「・・・え?」

触れた掌の一点から、一気に広がる痺れ。
繋がった小さな手から相手を辿ると、一瞬びくっとした子供は叫んで走り出す。

「・・・ぁ・・・」

呼び止めようとした舌も動かない。
全身に麻痺が回っていく。これは。

・・・毒、ですか。

最後に認識できたのは、それだけだった。

   *   *

一方、セブンスヘブンでは
定例の宴会のために、リーブを除く仲間たちが集まっていた。
勿論リーブも夜から参加する予定だったのだが。

「っ・・・!!!」

唐突に立ち上がったケット・シーに、テーブルの向かいに座っていたバレットが声をかけた。

「おいおい、どうしたんだ?」
「・・・あ、あああああ・・・!!!!」

ロボットのはずのその表情が凍り付き、彼はがたがたと震え始める。
流石に何かあったと感づいた仲間たちがケット・シーを囲む。

「なんだなんだ?」
「ちょっと、しっかりしなさい!」
「ケット、どうしたの~?」

少し離れてその様子を見ていたヴィンセントが鋭く尋ねる。

「・・・リーブに、何かあったのか」

はっとする一同。
ケット・シーはその言葉に深く、一度だけ頷く。

「何が、あった」
「・・・毒、や・・・」
「っなんだとお!!」
「で、でもいつも警護されてるんでしょ!?」
「ちっさい子供が目の前で転んだんや。それで・・・」
「・・・ひとりで対応したときにやられた、か」
「ちょっと落ち着いてる場合じゃないでしょ!?リーブに連絡は!?」
「・・・返事が、あらへんのや・・・」

泣き出しそうな声に、一同がしんと静まる。

「・・・場所は」
「アイシクルシティホテル、中庭パーティー会場、や」

じっと遣り取りを聞いていたクラウドは、短く仲間を呼んだ。

「シド、」
「わあってる!!すぐシエラ号で行くぜ!!!」
「あたしも行くっ!!!」
「オイラも連れてって!」
「ケット・シー、おまえも来い。本部に連絡を」
「了解やっ!!!」

   *   *

WRO本部。

最上階に近い会議室には、シド達に引きずられた者以外の幹部たちが集まっていた。
詳細は聞かされていないものの、その表情は皆堅い。
重苦しい沈黙を破ったのは、現地より報告を受けた治安維持部門統括であった。

「本日午後2時頃、アイシクルシティホテルにて局長が
何者かによって毒を刺され・・・意識不明の重体、だそうだ・・・」
「何ですって!!!」
「そんなっ・・・!!!!」
「・・・毒、というのは、どんなものですか」
「シェルク統括」
「・・・神経系の速攻性の毒のようです」
「分析が出来たのですか」
「いいえ。ですが、ケット・シーにより局長の症状が報告されています。
猛毒で、処置が遅れれば・・・一日と保たず、死に至るもの、だと思われます」
「そう・・・ですか・・・」

シェルクが俯く。

「科学部門のシャルア統括および飛空挺師団のシド艦長は、
シエラ号で現地に向かっています。治療は到着次第、行います」

シェルクは、姉シャルアが見たことのない形相でWROを飛び出したことを思い出す。
あの表情は焦燥、激怒、そして・・・不安。
何故か、泣き出しそうに見えた。
いつも勝ち気で、両親を無くしたときさえ自分を元気づけようとしてくれた姉が。

そして、自分もまた。

シェルクは会議室の長テーブルの下で、自分の右手首を左手で押さえつけていた。
そうしないと、震えているのがばれてしまうから。

WROはそこらの小さな団体ではない。
最高責任者が万が一交代しても、支えられるほどの基盤を持つ、
この星で最も影響力を持つ組織の一つである。

なのに。

・・・どうして、こんなに情緒不安定になるんでしょう・・・。

ぎゅっと左手の力を強める。

・・・怖い。
人が死ぬくらい、DGでは日常茶飯時だったのに。

「・・・WRO始まって以来の危機だ」

   *   *

シエラ号は一度本部に立ち寄り、WROの部隊と医療チーム、
そして科学部門の局員を連れ出した。
現場にたどり着いたとき、現地のWROが関係者以外立ち入り禁止にしていた。
そして、リーブはホテルの医務室に厳重な警備の元、運び込まれていた。

リーブの顔色は悪いを通り越して蒼白だった。
ぴくりとも動かない姿に、仲間たちは言葉を失う。

「くそっ・・・!!!」

舌打ちしたのは、誰だったか。

「シャルア!!!」
「分かっている!!!兎に角、あんたたちは出てくれ、一刻を争うんだ!!!」

普段冷静なシャルアが鬼気迫った表情で叫んだ。

   *   *

彼らが部屋を出ると、扉は固く閉ざされる。

毒の種類は、ケット・シーの情報によってある程度絞られている。
ただ、会場の位置が本部よりもあまりにも離れており、応急処置は指示したものの、リーブが倒れてから治療を開始するまでに時間がかかってしまった。

「・・・絶対に、助けてやる!!!あんたには、まだ、借りを返さなきゃなんないんだ!!!」

   *   *

「まだ、かよ・・・!!!」

バレットはホテルのロビーをうろうろと歩き回り、

「こんなの、酷いよおっ・・・!」

ユフィは大粒の涙を流していた。

「ユフィ、」

ティファがそっとその肩を抱いてやる。

「だってだって、おっちゃん何も悪いことしてないよ、ずっとずっと頑張ってたのに・・・!!!」
「・・・ユフィのいうとおりだ。リーブは、あいつは星のために戦ってきた。
問題は、それを恨む奴がいることだな」
「・・・ああ」

片隅にいたケット・シーは俯いたまま、何もいうことはなかった。
まるで、ただのぬいぐるみに戻ったかのように。

   *   *

扉の向こうは、まさに戦場だった。
迅速に組まれた器具が並び、清潔に保たれた部屋に医療チームと科学部門のスタッフがせわしなく指示を飛ばしていた。

「っ統括っ!!!!」

鼓動を示す波形は次第に弱まっている。

「分かっている!!」

解毒剤は投与した。
しかし、如何せん、時間が経ちすぎていて、容赦なく彼の命を削っていた。
そして。

ピーーーーーーーー。

不吉な音が響く。
心電図に現れるのは、一本の直線のみ。

「う・・・そっ・・・!!!」
「局長っ!!!!」
「リーブ局長ーーー!!!!」

局員たちの悲痛の叫び。泣きながら座り込んでしまった者もいた。
シャルアには何も聞こえていなかった。
ただ、呆然とリーブをみていた。

・・・死んだ・・・のか?
あんたが?なんで・・・

手術台に横たわる生気を失った顔に、ふとあの日の笑顔が重なった。

ーくれぐれも、無理はしないようにしてください。
貴女に何かあったら、またシェルクさんが一人になってしまいますよ。

確かに、あたしにはシェルクがいる。
あたしの命、たった一人の大事な妹は、無事だ。
なのに、どうして、こんなに苦しいんだ・・・!?

「統括!?」

強引に酸素マスクを取り外し、シャルアは口付ける。
暫く息を吹き込み、離すや否や、リーブの胸に手を当て、何度も押す。
・・・人工呼吸。
その必死な表情に、誰も何もいうことはできなかった。

「・・・死ぬな!!!あんたは、まだやるべきことがあるんだろう!?」

散々楯突いた。
それでもシャルアを統括に据え、
そしてDGとの戦いで植物人間になった自分を
ずっと守ってくれた。
目覚めた後も彼はずっと自分と妹、そしてWRO全体を見守り、率いていた。
星を、守るために。

その安心感は、シャルアにとっていつしか掛け替えのないものになっていた。
きっとそれは、自分だけじゃない。シェルクも、WROの職員も、みんな。
だから。

「あんたじゃなきゃ、WROは・・・、
あたしは、どうしたらいいのか、分からない!!!!」

絶叫とともに、どんっと力一杯彼の胸を叩いた。

・・・ピッ・・・ピッ・・・

はっと心電図を振り返る。
反応のなかった筈の波形が。

「・・・動い・・・た・・!!!」
「局長っ!!!」
「よかった・・・!!!!」

シャルアはぎゅっと強く強く目を閉じた。
そして、かっと見開く。

「よし、治療を続ける!!!みんな、頼むぞ!!!」
「はい!!!」

   *   *

そして、堅く閉ざされていた扉が、内側から開いた。

「っシャルア!!!」
「リーブは・・!?」

シャルアは疲労の濃い顔色で、それでも不敵に笑って見せた。

「・・・大丈夫だ。助かった」

途端に沸き上がる歓声。

「これから、どうするの?」

ティファは隣の元リーダーに尋ねる。
クラウドは皆を見渡して、告げた。

「リーブはWROに任せておけばいいだろう。俺たちは、」
「・・・犯人を追う、か」
「うおおおおおお!!!!さっさとそいつをとっ捕まえようぜ!!!
ぶっ飛ばさないと気が済まねえ!!!」
「うん!!!」

力強くナナキが頷く。
クラウドはユフィへと振り返った。

「ユフィ、おまえはこっちに残ってくれ」
「ええーーー!!!あたしも行くって!!!」

「危機を脱したといっても、まだ油断はできない。警護を頼む」
「・・・しょ、しょーがないなあ。わかった、こっちは任せて!」

   *   *

シャルアはかつかつとヒールを鳴らし、ベッドに近づく。
患者はまだ意識不明であったが、規則的な電子音が正常であることを証明していた。
恐らく、今日中にも目を覚ますだろう。

・・・いや、覚ましてくれなければ、困る。

シャルアは苦笑する。
自分が動転したのは、いつ振りだろうか。
きっと、オメガ戦役で、シェルクを見つけた時以来。
妹を見つけたときは、何と引き替えにしても取り戻そうと心に決めた。
そして、リーブの時は・・・

さっさと帰ってこい!!!と。
死ぬわけがない、と思った。

あんたの強さを、WROの皆が知っているから。

   *   *

ゆっくりと目を開けると、知らない天井が見えた。

「・・・?」

緩慢な動きで、視界を巡らせると見慣れた白衣の女性が近づいてきた。

「局長!!!気がついたか、よかった・・・!」
「・・・シャルア、さん・・・?」
「・・・毒にやられたんだ。一時は危なかったんだ・・・。
全く、気をつけてくれ」
「・・・毒・・・?」

ああ、そういえば。
リーブは回想する。
怯えたような男の子。
強引に握らされた小さな手は、恐怖からだろうか、汗をかいていたのに、やけに冷たかった。

・・・あの子に何があったんでしょう。

もしあの子自身に自分を恨む理由があったとしても、毒の入手は単独ではできない。
誰かに唆されたか、・・・それとも、脅されたか。
どちらにしても・・・死ななくてよかった。

陰りのある顔色をのぞき込まれた。

「・・・局長?まだ、痛むのか?」

殊の外心配そうな優しい瞳に、リーブは微かに微笑んだ。

「いえ・・・、大丈夫、です」

ほっ、とシャルアが息を吐きだす。

「兎も角、あんたは暫く休養だ。
解毒したとはいえ、体力が極端に落ちている。
ユフィが護衛についてくれているから、さっさと寝てくれ」
「・・・え?」

リーブは僅かに目を見開く。

「・・・何故、ユフィさん、が・・・?」
「話は後だ。さっさと寝ろ」

いうが早いか、シャルアは麻酔を打ち込んだ。

   *   *

『・・・局長は先ほど意識を取り戻した。
峠は越えたから、後は休めば問題ない』

シャルアからの通信に、WROにいる幹部たちはほっと安堵した。

「・・・犯人の目星はついたのか?」
「ケット・シーによると、子供が毒針付きの指輪を填めていたとのことです」
「子供の行方は」
「目下捜索中ですが、不審な車が目撃されています」
「しかし・・・」

幹部の一人が顔を曇らせる。
視線の先は、会議室の空席の上座に向けられていた。

「・・・許せません!!!
我らの局長を暗殺しようなんて!!!
それも子供を使うなんて、卑怯です!!!」
「その通りだ!!!」
「WROの全勢力をもって、犯人を捕まえる!!!」
「思い知らせてやる!!!」

   *   *

シエラ号船内。
会議室の音声を繋いでいた猫ロボットは思わず天を仰いだ。

「あっちゃあ・・・」
「どうしたの?」

傍で行儀良く座っていたナナキが覗き込んだ。

「幹部たちが必ず犯人を捕まえると、かーなーり、暴走してますわ・・・」
「今回ばかりは誰も止められんだろう」

壁に寄りかかっていたヴィンセントが呟く。

「はは・・・」

ケット・シーは乾いた笑いを零す。
それへとティファが念を押した。

「リーブは、もう大丈夫なのね?」
「はい、シャルアはんがばっちり毒消してくれましたさかい。
あーでもその後また麻酔打たれたから、寝てますわ」

強硬手段を辞さない頼もしい科学者を思い浮かべ、ティファはくすっと笑った。

「シャルアらしいわね」

じっと会話を聞いていた元リーダーが最後に纏める。

「・・・俺たちもWROと連携して動いた方がいいだろう。ケット・シー、仲介を頼む」
「任しといて!!!」

   *   *

犯人と思しき子供は、不審な車に乗せられ、密かにアイシクルエリアを脱出したらしい。
シエラ号はWROからの情報を元に、犯人の足跡を追ってゴンガガ方面へと移動していた。
本部より送られてくる情報をパソコンで解析していたケット・シーは
キーボードを操作していた手をピタリと止めた。

「・・・あ」

小さく漏れる声は、緊張感のある船内で少し安堵の色を滲ませていた。
モニタを覗き込んでいたティファが振り返る。

「ケット・シー?」
「・・・皆さんお揃いのようですね」

態とだろうか。
訛のない言葉遣いができるのは・・・。

「リーブ!!!!」
「はい。この度はご心配をおかけしました・・・」

ぺこり、とケット・シーが丁寧に頭を下げた。
クラウドがゆっくりと歩み寄る。

「・・・体はもういいのか?」
「大丈夫ですが・・・その、シャルアさんもユフィさんも外に出してくれないんですよ」
「そりゃ諦めろ」

さくっと切って捨てたのは舵を操作していたシドであり、

「ちゃんと寝てなきゃ駄目よ!!」

ケット・シーの横からティファが叫んだ。
そんな中、相変わらず片隅に佇んでいた人物が落ち着き払った様子で呼び掛けた。

「・・・リーブ」
「あ、はい、何でしょうかヴィンセント」
「お前の今日の予定は」

は?とシエラ号にいる仲間たちが怪訝そうにヴィンセントをみる。
ケット・シーは思い出すように視線を遠くに飛ばした。

「予定・・・ですか。
そうですね。午後からのパーティーは中止になってしまったようですし。
7時半からのジュノンの会議はぎりぎり、というところでしょうか」

ぴくり、とヴィンセントのこめかみが動く。
部屋の温度が氷点下まで下がったような気がする。
ずざっと仲間たちが後ずさった。

「・・・ほう。何がぎりぎりなのだ」
「シエラ号がそちらに行ってますからね。移動手段がヘリとなると、時間がかかるんですよ」
「・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
ほう」

地の底から響くような、重低音。
仲間たちは戦慄しながら、ガンマンの顔色を伺う。

無表情。

「・・つまり、お前は部屋を抜け出して仕事に行く気なのだな?」

なんだとっ!!!と思わず立ち上がったシドを、ヴィンセントは手で制する。

「・・・ええ、そうですが」

対するケット・シー、改めリーブは平然と返す。

「そうか」

おいっ!!!と今度はバレットが立ち上がろうしたが
同じく手で止められる。
そして、ヴィンセントは反対側の手に隠し持っていた携帯電話を耳に当てた。

「・・・と、いうことらしい、シャルア」
「なっ!!!!!」

一番に驚愕していたのはリーブだった。

「・・・後2、3本、麻酔を打っておけ」

「ちょ、ちょっと待ってください!!!
えええ!!!シャ、シャルアさん、ちょっと、あの・・・!!!
って、何故ユフィさんまで!?
ぎゃあああああああ・・・・!!!!」

絶叫が途中で途切れた。

「・・・」

恐ろしい沈黙がシエラ号を支配する。
場の雰囲気に全く動じないヴィンセントが携帯を切り、
ちらりとケット・シーに視線を送る。

「・・・首尾は」
「・・・捕獲されましたわ」
「ふっ・・・」

ヴィンセントは薄く笑った。

「ちょ、ちょっと乱暴じゃない?それにリーブだってこれからのこと知りたいんじゃないかしら?」

気遣うようにティファが声をかけるものの。

「あいつは危機感が足りない。
自分が殺されかけたことを忘れて不用意に動こうとしたから止めただけだ。
それに、ケット・シーがいればリーブを襲った子供の照合もWROとの連絡も取れる。
経過報告も必要ない。
だから、問題ない」

普段口数の少ない男が珍しく長く喋る。
口調は相変わらず淡々としているが、目が、その無表情を裏切って鋭く光っていた。

「「・・・怖ええ・・・」」

先ほどヴィンセントに制された二人の親父がびくついた。

「な、なんかヴィンセント、いつもより怒ってない?」

こそこそっとティファは隣のクラウドに耳打ちする。

「ヴィンセントの指摘どおりだ。
それに、あいつらは俺たちよりリーブとのつきあいが長い」
「・・・えっ?」

ティファはきょとんとクラウドを見返す。

「シド、ユフィ、ヴィンセント。あいつらはWROの関係者だろう?」
「あっ・・・!!!」

ティファはやっと思い当たる。
シドは今回のことで、シエラ号を壊しかねないスピードでアイシクルシティホテルに駆けつけた。
ユフィはずっと泣いていた。
そして、ヴィンセントは。

「・・・ヴィンセントはあまり口に出さないが、仲間思いだ。なのにリーブは勝手に死にかけて、あまつさえまた狙われているのに抜け出そうとした。
あいつが怒るのは当然だ」

ティファはうん、と頷いた。

「・・・そうだね」

   *   *

それからWROと英雄たちによる犯人の追走劇は2日と呆気ないものだった。
何しろWROは全ネットワークを用いて犯人の目撃情報を拾得しては
映像、音声、そして予想される移動範囲を英雄たち、そして全世界に呼びかけたのだ。

最後は英雄たちに逃げ場を絶たれ、
子供の実の父親である首謀者は自首という形で幕を閉じた。

捕らえられた首謀者はすぐに投獄される筈であったが、
局長であるリーブがどうしても言っておきたいことがある、とのことで
厳重な警備の元、医務室で二人は対峙することとなった。

「私は、貴方を許しません」

冷ややかな、というよりも絶対零度の視線が首謀者であった男を射抜く。
場を完全に支配する圧倒的な威圧感を備えた相手に、男は内心震え上がった。

これが、WRO局長か。

「貴方が私を憎もうが、殺そうとしようが、それは構いません。
ですが、子供を巻き込むのは許せません!!」

続けられた言葉が、男には一瞬理解できなかった。

「・・・は?」
「貴方は、あの子の一生に、『人殺し』の罪を背負わせるところだったんですよ!!!」
*   *
監視のために離れて様子を窺っていたシドが呆れたようにぼやいた。

「あー。あいつ、またずれたところで怒ってるな」
「いつものことだ」

対するヴィンセントは淡々としている。
気になって同じくその場にいたバレットは少し落ち着かないようだった。

「けどよお、確かにリーブのいうとおりだぜ。
まだよく理解できてない子供に殺人の片棒を担がせるなんざあ、親のすることじゃねえよ」

   *   *

「いいですか!!!
二度と、大切な子供を巻き込むことはしないでください!!!」

本気で激怒しているリーブをぽかんと見上げていた男は、次第に力無く笑った。

「・・・俺の負けですね」
「勝ち負けの問題ではありません!!!」
「わかってます。でも、そうか・・・
WROがここまででかくなった理由がやっとわかった気がします」
「今はそんな話ではないですっ!!!」
「・・・俺はあんたが信じられなかった。
WROも、あんたの恐怖支配で成り立ってるんだと思ってた。
いつか、それが世界征服になると、本気で思っていたんだ」

嘗ての神羅のように。
だから、今のうちに恐怖政治の大本を取り除くのが
子供のためでもあると、思っていた。

「・・・何が言いたいんですか?」
「やっぱり、あいつは正しかった。
あいつ、俺の言うとおりにあんたに毒を刺した後に、こういったんだ。
『・・・あのおじちゃんは、悪い人じゃないよ』ってね」

そして。
今、目の前にいるWROの最高責任者は
自分を殺そうとしたことにではなく、あろうことか男の子供の将来のために本気で怒っていたのだ。

世間の評判以上に、珍しいくらい真っ直ぐな男。

「殺そうとした俺がこういっちゃ説得力ないけど。
・・・あんたが死ななくて、よかった」
「・・・は?」

どこか晴れ晴れとした殺人未遂の男の変化が理解できず、リーブは不審そうに首を傾げた。

   *   *

「・・・あいつ、また仲間増やしちまったようだな」
「暫くは刑に服すのではないのか」
「まーそうだけどよ」

呆れ顔のシドに、全く表情を変えないヴィンセント。

「・・・またってことは、よくあることなのか?」

バレットが首を傾げる。

「まあ、そうだな。
リーブのやつ、しょっちゅう狙われてんだけどよ、結構な確率で狙った筈の相手が改心しやがる」
「どういうことだ?」
「あいつ、元神羅だろ?
しかも一人生き残った幹部じゃねえか。
それが短期間ででっかい組織つくっちまったもんだから、
神羅にでっけえ恨み持ってる奴からみると、
また神羅のお偉いさんが、力で無理矢理勢力増やして世界征服企んでる、
と・・・見えちまうらしい」

シドの分析に、バレットは思い切り呻いた。

「うっ・・・。まあ、俺も、あいつを知らなかったら・・そう思ったかもな」
「まあ、仕方ねえところもあるだろうよ」

ふう、と短くなった煙草を携帯灰皿に捨てた。

「で、命狙うんだから、リーブに接触する。
まあ一言二言は会話もするだろうよ。
で、なんかおかしい、と気づくみてえでよ」
「おかしいってのは?」
「神羅の重役、のイメージに合わねえんだろうな、あいつは」
「・・・あー。確かに、な」

バレットはリーブと初めて対面したときのことを思い出す。
そのときリーブは神羅幹部でありながらクラウドたちに通じていたことがばれて、
地下牢に閉じこめられていたのだ。

「まあ、どんな恨みをあいつにぶつけるかは、それぞれ違うだろうよ。
けど、あいつはそれを軽んじることだけは決してしねえ。
・・・馬鹿みてえに生真面目だからな」
「・・・」

バレットはちらりとリーブを見遣る。

「で、真摯に対応してるリーブの
根っからの実直さやら世界再生にかける情熱やらに、
狙ってたやつは自分の勘違いに気づいて・・・」

あの通りだ、とシドはこの騒ぎの首謀者に視線を送る。
最初は緊迫した雰囲気だったのが
今や和やかな首謀者と、困惑した局長という組み合わせになっていた。

「リーブ・トゥエスティ。貴方に、お願いがあります」
「・・・何でしょうか」
「俺が刑を終えるまで、貴方が局長であってほしい」
「・・・それは分かりませんね。
私より相応しい者がいれば、局長の交代はすぐでしょうし」
「では、すぐに出られるようにします」
「・・・何故ですか?」
「もう一度、やり直したいんです。
できれば、貴方の元で。
あいつに誇れるような世界を築く手伝いをしたい」

きっぱりと言い切った男に、
リーブは驚き、そしてふわりと微笑んだ。

「では、お待ちしています」

fin.