしたし」
「「「・・・」」」

部下達が何故か揃って口を閉ざす。
ピピピっとデジタルのアラームが鳴り響いた。

「はい、時間切れー」
「え。もうですか?」

レギオンはくるりと背後の部下たちに向き直る。

「ってことで、おまえ等。
局長の護衛を減らしていいと思う者は挙手ー!」

沈黙。
挙手どころか、誰も微動だにしない。
ただ、じいっとリーブを見ている。
幾分呆れたように。

「・・・え?あの?」

困惑するリーブを余所に、レギオンはぱん、と手を叩いた。

「ってことで、否決決定!」
「・・・えっ?」
「局長、護衛を減らすのは諦めてください」
「そんなことしてたら命が幾つあっても足りませんよ」
「寧ろ増やした方がいいかもしれないですよね」
「ええ!?」

fin.