漫才 第一回

WRO本部のカフェテリア。
俺を呼び出した相手は、初対面の女性隊員だった。
彼女は説明を終えるなり、がしっと俺の手にあるものを握りこませ・・・

「お願いします!!!!」

頭を深々と下げた。
俺はどうすっかなーと視線を遠くに飛ばした。

   *   *

ところ変わって、WRO局長室。
昼休みといっても、部屋の主に休みらしきもんはあんまりないんだが。
今日も部屋の主は長い会議を終え、一息つく暇もなくメールやら書類やらを捌いている。
そして、こいつは捌きながらどうでもいい会話ぐらいなら熟すわけで。
いや、まともな会話でも熟しそうだが。

俺は護衛隊長としてその側に控えつつ、聞いてみた。

「局長ー。これから5分程度、録音していいですか?」
「・・・は?」

ぴたりと動きを止め、局長は俺を見上げた。

「・・・何の為ですか?」
「んー。理由は説明しますし、まずかったらデータごと消去して水没させますから」
「・・・はあ。まあ、いいですけど」

局長の視線は、またパソコンに戻った。
そしてさくさくとメールを捌いている。
俺はにやりと笑う。

「んじゃ、スタートしますよ」

ぽちっと俺はヴォイスレコーダーをONにした。
掌サイズのカード型を、俺は書類の山の隣に置く。
こほん、と咳払い。

「・・・んじゃ、自己紹介からですね。俺はレギオン。我らが局長の専属護衛隊長してます」
「我らがって何ですか。・・・一体誰に向かっての自己紹介ですか」
「リスナーに決まってるじゃないですか」
「ラジオじゃないんですから」
「似たようなもんでしょ?」
「一体何ですか・・・」

呆れながら休み無くメールを打つ上司へ、俺は促す。

「ほらほら、あんたも自己紹介」
「私もですか?・・・リーブ・トゥエスティと申します。WROの局長を務めさせていただいてます」
「上出来上出来」
「それで、何ですか?いきなり録音なんて」
「CSCに頼まれたんですよ」
「CSC?ケット・シーのファンクラブですか?」
「じゃなくて、あんたのファンクラブでしょ」

やれやれ、と俺は首を振る。

・・・余談だが、ちょっとばかり治安が安定してきたこともあって、
世間は有名人のファンクラブなんかも作る余裕ができたらしい。
特に、ジェノバ戦役の英雄たちには、
一人残らずそれぞれのファンクラブが出来てるって話だ。まあ、俺は興味ないけどな。

因みにぶっちぎりの会員数を誇るのは、
ジェノバ戦役のリーダーで、最強の剣士であるクラウド・ストライフと
オメガ戦役でDGSと真っ向から戦ったガンナー、ヴィンセント・ヴァレンタインだったりする。

・・・まあ、あれだけ強くて端正な顔つきしてたら、そりゃあモテるでしょ。

で、そこまでの会員数はないけれど、WRO内で密かに会員数を伸ばしているのが・・・
うちの局長だったりするらしい。
まあWROのトップだからだろうけどな。

名称はCait Sith Club、通称、CSC。

俺はちらりと局長の横顔を伺う。

「でまあ、そのCSCの人から、あんたと俺の漫才を売りたいって相談されたんですよ」
「・・・。・・・は?何ですって?」

思わずこちらへ振り返った局長へと
俺はもう一度言ってやった。

「だから、あんたと俺の漫才を売るってさ」
「・・・はい?」

ぽかんと動きを止めた局長をにやりとみる。
こいつが次にどんな反応をするのか、興味があった。

馬鹿なことに巻き込むなと怒るのか。
無言でやめさせて、ヴォイスレコーダーごとデータを水没させるのか。
依頼主を問いただして呼び出すのか。
はたまた、のりのりで喋り出すのか。

俺はわくわくしながら待った。
我らが局長は、目をぱちくりさせて、宣った。

「・・・幾らで売るんですか?」
「聞くところはそこかい!!!」

俺は盛大に突っ込んだ。

「いえ、そもそも売れるんですか?」

局長は思案顔で眉を寄せた。
どうやら本気でそっちを気にしているらしい。

「だーかーらー。何で聞きたいところはそこなんですか!」
「いえ、だって貴方と私の会話ですよ?元手もタダですし、お金を払うほどのものではないでしょう」
「いや、あんた一応局長でしょ」
「そうですが・・・。悪用しようにも私の肉声など散々メディアに流れてますし」
「いやいや、そうじゃなくて」

違うだろ、と俺が突込みを入れる前に、
局長は僅かに首を傾けた。

「それとも、貴方のファンですか?」
「ずれてますから!!!だから、あんたのファンクラブっつってるでしょ!!!」

大前提をすっ飛ばした局長へと、俺は即座に訂正した。
・・・つもりだったのだが。
局長は落ち着いた顔で、一つ頷いた。

「・・・照れてるんですか、レギオン。珍しいですね」
「全力で呆けるな!!!!」

俺の全力を持って突込みを入れた。
しかし、当の本人は何処吹く風。

「それで、幾らで売るんですか?」
「・・・話が戻ってるような、ずれてるような・・・。まあ、いいや。言い値で買い取るって言ってましたよ。
それから、売り上げの50%はWROに入れるって約束です」
「言い値で?この会話に?・・・無謀ですねえ」

そういいつつ、局長はまたメールの処理を再開した。
俺はデスクに置いたヴォイスレコーダーから、女性隊員の必死の表情を思い出していた。

「全くです。俺も話し聞いてぶっ飛びましたよ」
「でしょうねえ」
「で、あんたなら幾らにするんですか、この会話」
「え?」
「あんたのファンに売るんですよ、これ」
「値段、ですか・・・」

キーボードを打つ手を止めることなく、局長は僅かに目を細めた。
俺はこのすっとぼけた局長がどんな言い値にするのか
ぼさっと突っ立って答えを待った。そして。

「1ギルですね」
「安っ!!!ポーションすら買えねえ!!!!てか50%で分けれねえ!!!」

想像以上の安価に叫ぶことになった。
いや、今日の俺叫んでばかりのような・・・。
局長はまたぽちっと送信ボタンを押しつつ。

「貴方なら幾らです?」
「俺ですか?」

俺はちょっとばかり考えてみた。

「うーん。内容が内容ですから高値にはなりませんけど、でもあんたの声が聞きたいっていう連中ですからね。
お試し価格で100ギルですかね」

500ギルでもいいけど、初回からハードルを上げては客が食いつかない。
おっと。俺が売るわけじゃなかった。
そこへ、ぴしゃりと遮る声。

「高すぎますよ、レギオン」
「いや、1ギルに言われたくないですよ」
「そうですか?」

俺は言い返そうとして、ヴォイスレコーダーの録音時間が目に入った。
4分30秒経過。

「あ。しまった、後30秒しかないや。局長、ファンのみなさんに一言どうぞー」
「一言って何ですか。・・・よく分かりませんけど、買われた方の勇気に乾杯しますよ」
「ははは、確かに。それでは第一回、局長と俺の漫才でしたー」

ぽちっと録音を止める。
ヴォイスレコーダーを摘み上げると、
局長は疑わしそうに見上げていた。

「・・・本当に売るんですか、それ」
「買った奴らがどう思うかですけどねー」

ひょいっと隊服のポケットに仕舞う。
まあでも、と俺は思う。

「・・・後悔はしないと思いますよ?」
「あの内容で、ですか?」
「いや、どっかでげらげら笑うのが目に見えるようですから」

5分間の会話をざっくり回想して、俺はうんうんと頷いた。
漫才、というのは強ち間違いじゃなかったらしい。
局長は尚も納得いかなさそうに、首を傾げた。

「・・・笑うような会話してましたか?」
「だからあんたは天然なんだよ・・・」

   *   *

翌日。
俺は待ち合わせのWRO内のカフェで、依頼主である女性隊員と待ち合わせた。
テーブルに着いた俺はまず、局長から売り出しに関して許可を得たと伝えた。
向かい側に座った彼女はえらく感激してくれた。

「ありがとうございます・・・!!!それで、お幾らで買い取ればいいですか?」
「あーまあ、局長の言い値で買い取ってくれ。んで、買うかどうかは、内容聞いてからでいいからさ」
「ほ、本当ですか?いいのですか?局長の仰った言い値は・・・」
「あーそれも中にあるからさ、まず聞いてくれよ」
「あ、ありがとうございます・・・!!!」

彼女は震える手でヘッドフォンを装着し、
恐る恐る再生ボタンを押した。
・・・いや、そこまで有り難がるもんじゃねーけど。

真剣な顔で聞いていた彼女の顔が、
呆気に取られたり、小さく吹き出したり、
次第にくすくす笑いだして。

俺は心の中でつっこみを入れる。
ほら、楽しんでるじゃねーか。

だけど最後に彼女は泣き出してしまった。

「えっ!?ちょ、ちょっと!」

俺は慌てた。
そんな女性を泣かせるような内容はなかった筈だが・・・
周りの隊員の視線が痛い。

「な、なんか気に障ることでもあったのか?」

彼女は小さく首を振って。
そっとヘッドフォンを外した。
そして、潤んだ目で深々と頭を下げた。

「え?へ?ど、どうしたの?」
「嬉しかったんです・・・」
「な、何が」

おろおろする俺に、彼女は微笑んだ。

「私たちのような下の隊員は局長にお会いできませんから、ずっと、どのような方か知りたかったんです」
「・・・あー。そっか。あいつ、忙しいもんな・・・」

俺は一応護衛隊長だからずっとあいつの傍にいるが、一般隊員となれば、滅多に会えない。
よくて遠くから姿をみるくらいだ。
それだって、緊急時で召集される時くらいだろう。

「それで、WROの3大掛け合いのことを聞きまして・・・」
「うげっ」

余り聞きたくない名称に、俺はちょっと引いた。

局長中心としたWROの3大掛け合い、別名、WRO名物漫才コンビ。
誰が言い出したか知らないが、そのくらい掛け合いが面白いらしい。
そのコンビとやらは、
局長と俺、局長とケット・シー、そして局長とシャルア統括だという。

・・・いやいや、俺は巻き込まれただけだって。

「・・・それほど仲のよい方との会話を聞いてみたかったんです。勿論、CSCの企画として採用されたわけですけど」

彼女は大切そうにヴォイスレコーダーを撫でた。
俺はにやりと笑って切り込んでみた。

「・・・それで、どうだった?うちの局長は」

俺につられたのか、彼女も悪戯っぽく笑った。

「ふふ、とても面白い方ですね。それに、気さくで」
「そーなんだよな。あいつ、天然だし、うっかりすると局長だって忘れるくらい親しみやすすぎるからな」

うんうん、と俺は納得した。

「で?どうする?1ギルで買う?」
「いいえ。10,000ギルで買い取らせていただきます」
「い!?ちょっと、そりゃ高すぎるって!!」
「いいえ。レギオンさんにはご協力いただきましたし、こんな貴重な会話、本当はもっと出したいんですけど・・・」
「いやいやいや、俺があいつに怒られるって!!!」

俺は焦りまくって止めようとしたのだが。

「でしたら、レギオンさんがとっておいてください。本当に、ありがとうございました」

深々と彼女はもう一度頭を下げ、10,000ギルをおいてさっさと行ってしまった。

「・・・あちゃあ。しまった。俺が怒られる・・・」

   *   *

女性隊員が帰ってしまってから。
俺はぽかんと突っ立っていても仕方ない、と諦め、取り敢えず本来の業務に戻ることにした。

「だから10,000ギルだされたんだって」

会議室に向かう廊下で、俺は取り敢えず報告する。
ノートPCを抱えた局長は、歩く速度は落とさず首を捻った。

「・・・一体何処にそんな価値があったんでしょうね?」
「まあ、あんたの為人が知りたかったらしいし」
「・・・私の?」

返答までに少し間が空いた。
どうやら意外な理由だったらしい。

「そうそう。下の隊員にはなっかなか会えないでしょ?」
「まあ、そうですけど・・・でも10,000ギルはちょっと・・・」
「だよなあ・・・」

会議室の扉を、俺と同じく護衛についていた部下が開ける。
局長はそれへと礼をいい、入室する前にくるりと振り向いた。

「依頼主は、分かっているんですよね?」
「ん?分かってますけど?」

   *   *

ところ変わって。
WROの情報を司る部署の末端にて。

「サラー。上司が呼んでるわよ」
「え?私、何かした・・?」
「さあ?でもなんか焦ってたわよ」
「?ありがとう」

さっさと行って謝れ!と上司に追い出され、
よく分からないまま、サラは指定された応接室のドアの前に立つ。
ノックは控えめに。

「・・・失礼します」

がちゃりと応接室のドアを開けて。
ソファに深く座っている人物を認めた瞬間、サラは凍り付いた。

「こんにちは、サラさん」

にこりと笑う相手は、どうみても・・・。

「リ、リーブ局長!?」
「ええ」
「あ、あのっ・・・!!!」

立ったまま言いかけた言葉を局長はすっと手を挙げて遮り、どうぞ、と向かいのソファを掌で指した。
その一連の動作が流れるように自然で、優雅だったものだから。
サラはどこかぽーっとなりながら、大人しく向かいに座った。

局長は穏やかに切り出した。

「・・・私がどうしてここに来たのか、分かりますか?」
「そ、それは、・・・も、申し訳ありませんでした!!!」

サラは勢いよく頭を下げた。
やっと上司が焦っていた理由に思い当たった。

「・・・はい?」
「あの、録音させていただいたデータのことですよね!
すみません!すぐ消去いたしますからっ!!!」

サラは顔を伏せたまま必死に謝った。

やっぱり怒られてしまった。
無謀だったのかしら・・・。
ああでも、こうしてお会いできるなんて嬉しい・・・!
って違うでしょ!

ちょっと暴走しつつ焦っているサラの思考を、落ち着いた声が遮った。

「・・・いえ、そうではありませんよ」
「・・・え?」

顔をあげると、こちらを静かに見守る微笑があった。

「お返ししますよ」
「・・・え?」

局長は懐から取り出した白い封筒を置く。
目線で開けてください、と言われたためサラは恐る恐るそれを開ける。

そこには。

「えっ!?」

きっちり9,999ギルが入っていた。

局長は一つ頷いた。

「お釣りですよ。
まあ、1ギルですから今度は5ギル札あたりにしてくださいね。小銭が増えて困るのは貴女ですから」
「えっ!?あ、あの・・・!!!」

混乱しているサラへと、局長は僅かに眉を顰めた。

「まあ・・・あまり高値で売るのはおすすめできませんね」

なんせ、あんな内容ですし。と相手の冷静な呟きに
サラも漸く思考が追い付いてきた。恐る恐る尋ねてみる。

「・・・局長・・・。怒ってらっしゃったのでは・・・?」
「いえ、怒ってはいませんが・・・幾ら何でも10,000ギルは高いですよ。ぼったくりです」
「は、はあ・・・」

どうやら局長は録音されたことよりも、高値すぎることが気がかりらしい。
サラは気の抜けた相槌を打つのが精いっぱいだった。

「レギオンの100ギルも高いですし、1ギルでいいと思いますけど・・・」

そこまで聞いて、サラは思わず叫んでいた。

「だ、駄目です!!!」
「・・・はい?」
「あの、きっと私のように局長の声を聞きたい人は多いはずです!!!」
「声くらいなら、テレビでも聞けますが・・・」

不思議そうに首を傾げる相手へと、サラはもどかしげに叫んだ。

「そうではなくって、その、
・・・私たちは局長が大好きなんですっ!!!」
「・・・はい?」

きょとんと動きを止めた局長が、何処か可愛らしくみえてしまった。
そして、彼はふわりと柔らかく笑った。

「・・・ありがとうございます。ですが、ほどほどにしてくださいね」
「は、はい・・・!!!」
「では、失礼しますよ」

すっとソファから立ち上がり、扉へと歩く相手へと、
サラは慌てて立ち上がった。

「あ、あの・・・!!!」
「・・・どうしました?」

振り返ったこの組織のトップへと、サラは深く深くお辞儀をした。

「あ、ありがとうございました・・・!!!
・・・こ、これからもよろしくお願いします・・!!!」

WROがあるのは、そして今自分が職に就けているのはこの人がいるからこそ。
感謝の念を込めて、サラは頭を下げていた。
そのトップはさらりと答えた。

「・・・録音のことですか?」

サラはトボケた返答に思わず吹き出してしまった。
はっと我に返る。

「・・!!!その、すみません」

慌てるサラへ、トップはくすりと笑う。

「いえ、構いませんよ。それでは、くれぐれも不釣り合いな価格はつけないでくださいね?」
「・・・はい!」

   *   *

その後。
WROの情報を司る部署の末端にて、
とある女性隊員と同僚たちでこんな会話があったという。

「・・・サラ?どうしたの、さっきからぼーっとして」
「・・・やっぱり、本物は違うわ・・・!!!」
「・・・はあ?どうしたのあんた」

尋ねる同僚に、サラは勢いよく振り返った。

「ね?局長の普段の会話って、聞いてみたくない?」
「え?ど、どういうこと?」
「ふふふ、50ギルでどう?」

サラの目は怪しく光っていた。
同僚は胡散臭そうに聞いた。

「・・・本物なの?」
「もっちろん!さっき局長ご本人にお会いしたもの・・・!!!」
「げ、まさかさっき呼び出されたのって・・・!!!」
「そうよ・・・!!!お噂以上に紳士な方よ・・・!!!」
「へええ・・・そんなに、凄い方だったのね」
「とてもお優しくて、私のようなものにも威張ることもなくて、その自然にエスコートしてくださって・・・
それでいて、何処かお茶目な方よ・・・!!!」

サラは勝手にヒートアップしていた。

「・・・あんた、だいぶいっちゃったわね。でも、そこまで言うなら聞いてみたいわね」
「ふふふ。50ギル、払う?本当はCSC会員のみなんだけど、特別よっ!!!」
「よしきた、払おうじゃないの!!!」
「じゃあ、どうぞ!データはあとで渡すわ!!!」

そして、青空の下、楽しそうな笑い声が響いた。

fin.